DRAGON QUEST3外伝
いろは伝奇

第五部「決戦バラモス」
第二章「死闘バラモス」
 バシャバシャ
「ふう……」
 バラモス城の庭園には水郷もあった。ステラは自分の顔についた、自分の嘔吐物を洗い流した。
「やっとツンとする臭いが取れたわ。しかし何とも情けない話だね……死臭に参ってしまうなんて……」
 よほど、自分に腹が立つのか。目が少し潤んでいた。しかし洗顔の水でそれは他人には涙に見えない。ステラは顔を拭こうとしなかった。
「ゴメンね……アレル……」
 マリスもまた、泣きべそをかいていた。
「気にするなよ。誰だって苦手なものはあるさ。オレだってジパングでいろはに無理やり食べさせられた『ナットウ』は苦手だ」
「優しいのねアレル……ありがとう……」

 パーティーは水郷のほとりで小休止を取った。すぐにバラモスの元へとアレルは言ったが、いろはが止めた。全員の体力、魔法力が全快した以上、撤退の必要はなくなったが、パーティーの頭脳であるいろはがすぐにバラモスと戦うことを止めたのである。
 パーティーはそれぞれ腰を下ろして、いろはが作り各自が携帯していた食料を食べていた。
「これでいい。これでみんな落ち着くだろう。バラモスは怒りによって攻撃力を水増しした程度で倒せる魔物じゃない。落ち着いて全員が冷静になることこそが大事だ。さすがだな。いろは」
 と、カンダタ。
「ええ、最初はみんな休憩に渋々だったようですが、今は落ち着いて良い状況です。あのまま行っても、私も、そしてみんなも頭に血が昇り、腰を構えた戦いができなかったでしょう。こんなときにこそ冷静にならなくては。あ、もう一個食べます?」
 いろはは特製のジパング名物『オニギリ』をカンダタに差し出した。
「いや、戦いの前だ。六分程度にしておくよ」
 いつもは大食のアレルやホンフゥ、ステラも軽い食事だった。いろはのオニギリ。コメそのものを食べたことの無かった仲間たちは、最初はいろはのオニギリに戸惑っていたが今では全員がいろはのオニギリの虜であった。もっと食べたいのをグッと押さえ、各自はカバンに残りのオニギリを入れた。

 この小休止の間、敵は出現しなかった。無論のこと聖水とトヘロスで自分達の周りには十分な結界を張ったが、モンスターたちは一体もアレルたちの前に姿を見せなかった。バラモスが最後の晩餐とばかりに余裕を見せたのか。それとも、もうわずかな戦いも経験させたくなかったのか。空腹を癒し、小休止も終えた。
「よし、みんな、そろそろ行くぞ!」
 アレルの言葉に五人は立ちあがり、武器を持つ。つい先刻は竜の女王の亡骸を冒涜し、自分たちへの刺客として利用したバラモスに怒り心頭だった。しかし今、各々にその怒りによる気負いは無い。あるのは強い意思の宿った十二の瞳であった。
「それと、いろは。さっきの戦いの時、メガンテを考えたな」
「え?」
「オレは何でもお見通しなんだよ。二度とそんな考え起こすな。分かったな」
「アレルの言うとおりだ」
 カンダタがいろはの額を軽く叩いた。
「今度ああいう時が来たら、オレが代わりに死んでやる」
 ホンフゥは笑った。ステラとマリスは少し申し訳なさそうに微笑んでいた。
「みんな……」
「竜の女王、世界の人々、そしてオレたちに対して、あのクソヤロウがやったこと。倍にして返す。オレたちを怒らせたことを後悔させてやろう!」
 勇者アレルはカッと目を開き、パーティーに叫んだ。
「目指すはバラモスの首ひとォつッ!!」
「「オオ!!」」
 五人は腹の底から声を出し、アレルの激に応えた。気合と士気は十分である。パーティーは水郷より一気にバラモスのいる神殿へと駆けて行った!!

