DRAGON QUEST3外伝
いろは伝奇

第四部「不死鳥ラーミア」

第二章「サマンオサ奪還」
 翌日の夜、アレル一行は夜陰に乗じてサマンオサ城に侵入した。フレイアが提供してくれた図面には寸分の狂いも無く、抜け道もこと細かく記されていた。
 盗賊のカンダタはこういう仕事には慣れているのだろう。ほとんど見張りの兵に見つかることも無くアレルたちを国王のいる場所へと先導していった。
「備えがなっていねえな。前に潜ったときはこんなに手薄じゃなかったのだがな……」
 あまりにスムーズに侵入できたことが、むしろ不気味だったのか、カンダタはため息混じりに昔のサマンオサ城を振り返った。
「それもこの図面のおかげ。でもこの図面見ただけで警備体制が読めるなんてさすがです」
「それぐらいでなきゃ盗賊のアタマは務まらねえよ」
 カンダタはいろはのホメ言葉に照れ笑いを浮かべていた。
「さて、着いたぜ……」
 アレル一行は国王ルカス二十四世が眠る寝室へと辿り着いた。寝室の前にある武者だまりにいた兵士たちはいろはのラリホーで熟睡している。さあ乗り込もうという時、ステラがアレルを呼び止めた。
「アレル、国王がもし本物であったらどうするの? 理由はどうあれ国王を殺したら私たちは罪人よ」
 昨晩は怒りのあまり、たとえ本物でも倒すと息巻いていたものの、一晩たって頭を冷やすと少し冷静な考えも出来る。どんな悪政王でも人間である。怒りに任せて殺して良いものではない。仲間たちはアレルを見つめる。しかし、ここまできたら後戻りも出来ない。
「大丈夫です。国王が本物か偽者か見破れる方法はあります」
 いろははアレルが腰に帯びているガイアの剣を指した。
「奥さんはこう言っていました。『まだ優しかった王様からいただいた』と。国王がこの剣をまったく記憶していなければ……」
「そうか! 王は偽者と云うことになるな!」
 ホンフゥは思わず手を叩いた。
「そうだ、それで本物か偽者かを見抜く。そして偽者だったらそのまま倒す。もし本物だったら、二、三発張り倒して脅しタップリの説教をくれてやる」
 アレルはガイアの剣をギュッと握った。
「ま、そんくらいなら良いか。私にも一発殴らせてよね」
 ステラは拳に「ハァ」息を吐きかけた。これから敵将に戦いを挑むと云うのに仲間たちは冷静であった。そしていろはは聞いた。寝室のドアの向こうから聞こえてくる『いびき』を。
「行きましょう。この国に宝玉があるとしたら国王が所持しているハズ。みんな油断は禁物です」
「よし、行くぞ!」

 ガチャリ

 アレルたちはルカス二十四世の寝室へと入っていった。愛妾でも幾人かはべらせているかとも思ったが、独り寝が好きなのか幸いにしてルカスは独りである。だらしない寝顔である。良い夢でも見ているのであろう。アレルはでかい声を出した。
「国王陛下! お目覚め下さい!!」
「……ん……」
「ルカス二十四世陛下! お聞きしたき儀がございます。お目覚め下さい!!」
「んん……な、なんじゃそなたらは!」
 ルカス二十四世は飛び起きた。目を開けてみれば武装した五人の若者が自分を囲んでいた。
「ぶ、無礼者め! 余にこんなマネをしてタダで済むと思うか!!」
「ルカス二十四世陛下、この剣に見覚えはございますか?」
 アレルはガイアの剣をルカスの目の前に差し出した。
「ああ? なんじゃと? 知らぬな。そんな剣など」
 アレルの口元が吊り上った。
「やはりな……」
「王はニセ者!!」
 ステラは剣を抜いた。
「な、何を証拠に!?」
 慌てふためくルカスにアレルはガイアの剣をまざまざと見せつけ言い放った。
「これは勇者サイモンのガイアの剣! アンタ自身が彼に与えた剣なのだ! 本物の国王なら知っているはず。正体を現せ! モンスターめ!!」
「く! くそ! 出会え! 出会え! 狼藉者じゃ――!!」

