DRAGON QUEST3外伝
いろは伝奇
第九部「いろはとホンフゥ」
第二章「暗い部屋の中のいろは」「ここが聖なるほこらか……」
アレル一行は予定より半日ほど早く『聖なるほこら』に到着した。
なるほど、ほこらの随所には『魔除けの鈴』が備えられているし、どうやら扉にも何らかの聖なるエネルギーが働いているのか、邪な者には開けられそうにもない。
『ルビスに選ばれし者』であるアレルはその扉を容易に開けた。中から湿って、ややカビ臭い空気が流れてきた。たまらずマリスはむせた。
「ゲホゲホッ 何この陰湿な空気!」
「まあ、湿地帯にあるほこらだからな。仕方ないよ」
アレルはこの時もう左手に『太陽の石』。右手に『雨雲の杖』を持っていた。
カンダタがたいまつを持ち、仲間を先導している。外壁を見るとカビや汚れがへばりつき、あまり見栄えのいいものではない。
「聖なるほこらか……。完全に名前負けしているぜ」
三分も歩くと祭壇が見えてきた。その手前に二つの台座がある。おそらく、あの二つの祭壇に神器を置けば、『虹のしずく』が誕生するのだろう。
マルセラの情報に間違いは無かった。アレルは左の台座に『太陽の石』。右の台座に『雨雲の杖』を置いた。そしてルビス救出の際、アレルがルビスより授かった『聖なる守り』。それを両手で握り、祭壇に祈りを捧げた。
「精霊神ルビスよ…… 虹のしずくを我に与えたまえ!!」
後ろに控える三人も横一列に並び、アレルと共に祭壇に祈った。
「オレたちに魔の島への道を!」
カンダタが神仏に祈りごとをしたのは、生涯この一度だけではないであろうか。それゆえに祈る言葉にも重みがある。彼の左右にいるステラ、マリスも同じ気持ちで祈っていた。
やがて左右の台座の上に置かれる神器が光りだした。するとどうだろうか、あれほどに汚かった、ほこらのカビや汚れだらけの壁が、瞬時に王宮の壁のようにきれいになった。
そして二つの神器の光は中央の祭壇に集中しだした。光は金色から七色に変わり、しばらくすると、スゥと光は消えていった。
アレルは急ぎ、祭壇まで駆けた。それに仲間たちも続く。そして見た。七色に輝く宝石を。
「や、やった! これが『虹のしずく』!」
あまりの美しさにステラとマリスは『虹のしずく』に魅入ってしまう。
「ねぇん、アレルゥ。『虹のしずく』の役目が終わったら私にちょうだい」
猫なで声でマリスはアレルにせがむ。
「アレル! 仲間の中で一番付き合いの長いの私よね!」
ステラは遠まわしであるが、自分にちょうだいと言っている。アレルは虹のしずくを持ったまま、どっちにもいい返事ができずに困っている。
「アホ、島と島に橋を架けてしまうと云われる『虹のしずく』だぞ。女の装飾品には過ぎたものだ。それにこの手の道具は使った後に消えちまうのが常ってもんだ。残念だがあきらめるんだな。ははは」
カンダタが助け舟を出した。正論なので、ステラとマリスはしぶしぶあきらめた。
「コホン、では帰ろう。ほこらを出てすぐにルーラだ。いろはとホンフゥも待っているだろう」
アレルは大事に袋の中の貴重品入れに『虹のしずく』をしまい込んだ。その時にカンダタが気づいた。祭壇の下、床との間のわずかな隙間に、まるでアレルたちに自分を発見してくれるように光を放つひとつの石があった。それは四角錐の青い宝玉が黄金の柄に取り付けられたものであった。カンダタがそれを取り出してみた。
「なんだこりゃ……」
アレルも見つめた。
「不思議な感じのする石だな。いろはなら分かるんじゃないか?」
「そうだな……見たところ祝福が込められている石のようだが……」
カンダタは自分の道具袋にその石をしまった。パーティーが外に出ると、扉は再び聖なるチカラで封印されたのか、バタンと自然に閉じた。仲間四人、そして馬も揃っているのを確認し、アレルはルーラを唱えた。
「あー着いた着いた! リムルダール!」
マリスがリムルダールの町の入り口で伸びをする。
「ふう着いたか」
カンダタは胸を撫で下ろした。アレルの手には『虹のしずく』がある。四人は辛い行軍の末、ようやく『聖なるほこら』に到着し、『太陽の石』と『雨雲の杖』を融合させ『虹のしずく』を入手した。
四人だけの行軍、かつ遭遇するモンスターも手ごわい者ばかりだったので無事に着けてパーティーの分割を提案したカンダタはホッとした。
「さてっと、いろはとホンフゥはどーなったかな? 急接近しているかもよ!」
行軍中もマリスはそればかり言っていた。
「さあ、どーかな。いろはは堅い女だから」
厩舎に馬を入れながら、アレルは笑って答えた。
「なーによ、じゃあ私は軽い女ってこと?」
「そんなこと言ってないだろー?」
「いーや、そう聞こえる!」
