DRAGON QUEST3外伝

いろは伝奇

第十部「ゾーマ」
第二章「離間の計」
 ゾーマの城。パーティーはとうとうこの城に攻め込んだ。アリアハンをバラモス打倒のために旅立ち、早や数年。ヤマタのオロチ、ボストロール、そしてバラモスの屍を越えて、いよいよ最終決戦の場にいろはは立ったのである。

 カツーンカツーン……

 竜の女王の城に入ったときとよく似ている。この城の外周、つまり魔の島での激闘がウソのように静かであった。
 カンダタがよく言っていた。こういう静かな雰囲気の敵城は、敵がいないのではなく、こちらの様子をじっくり見ているためだと。それは知恵の無い戦う事だけが本能のモンスターだけでなく、敵に知恵者がいる事を物語っており、絶対に勝てる計算を成り立たせた後に容赦なく襲い掛かってくる。絶対に油断してはならない。何故なら敵が自分たちに対して油断をしていないからだと、カンダタは言っていた。
 だから彼の役割はパーティーの一番最後尾のしんがりであった。先頭のアレルと同等の危険性を含むしんがりを彼はいつも率先してやっていた。敵は自分たちの前から攻撃してくるとは限らないからである。

 文字もあまり知らず、算術もドンブリ勘定のカンダタであったが洞窟や塔、敵城の攻略ではいろは以上の智謀を発揮してくれ、パーティーの危機を何度も救っていたカンダタ。
 こうしてゾーマの城に乗り込んでみると、どれだけ彼に自分たちが頼っていたか、アレルやいろはは背中の寒さで感じ取っていた。
 初めて『戦う仲間』を亡くし、心の痛みは想像を超えるものであった。士気も激減している。モンスターが出てこない事は幸いでもある。
 ステラは辛うじて隊列にいる。声を殺して泣きながら歩いている。アレルもいろはも、そしておそらくはホンフゥやマリスも撤退したほうが良いと内心考えているのかもしれない。
 しかし、リムルダールにまで戻り、体勢を整え出直したとしても、魔の島にモンスターの大群が再び配備されていたら元のモクアミ。それこそカンダタの死がムダになる。歯を食いしばり、仲間の屍を越えてでも進まなければならない。ステラを除くパーティー全員がそれを理解していた。

 だが、やがてステラは悲しみに堪えきれず、座り込んで泣き出してしまった。
「ステラ……」
「いろは……みんな……ごめん……ごめん……でもダメ……私……戦えない……」
 大女のステラが小柄なマリスより小さく見えてしまう。それほど彼女は悲しみの底にあった。最愛のカンダタが死んで間もないのである。戦士といえども彼女も一人の女性。最愛の人を亡くした悲しみを容易に乗り越える気力など鍛えようはずもない。
「ゾーマを倒して太陽を取り戻したとしても……もう私には希望がないの……」
 普段は強気にステラに物事を言っているアレルやホンフゥも何も言えなかった。酷であるのは分かっている。アレルは苦渋の決断を下した。
「……撤退しよう。今のままじゃ戦えない……」
 アレルはマリスに目で合図を送った。マリスはうなずき、リレミトの詠唱を始めた。