 ドアの向こうから若い女の声が聞こえてきた。
「いかがなさいました陛下」
「! 武者だまりにいた兵士は眠らせたハズなのに!?」
 いろはは困惑してドアを見つめた。
「おう、余を害さんと狼藉者が侵入してきたのじゃ! すぐに殺してしまえ!」
 助かったと言わんばかりにドアの向こうにいる者に叫ぶルカスだが、ドアから聞こえてくる言葉は意外なものであった。
「ほうほう、それはようございました。アンタみたいな悪政王は死んだ方がこの国のためですからなあ」
「……! この声」
 カンダタとホンフゥは顔を見合わせた。ルカスは顔を真っ赤にして激怒した。
「な、なんじゃと! お、おまえも死刑じゃ!!」
「死刑になるなあ……テメエだよ!!」
 バン! ドアが勢い良く蹴り開けられた!
「魔法使いマリス参上!」
 おそらくはずっと出るタイミングを伺っていたのだろう。アレルたちは見せ場を全部マリスに持っていかれてしまった。マリスは髪型も変え、盗賊だった当時の黒装束はすでに身につけてはいない。黒い三角帽子、オレンジ色のマント、緑色の服といった魔法使い特有のスタイルをしていた。

「マリス!」
「アニキ! 待たせたな、かわいい妹の凱旋だよ。と、話は後だね。とっととこのブサイクなモンスター片付けてしまおうぜ」
 マリスはにわかに鏡をルカスに照らした。
「そ、それは! ラーの鏡!?」
 ルカスは青ざめた。そしてどんどん体が崩れ始めた。
「さあ、これでもシラを切る気かい! 極悪魔人ボストロール!!」
「くっ バレたか」
 みるみるうちにルカスの寝室に巨大な魔人が姿を現した。
「なるほどブサイクだ……。一生、女に縁がなさそうね」
 ステラは的を射たマリスの批評に笑った。マリスはラーの鏡を放り、両手で印を結びはじめた。だがその前にアレルがボストロールに剣を突きつけて問い詰める。
「本物のルカス二十四世はどうした!」
 アレルの問いにボストロールは嘲笑を浮かべて答えた。
「フ、フン ヤツは地下牢に幽閉している。もうとっくにくたばっているだろうさ!」
「そうかい。国王に化けて好き放題やって楽しかったろう。そろそろ年貢の納め時だよ。燃えよ火球! メラミ!!」
 紅蓮の火球がボストロールの顔面を直撃した。
「ぐあああっっ!!」
 カンダタはボストロールに構えながら、とんでもない呪文を操る妹を見てあぜんとした。
「へっ こりゃうっかり尻でも撫でようものなら大火傷だな……」
「す、すごい、今の魔法使いの上級呪文ですよ」
「まだ褒めるのは早いっていろは! さあ次はこれよ!」
 再びマリスは印を結んだ。冷気がマリスの手に集まる。
「氷刃よ。嵐となって邪悪を切り裂け! ヒャダイン!!」
 氷の刃が渦となってボストロールに襲い掛かる!
「ぎゃああああッッ!!」
 ステラ、ホンフゥはマリスの操る攻撃呪文に呆然としていた。アレルもしばし、あっけに取られたがマリスと視線が合い、彼女がウインクすると我に返った。アレルは盾を床に置き、クサナギの剣とガイアの剣、二刀を構え、仲間に指示を出した。
「ボストロールは浮き足立っている! 一気に行くぞ! カンダタ、ホンフゥ、ヤツは巨体で動きが鈍い。間合いギリギリの線で翻弄し、ヤツの棍棒を封じてくれ!」
「わかった!」
「がってんだ!」
「ステラとオレはヤツの懐に入り、棍棒を持つ腕を斬りおとした後、剣撃の嵐を叩き込む!」
「OK!」
「マリス、いろはは後陣に位置し、魔法で我らの援護。そしていつでも攻撃呪文を撃てるよう待機し、オレの合図で同時にぶっ放せ!」
「ハイ!」
「ラジャー!」

