米国の主要IT(情報技術)企業は長年、ライバルとの争いに決着をつけられる外国の戦場に目を向けてきた。1990年代、米国内の競合企業からの不服が欧州で独占禁止法に基づく一連の是正措置につながり、米マイクロソフトが苦境に陥って以来、ブリュッセルがそうした戦場として好まれてきた。その一つの結果として、デジタル分野の国際標準の設定において欧州連合(EU)当局の影響力が増した。
中国は別だった。米国のIT企業は中国では外側に置かれたままであることも多く、中国の法制度に乗じようとするよりも、知的財産権保護の不備や市場アクセスを阻む強引な措置を不服とすることのほうが、はるかに多くなっている。米アップルが今週、競合の米クアルコムに対して独禁法に絡む訴訟を中国で起こしたことは、新たな展開として注目に値する。
アップルが中国で起こしたのは民事訴訟で、知的財産権をめぐる主要IT企業間の民事訴訟が様々な国の裁判所に広がるというパターンを踏襲した形だ。だが、アップルの訴訟は、中国当局を再び介入させようとする狙いも透けて見える。中国当局は2年前、独禁法違反問題でクアルコムに9億7500万ドル(約1110億円)の和解金を払わせている。
さらに今回の訴訟は、デジタル分野の問題で中国が世界的な影響力を増していることの証左でもある。クアルコムの事例が何よりも端的に物語るように、市場規模と積極適用される厳しい独禁法が中国に新たな力をもたらしている。
中国が情報経済の調停者として重要性を高めることに道が開けつつある兆しは今週、アップルの訴訟以外にも表れた。地球の裏側のワシントンで、トランプ大統領が米国を環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱させたのだ。アジアの通商政策に対する米国の影響力を固め、中国に対抗する戦略的意図を持つ協定だった。
デジタル貿易はTPPの重要な一部分だった。TPPは、国境をまたぐ電子商取引の公式ルールを定める初の国際貿易協定となるはずだった。特に各国がデータを国内で保持しようとすること、つまりデータの流れを妨げる障壁の設置を禁ずる規定を盛り込んでいた。
■トランプ氏のTPP離脱表明に沈黙守ったシリコンバレー
これまで、そうした基本ルールが米国のIT産業に有利に働き、ITの世界を支配しつつある大規模なデータ保存とクラウドコンピューティングの台頭を支えてきた。TPP離脱に関して、シリコンバレーはトランプ大統領の怒りを買うことを恐れて沈黙を守った。アップルやグーグル、フェイスブックなど主要IT企業が加盟する業界団体、米情報技術産業協議会(ITI)が遺憾の意を表明しただけだ。