DRAGON QUEST3外伝いろは伝奇
第七部「女神降臨」
第二章「オリハルコン」
いろは一行がラダトームを発ち、三日が経った。ガライの見込みでは翌日にはルビス神殿へと到着の予定である。昨日はドムドーラに宿を取った一行であるが、その町で彼らは不思議な鉱石を見つけた。
ドムドーラの町は余所者を好まない。だから宿に泊まるも、武器や道具を購入するにも町長の許可が必要であった。仕方なく一行は馬の番のためカンダタだけを町の中に残し、ドムドーラ町長タルキン宅を訪ねた。タルキンの家令にガライがラダトーム王ラルス一世に仕える者と身分を明かすと、都からのお客として一行は応接間に通された。
国王や自治領主等にパーティーを代表して話すのはいろはの役目である。彼女が宿屋へ宿泊、武器と道具の購入許可、馬小屋の使用を申請していたその時だった。アレルのカバンに入っていた『太陽の石』が再び光を放った。暗闇に慣れていたタルキンにとってはたまらないまぶしさだった。
「ま、まぶしい! な、なんじゃそれは!」
「す、すいません。おかしいな。触れてもいないのに」
困った様子でアレルは道具袋から『太陽の石』を出した。するとタルキンの座るソファーの後ろ。暖炉の上で恭しく飾ってある鉱石が太陽の石の光と呼応するかのように、青白い光を放った。
町長タルキンは驚きのあまりに声が出なかった。目の前では若者の持つ石のオレンジ色の輝き。後ろでは青白い光。何より彼は先祖伝来のこの鉱石が光るところなど見たことが無かった。やがて『太陽の石』の光は収まったが、鉱石の光はまだ衰えない。この鉱石はラルス一世の家に『太陽の石』が伝わっていたように、ドムドーラ町長の祖先、つまりタルキンの祖が精霊神ルビスから与えられたと伝えられるものであった。
「タルキン殿、このアレルにその鉱石を触れさせていただけませんか」
ガライの要望にタルキンは口を開けたまま、首を縦に下ろした。アレルはガライに促され鉱石に触れた。するとさらにまばゆい光を放ち、そして徐々に光は薄くなり、しばらくすると普段の鉱石と戻っていった。
「町長さん。これは何の鉱石ですか?」
タルキンはすぐに答えることができなかった。彼の家にも古くから伝えられてきた言葉がある。
『この鉱石に青白き光を纏わせる者は、我に選ばれし者。鉱石オリハルコンを託せ』と。タルキンはソファーから飛び退いてアレルに平伏した。
「ああ! 私は何という果報者なのでしょう! 我が祖がルビス様に与えられた伝説の鉱石オリハルコン! それが光を放つ瞬間を、まさかこの目で見ることが出来ようとは!!」
鉱石オリハルコンの伝承について、タルキンはアレルといろはに語りだした。マリスにとっては、またつまらない話になってしまった。早く宿泊の許可を取って食事と風呂を望む彼女にとって、石がどんな光を放とうが興味は無い。旅に出て以来、しゃべる馬や猫も見てきたゆえか、もう大抵のことでは驚かなくなっていた。
ホンフゥもソファーにもたれうたた寝をしており、マリスはいろはに軽くヒジをぶつけた。
「ねえ、もう行こうよ」
「え? ああ、そうですね。で町長、宿泊ならびに……」
「もちろん許可させていただきます。馬の方は当方で面倒を見させていただきましょう」
そういうとタルキンはすべての許可証である木簡をいろはに、そしてオリハルコンをアレルに託した。
「どうぞ、お持ちください。このオリハルコンはアレル殿のものでございます」
ようやく一行はタルキン宅を後にした。アレルは白い布でオリハルコンを包んでいたが、正直扱いに困っていた。
「どうすんだよ……こんなに重いのを託されてもなあ……」
確かに道具袋に入れられない重さと大きさである。馬に持たせるのも安定に欠けてバランスも取りづらい。
「でもルビス様から与えられたものでは粗略にもできません。どうしたものやら……」
「困りましたね……どこでどう使うのかも見当つかないですし……」
ガライといろはもオリハルコンの扱いに困っている。その時にホンフゥが名案を出した。
「よお、ガライ。ここは砂漠にも近くて歩いての旅は難しい地域だ。馬車屋は無いのか? こちらには馬六頭あるんだ。二頭用のを作ってもらい、それにいろはとガライが乗り、周りをオレとアレルとカンダタで固めて行軍する。武器や防具も道具も馬車の中に入れられて、オレたちも身軽になる。悪い考えではねえと思うんだけど……」