 城のもっとも優美な建物。これがバラモスの神殿である。アレルは入口の分厚いドアを開けた。
 大理石か何かで出来ているのか、ドアそのものもアレルたちが見たこともない豪勢な造りだった。しかし、これはかつてネクロゴンドの民が奴隷として酷使され建築された神殿である。どれだけの人々が犠牲になったのか。床や天井、壁からも死んでいったネクロゴンドの民の怨嗟の声が聞こえてくるようだった。
 神殿の中に入り、少し歩み周囲を見わたすと、そこは巨大な講堂に思えた。左右の壁にはかがり火が並んで燃やされている。そのかがり火に照らされてはいるが、天井と奥の壁などは全く見えない。
「すごい神殿だな……」
 思わずカンダタは感心したように、ポツリともらす。

「その通り……。気に入ってもらえたかね? 奴隷の人間どもによって建てられた由緒ある建物なのだよ……。フッフフフフフ……・」
「バラモスか!」
 六人は歩みを止めた。
「左様……余が暗黒の魔王バラモス……」
 同じ部屋の中にバラモスがいる。そしてバラモスの声は重く、そして恐ろしかった。六人は背筋に寒さを覚え、冷や汗が流れる。
 自分達の近くのかがり火では照らされない神殿の奥。そこに紅の二つの光がボウと灯った。その紅の光が、徐々に姿をかもし出す。紅の光はバラモスの目である。
 まさに魔王と言えるその威圧。その紅の目がアレルといろはたちを見下ろす。脆弱な虫ケラをあざ笑うかのように、バラモスは耳元まで裂けている醜い口を吊り上げる。巨大な手足に鋭い爪。
 背丈などはアレルの十倍くらいありそうである。それが魔王バラモスの姿であった。六人は息を呑んだ。そして思った。『これが魔王バラモス』と。

 アレルはクサナギの剣の切っ先をバラモスに向けて叫ぶ。
「バラモス! キサマのおかげでどれだけの人間が死んだことか! 涙を流してきたか! キサマの命一つじゃ勘定が合わねえが、その首、もらい受ける!」
 アレルの気迫の言葉に同調するかのように、仲間たちはバラモスをにらみ、闘志を高める。そしていろはが前に出た。
「ジパングの、そして世界の人々のため、バラモス、あなたを討つ!」
『クシナダの薙刀』の切っ先をバラモスに突きつけた。
「ほほう。負け戦で小便をもらした小娘にしては、えらい風吹かしよる。まあ良い。そなたも余のコレクションに入る身。大口くらいは許してやるわ」
「コレクション?」
 バラモスは掌を上向きに広げた。するとそこには、ある室内の映像が映し出された。その映像を見て、いろは、ステラ、マリスは絶句した。
「これが余のコレクションだ。どうじゃ。みな美しかろう……」
 そこにはおびただしい数の少女のはく製があった。すべて裸で表情は微笑。不自然極まりない笑顔であり、一人一人の少女が執っている格好は裸婦像とはとても云えない卑猥なものであった。
「狂ってやがる……!」
 忌々しそうにホンフゥは言葉を吐き捨てた。ホンフゥの言葉にバラモスは笑った。
「クッククク……余は極めて正常だよ」

「なんていうことを! 死してなお、辱めるなんて!」
 マリス、ステラもいろはと同じ気持ちであった。激しい怒りが止め処なく湧いてくる。自分とそう歳の変わらない少女達が死してもなお魔王の慰み者として裸体をさらしている。血が沸騰するほど、マリスとステラは激怒した。最後尾でしんがりを努めているカンダタが小声でつぶやく。
「落ち着け。これもヤツの挑発かもしれんぞ。いつでもアレルの号令で飛び出せるようチカラを練っておくんだ」
「……わかっている……でも……!」
 怒りで歯を食いしばるステラの口元から血が滴り落ちた。
「絶対に許さない……」
「私もだ。こんなにアタマに来たなあ生まれて初めてだ。バラモスのツラ。ガキのころの私を買ったスケベな金持ちによく似てやがる。ブっ飛ばしてやるぜ」
 怒りに震えながらも、冷静を保とうとしている妹マリスの背中を見つめるカンダタ。だがふと見えたバラモスの掌より映る映像に言葉が無くなった。アレルもそれに気づいた。
「あ、あれ……いろは? いや違う……ヒミコ?」
「………………!!」