「クックククク……」
 不気味な笑みがアレルたちの耳に入り、そして同時にマリスのリレミトはかき消された。
「そんな!?」

「どこへ帰ろうというのかね? ここまで来た以上、退く事も進む事もできぬわ……」
「……!」
 ゾーマの城、一階の最奥にある玉座。ここに座りいろはたちを冷たく見つめる赤い衣を着た魔道士がいる。
「な、なんだと!」
 その者を見て、アレルは自分の目を疑った。
「三十分ぶり……というところかね勇者諸君」
「キサマ……カトゥサ!?」
「いかにも……先刻に諸君らが倒した余は我の影……」
「なぜ貴方がその玉座に座っているのですか? ゾーマはどこにいるのです!」
「僧侶の娘よ、これから死ぬ人間にそれを話してどうするのかね?」
 赤い法衣に浮かぶ、カトゥサの黒い瞳。絶対の勝利を確信しているかのようだった。そしてステラを見てからかうように言った。
「戦士の女よ。そなた中々の使い手よの。どうかね? 私の部下となれば、あの盗賊の男を生き返らせても良いぞ」
「え……!」
「余に忠誠を誓うならば、あの男を生き返らせてやろう」
「ホ、ホントに?」
 フラフラとステラは立ち上がり、カトゥサをまるで救いの神のように見つめた。
「だめだステラ! あんなヤツの言う事なんか聞くな!」
 必死のアレルの言葉もステラの耳に届かない。
「ホ、ホントにあの人を?」
「ああ、余の呪文ですぐにそんな事はできる。だが条件がある。忠誠の証として、今すぐ勇者を殺せ!」
「な……」
 引きつった顔でステラはアレルを見た。
「どうした? どのみち余の部下となればその四人全員に手をかけねばならぬのだぞ。愛しい男に会いたくないのか?」

「卑劣漢!」
 いろはは軽蔑を込めて、カトゥサに叫んだ。
「フッハハハ! 最高のホメ言葉だよ。僧侶の娘」
 ステラはアレルの顔を見つめたまま固まっている。業を煮やしたアレルはカトゥサに叫んだ。
「カトゥサ! 本当にカンダタを生き返らせる事ができるのなら、今すぐやってみろ。もし本当にカンダタが生き返ったのなら、オレはステラに斬られよう!」
「アレル……!」

 マリスは怒鳴った。
「何言っているの! どうしてアレルが斬られなければいけないの!?」
「オレは……アリアハンを旅立つときに決めていた。絶対にいろはとステラを悲しませるような事はすまいと。だが結果はこれだ! ダメリーダーもいいところだ。仲間を泣かせてばかりのダメ勇者だ!」
 アレルは王者の剣と勇者の盾を床に置いた。置かれた王者の剣をステラは見つめる。あの戦いのおり、マホトーンで呪文を封じられてしまった負い目。目の前で仲間を犠牲にしてしまった。アレルは自分自身が許せなかったのかもしれない。

「ハッハハハ、美しい仲間の絆と云うヤツかね。諸君らは真剣なのだろうが、それゆえに余計に滑稽だ。フッハハハハ!!」
「外道が!」
 全身の筋肉が怒りで痙攣しているホンフゥ。マリス、いろはも激しい怒りの中にいた。
「許さない……! ステラの心を弄び楽しむアイツが許せない!」

「まあよかろう。勇者殿の要望も当然の提示であろうからな」
 カトゥサは玉座に座りながら呪文を詠唱した。そして左手を上にかざした。するとカトゥサのすぐ横に白い光がボウと現れ、やがて人の形を成していった。
「カンダタ!」
 紛れも無く、カンダタの姿がカトゥサの横にあった。しかし生気が全然感じられない。視線も焦点が定まっておらず、さながら目を開けたまま死んでいるようであった。
 しかし、目の前にカンダタが現れたステラはそんな事に気づかない。脱兎のごとくカンダタに走ろうとしたその時、
「おっと」
 カトゥサはカンダタの首元に研ぎ澄まされたナイフを当てた。ステラは立ち止まった。
「感動のご対面は後だ。さあステラよ勇者を斬れ!」
 苦渋の表情を浮かべ、ステラはイナホの剣を抜いた。
「やめてステラ! そんな事してアニキが喜ぶと思うの!? アンタがあんなヤツの手下になったなんてアニキが知ったらどんなにガッカリすると思うのよ!」
「分かっている! 分かっているよ……でも……嫌われてもいい……ブン殴られたっていい! 会いたいの……彼と……ステラと呼んで欲しいの……」
「ステラ……」
 いろははもう言葉が無かった。ステラは今どんなに苦しんでいるだろう。自分とて同じ立場となったら……そう思うと何もいえなかった。
「アレル……せめて戦って……無抵抗の人を斬るわけにはいかない……だから戦って……私が今泣いているのは貴方のせいじゃないわ……だから戦って……お願い……」

