DRAGON QUEST3外伝

いろは伝奇

第十部「ゾーマ」

第四章「再会、そして別れ」
 ゾーマの城地下深く、パーティーは進んでいく。彼らの士気は天を突かんばかりに高かった。一度は六人が三人にもなってしまったパーティーが再び全員揃ったのである。その喜びが彼らの士気をどんどん上げていった。
 だが、さすがに大魔王の居城である。パーティーの道を阻むモンスターたちもツワモノばかりであった。マントゴーア、バルログ、トロルキング、ドラゴン、ソードイトが次々と現れるがパーティーはチカラを合わせ進んでいった。

 そして階が下に行くにつれ、モンスターの出現率は下がってきた。今、彼らが歩いている階層に至っては足を踏み入れてから、一体のモンスターも出ていない。
「この静かさが不気味ね……」
 その静けさを表すかのように、ステラの言葉がフロアに響く。
「ん? 何だ、この音?」
 先頭のアレルが歩みを止めた。
「これは水の流れる音だな……」
 そういうと同時にアレルは視線の先に階段を見つけた。
「あの下から聞こえてくるな。下水道か?」
 階段を下りながらカンダタが鼻を利かせた。
「いや、それにしては異臭がしない。水路か水郷じゃないのか」

 階下のフロアに出ると、幅が8メートルほどの水路があった。澄んだ水が静かに流れている。
「見ろ、水路だ……この音だったん……」
 アレルが言葉を言い終わるのを待たず、パーティーはその時に聞いた。剣と魔法がぶつかる音を。
「見て! 水路の橋の上! だ、誰かいます!」
 いろはが指す方向、そこには一人の男がいた。そしてその男の対峙しているモンスターを見てパーティーはさらに驚愕した。
「バ、バカな! あれはオロチ!?」
「……あれは巨竜族最強のもののけと云われるキングヒドラ……。と、とにかく一人では分が悪すぎます。我らも加勢いたしましょう!」
 いろはたちは橋の上まで一目散に駆けた。だが間に合わなかった。キングヒドラの剛爪が剣士を切り裂いた。
「グアアア!!」
「フッフフフ……」
 爪に付着した剣士の血を満足そうに舐めるキングヒドラ。
「このやろう! 今度はオレたちが相手だ!」
 ホンフゥが黄金の爪を持ち、構えた。カンダタもマリスも、そしていろはも戦闘態勢に入った。しかしアレルとステラは固まったように動かなかった。
「? 何をしているのですアレル! 敵の眼前です!」
 いろはの声はアレルに届かなかった。
「親父……」
「え?」
「お、親父ィィッッ!!」
「フッフフフ……ほう、キサマそのオルテガのせがれか……フッフフフ……」
「オルテガだと!?」
 思わずカンダタは倒れる剣士を見つめた。
「まさか……あれがアレルの親父だというのか?」
「ステラ……」
「ええ……間違いないわ、いろは……あれが勇者オルテガよ……」
「そ、そんな……なんでこんな結末が……」