 ボストロールは決して弱いモンスターではないものの、寝込みを奇襲され、かつ最初に二発も強力な呪文を受けてしまったことが不利となったのか、アレルたちを危くするような攻撃は出来なかった。
 やがて、ガイアの剣にボストロールの右腕は斬りおとされ、立っていることも容易でなくなった。アレルとマリスの視線は再び合った。
「マリス! いろは! 撃て!」
 ボストロールの間合いにいた四人は一斉に散った。
「ヒャダイン!」
「バギマ!」
 氷の刃が真空の渦と相乗効果を成して、すさまじい威力の呪文がボストロールを襲う。
「グギャアアアッッ!!」
 床に崩れ落ちたボストロールにアレルが聞く。
「最後にいま一つ聞きたい。勇者サイモンを殺したのはキサマか? 正直に言えば命だけは助けてやろう」
「アレル!?」
 ステラが(そんな甘いことを!)と云う表情でアレルに詰め寄ろうとするが、いろはに止められた。彼女は静かに首を横に振る。いろはには分かったのだろう。アレルの意図することが。
「……ヤツはこともあろうに……オルテガと組んでバラモス様を倒す旅に出たいと抜かしよった……。ワシの足元からそんな男を出してはバラモス様に咎められる……。だから遠い孤島の牢獄に幽閉してやった……。水も食料もない牢獄にな……もう生きてはいまい……」
「……そうか」
「こ、これでワシを助けてくれるのだな? 見逃してくれるのだな?」
 アレルは目をカッと開き、ボストロールを睨んだ。
「……おまえは罪もない領民がそう命乞いするのを聞いてやったことがあるのか? 許してやったことがあるのか? 自分がやらなかったことを他に望むな!!」
 アレルの横なぎの一閃がボストロールの首を飛ばした。ボストロールは断末魔の叫びを上げることもなく絶命した。

「さすがはアニキとアタイが大将と認めた男だね。やるもんだ」
 マリスは帽子をとり、額の汗を拭いた。いろはがそのマリスの手を握った。
「すごいじゃないですか。マリス! 本当に魔法使いになったのですね! しかもあれほどの呪文を身につけて!」
「まあね、ダーマ神殿で修行しまくったからね。で、合流の手土産に敵の正体をあばくラーの鏡も見つけてやってきたわけよ。私ってスゴイ?」
 マリスは胸を張って得意げに話し出した。
「それにしてもマリス、ずいぶんイメチェンしたわね。髪型といい、装束といいさ」
 ステラの問いにマリスは少し顔を赤らめて答えた。
「うん……この服、帽子、マントはさ。バハラタからダーマに旅立つ朝、アレルが買ってくれたんだ。まずは格好から成りきる事だ、て」
「ほう〜」
 意味深な笑みを浮かべたカンダタがアレルを見つめた。ホンフゥも似た顔をしている。
「バ、バカ、みんなには言うなって言ったじゃないか……」
 真っ赤な顔をしているアレルを見てステラやいろはも思わず吹き出してしまった。カンダタがアレルの背中をドンと叩いた。
「まあアレルだったら文句はねえや。このじゃじゃ馬をせいぜいうまく乗りこなすんだな!」
 室内に笑いが広がる。マリスも先ほどの猛々しさはどこに行ったのか、顔を真っ赤にして下を向いていた。やはり、どれだけの強さを持とうとも、まだ彼女は十七歳の乙女なのである。

 しばらくして、国王の間の騒動にようやく兵士が駆けつけてきた。
「マリス! もういっぺんラーの鏡を!」
 アレルが叫ぶと同時にマリスはラーの鏡を兵士に向けた。すると兵士全員でなかったものの、モンスターが化けていた兵士は正体が露見し、サマンオサの正規兵たちは驚愕した。アレルがすかさず正規兵たちに指示を出した。
「サマンオサの騎士兵士の諸君! 国王陛下に化け悪政をしいていたモンスターの親玉は我らが討ち取った! 諸君らは兵士に化けたモンスターを討ち取れ! 我らは本物のルカス二十四世を救出する!」
 あまりの急展開に戸惑っていた騎士や兵士たちもアレルの一喝で我を取り戻し、モンスターの呪縛が解けた兵士長はアレルにひざまずき、すべて理解した事を示した。
「さあ、もうひと仕事だ! カンダタ! 地下牢への先導を頼むぜ!!」
「よし、急ぐぞ!」
 カンダタの頭にはすでに地下牢までの道のりは入っていた。カンダタを先頭にアレルといろはたちは国王の間を出て行った。

