DRAGON QUEST3外伝
いろは伝奇
第三部「ヤマタのオロチ」
第三章「僧侶いろは」(前編)
アレルたち一行はジパングに到着した。この時の季節は冬間近、都ムサシノの空気は乾燥し、風には土ぼこりが含まれ、思わず咳き込んでしまう気候である。
「いろは、あの山は何? 綺麗な山ね……アリアハンにも他の国にもあれだけ美しい山は無かったわ」
澄んだ青い空の向こう、白い頂の美しい山が見えた。ステラは思わずその美しさに見とれ、立ち止まった。
「あれはジパング一高く美しい山、霊峰フジ。しかしオロチのいる洞窟もあの麓にあるのです」
「ふうん……。ゴホゴホッ 何だかほこりっぽい空気だな」
アレルが咽こんだ。いろはは苦笑した。
「この季節のジパング、いえ都ムサシノの空気はこんな感じなのです。だから火事も多いくて困っています」
「しかし、オレは何か気に入ったな。この枯葉が舞い散る風景なんか情緒に溢れていいじゃないか」
ホンフゥが言うといろはもうなずいた。
「ええ、私もこの風景が好きです。春ならば桜吹雪をみなさんにお見せできたのに、残念です」
「サクラフブキ?」
「とても美しいのです。ジパングでは、その桜の樹の下で仲間とお酒を飲んだり歌うことが春の慣わし。バラモスを倒して平和になった時、みなさんとそのお酒を楽しみたいです」
「楽しみだ」
カンダタが答えた。
「その楽しい酒を飲むためにも、オロチをとっちめねえとな」
ホンフゥはコブシを握り、ポキポキとは鳴らした。
やがて、都ムサシノが見えてきた。アレルは袋から真新しい『みかわしの服』を取り出し、いろはに渡した。
「いろは、とりあえず女王ヒミコには、オレがみなを代表して話す。言葉が通じないかもしれないが、とにかく身振り手振りでやってみる。いきなりヤツが本性を現し、オレたちを襲うこともないだろうから、とにかくオーブのことを聞いてみる。ヒミコといろはは面識があるのだろうから、この『みかわしの服』のフードで顔を隠し、女王の前では気配を消しているんだ。いいな」
「分かりました」
いろはは十字架が象られている青い法衣と帽子を脱ぎ、みかわしの服を装備し、フードで首から上を包み隠した。
「他のみんなは万一に備え、いつでもヒミコに飛びかかれるようにしていてくれ」
「分かった」「OK」「合点だ!」
アレル一行はムサシノに入った。なるほど他国ではまずお目にかかれない人々の装束であった。
「あー 外人だー」
「異国ではあんなハデな服を着ているのか。情けないのう〜」
人々が自分たちを指して何か言っているが、アレルたちはかまわず神殿の方角へと進んだ。
その時だ。老婆が木陰で悲しそうに泣いていた。アレルはそれも黙って通過しようと思ったが、いろはがその老婆に近づいた。
「お、おい、いろ……」
カンダタとステラがアレルの口を塞いだ。
「バカヤロ! ここで彼女の名前を言って、兵士なんぞに聞かれたらどうするんだよ!!」
アレルは目で『ゴメン、ゴメン』と謝った。
「大丈夫、あのお婆さん、もう目が見えないはずだから……」
いろはは老婆の肩に触れた。
「うーむ、さすがはオレの惚れた女だ。泣いている老婆を放ってはおけないのだろう」
ホンフゥはアゴを撫でながら、いろはの後ろ姿をうっとりと見つめていた。
「「ハイハイ……」」
アレル、ステラ、カンダタは同時にそれを言った。
「おばあさん……何をそんなに悲しんでいるのですか?」
「聞いてくれるかのう……孫娘のヤヨイが……ヤヨイがオロチの生贄に……」
「生贄……」
アレルたちが近づいてきたので、いろはは事情を話した。
「ひでえ話だな、領民から若い娘を接収してオロチに差し出すなんてよ」
カンダタは吐き出すように言った。
「仕方ないのですじゃ……こうしなければオロチはムサシノだけではなく、ジパングそのものを焼き払うと……でも、でも、孫のヤヨイがあまりにもかわいそうで……」
「ふん、今まで生贄を甘受し、女王に何の反対も述べなかったのに、いざ自分の孫娘を差し出すのはイヤだなんてムシが良い話なんじゃないかしら」
ステラの言葉は老婆には通じないが、老婆には何となく分かったのだろう。ショボンとしてステラに言った。
「そうじゃの……勝手なものじゃよ……」
アレルはいろはに通訳を頼んだ。
「事情を知った以上、放ってはおけない。何とかするから安心しろと言ってくれ」
いろはを通して、アレルの言葉を聞いた老婆は一瞬は喜んだものの、すぐにまた沈んだ。
「ありがとう。その気持ちで十分じゃよ。だがヒミコさまには逆らえぬ……。アンタたちもすぐにムサシノを出てったほうがええ……」
アレルは老婆にいろはを通じて訊ねた。
「紫色の宝玉を女王が持っているはずだが、そのことは知らないか?」
「さあ……不思議な宝石を持っているとは聞いてはいるが……」
アレルたち一同は(間違いない)と悟り、うなずいた。老婆はその場を去った。老婆の目は老齢で、すでに光を失っていため、いろはの正体は気取られずに済んだ。