 アレルが急ぎ、血みどろで倒れるオルテガに走り寄り、手を取り、父の傷を見た。肩から袈裟懸けに深い斬撃を受けている。即死でなかったことは奇跡に近い。
「ベホ……」
「だめ! アレル!!」
 ベホマを唱えようとするアレルの左腕をいろはは押さえた。
「何するんだ、いろは!」
「だめです! こんな深手に回復魔法を唱えたら逆にトドメとなってしまいます!」
 いろはの言葉で我に返るアレル。回復魔法を使って良い状態か、ダメな状態か、いつもなら判断できた事なのにこの場では頭に血が上り分からなかった。
「じゃあどうすればいいんだ!」
「とりあえず、傷を洗い縫わないと!」
 そう言いながら、いろははステラを見た。ステラはうなずいた。
「オルテガ様の治療時間を作る。私たち四人だけでキングヒドラを倒す」
「それしかないようね。アニキ、戦闘の指示を」
「分かった。マリスは後陣で待機、オレたち三人にバイキルトを唱え、その後は氷系呪文で攻撃。そして賢者の石でオレたちの体力回復を実施。竜族なら火炎を口から放つことも想定できる。前衛は左右にオレとステラ、真ん中にホンフゥ。火炎に注意しながらホンフゥに正拳突きのチャンスを作る。その繰り返しで行くぞ」
「OK」
「よっしゃ!」
 四人は一斉にキングヒドラの前に陣を敷いた。倒したとはいえ相手は勇者オルテガ。キングヒドラもダメージを負っている。倒すなら今しかない。
 いろはがアレルと自分の水筒から水を出し、オルテガの傷を洗った。魔物の爪は雑菌だらけである。傷を洗った後、消毒のアルコールを傷に注いだ。その痛みからオルテガが意識を取り戻した。
「う……うう……誰かいる……のか……」
 蚊の鳴くような声でオルテガは話し出した。
「親父! 親父! オレだ。アレルだ!」
「ん……んん……」
「親父!」
「ま、まさか、こんなところで人の声が聞こえるとは……な……」
「オレだよ! アレルだよ親父!!」
「しゃべらせてはダメ、アレル!」
「……いや……私はもう助からぬ……最期を看取られるのも何かの縁……私の頼みを聞いてほしい……」
 いろはは見た。出血も激しく、臓器の損傷いちじるしいオルテガの深手。助からない、いろはは思った。だが治療を続けた。奇跡を信じて。今まで孤独な戦いを続けてきたオルテガ。それが何の称賛もされず敵城で死んでいくなんてあっていいわけがない。汗だくになってオルテガを治療し続けた。
「……アリアハン……に妻と息子がいる……二人に会って……伝えてくれ……平和な世にする事が出来なかった夫を……父を……ゆ……ゆる……せ……と……」
「アレルはここにいるよ! 親父! 親父ィッ!!」
「ル……ルシ……ア……」
 最後に妻ルシアの名を呼び、静かにオルテガは目を閉じた。
「親父! 親父!!」
「……ごめんなさい……助けられなかった……」
 いろはの瞳から涙が落ちる。
「フッハハハハ! その男もバカなヤツよ。この魔の島まで泳いで渡るとはな。そのおかげで体力は消耗し、みじめな最期を迎え寄ったわ! クッハハハハ!!」
 ステラ、カンダタ、ホンフゥ、マリスの攻撃など歯牙にもかけていないように、キングヒドラは余裕の嘲笑を浮かべ、オルテガを侮辱した。
 悔し涙をうかべていろははキングヒドラを睨む。その時だった。アレルはフラリと立ち上がった。

「うああああ!!」
 と、叫ぶやいなや、オルテガの持っていたバスタードソードを握り、キングヒドラに突進した。五人が止める間もなく、アレルは一人で突進し、キングヒドラの間合いで跳躍し上段に構えた。
「あれは!?」
 アレルの一撃にステラは目を凝らす。

「オルテガ流奥義! 魔神斬り!!」

 ズバアアアッ!!

「グアアアアッッ!!」

 ピキンッと静かな音を立てて、バスタードソードは折れた。
「魔神斬り……私はおろか……父のロカさえ習得できなかった必殺剣……なんて威力なの……」
「怒りによって馬力が上乗せされたとはいえ……すげえ威力だ……」
 アレルの背中を見てカンダタがつぶやいた。

「ハァハァ……」
「お……おのれ……」
 キングヒドラの胴体は二人に裂かれ、首も一つを残しぶらぶらと下がっているだけである。
「これがお前のバカにした……父オルテガの技だ……」
「フン……た、たとえ我を倒せても……ゾーマ様を倒せるものか……お前たちも結局……オルテガの後を追うことになる……フッハハハ……グフッ……」
 キングヒドラはそのまま崩れ落ちた。