 だがアレルは武器を取らなかった。そして冷静にカトゥサが蘇生させたカンダタを見つめていた。
「アレル、剣を取って!」
「少し黙っていろステラ……」
 アレルはカトゥサを睨んだ。
「おい、それじゃ約束を守ったといえないぜ。完全に意識を取り戻させ、カンダタの声を聞かせろ!」
「それは無理だ。たった今ヴァルハラから無理やり連れ戻されたのだよ。意識が混濁している事ぐらい仕方なかろう」
「だめだ。そんな蘇生ができるのであれば、回復の呪文もお手のもののはず。こっちは命がかかっているんだ。不確かなカンダタでは退けない」
「…………」
 カトゥサは忌々しそうにアレルを睨み、そして横に立つカンダタに呪文を唱えた。目の焦点が合ってきた。顔に生気が宿る。
「カンダタ!」
「ステラ……」
「あああ! 本当にカンダタ! カンダタなのね!」
「ああ……」

 再びカトゥサはカンダタの首元にナイフをつけた。この時、アレルはしめたと思った。
 カトゥサは何の備えも無く、ただ玉座に座ったまま、偉そうにナイフをカンダタに突きつけているだけで、スキだらけでもある。この機をカンダタが逃すはずが無い。カンダタがカトゥサを攻撃したら、それと同時に全員突撃。ステラ以外の仲間たちはアレルの目からそれを読み取り、突撃の体制を整えた。
 しかし、カンダタは動かない。アレルが目で合図を送っても動かない。

「カンダタ、こっち来て……そして私を抱きしめて……」
「……その前にステラ……彼との約束を果たしてくれ……」
「彼?」
「このアークマージと交わした約束だ……今のオレは彼の術により自分で動く事が出来ない……また彼の胸三寸で再びヴァルハラに送られる……ヴァルハラは暗く……寒いところだった……もう戻りたくないんだよステラ……」

「違う……」
 マリスがつぶやいた。
「ステラ違う! アニキじゃない! 私たちのために命まで捨てたアニキがアレルを殺せなんて言うと思うの!? ニセ者よ!」
「それは違うぞマリス……」
「気安く呼ぶなニセ者! ならば私とアニキしか知らない事聞いてやる。私の最初の獲物は?」
「ランシールの金貸しから奪った財貨五千ゴールドだろう」
「!?」
 正解だった。アレルもいろはもそんな事は知らない。まさにカンダタとマリスしか知らない事である。
「じゃ、じゃあ私が一人勝手に務めに入り失敗してアニキにブン殴られたのは!」
「ポルトガの腰抜け悪大臣の屋敷に入ったときだろう。あやうく捕まりかけたお前をオレとゴメスで助け出したんだ……」
「そ……そんな……どうして……」

「クッククク……気が済んだかね? 魔法使いの娘。そうコイツは紛れも無く盗賊カンダタ。その女戦士の愛しい人だ……。私を斬りたければ斬るがいい。だが同時にコイツも消滅するぞ。今度はヴァルハラになど行かず、永遠に苦しむ魂となってこの大地をさまよう事となる。ひょっとするとモンスターのゴーストあたりになって、人間に殺されるかもな! アッハハハハ!!」
「この悪魔があ!!」
 ホンフゥはカトゥサの言葉に激怒する。しかしカンダタの命がカトゥサに握られている。どうしようもなかった。悔しそうに地団駄を踏むホンフゥを見て得意気にカトゥサは笑った。
 ニセ者、アレルもいろはもホンフゥもそれを信じたかった。しかし、今のマリスの問いをニセ者が即答できるはずもない。

「どうしてだよアニキ! どうしてステラにアレルを殺せなんて言うんだ!」
「忘れたか……盗賊は受けた恩義は恩義で返せと教えただろう……。このカトゥサはオレを生き返らせてくれた。たとえ彼が魔に属するものであろうと……その恩義には報いなければならない……だが今のオレは動けない。だからステラに頼むんだ……」
「……そんなアニキ……見たくなかった……」
 マリスは膝から崩れ、声を出して泣き始めた。
「さあどうした女戦士よ! 余はちゃんとお前の愛しい男を生き返らせたぞ。余のために戦えば完全な状態でお前に返してやる。勇者を斬れ!」