「「それだあ!」」
アレル、マリス、カンダタ、ガライがホンフゥに人差し指をビシッと指し、一斉に叫んだ。
「ホンフゥ、すごくいい考えです。ガライ、何とかなりませんか?」
「町の南に厩舎がございましたから、何とかなるかもしれません。私が掛け合ってみます。みなさんは宿で待っていて下さい!」
そういろはに言うとガライは町の南へと走っていった。ホンフゥの肩をポンポンとアレルが叩いた。
「いや〜まるでマサール様をほうふつさせる知恵だったぜ。これで旅が楽になるばかりか、早く行軍できるし、荷物を下ろせるから身も軽くなり攻撃力も上がるぞ!」
「そうそう! 私ホンフゥ見直しちゃったよ!」
頭が良い、と云う点で褒められた事が皆無に等しいホンフゥはアレル、マリスに褒められて体がくすぐったくなった。
「よ、よせよ。ケツがかゆくなるぜ」
やがてガライが馬車一台を確保できたことを一行に告げた。ゴールドはやや高めに取られたが、タルキンの計らいで頑丈、かつ整備が充実した馬車が用意された。暗闇を行軍できるよう照明器具も装備し、馬車の中も広い。
御者の仕方もガライといろはが教わり、問題のオリハルコンは車内の奥にデンと置かれた。
馬車を手に入れ、翌日にドムドーラを後にし、一行はルビス神殿を目指した。先頭はアレル、右翼にマリス、左翼にホンフゥ、しんがりにカンダタが付き、馬車を囲むように行軍した。いろはとガライの御者の腕前も、教え方が良かったのと、物覚えが良い二人だったのが幸いだったのか、ほんの数刻で堂に入ったものとなった。車を牽く馬二頭は足並みを乱すこともなく、進んでいった。
騎乗による戦いも、ラダトームを出た当初はぎごちなかったが、今ではすっかり慣れた。とはいえ戦闘スタイルが組み打ち術主体のホンフゥには不向きであり、彼だけは常に馬より降りて戦っていた。
暗闇の行軍、彼らはしばしばモンスターより攻撃を受けた。ステラがいた当時の陣形も作戦も使えない。
ガライは戦闘には参加できない。少し辛い戦いではあったが、五人はチカラを合わせ、その都度に切り抜けていった。
ガライが三日目のキャンプ地と見込んでいた場所に、そろそろ到着するときであった。先頭のアレルの鼻歌がピタリと止まり、それと同時に馬車も他の仲間たちも馬を止めた。
「みんな、上だ!」
暗闇の空には魔物の眼と思える赤い光が無数に点在していた。カンダタが冷静に数えた。
「全部で三十……いや四十はいるか……馬から降りて陣形を組んで戦ったほうが良さそうだぞ、アレル」
「そうだな。円陣で迎撃する。ガライは馬車の中で待機していてくれ」
いろはは御者台を降り、クシナダの薙刀を構え、ホンフゥはヒョイと馬を降り愛馬の首をポンポンと叩き、戦闘の間合いから遠ざけた。マリス、カンダタも馬を降りて武器を構えて暗闇に浮かぶ赤い光を見据えた。
ガライは急ぎ、アレルたちの乗っていた馬の手綱を引き、馬車につなぎ、眼を凝らし赤い光を見た。
「……キメラか……やっかいだな……」
五人は円陣を組み、互いに背後の死角を無くした。
「空からの攻撃は厄介だぞ。先手必勝、マリス、いろは、呪文を!」
いろはがバギクロス、マリスがベギラゴンの呪文を詠唱し始めると同時にキメラの大群が、いろはたちを目がけ、すさまじい速さで降下してきた。アレル、カンダタ、ホンフゥが迎撃体制に入った。しかし、その時だった。聴いたこともない美しい旋律が戦場に流れた。ガライが馬車の上に立ち、竪琴を弾いていたのである。
「退け、キメラども!」
つい数秒前まで殺気立っていたキメラが、急に猫なで声を上げ、ガライの言葉に従うように、その場から去っていったのである。
呪文を詠唱していた、いろはとマリスは口をポカンと開けてガライを見た。アレル、カンダタ、ホンフゥは目の前で起きた現象が信じられず、戦場をキョロキョロと見渡していた。だがキメラの大群は、もう一匹もいなかった。
「ガ、ガライ、アンタ今、何したの?」
馬車から降りてきたガライに、すかさずマリスが詰め寄った。ガライは少し照れ笑いをして答えた。
