[PR]

 マサオさん(53歳)の病状が落ち着いた頃、ナオコさん(49歳・会社員)は自分の体にある異変を感じていました。「私、どうしちゃったのだろう……」。ナオコさんまで具合が悪くなってしまったら共倒れになりかねません。患者を支える家族に異変が起こったとき、どのようなサポートを利用すればいいのでしょうか。

 「まるで、砂をかんでいるよう……」。ナオコさんは食事をしても、ちっともおいしいと思えなくなりました。それから眠りが浅くなり、夜中に目が覚め、朝まで寝つけない日が増えてきました。大学時代からの親友が「気分転換に」とランチに誘ってくれましたが、「食べることが大好きだったマサオさんが苦しんでいるのに、私だけ楽しむことはできないわ」と出かける気持ちになれず、断ってしまいました。

 マサオさんに胃がんが見つかってから、ナオコさんは会社をほとんど休まずに仕事と看病を両立させてきました。家事は娘たちが手伝ってくれたものの、ナオコさんは心身ともに疲れ果てていたのです。また、ナオコさんには家族にいえない悩みもありました。「抗がん剤治療を続けても、本当に効果があるのかしら。マサオさんのがんが再発や転移をしたら、私たち家族はどうなっちゃうのだろう……」。先の見えない将来に不安を感じ、ナオコさんは押しつぶされそうでした。

 がん患者さんの家族は、いちばん身近で患者さんを支え続け、ときには治療の重大な決断にかかわることもあるため、患者さんと同じようにつらい思いを抱き、そのときどきの状況に応じて心が大きく揺れ動きます。近年は、さまざまな研究からがん患者さんの家族は不安や抑うつなど精神的な問題を抱えやすいことが明らかになっており、がん患者さんの家族は「第2の患者」ともいわれています。

 実は、ナオコさんの異変に最初に気づいたのはマサオさんでした。しかし、ナオコさんに気遣う言葉をかけても「心配しないで。私よりあなたのほうが大変なのだから、自分の体のことだけを考えて」というばかり。かえってつらそうな顔をするので、何もいえなくなってしまいました。しかし、このままにしておくわけにもいきません。「ナオコまで具合が悪くなってしまったら、我が家は崩壊する……」

 「患者ではない家族のことだから、忙しそうにしている主治医には相談できないなあ」

 マサオさんは考えあぐねた末、病院内の患者サポートセンターにいるがん看護専門看護師に相談してみることにしました。抗がん剤治療の検査で病院に出かけた際、患者サポートセンターに立ち寄ってみると「まあ、お久しぶり。治療は順調に進んでいますか。今日はどうされました?」と明るく対応してくれました。マサオさんは曇り空に光が差し込んできたような気持ちになれました。

■■■■■■

解決策①

 治療以外の療養上の課題について主治医に相談しにくい場合は、がん看護専門看護師や医療ソーシャルワーカーに相談してみよう。がん診療連携拠点病院に併設されているがん相談支援センターは、その病院を受診していない患者や家族も自由に相談することができる。電話でも随時受け付けている。

●国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス/がん相談支援センターを探す」

http://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/xpKyotenSearchTop.xsp別ウインドウで開きます

■■■■■■

 「実は妻のことなのですが、相談してもいいですか……」。マサオさんがおずおずと切り出すと、がん看護専門看護師は「もちろんです。奥さまもあなたと同じようにつらい立場であることは変わりありません。私どもでサポートできることはしますよ」と手を差し伸べてくれました。マサオさんは一安心。今のナオコさんの状況についての説明が一通り終わると、がん看護専門看護師はこんな提案をしてくれました。

 「当院では、がん患者さんとそのご家族を対象としたサロンを毎月1回開いています。ここに奥さまと一緒に参加してみませんか」

 「サロン、ですか……」。マサオさんは少し戸惑いながら聞き返しました。

 「日頃だれにもいえない悩みや心配事について、がん患者さんとそのご家族が気兼ねなく語り合えるように設けられた場なんですよ。参加費は無料ですし、事前申し込みの必要もありません。お茶を飲みながらゆったりとした雰囲気の中でお話しいただけるので、気軽にいらしてください。落ち込んでいる奥さまの気持ちが上向きになれるきっかけをつくれるかもしれません。もちろん、話したくないことは話さなくてもいいルールですから」

 参加者からは、「同じ立場の人と語り合い、思いを共有することで孤独感が和らいだ」「お互いに励まし合うことで前向きになれた」「ほかの人の体験を聞くことで不安感が薄れた」といった声などが寄せられているようです。

 その夜、マサオさんは、アドバイスされたとおり「患者サロンに参加したいけど、一人では気がひけるから一緒に来てほしい」と、ナオコさんに頼みました。ナオコさんは、「付き添うだけなら」としぶしぶ承知しました。

 当日、サロンが開かれる部屋に2人で行ってみると、40~70代の患者や家族が8人ほど集まっていました。ナオコさんたちのように夫婦で参加している人もいます。サポートしてくれているがん看護専門看護師の顔を見ると、緊張していたナオコさんとマサオさんの気持ちが少しほぐれました。そして、ボランティアの女性スタッフがお茶とお菓子を配り終えると、語らいの場が始まりました。

 最初に進行役の女性がこんなあいさつをしました。「みなさん、こんにちは。私はピアサポーターです。乳がん患者で5年前に発病しました。現在も治療中ですが、患者サロンの運営をはじめ、患者さんやご家族のピアサポート活動にも取り組んでいます」