 そして、次の日。サマンオサ城上空に花火が鳴り響いた。城のテラスには本物のルカス二十四世が姿を見せた。慈愛と人徳に溢れる王であり、同じ顔でもボストロールが化けていたものとは比較にならない。
 すでにアリアハンの勇者一行がニセの国王を倒したことは国中全てに伝わっており、領民たちは救国の英雄たちと救い出された自国の王を見るために城へとやってきた。
 悪政王は倒れ、これからは昔のように平和な生活が領民たちに帰って来たのである。領民たちの歓呼の叫びは城下から途絶える事は無かった。
 サマンオサの記録では、この時のいろはたちの様子をこう記している。
(若者たち、威風堂々に立ち、領民の歓声を静かに受く。ルカス二十四世ひざまずき、彼らを敬う)

 無論、最初にルカス二十四世、そして王宮の騎士達が一斉にひざまずいたときにはいろはたちも恐縮し、立ち上がるように言ったもののルカスはこう述べたそうである。
「いえ、こうさせて下さいませ。私は一国の王に過ぎませぬ。しかし貴方たちは英雄なのです」
 後に、勇者ロト冒険記の名語録にも加わる言葉でもある。

 ルカス二十四世はアレル一行に残念ながらオーブはサマンオサに無い事を告げるが、代わりに謝礼として城の宝物庫より彼らの冒険に役立つアイテムや武具を差し出した。
 そしてアレル自身、今まで未熟と云う理由で名乗りはしなかったものの、この日ルカスは改めてアレルに称号を与えた。彼の父ルカス二十三世がアレルの父オルテガに与えた称号『勇者』。そう、アレルはこの日より『勇者アレル』と名乗るようになるのである。

 この日は王宮で盛大なパーティーが催された。悪政から復興した直後なので酒や料理は絢爛豪華といかなかったもののアレルやいろはは十分に満足だった。また、料理の中にはサイモンの娘、フレイアが献上してきた料理もあった。勝気な彼女は意外に料理自慢のようで、とても美味であったそうだ。
 だが残念なことに彼女が一番食べさせたかったアレルにはほんの二口程度しか周らなかった。ホンフゥとカンダタがペロリと食べてしまったのだ。
 サマンオサの踊り子たちが、久しぶりに舞を披露している。宴席中央の舞台を一番の上座から、いろはたちは鑑賞していた。アレルやホンフゥなどは鼻の下を伸ばしている。

 サマンオサ城下町の王立劇場の支配人に至っては、早くもこのいろはとアレルたちの活躍を芝居にすることを決めており、彼らにサマンオサに着いてからの状況や、ボストロールとの戦いの模様などをメモ片手に詳しく聞いていた。
 いろははあまり語りたがらなかったが、支配人はアレルを持ち上げて、語らせてしまった。隣にいたいろはも仕方なく支配人の質問に答えた。

 いろはたちがサマンオサから旅立ち、その一年後に初上演となった芝居『ブレイブ・サーガ』は勇ましい音楽と歌、派手なアクションに彩られ大盛況となり、千秋楽にはルカス二十四世も観に訪れた。
 いろは役の少女はわざわざ髪を青く染め、支配人はいろはの衣装をジパングに行って買い求めたと伝えられている。ホンフゥ役も本物の武闘家が演じたと云うから徹底していた。
 後に、アレル役、いろは役、フレイア役を演じるのはサマンオサの若い役者たちの目標となった。

「それにしても、これだけのもてなしを受けると返って恐縮してしまいます。私たちがこの場で出来る返礼は無いでしょうか」
 ようやく、王立劇場の支配人の質問から解放されたいろはは、上座で隣に座っているアレルに聞いた。するとアレルはその言葉を待っていたかのように、意味ありげな笑みを浮かべた。
「……何です?」
 そしてアレルは細長い布袋をいろはに見せた。いろはも知っている布袋である。
「それ……」
「ちょうど舞台もあるし、どうだ?」

 宴もそろそろ終わりに差し掛かった時である。いろはとアレルが宴席の中央に立った。
「今日は私たちに過分なもてなし、ありがとうございます。国王陛下、そして皆様に感謝の気持ちを込めて、私、僧侶いろはがひとさし舞いをご披露いたします」
 思わぬ飛び入りに宴席に盛大な拍手が起こる。また彼らの仲間であるステラやホンフゥ、カンダタ、マリスもいろはが舞いを踊れるなんて聞いたこともなかったので、酒の入ったジョッキを置いて、舞台に見入った。