「ステラ……苦しい……カトゥサはオレの魂を何かの呪術で縛っている……解放してくれ……」
「カンダタ……」
 カンダタの首元にナイフを突きつけているカトゥサをステラは睨む。
「本当に、本当にお前に忠誠を誓えばカンダタを完全な状態で生き返らせてくれるんだな?」
「余も大魔王ゾーマ様の配下の将として誇りがある。ケチなウソはつかん。お前が忠誠を誓うなら約束は守る」
 くるりとステラは踵をかえし、アレルに対した。
「ごめん……アレル……」
「そうか……」
「さあ剣を取れ! 勇者アレル!」
「いいだろう……お前が戦えと云う以上、全力でオレも戦う。かかってこい! 戦士ステラ!」

 アレルは王者の剣を抜き、ステラはイナホの剣を構えた。たまらずいろはが間に入った。
「やめて二人とも! 分からないですか? ステラとアレルが戦えば両虎相討つのようにどちらも無事で済みません! カトゥサはそれを狙っているのですよ!」
「どいていろは! あなただって、あなただってホンフゥがああなったら絶対に私と同じ事をするはずよ。私には彼がすべてなのよ!」
「どけ、いろは」
「アレル……」
「ステラ、一言言っておく。カンダタもカトゥサに付いた以上、もはや敵だ。だからお前を倒した後、カトゥサ、そしてカンダタと片付ける。冷静に考えろ。カンダタは確かに強いが剣と共に攻撃呪文も使えるオレに勝てると思うか? どのみちカンダタは死ぬ。最終決戦を目の前に敵に寝返るようなヤツは許さない」
 鬼気迫る表情でステラを睨むアレル。ステラはフッと笑い、いろはを退かせた。
「ステラ! アレル……」
「そう言ってもらえると私もやりやすいわ……みんなも手を出さないで。これは私とアレルの一騎討ちなんだから」
 ステラはイナホの剣をギュッと握った。
「行くわよ!」
「遅い!」
 アレルは勇者の盾を前面に突進してきた。ステラの膂力のすべてが乗った斬撃が上段から一閃!

 ギィン!!

 イナホの剣と勇者の盾が激突した。防御力に富んだ勇者の盾がイナホの剣をはじき返す。そのわずかなスキを逃さず、アレルは呪文を詠唱し、ステラに炸裂させた。
「ベギラマ――!」

「あう!」
 本気だ。周りで見ていた者すべてがそう思った。アレルは本気でステラを攻撃していた。
 仲間たちは必死に辞めるよう叫んだ。いろはとマリスは泣いて懇願し、たまらずホンフゥが間に入ろうとした。
「手を出すな武闘家の男!」
 カンダタの首にナイフを突きつけたまま、カトゥサは一喝する。
「止めたらこの男をもう一度ヴァルハラに送り返してやる」
「く……」
 怒りの形相でホンフゥはカトゥサを睨む。
「てめえ……ただじゃおかねえ……カンダタてめえもだ! 見損なったぞ! 仲間にこんな非道な事してまで生き延びてえのかよ!」
「お前も死ねば分かるさ……どんなに悪名を被ろうとも命にすがりつきたくなるのさ」
「うるせえ! アレルの言うとおり、てめえももう敵だ! 首を洗って待っていろ!」

 ベギラマの高熱でステラはひるんだ。そしてすかさずアレルはステラの懐に入り、強力な肘うちをステラのみぞおちに叩きつけた。
「ぐはあ!」
 たまらずステラは血の混じった胃液を吐き出した。そのままアレルはステラの胸倉をつかんで電光石火のような足払いをかけ、石の城の床に投げ落とした。
「ぐっ!」
「これで終わりだ!」
 投げると同時にアレルはステラの体に馬乗りとなり、ノドめがけて王者の剣の切っ先を降ろした!
「くっ!」
 投げられても離さなかったイナホの剣。それをしっかりと握り、ステラはチカラを振り絞り、自分の上に乗るアレルのわき腹から肩にかけて一閃!

 ズバアッッ!!