「なに夫婦漫才やってんの、行くわよ!」
ステラが厩舎の厩員にゴールド渡すと、四人はいろは、ホンフゥがいる宿屋へと行った。
「こんにちは〜」
「いらっしゃ……」
宿屋の主人はアレル一行を見て顔を曇らせた。
「? 何か?」
「い、いえ……四名さまで百二十ゴールドになります……」
階段で二階の部屋に向かう一行。
「アレル……何か変じゃなかった? 宿の主人……」
と、マリス。
「そうだな、何か…………ああ、マルセラさん」
階段を上がるとマルセラが立っていた。ステラが駆け寄る。
「ここ数日間、ありがとうございます。で、いろはの容態は?」
マルセラはステラの問いに泣き崩れながら平伏した。
「も、申し訳ありません!」
「……え?」
「いろはさんは……いろはさんは……!」
四人の顔が青ざめた。
「こっちだ」
ホンフゥがアレルたちに声をかけた。四人は絶句した。ホンフゥの目には包帯が巻かれていたからだ。
「ど、どうしたんだホンフゥ!? ワケを話せよ!」
アレルは血相を変えてホンフゥに詰め寄った。
「あとで話すよ。さ、こっちだ……」
ホンフゥは杖を持ち、不自然に歩く。本当に目が見えない。四人がそれを認識するのに時間はかからなかった。
「ここだ……ただし部屋に入るな……」
ドアノブを回そうとしていたステラの手をホンフゥはつかんだ。
「ど、どうして?」
「ステラ……」
「いろはね? 良かった! 病気治ったんだね。ところでどうしたの? ドアを開けてよ!」
「ごめんなさい……私……もうみんなと行けない……」
耳を疑うような言葉が聞こえた。
「い、今、なんて言ったいろは?」
アレルが恐る恐る聞いた。
「アレル……ごめんなさい……。私…もう戦えない……」
「な……」
「これから私は……このアレフガルドのどこかの山奥で……ホンフゥと二人で暮らします……。私、一生ホンフゥの目となります……。もう決めたのです……」
思わず顔に包帯を巻くホンフゥを見るアレル。
「そんな必要はない。すぐホンフゥの目を治してやる」
そのアレルの襟首をホンフゥはつかんだ。さきほどにステラの腕を掴んだ事といい、目は見えなくても、やはり気配で仲間たちのいる場所は分かるのだろう。
「やめろ。今度治すと言ったら殺すぞ」
「ホンフゥ……」
襟首を静かに放した。
「すまん……食堂に行こう。ワケを話す……カンダタ手を貸してくれ」
宿屋の食堂に行き、テーブルに五人が座ったころ、マルセラとタオも現れ同席した。
「紹介します。このリムルダールの神父タオです」
マルセラがタオを紹介した。
「はじめまして」
四人はタオに軽く挨拶をした。それよりもどうしていろはがあんな選択をしたか知りたかった。ホンフゥが切り出した。
「あれは四日前の夕刻だった。いろはの容態が一向に良くならず、カンダタ、お前の言うとおり教会に助けを求めた。そして来てくれたのがタオ殿というワケだ。それで……」
ホンフゥは語った。ヤマタのオロチの配下であったヌエと云う凶獣がオロチ討伐からずっといろはに憑いていたこと。それを払う事で高熱は下がった。そしてその後、自分がヌエと戦い、何とか倒したものの、ヌエは最後のチカラを振り絞って再び呪いをかけたと。
「『呪い』? どんな?」
ステラが詰め寄る。ホンフゥは答えにくそうだった。
「ホンフゥ、教えて! 私たちにも大事なことよ!」
「私が答えます。ヌエの呪いは自分の命と引き換えに、いろはさんを醜女に変えることです。疱瘡などでできる『あばた』なんてものではありません。私がチラと見たかぎりでは、大小のコブが顔中、そしておびただしいほどのケロイドが……」
マルセラも最後は涙声になった。
アレル、カンダタは驚きのあまり声が出なかった。マリスはワッと泣き出し、ステラは呆然としていた。
「そ、そんな……」
ステラは憤然として立ち上がった。
「ホンフゥ! あなたがついていながらどうして!」
「すまん……」
「やめろステラ! ホンフゥを責める資格など誰にも無いぞ!」
「分かっている……分かっているよ……カンダタ……。でも……でも……」
テーブルに顔を伏せ、ステラは泣き出した。
「どうして……どうしてこんな事に……あんなに世界を平和にするためがんばってきたいろはが……どうして……神も仏もあるもんか……」
食堂の中に静寂が流れる。
「ホンフゥ。その目はどうしたんだ? ヌエってヤツにやられたのか?」
アレルが訊ねた。
「…………」
マルセラが再び答えた。
「……違います。ホンフゥさんは……醜くなってしまった顔を見て絶叫するいろはさんを見て……ご自分で目を切り裂いたのです……いろはさんのために……」
「な…!?」