 そして、アレルが笛を吹いた。この笛はアレル十六歳の誕生日のおり、いろはが贈った手作りの笛で、後の世に『ロトの笛』として伝えられるものである。笛をもらったとき、アレルはよろこび、いろはからジパングの曲を教わって冒険の合間によく練習をしていた。今ではジパングの楽師も叶わないほどの腕前なのである。
 アレルの笛の旋律に乗っていろはが舞いだすと、その場にいたもの全員が陶酔するようにいろはの舞いを見つめ、アレルの笛に聴きほれた。いろはの舞いはジパングに古くから伝わるもので、静かで優美な舞いであった。扇を広げて持ち、天女のように舞ういろはにご当地サマンオサの踊り子たちも見とれていた。

 やがて舞いが終わると盛大な拍手がいろはとアレルに贈られた。中には感動のあまりに涙を流している者もいた。彼らの仲間たちもアレルといろはの意外な特技に見惚れてしまった。マリスは笛を吹くアレルの姿に惚れ直したか、フライドチキンを握ったままポーとしてアレルを見ていた。
「すごい! ねえねえいろは! 私にも今の踊り教えてよ!」
 ステラはよほど感動したのか。その舞いの難しさも分からないままいろはに頼み込んだ。
「おいおい、今の舞いはいろはが踊るからこそ……!!」
 余計なことを言ったホンフゥのアゴにステラのアッパーが入った。
「いいですよステラ。喜んで教えさせてもらいます。今度二人で一緒に舞いましょう」
「あーん、ズルイズルイ私にも教えてー!」
 マリスもいろはの舞った踊りの難しさも分からないままに頼み込んできた。
「そうだな、オレもマリスが今みたいな上品な踊りを舞うのを見てみたいな」
 カンダタが茶化した。
「そうでしょ。そうでしょ? アレルもアニキも見たいでしょ? ねえ私にも教えて〜」
「ええ、三人そろって踊ると美しいのですよ。喜んでご指導いたします」
「やったー!!」
「へっ すっかりオレはアレルの次になっちまったな」
 カンダタはアレルの肩をポンと叩いた。アレルは少し赤面しつつ、細長い袋に笛をしまい女三人の仲の良さを微笑んで見つめていた。

『ブレイブ・サーガ』において、いろは役を演じる女優は、この踊りをマスターすることが不可欠となり、アレル役もまた、笛の習得が不可欠となった。支配人はその役者にジパングに修行に行かせたほどであるから、サマンオサの人間に取り、ボストロールを倒し、悪政から解放してくれたいろは、アレルへの畏敬の念は相当のものであったと思われる。

 やがて、アレルを歓迎する宴も終わり、翌朝に彼らは城を後にした。そのままの装束で城下を歩けば、またぞろ領民たちに捕まり感謝の宴に付き合わされることになるため、彼らは変装して城下を歩き、やがてスティーヌ、フレイアのいるサイモン宅へと辿り着き、ドアを開けると『カランカラン』と鈴が鳴った。