 いろはの全身に鳥肌が立つ。バラモスのコレクションルームに自分と酷似した少女の裸体があった。しかしそれはいろはの体ではない。彼女の姉の体だった。そしていろはは気づいた。あれはヤマタのオロチが化けていたヒミコではなく、まぎれもなく自分が愛してやまない双子の姉ひみこの体だったのだ。
 ひみこのはく製はまるで男を色香で篭絡しているような格好をしていた。思わず目を背けるいろは。

「クックククク……。わざわざ墓を掘り起こさせて遺体もきれいに直し、余のコレクションとなったのだ。美しいだろう? 久しぶりの再会はどんな気持ちだ? フッフフフ……」
「……この悪魔め……!」
 カンダタの言葉にバラモスは笑う。アレルがいろはを見ると、いろはは不気味なほどに冷静な顔をしていた。目はすわり、思わずゾッとしてしまうほどであった。青白き炎の怒り、そう思わせるいろはの顔だった。
「しかし、今日は三人もコレクションに加わるとはな。めでたい日だ。ハッハハハハ!!」
 好色を伺わせるバラモスの声と目にステラとマリスは怒りと同時に寒気を覚える。
「……こ、こんな野郎に……人間は怯えていたのかよ……! 世界を席巻するぐらいなら、どれだけの魔王かと思えば……ただの変態じゃねえか!」
 アレルの号令を待たず、ステラは飛び出すべく腰を疾走に備えた。

 パン!

 いろはが手を一つ叩いた。ステラはその音でハッと我に帰る。
「……たとえ、どんな性格の魔王でも強さは本物。バラバラに戦っては勝てません。アレル、そろそろ始めましょう。もう彼の声は聞くに堪えません」
 青白き炎の怒り。その炎が天を衝かんばかりに燃えている。アレルはうなずき、一同に顔を向ける。五人は武器を持ち、構えた。

「そなたらのハラワタを喰らい尽くしてくれるわあ!!」
 バラモスは、大将のアレルに向けて突進を開始した!
「先手必勝! マリス! いろは! ヤツの目だ!!」
「待っていたぜ! マヒャド!!」
「行きます! バギマ!!」
「行くぜ! ラ・イ・デ・イーン!!」

 三つの魔法が一斉にバラモスの両眼に向けて放出された! ステラ、カンダタ、ホンフゥもバラモスに突進した。まず、マヒャド、バギマがバラモスの顔に直撃した。竜の女王が言った
「キズを受け、ヤツ体の中が外に露出でもしないかぎり、そなたたちの呪文は効かない」
 と云う言葉を受け、二人は考えた。ならば眼球はどうだろうかと。彼女達はそれを実践した。ピンポイントで二つの呪文をバラモスの眼球に叩き込む。
「グオッ……」
 バラモスが自分の両眼を押さえた。
「効いている! 効いているよ! いろは!!」
「ええ、どうやら竜の女王が危惧されていた『闇の衣』をバラモスは纏っていないようです」
 そして更に、バラモス城の天井をブチ抜いて、勇者の雷がバラモスに直撃した!!
「グアアアアアッッ!!」

「右!」
 ホンフゥが黄金の爪をバラモスの右腕に叩き込む!
「左!」
 カンダタが魔神の斧をバラモスの左腕に振り下ろす!
「中!」
 ステラがイナホの剣でバラモスの腹部を刺すべく、全体重を乗せた突きを出す!

 ギィンッ!!

 すべての攻撃がバラモスの硬い皮膚の前に防がれた。
「ゆるい……」
 バラモスは太い右腕を横なぎに払った。三人は辛うじて防御するが、その衝撃はすさまじく、壁まで吹っ飛んでしまった。
「ぐ……!」
 壁に直撃する前、カンダタがステラをかばい、ステラは壁に激突せずに済んだ。だが二人分の衝撃を受けたカンダタはダメージを負った。
「カンダタ!」
「バカヤロウ! オレなどにかまってねえで、バラモスをちゃんと見ていろ!」
 ホンフゥは受身を取り、さほどのダメージは無い。アレルはパーティー全体を見渡す。
「いろは、カンダタにベホマを。その後パーティーにピオリムとフバーハ。そしてマリス、ステラとホンフゥにバイキルト。そのあとパーティー全員にスクルトをかけた後、オレとカンダタにバイキルトを頼む。しかる後、後陣にいつでも呪文を撃てるように待機し、援護に努めてくれ。長期戦になるだろう。根負けするなよ」
「ハイ!」
「ラジャー!」