 ナオコさんは、同年代と思われる女性のあいさつを聞きながら「ピアサポーターって人がいるのか。自分も治療中なのに、ほかの患者さんや家族を支えているなんてすごい……」と感心しました。ピアサポーターの「ピア(Peer)」とは、英語で「仲間、同等」という意味です。そして、ピアサポートとは同じような境遇やよく似た体験を持つ者同士が助け合うことをいいます。がん医療の場では、以前からがん体験者(ピアサポーター)による患者や家族へのピアサポートが患者会や患者支援団体などの自主的な活動として取り組まれてきました。

 近年、このようなピアサポーターの活動を積極的に活用しようとする国の動きがあり、2012年に見直された国の「がん対策推進基本計画」ではピアサポートの推進が盛り込まれました。これに伴い、各都道府県ではピアサポーターの研修体制が整備されるようになり、活動の場も医療機関や公的な相談機関へと広がっています。ナオコさんが参加した患者サロンもそうしたピアサポーターが活動する場の1つでした。

 患者サロンでは、参加者同士が打ち解けてくると、それぞれの心の中に閉まっていたつらい思いや悩み、不安を少しずつ語り始めました。ナオコさん自身は多くを語りませんでしたが、患者を支えてきた家族の話を聞いて「私と同じような思いの人がいる」と心強く思いました。そして、その人たちがどのように大切な人のがんと向き合ってきたのかを知り、「そうか。そういうふうに考えればいいのね」と心が少し軽くなっていくのを感じました。

■■■■■■

解決策②

 がん診療連携拠点病院では、定期的に患者サロンを開催している。その病院にかかっていない患者や家族でも参加できるサロンも多いので、一度お問い合わせを。グループで話すことを好まない人には、ピアサポーターが個別に相談に応じるサロンもある。

●公益財団法人日本対がん協会「がん総合相談に携わる者に対する研修プログラム策定事業/がんサロン・レポート よろずピアサポート」

http://www.gskprog.jp/piasapo/別ウインドウで開きます

●東京都福祉保健局「ピアサポートについて」

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/iryo_hoken/gan_portal/soudan/peer_support.html別ウインドウで開きます

■■■■■■

 患者サロンが終わり、部屋を出ようとするナオコさんに「お時間があれば、もう少しお話しをしませんか」と、ピアサポーターの女性が声をかけてきました。それを聞いてマサオさんがすかさずにいいました。「がん看護専門看護師さんに治療のことで確認したいことがあるから、その間に君も話しておいでよ」

 こうしてナオコさんは、ピアサポーターの女性と2人で話をすることになりました。患者サロンに参加した感想を尋ねられて答えるうちに、ナオコさんは自分一人で抱えていた悩みについてぽつりぽつりと話し始めました。ピアサポーターは、ナオコさんが話し終わるまでじっと耳を傾けて聴いてくれた後、「よく一人でご主人を支えて頑張ってこられましたね」とねぎらってくれました。その言葉をかけられた途端、ナオコさんの目には涙があふれてきました。ひとしきり泣いた後も、ナオコさんはピアサポーターの女性としばらく話し込みました。

 別れ際にピアサポーターはナオコさんにこんなアドバイスをしてくれました。「がんはつきあいの長い病気ですから、あなたが自分自身を大切にして心身ともに健康でいることがご主人を支えるのにもっとも大事なことの1つです。毎日、短い時間でいいので、自分の時間を持つようにすると、よい気分転換になりますよ」

 そして、気持ちが落ち込んで眠れない、食べられないなど体の異変を感じて生活に支障が出たときは、心の専門家に早めに相談することもすすめてくれました。心の専門家には、精神腫瘍医(※)、精神看護専門看護師(リエゾンナース)、臨床心理士などがいます。サポートを受けたい場合は、主治医や看護師に申し出て紹介してもらいましょう。

※精神腫瘍医…精神的症状の治療を専門とする精神科医または心療内科医のこと。

■■■■■■

解決策③

 患者の家族の2~3割は、心の専門家の治療が必要になるともいわれている。近年は精神腫瘍科を設置する医療機関が増えており、なかには家族外来(患者の家族が対象)や遺族外来(患者を亡くした家族が対象)などの専門外来を開設する医療機関もある。

●日本サイコオンコロジー学会「認定登録精神腫瘍医制度」

http://www.gskprog.jp/piasapo/別ウインドウで開きます

■■■■■■

 その日、ナオコさんは久しぶりに朝まで眠ることができました。「私を支えてくれる人がたくさんいることを知って安心したわ。この先、どうなるのかわからないけれど、今日一日一日を大切にしながら、マサオさんや娘たちと頑張っていこう」と思えるようになりました。

 今回で、がんにまつわる悩みは終了します。次週からは高齢者が健康な生活を長く続け、介護を受ける状態にならないようにする「介護予防」に関する話題をお届けします。どうぞ、お楽しみに。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

■アピタル編集部より

 この連載は、架空の家族を設定し、身近に起こりうる医療や介護にまつわる悩みの対処法を、家族の視点を重視したストーリー風の記事にすることで、制度を読みやすく紹介したものです。

 『メディカル玉手箱』は、毎週木曜日朝に新しい記事をアップします。バックナンバーも含め、下記の一覧から無料でご覧になれます。

<アピタル:メディカル玉手箱・がんにまつわる悩み>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/tamatebako/(アピタル・渡辺千鶴)

アピタル・渡辺千鶴

アピタル・渡辺千鶴(わたなべ・ちづる) 医療ライター

愛媛県生まれ。京都女子大学卒業。医療系出版社を経て、1996年よりフリーランス。共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』(宝島社)、『がん―命を託せる名医』(世界文化社刊)などがある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。現在、総合女性誌『家庭画報』の医学ページで「がん医療を支える人々」を連載中。