いろはがホンフゥの目になると言った意味を一行は理解した。いろはのために自らの目をつぶしたホンフゥ。バカなことを、と誰も思わなかった。アレルとカンダタはオレはできるか? と思わず自問した。マリスがそうなったら……ステラがそうなったら……オレはできるか? 答えは出なかった。
「ホンフゥ……あなた……」
ステラも声を出して泣き出した。
「タオ殿。何とか方法はないですか? ホンフゥの目はベホマで何とかなる。しかし、いろはの顔を元に戻す方法。何か、何か無いですか?」
ステラとマリスの泣き声が響く中、すがるようにアレルはタオに訊ねた。
「精霊法術でも……シャナクでも……ベホマも効きませぬ……。いろは殿も自ら治療してみたようじゃが……このアレフガルドではもう打つ手は……」
「クッ……」
「すまんみんな……オレといろはの旅はここで終わりだ……しばらくしたらオレはいろはを連れて、どこかの山奥に引っ込む……」
ゾーマはどうする、と誰も言えなかった。しかし、四人だけでゾーマに勝てるとは思えない。ゾーマ打倒をあきらめる? それとも玉砕覚悟で行くか? アレルは決断を迫られた。その時だった。
「……アレル、上の世界、戻れると思うか?」
カンダタが言った。
「な、なんだよ。ルーラで試しただろ。行けなかったじゃないか」
カンダタは何か考えがありそうだった。
「タオ殿、マルセラ。マイラで聞いたがキメラにはただのキメラ、メイジキメラ、スターキメラといるそうですね」
「ええ……しかし、スターキメラのチカラは強大と言いますが……」
「そうか!」
タオがヒザを叩いた。
「スターキメラの翼にはキメラとは比較にならない移動系魔法力が込められていると聞く! その翼を用いればあるいは!」
「上の世界にいけるの!?」
マリスはベソをかきつつも聞く。だがステラはテーブルを叩いた。
「ちょっと! 今は上に帰れる帰れないを話すときじゃないでしょ!」
「分かっている。いろはを救う方法、ひとつだけあるかもしれん」
「なに?」
無言で会話を聞いていたホンフゥがカンダタの言葉に反応した。カンダタは自分の道具袋から小さなビンを出した。アレルも見覚えのあるビンだった。
「カンダタ、確かそれ……ピラミッドで見つけたヤツじゃ……」
「そうだ、オレたちには役に立たないものと思っていたが、捨てずに取っておいて良かった」
「カンダタ、中に入っているのは薬か?」
「ちがう『時の砂』だ」
「時の砂?」
タオはそのビンを見入った。
「それが『時の砂』!?」
「ええ、振りまくとその者にだけ時間が戻ると云うアイテムです」
「時間!?」
ホンフゥは立った。
「それじゃあヌエに呪われる前にいろはの時間を戻せば!!」
「そうだ。元に戻る」
ステラとマリスはカンダタに抱きついた。
「やったあ! さっすがアニキ!」
「すごい! さすがは私のダンナになる男だよ!」
「まあ待て、続きがある。この『時の砂』は賢者の詠唱でなければ反応しない」
「「ええ!?」」
ステラとマリスはハモって落胆の声を出す。
「マルセラ、このアレフガルドに賢者は?」
「いえ……残念ながら……」
「やはりな。上に行くしかないな」
「賢者といえば……マサール様!」
ステラとアレルは顔を見合わせうなずいた。
「よし、カンダタ、話を整理してくれ」
「ああ、まずスターキメラを倒し、一匹から一枚しか取れないと云うキメラの翼を取る。マサール殿の帰りを合わせれば三枚必要だ。その後、ステラに『アレルブルク』の町をイメージしてもらい、ジャンプ。そしてマサール殿を連れ、リムルダールに戻る。そして時の砂を使ってもらい、いろはを助ける。その後、ついでにホンフゥの目を治す。以上だ!」
仲間たちは一斉に席を立った。
「ところでマルセラ。スターキメラの生息位置、および特徴は?」
「生息位置はメルキドの町南側の森林です。容貌そのものはキメラと変わりません。しかし体の色は炎のように赤く、体が表すかのように紅蓮の炎も吐くと云います。チカラも強くダメージを与えればベホイミも唱え、油断ならざるモンスターです」
「それだけ聞ければ十分だ。アレル!」
行くぞと云うカンダタの気持ちがアレルに伝わった。
「あまり時を置きたくない。いろはの心のキズが深すぎる。スターキメラの群れと遭遇したらミナデイン一発でしとめる。フルパワーでやるぞ!」
「OK!」
アレルの言葉に仲間たちは答える。
「ホンフゥ、お前は残ってくれ。そして今オレたちが決めた事はいろはに言わないでくれ。話は全て成ってからでもいい。いろはを頼む!」
「ああ、分かった。アレルも気をつけてな」
仲間たちは宿屋を飛び出した。
「ついではねえだろ……ったく」
少し頬を膨らますホンフゥにマルセラは苦笑した。久しぶりに笑った。
第三章「賢者マサール」に続く。