「この『銀の竪琴』は魔物を払うチカラがあるんですよ。『太陽の石』や『オリハルコン』とは違い、ルビス様から与えられた神器ではないですが、私の家に代々伝わってきた竪琴なのです」
ガライの腕の中にある竪琴をいろはは感嘆して見つめた。
「驚きました。この世にはまだまだ私の想像もつかない道具があるのですね」
「本当にたまげたな〜 でも、そんなにイイモノがあるのなら、もっと早く使ってくれても良かったのに」
「すいません。しかし皆さんはゾーマと相対するまで、わずかでも戦いの経験を積まれたほうが得策と考えまして……今まで使用は避けていたのですよ」
ガライは『銀の竪琴』を皮袋にしまいながら、アレルに答えた。その竪琴にカンダタは随分と興味を示した。
「おいガライ、ちょっとその竪琴を貸してみてくれよ」
「だめ。絶対にだーめ」
「なんだよ。ケチ」
「この竪琴は私以外の人間が使うと大変なんですよ。私が使えば今のように魔物を追い払うことはできますが、違う人が使うと逆に魔物を引き寄せてしまうのです。だから絶対にダメ」
「だーいたい竪琴ってガラじゃないでしょ。アニキは」
マリスの言葉にカンダタは口をプク〜と膨らませた。
「あ!? バカにするなよ。オレほど竪琴の似合う優雅で華麗な男は……」
「さあ、ガライ! もう少しで今日のキャンプ予定地でしょ! 行きましょ!」
マリスが言うと、仲間たちは行軍の準備を再開した。
「全然、人の話聞いてねえし……」
すねるカンダタを見て、いろははクスッと笑った。
そして翌日、いろは一行は城塞都市メルキドの南西に位置するルビス神殿に到着した。
言い伝えでは、アレフガルドを作ったルビスが最初に立った場所がここらしい。神殿の入口に馬車を止め、馬をつなぎ、一行は神殿へと入っていった。
神殿の中は無人であった。だが不思議とほこり一つないほど清潔だった。誰かが手入れをしているのだろうか。アレルがガライに訊ねた。
「ガライ、ルビス様の神殿、と云うのに神父もシスターもいないのか?」
「前はメルキドの神父やシスターが常駐していたのですが、周知のとおりルビス様がゾーマにさらわれてからは、たまに神殿内の掃除にやってくるだけのようです。このように暗闇の世になってしまっては人々の信仰心が薄れるのも無理はありませんからね……」
「なるほどね……」
神殿の廊下を歩き、しばらくすると礼拝堂が見えてきた。その中央にルビスと思える像があった。美しい女神像。それがルビスである。
「これが……ルビス……ラーミアの本来の主……」
ルビス像の下、いろはが祈りを捧げた。
「アレルさん、ほら貴方も」
ガライがアレルにもルビス像に祈りを捧げるように促した。
「あ、ああそうだっけ。でも何も起こらなかったからと言って、オレを怒るなよ」
「分かっているよ。とっとと祈れよ」
ホンフゥは重い鉱石オリハルコンを持っていたので、すこぶる機嫌が悪い。
「しかしアニキ。本当にアレルが祈りを捧げてもなーんにも起こらなかったらどうする?」
「その時は、完全に手詰まりだな。またラダトームに戻り、善後策を講じるほかない」
カンダタも不安だった。魔の島に渡る方法、ルビスの封印を解く方法、ここで何も手がかりが得られなければ、パーティーは完全に行き詰る。どこに行ってよいのか分からないのだ。目標と道しるべが無い行軍ほど、危険なものは無い。ましてやアレフガルドは暗闇の世界。士気の激減たるや地上の比ではない。祈るように、カンダタ、マリス、ホンフゥ、そしてガライはいろはとアレルを見守っていた。アレルは『太陽の石』を握る。ホンフゥがアレルの傍らに『オリハルコン』を置く。
双方の秘宝はアレルの祈りに呼応するがごとく、徐々に光を放ちだした。
時間にして、どのくらい経ったであろうか。ルビス像が白色の光を放ち始めた。
「通じた!」
アレルより先にガライが叫んだ。重臣ユキノフに命じられ、共にここまで来たものの、手がかりを得られるかどうかは彼も半信半疑であった。だが、ルビス像は確かにアレルの祈りに応えるように、光を放った。その光はやがて人の形となり、一人の女がそこに立った。そして透き通るような美しい女性の声を神殿内にいる者すべてに聞かせた。
「……待っていました。選ばれし者……」