「ううあ!」
 アレルの剣の切っ先はステラを刺さず、床に刺さった。
「ぐっ……」
「ごめん……アレル……」
 ステラの顔を見て、アレルはフッと笑い、そのまま崩れた。いろはもその光景を見て崩れた。
「もう……ダメ……ゾーマ打倒なんて夢のまた夢……あの外道の姦計によって……私たちは自滅する……」
 いろはの涙が床に落ちていく。ホンフゥは目の前で起きた現実を認めたくなく、ただ立ち尽くしていた。

「ア、ア、アレル―――ッッ!!」
 マリスは冷たい床に横たわるアレルに駆け寄った。
「アレル! アレル! 起きてよ! 冗談でしょ!?」
 だがアレルはもう何も答えなかった。
「アレル―――ッ!!」
 物言わぬアレルの体にマリスは泣きすがった。そしてその叫びをうなだれて聞くステラ。そしてそのステラをマリスは怒りの形相で睨んだ。

「恥知らず! 人でなし! 自分の大切な人さえ帰ってきてくれたらそれでいいのかよ!許さない!」
 マリスはメラをステラにぶつけた。それ以上の呪文を使わない事は、やはりステラをまだ心の中で仲間と見ているからだろうか。ステラの防具はドラゴンメイル、メラ程度の炎の攻撃はさほど効かない。
「どうした卑怯者! アレルのように私も斬ったら!?」
 ステラは何も言い返さない。ただ黙ってマリスの呪文を受け続けた。

「もうやめて!」
 いろはがマリスを取り押さえた。
「放せいろは! アレルの敵を討ってやるんだ!」
 涙声でマリスは怒鳴る。
「やめて……やめて……お願いだから……」
 いろはもまた涙声でマリスを止める。
「く……」
 マリスは床に膝を落とし、横たわるアレルの体に泣きすがる。それを振り払うようにステラはカトゥサの座る玉座へと歩き出した。
「約束どおり、勇者を倒したわ……彼を完全な状態で蘇生させて……」
「よかろう。中々の働きぶり。今後はカンダタと二人で我のために働け。よいな」
「…………」

 カトゥサはナイフを腰にもどし、呪文を唱えた。カンダタの体の呪縛が解けた。
「ステラ!」
「カンダタ!」
 二人は抱き合った。
「会いたかった……もう私を一人にしないで……」
「ああ」

 次の瞬間、ステラの首ににぶい痛みが走った。
「え……」
 カンダタの手に握られていた鋭利な刃物。それがステラの首に突き刺さったのである。
「カ、カンタダ……?」
 ステラに対し、嘲笑を浮かべているカンダタ。それがステラの見た最期の光景であった。
 アレルの死で呆然としていた仲間たちもその異変に気づいた。
「ス、ステラ!」
「何の真似だカンダタ!」
「どうもこうもない。オレはその魔法使いの娘が言ったようにニセ者さ。クッククク……」
「アッハハハハ!!」
 ニセのカンダタの嘲笑と共にカトゥサの勝ち誇った笑いが城に響いた。

 ニセのカンダタの体が煙に包まれた。赤い影が妖しく光る。
「我が名は『まおうのかげ』のザルトータン……死ぬまでの間覚えておけ……」
 マリスは呆然とザルトータンを見つめた。
「ふん、驚いているようだな。なぜ先ほどのお前の問いかけに我が答える事ができたのか……。それは簡単だ。我のモシャスはお前ら人間の操るモシャスと違い、思考、記憶、人格さえコピーできるのさ」

「悪辣な!」
「作戦と言ってほしいな、僧侶の娘。そなたは兵法に通じているというが敵を混乱させ仲間割れをさせる事は人間の兵法でも『連環の計』や『離間の計』というであろう。それと同じだよ。クッククク……」
「そう、そしてお前たちはそれに見事に引っかかったというわけだ。アーハハハハッッ!!」
 カトゥサ、ザルトータンは自分の作戦の成功を勝ち誇り、いろはたちをあざ笑った。血が逆流するほど、いろはは怒りに体を奮わせた。ホンフゥ、マリスも同様である。
「みんな……アレル、カンダタ、ステラがいない今、ゾーマ打倒はかないません。しかし、せめてあの卑劣漢二人を倒さねばあの世で三人に合わせる顔がありません」
「ああ……」
 ホンフゥはポキリポキリと拳を鳴らした。マリスも涙を振り払い、『賢者の杖』を握った。この気迫を見て、カトゥサとザルトータンはいろはたちを手ごわしと見た。
「ふん、勇者と戦士を始末できた。これ以上欲張る事もあるまい。退くぞザルトータン」
「うむ」