 もはや動かなくなったオルテガの体の傷をいろはは縫い合わせ、衣服を整えて両手をつなぎ、彼の胸に置いた。
「オルテガ様……我々は忘れません……貴方と云う先駆者がいたればこそ、我らはここにたどり着くことができたのです。語り続けます……オルテガと云う勇者がいたことを……」
「ありがとう……いろは……」
 ようやく落ち着きを取り戻したアレルはいろはとオルテガの元に歩み寄った。そしてアレルがオルテガの鎧に触れた瞬間。鎧はまばゆい光を放った。
「な、なんだ!」
「見、見て! アレル! オルテガ様の鎧の胸!」
「ラ、ラーミアの紋章だ……」
 サスケがオルテガに頼まれて作ったドラゴンメイルはアレルが触れた途端にブルーメタルの鎧に変化し、胸部にラーミアの紋章を浮かばせた。
 そして同時に、六人が金色の光に包まれた。かつて勇者サイモンがアレル、いろは、そして娘のフレイアの前に幻として姿を表わした現象と似ている。勇者と呼ばれた者が死ぬときに神が与えた一つの贈り物なのだろうか。
「アレル……我が息子よ……」
「親父……」
 さきほどの重傷はない。筋骨隆々のたくましい父のオルテガの姿がそこにあった。
「強くなったな……『魔神斬り』しかと見届けた……おまえは父の私を越える勇者となってくれた……父としてこれほど嬉しいことはないぞ……」
「お……親父……」
 父が褒めてくれた。アレルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「私がお前に与えてやれるのは……もはやその鎧だけだ……私の魂が宿る、その『ひかりのよろい』を身に着けるが良い……そしてゾーマを討て……このアレフガルドに光をもたらす勇者となれ……愛する息子よ……」

 オルテガは息子アレルの仲間たちを見つめた。
「ステラ……美人さんになったな……レイラの若い頃にそっくりだ……」
「オルテガ様……!」
「お仲間のみなさん……息子を頼みます……」
 やがて光の中のオルテガは消えていった。その幻と同じくして、オルテガの亡骸は光に包まれ、消えていった。後には青い光沢をまぶしいばかりに放つ『ひかりのよろい』があるだけであった。
「お、親父の亡骸は?」
「アレル、あの光は私たちがネクロゴンドからレイアムランドに移動したときに包まれた光と同じ物です……。きっとオルテガ様の働きを天上の神が認め……召されたのです……」
「そうか……」
 すかさずアレルは『ひかりのよろい』を装備した。マリスは思わず拍手した。
「ひょう! カッコイイよアレル! 馬子にも衣装ってヤツね!」
「ははは、何だかよく分からないけど、褒めてるんだなマリス。ありがとう」
 チカラがみなぎってくるのをアレルは感じた。胸のラーミアの紋章に手を置き、アレルは言った。
「見ていてくれよ親父……」
 そして仲間たちに笑顔で振り向いた。
「さあ行くぞ! みんな!!」
「「おお!!」」
 キングヒドラの亡骸を尻目に、アレル、いろはたちは走り出した。めざすはゾーマただ一人。

「ほう……カトゥサ……ザルトータン……キングヒドラを倒しよったか……クッククク……残る将帥はキサマのみか……」
「ハッ……しかしご心配には及びません……あの六人がゾーマ様の元にたどり着くのは不可能でございます……」
 主の見つめる水晶玉を、彼もまた見つめた。そこには疾走するいろはたちの姿があった。耳元まで裂けた口を妖しくゆがめ、笑いをうかべる怪物。
「余を失望させるな……何のために余がそなたを冥府から復活させたのか……分かっていよう……バラモス……」
「ハッ……すべてはゾーマ様のため……」
 バラモスは玉座の間入口へ歩き出した。
(そして……我の復讐のため……いろはよ……今度こそお前を……クッククク……)


第五章「決戦ゾーマ」に続く。