思わず、その場にいた者、全員が平伏した。アレルは恐る恐る声を出す。
「ル、ルビス様ですか!?」
「いいえ……私はルビス様に仕える精霊ネリー……」
「精霊ネリー!」
ガライは腰を抜かしたように驚いた。ルビスと同様にネリーもまたアレフガルドでは神も同然のように伝えられている。実際に会う日が来るなんて想像もしていなかった。
「ネリー様、私は僧侶のいろは。お聞きしたき儀がございます。よろしいでしょうか」
「いろは殿、あなたの聞きたいことは、このネリーも承知しております。魔の島に渡る方法、そして我が主ルビスの居場所、それを聞きたいのですね?」
「仰せの通りにございます」
「ルビス様のおられる場所。ここメルキド大陸のはるか北、マイラ山脈。アレフガルド最北端の地の塔、最上階に封印されています」
「あ、あの塔に?」
ガライの顔が青くなった。いろはが訊ねる。
「どんな塔なのです?」
「はい、かつてゾーマの侵攻に備えるべく建てられた前線基地です。ですが今は魔物の巣窟で……」
このアレフガルドに来てから、パーティーはまだ迷宮や塔のたぐいは、まだ攻略していない。できれば避けたい道のりであるが、魔の島に渡るために必要とされる『雨雲の杖』はルビスが所持している。避けて通る事はできない。
「私ども精霊は、魔に対するチカラは持っておりません。だから主ルビスに選ばれし勇者をずっと待っていました。この笛を託すために」
そういうと、ネリーはひとつの笛を、いろはに渡した。
「ネリー様、これは?」
「これは『妖精の笛』。ルビス様は塔の最上階に像となり封印されています。その像の前にて笛を吹けばルビス様の封印は解けます」
ルビスを救出するまでの道筋が一本繋がった。あとは魔の島に渡る方法をネリーに聞くだけであるが、ネリーの体が徐々にぼやけ始めた。
「ネリー様?」
役目を終えたかのように、消えていくネリーにいろはが訴えた。
「ネリー様! 魔の島に渡る方法を!!」
「それは我が主ルビスが御導きくださるはずです。そして……我が主を助けんとする皆さまに、せめてもの助力をさせて下さいませ」
ネリーが姿を現すときに、彼女を包んでいた光。その光がいろは、アレルたちを包んだ。
「我が主、大地の精霊ルビスよ! この者たちを、かの地に運びたまえ!」
「こ、これは!?」
「アレル! これはオーブにてレイアムランドに飛んだ時と同じ現象です! ネリー様は私たちをどこかに運ぶつもりです!」
いろはの体も白い光が包む。
「運ぶぅ? もうあの時みたいな寒い場所だけはイヤよ!」
マリスの言葉を最後に、ルビス神殿からパーティーは風のように消えた。
「アレルよ、いろはよ、ルビス様を!」
ネリーもまた、風のように消えていった。そして二度と、このルビス神殿に姿を現す事はなかったのである。
ネリーの術により、飛ばされたパーティーは、気づいたらアレフガルドを南から北に縦断し、マイラ山脈のふもとに到着していた。ルビスが封印されているであろう塔も、その場から見ることができた。馬車や馬までもネリーは一緒に運んでくれたが、いかに炎を見ても平気な馬たちも、いきなり光に包まれ飛ばされた経験なんてあろうはずも無く、興奮状態にあった。アレルとガライは馬車に繋がれている馬を懸命になだめた。
「ドウドウ! 静まってくれよ! ガライ、足に蹴られないように注意しろよ!」
他の馬は、ホンフゥらにより落ち着き始めたが、馬車の馬は繋がれている状態なので、中々興奮がおさまらない。その時、いろはが二頭の馬の頬に優しく触れた。すると馬はピタリと暴れなくなり、落ち着いた。ガライは額の汗を吹きつつ言った。
「あんなに暴れていた馬が……いろはさんは不思議な方ですね……」
ガライの言葉にアレルは少し微笑んだ。
「まあな……本当はオレよりも、いろはのほうが『ルビスに選ばれしもの』に相応しいのかもしれないな」
「そうですね」
あっさりと認めるガライにアレルは腰が砕けた。
「少しは否定してくれよう。冷てえなあ」
アレルとガライの思わぬ漫才にパーティーに笑い声が流れた。
「さてっと。馬も落ち着いたようだし、ガライ、このマイラの地の事や塔について分かっている事を説明してくれないか」
「わかりました」