「逃がすか!」
 ホンフゥが疾風の速さで突撃をした。怒りのあまりマリス、いろはのフォローを受けずに飛び出してしまった。
「ホンフゥ!」
 カトゥサはニヤリと笑った。
「バカめ! イオナズン!!」

 ドオオン!

「直撃だ! フッハハハ!」

「バカ笑いはまだ早いぜ……」

「……!」
 ホンフゥの前で勇者の盾をかざし、イオナズンを防いだ者がいた。

「ア、アレル、お、お前!?」
「話は後だ、マリス! オレとホンフゥにバイキルトだ!」
「アレル!」
 マリスの瞳から洪水のように涙があふれた。
「いろは! ステラの首のキズはまだ致命傷に至っていない。ヤツらの始末はオレたちに任せ、ステラの治療に当たれ!」
「分かりました!」

「行くぞマリス、ホンフゥ! 遅れを取るなよ!」
「はいはい、まったく人使いが荒いんだから! いろは、ステラを死なせないで。言いたい事あるからさ!」
「ええ、マリスもホンフゥとアレルの援護、頼みます!」
 いろははアレル、ホンフゥ、マリスの攻撃の間隙に乗り、すばやく倒れているステラの元へ駆け寄った。
 一度は落ちるところまで落ちたパーティーの士気が急上昇してきた。アレルも無事で、ステラもまだ辛うじて息がある。鍛え抜かれたステラの首は筋肉に守られ、わずかに刃は動脈に至らなかったようだ。だが、出血量を見ると予断は許さない。

 ステラは混濁した意識の中にいた。辛うじてまだ絶命はしておらず、うっすらとアレルやいろはの声も聞こえた。
(そうか……うまく行ったんだ……アレルと私の芝居……)
 そう、アレルとステラは一騎討ちをしたものの、それはシナリオが付加されていた。
 ステラがアレルを倒したと見せかけ、カトゥサからカンダタを奪取し、その後、時間を置いて蘇生するアレルと共にカトゥサを倒すと云うシナリオ。
 ただ一つ誤算だったのはカンダタがニセ者であると云う事だった。マリスの質問に答えられた時点でパーティーは本物と思ってしまった。様子がおかしいと思いつつも、死んだと思った仲間が目の前におり、かつカンダタ本人しか知らない事も容易に口にしていたのだ。本物と感じてしまうのも不思議は無い。
 だから後半のシナリオは瓦解した。ステラはニセのカンダタだったザルトータンに首を突かれ、今は虫の息である。

 アレルとステラが学んだ剣はロカを通してのオルテガ流である。同じ流派の二人にしか分からない符号のようなものも彼らはロカより伝授されている。
 まずアレルの言った『一言言っておく』は今から符号を言うの合図で、『冷静に考えろ』は『仮死状態にしろ』と言う意味であった。そして、ステラの言った『そのほうがやりやすい』はそれを了解した事を示している。

 カンダタが本物であるのなら、この電撃作戦は成功したかもしれないが、カンダタはニセ者であり、自分は貫かれた。ステラは無念の思いであった。しかし、これで愛しい人のいるヴァルハラに行ける。
 ステラは眠るように深い意識の暗闇に落ちていった。だがその時、脳裏に不思議な光景が見えてきた。

(何……人……? 誰……見た事もない人……)
 意識の暗闇の中、ステラの心の中に一人の女性が立っている。見た事もない女性だった。
(誰……?)

(私は……イナホ……貴方の使う剣に宿りし魂なり……)


第三章「壮士たちの挽歌」に続く。