「戸口に鈴をつけたのですね……これだけでもずいぶん雰囲気が変わった気がします」
「見て見て、カウンターに花が活けられているよ。先日とはえらい違いだよ」
 ステラが言うと同時にカウンターの奥からスティーヌが出てきた。
「いらっしゃい! あらアレルさん、皆さん!」
 髪はきれいに結われ、化粧もしていたスティーヌの顔は生き生きとしていた。スティーヌはカウンターから出てきてアレルにひざまずいた。
「ありがとうございます。これで死んでいった者たちも浮かばれます。泉下のサイモンも喜んでおられるでしょう……」
 いろはは涙ぐむ彼女にハンカチを渡した。
「奥方、お名残り惜しいですが、私たちはそろそろ旅立ちます。それだけ告げたくて」
「そうですか……」
 スティーヌがいろはに改めて礼を言うころ、奥からフレイアがやってきた。
「よう、救国の英雄のお出ましか! ところで頼みがあるんだけどさ……」
 フレイアも今日この日に四つ岩の大陸に旅立とうとしていた。しかし船がないためアレル一行にそこまで送ってほしいと頼み込んだのである。
「それは構わないが、大丈夫なのか? バーグのように手伝ってくれるじいさんもいないのだろう? いきなり独りでそんな未開の地に行って……」
 アレルが若い娘には過酷な仕事と思うのも無理はない。しかしフレイアは笑った。
「大丈夫、フレイアバーグからの移民がすでに向こうに旅立っているし、ルイーダの酒場でも頼りになりそうな連中を前もって雇ってあるからね。それから船賃もタダでとは云わないよ」
 フレイアはパーティー全員に小さな袋を渡した。中身は「すばやさの種」「不思議な木の実」「ラックの種」「チカラの種」と云った魔法の種が袋一杯に詰まっていた。
「それでどうかな。足りるかい?」
「足りるも何も……十分すぎるくらいさ。喜んでお送りするよ」
「ところで……フレイアさん」
 いろはがフレイアに話し掛けた。
「フレイアでいいよ。なんだい?」
「イエローオーブも入手され、また私たちさえ収集が困難な魔法の種をもこれだけ所持している貴方です。他の宝玉の行方も聞いてはいませんか?」
 フレイアは少し困った顔をした。
「……レッドオーブは女海賊が頭目で有名なデイジー一家が持っているって話だ。グリーンオーブはテドンにあるらしいが、所有者がすでにくたばっているので確信が無い」
 アレルたちは驚いた。フレイアの情報収集能力は自分たちをはるかに凌駕していた。
「そ、それだけ聞ければ十分です。四つ岩大陸とテドンは地続きですから何とか探してみましょう」
「ちょ、ちょっと待て。残る一つのシルバーオーブが問題なんだ」
 喜ぶいろはと仲間たちにフレイアは手を広げて制した。
「と言うと?」
 マリスが訊ねるとフレイアは頭をポリポリ掻きつつ言った。
「シルバーオーブは……ネクロゴンドにあるらしいんだ……滅亡したネクロゴンド国の史書に書かれていたことだから、たぶん間違いない」
「ええ!?」
 六人は声を揃えた。
「……そいつばかりは大弱りだよねえ……そこに行くためにオーブが必要だってのにさあ。だからアンタたちに中々言い出せなくてね」
 困惑するアレルたちの中で、やっぱりいろはは冷静だった。
「いえ、おそらくはバラモスの城に行くのにはオーブだけでは辿り着かないのでしょう。もう一つ何かがあるのかもしれません。ネクロゴンドには、残り二つのオーブを入手して行くだけ行くしかないようですね。とにかくここで話していても時が経つだけ。フレイアの準備が整っているのなら、すぐにでも四つ岩大陸に出航しましょう」
 フレイアは母スティーヌも連れて行きたかったようだが、いろは、アレルにより救われたサマンオサにそのまま住み、サイモンの菩提を弔いながら宿を経営していく事を決めた。一行はサマンオサ城下町の門にてスティーヌと別れ、そして新たな仲間、商人フレイアを乗せ船は出た。一路、四つ岩の大陸に。

 その旅の途中、船に奇妙な現象が起きた。突如潮流に引きづりこまれ、やがて小さな孤島に辿り着いた。そして一行はここで勇者サイモンと出会った。だがすでに事切れ白骨体となっていたのだ。彼の防具や服装、髪飾りからフレイアがサイモンであることを確認した。
「オヤジ……こんなところで一人寂しく死んでいったのかよう……」
 気丈なフレイアが泣き崩れる。いろはが祈りを捧げ、アレルたちはサイモンの亡骸にひざまずき礼を執った。そのときである。アレル、いろは、フレイアだけに幻が見えた。
(オルテガ……我が友……オルテガよ……一緒に旅立つことが出来なかった不甲斐ない私を許してくれ……だからせめてそなたを魔王のところまでいざなおう。我が愛刀ガイアの剣をネクロゴンドの火口に投げ入れよ。さすれば道は開かれん。我が妻と娘に伝えてくれ。弱い夫、父を許せと……)

 三人は顔を見合わせた。フレイアはさらに泣き崩れた。いろはも涙ぐみ祈りを捧げ、アレルはサイモンの言葉をステラ、カンダタ、マリスに伝えた。オルテガとの約束を守れなかったサイモンの無念の強さが、いろはとアレルをこの孤島に導いたのかもしれない。

 七人はサマンオサに戻り、スティーヌにサイモンの亡骸を渡し最期の言葉を彼女に伝えた。勇者サイモンは国葬で弔われ、それを見届けたアレル一行はフレイアを連れ、再びサマンオサを旅立った。

 アレル、いろはと仲間たちがバラモスと対峙するまで、あと数ヶ月である。歴史の波はまだまだうねり続けていた。


第四部「不死鳥ラーミア」
第三章「回想、アリアハン城下」に続く。