カンダタの要望に答え、ガライはフトコロにしまっていた地図を出した。その地図を中心にパーティーは車座になった。
「このマイラは、温泉地として古くから栄えました。中心に位置しますマイラの村は森林に囲まれ、そして、ラダトーム、ドムドーラ、メルキドと同様、東西南北に『精霊の守り』により結界が張られ、魔物の侵入はおろか、近づく事さえ許してはおりません」
ガライの指が地図上のマイラの村から北の塔に移る。
「この塔はルビス神殿でも申しましたように、昔、ゾーマの侵攻に備えるために建てられた前線基地です。しかし、今では魔物の巣窟となっており、昨日に戦いましたキメラ、またアームライオン族では最強と言われるラゴンヌも潜むとか。最上階までの道のりは容易なものではないでしょう。また、塔の中では私の『銀の竪琴』は効果が無く、戦闘で私はお役にはたてません」
いろはは遠目に見える塔を見た。その塔はガライの言う通り、邪気に満ちていた。
「……なるほど、かなり辛い塔となりそうですね。ところでガライ、このマイラの村には、この地からどれぐらいの行軍で着きますか?」
「二時間もあれば」
「よし」
いろはの意図を読み取ったアレルは車座から立った。
「今日はマイラの村で宿をとろう。明日に塔を攻略する」
ホンフゥらにも異存は無かった。その中でマリスは何か嬉しそうな表情をしていた。
「ねえ、ガライ。温泉で栄えたと言っていたわよね! じゃあマイラの村には露天風呂とかもあるの?」
「ええ、ありますよ。薬用効果もあり、評判のよい温泉があります」
「やった! 温泉なんて久しぶりだよ! 楽しみだな〜」
カンダタ、ホンフゥにとってもアッサラームの妓館以来である。いい命の洗濯ができると勇んで自分の馬にまたがった。いろは、アレルもあまり顔には出さなかったが、翌日の戦いに備えて鋭気を養えそうな温泉の存在は嬉しかった。馬車を牽く手綱にもチカラが入る。
ガライの言うとおり、二時間程度でパーティーはマイラの村に到着した。馬と馬車を村の入口にあった厩舎にあずけ、宿を探した。探すと云っても温泉の村であるから、どこも宿屋だらけである。
中には賑やかな宿もあった。暗闇の中で希望を見出せないアレフガルドの民にとっては、温泉は数少ない娯楽。どの宿も中々の繁盛振りであった。その中で、宿の看板と武器屋の看板が一緒になっている温泉宿を一行は見つけた。町の西外れにあり、あまり賑やかでもなく、また武器も売っているのであれば都合もいい。その宿に泊まることを一行は決め、のれんをくぐった。
「いらっしゃいませ!」
年のころは二十代後半、ルイーダより少し若い程度の女将が一行を歓迎した。
「まあまあ、とてもお疲れのご様子で! 当店の温泉は疲労回復にピッタリでございますよ!」
「今日一日、お世話になります」
いろはが女将の座るカウンターに人数分のゴールドを出した。女将はいろはからゴールドを受け取りながら、アレルをチラチラと見ていた。
「……? オレの顔に何か?」
「いや、お客さんの顔……どこかで見たことが……」
「何か、前にも似たようなこと言われたな。何だっけ」
と、ホンフゥ。カンダタが答えた。
「ホレ、サマンオサのスティーヌさんが、アレルの顔をオルテガ殿とそっくりと」
カンダタのこの言葉に、女将は手をパン! と鳴らした。
「そうそう! オルテガ様よ! 本当にそっくりだわ」
「……え?」
父のオルテガがこのアレフガルドに来た事がある。信じられないことをアレルは聞かされた。
「女将さん。父はここに来たのですか?」
「なんだ、息子さんだったの。どうりで似ていると」
すると、カウンターの奥の部屋から、その女将の夫と思える男が出て来た。たくましい体躯。そして体じゅう、どこもかしこもキズだらけの男であった。
「へえ、オルテガさんの息子さんが来たって……」
「………………!!」
いろはは信じられない人間をそこで見た。その男もまた、いろはを見て息を呑んだ。
アレルとホンフゥは男の顔といろはの顔をキョロキョロと不思議そうに見た。いつもは冷静沈着のいろはが、まるで幽霊でも見ているかのように震えていた。
男の妻である女将も不思議そうに夫の顔と、いろはの顔を見ていた。そして、いろはがようやく言葉を発した。
「サ、サスケ……」
第三章「再会」に続く。