「ハッハハハハハハッッ どんな作戦を立てようとムダ、ムダ、ムダアッ!!」
 バラモスは両手をいろは、アレル、マリスに向けた。
「来ます!」
 いろはが叫ぶと同じに大火球がすでに目の前にあった。三人はすばやく避けたが、その避けた先に再びバラモスは大火球メラゾーマを放ってきた。同時にマリスは呪文の詠唱を始めたが、
「くそ! マホカンタが間に合わない!」
 呪文反射のマホカンタは間に合わない。アレルは二人を抱きかかえて、横に跳躍。間一髪にメラゾーマを凌いだ。
「よし、作戦どおり頼んだぞ!」
 二人の無事を確認したアレルはクサナギの剣を抜き、バラモスに向かった。いろははアレルの指示どおり、すぐにカンダタにベホマを唱え、全員にピオリムとフバーハをかけた。マリスも同様にパーティーにスクルトを唱え、ステラとホンフゥにバイキルトをかけた。無論、ルカニやマホトーン、ボミオスなどの相手のチカラを軽減させる呪文を使うことも考えたが、バラモスの力量から効果は期待できないと考え、自分たちの能力を上げる呪文だけに徹底した。

 しかし、その一連の攻撃補助呪文も焼け石に水の状態であった。バラモスの吐く激しい炎は直撃を避けても、その輻射熱で呼吸すれば気道熱傷を起こしてしまう。うっかり呼吸も整えられない。ステラはノドに激痛を感じ、咳き込んだ。
「ゴ、ゴホッゴホッ!」
「そうりゃあ!」
 そのステラにバラモスの巨腕が襲う。
「ぐああッッ!!」
 カンダタがステラの前に立ち、盾となりバラモスの巨腕の直撃を受けた。
「カンダタ!」
 息を呑むステラにさらにバラモスの一撃が迫る。カンダタはすかさずステラの足首をつかんで引っ張り転倒させて、その一撃を避けさせた。
「しっかりしろステラ! テメェはオレを倒した女だろうが!」
「カンダタ……!」
 しかし、二人のそんな会話をあざ笑うように、バラモスは攻撃をしてくる。次の一撃では二人ともバラモスの拳の直撃を受けた。二人は神殿の壁まで吹っ飛び、もはや剣を持つのもままならない。

 現時点でバラモスに有効なダメージを与えたのはアレルのライデインだけであるが、バラモスはすでにそのダメージを自ら回復させている。また仲間たちが次々と負傷しているため、アレルもいろはと同じく回復役に徹するしかなく、再びライデインを唱える機会に恵まれなかった。

 バラモスはその巨体に合わず、動きも俊敏だった。前にいたと思えば背後に回る。前衛四名、後陣二名の編成では背後に回られた時に、防御力に乏しいいろはとマリスにバラモスの一撃が彼女たちを襲う。それを危惧したアレルは六人背中を合わせて円陣を執った。

 そしてバラモスが攻撃に転じると同じに一斉に散った。全員がもう立っているのもやっとの状態であるから、その速度も遅い。
 戦法は間違ってはいない。だが、バラモスの皮膚は硬く、何度やっても大したキズはつけられない。
 多くのモンスターをなぎ倒してきたマリスのベギラゴン、マヒャドと云った高度な呪文が牽制程度にしかならなかった。
 疲労がさらに蓄積される。襲ってくる。全員がフラフラの状態である。
「クソッ バラモスの野郎。とどめを刺そうとせずに、オレたちをいたぶってやがる」
 所々破損してしまった黄金の爪を見つめ、悔しそうにホンフゥは言った。

 バラモスには、いまだダメージはない。しかしパーティーの負ったダメージは戦いの序盤でも大きいものだった。だが彼らはあきらめない。これは自分たちの望んだ戦いである。誰に言われたわけでもない。命令されたわけでもない。だが心の底で湧き上がる『何か』に突き動かされ、ここにいる。隣にいる仲間たちが同じ気持ちである事を分かりあいながら。


第三章「生か死か」に続く。