「ごめん、いろは……アンタが生贄になったときには何もしなかったくせに、自分の孫娘が生贄になることを悲観していた婆さんに少し腹が立ってさ」
いろはは笑って首を振った。
「ありがとう、ステラ。でもオロチはやっぱり倒さなくてはならないもののけと改めて痛感しました。ヤヨイとか云う女の子を来年も再来年も出さないために、戦わなくては」
一行は神殿へと向かった。そして見た。いろはと寸分違わぬ顔をしている女王を。だが眼光の鋭さ、人を見下す態度はいろはと違う。アレルたちは女王にひざまずいた。
「私はアリアハンのアレル、女王に拝謁が許され、恐悦至極に存じます」
「わらわがこの国の女王ヒミコじゃ。異国の旅人よ。何用じゃ」
驚いたことにヒミコはアレルの言葉を理解し、そして自らも何の違和感もなく話した。竜族は卓越した頭脳を持つとも聞いてはいたものの、アレルはそら恐ろしさも感じた。
「ヒミコさまがお持ちになられている紫色の宝玉を拝見したく参上しました。貴方さまがお持ちと聞きましたが」
「宝玉か。わらわの宝にそんなものがあったような、なかったような、ホーホホホホ!!」
「く……いろはの顔であんなイヤミな笑いをされるとアタマにくるわね!」
「シー! ここは黙っていようぜ」
ステラの気持ちはカンダタも分かった。ホンフゥはヒミコの顔を幸せそうに見つめていた。
(バッカじゃないの……)
ステラは怒りを通り越して呆れていた。
「ところで、その赤い鎧を着たオナゴ」
「は?」
「そなた、中々の美形じゃのう。そなたを生贄に差し出せばしばらくオロチもおとなしくなるじゃろう。どうじゃ?」
「……丁重にお断りいたします」
冗談じゃない、ステラは怒りで肩が震えてきた。アレルは続けた。
「では、そのオロチを成敗したら、ヒミコさまは宝玉の事を思い出していただけますか? 私たちは魔王バラモスを討伐すべく旅をするもの。今の我々のチカラから、十分に勝機はございます。倒してあげましょう」
「な、なに、バラモス様を、いや、バラモスを!?」
アレルは心の中でニヤリと笑った。いろはの言うとおりであった。やはり間違いない。女王はオロチと確信した。
「決まりですね。オロチの首、切り落として献上いたします」
「な、ならぬ! ヤマタのオロチは外敵からこの国を守る守護神でもあるのじゃ。お主ら兵法者はすぐに倒す、退治するじゃ。我らジパングの民は共存する道を選んだのじゃ。ええい、わらわは外人は好かぬ。とっとと去ねい!!」
「アレル……」
目の前にいる女王と同じ顔をしていても、菩薩を思わせるほどに優しい顔をしているいろはがアレルを呼んだ。
「言うだけムダです。私に考えがあります。ここは引きましょう」
アレル一行は神殿を後にした。
「うーむ、同じ顔をしていても中身は別物。女は怖いな」
ホンフゥはしみじみと振り返った。のんきなホンフゥにステラが怒鳴った。
「なに言ってんの? アンタ、ボーとしてあのいけ好かない女王の顔見ていたじゃない! 全く呆れてモノも言えないわよ!!」
「十分、言っているじゃねえか」
「そういう意味じゃなくてね!!」
「しかし、ステラを生贄にしたいとはなあ……。筋肉ばっかりで固くて食べられないと思うがなあ。ハハハ」
「ぶっ殺す!!」
ステラは剣を抜く姿勢に入ったが、カンダタが止めに入った。
「そんなくだらねえ事で言い争っている場合じゃねえだろ? で、いろは。お前の考えって何だよ。聞かせてくれ」
「はい、先ほどの老婆の話、覚えておりますか。孫娘を生贄として差し出だすと云う話」
ホンフゥ以外の三人は、その後いろはが何を言い出すか読めた。
「ダ、ダメだ、いろは。あまりにも危険すぎる」
アレルが止める。しかし、いろはは首を振った。
「これしかありません。オロチに生贄を差し出す洞窟の場所は分かっています。あとは老婆に指定された日を聞くだけです」
「し、しかし……」
ステラも心配そうにいろはを見る。
「それに生贄の入れられる酒つぼに私が入れば、油断しているオロチに呪文で先制攻撃も見舞えます。あとは全員で一斉攻撃を仕掛ければ十分に勝てます」
「あまりにも危険だ! オレが生贄になる!」
やっと話を理解したホンフゥがいろはを止めた。ステラはまた呆れて言った。
「……アンタ、今ごろ話を飲み込んだワケ? 竜族は嗅覚も効くと云うわ。酒つぼに入っているのがムサイ男などと気取られれば、つぼごと踏み潰されるわよ」
カンダタが付け加えた。
「それに、勝利を確実にするには、最初に強力な呪文で先制攻撃を仕掛けなければならない。いろはのバギマなら、オロチの首八本のうち、三本は落とせるだろう。効果十分な奇襲が期待できる。いろはの策しかない」
「よし、いろはの策で行こう。オレたちは洞窟でオロチに気取られないように身をひそめ、いろはのバギマ発動と共に討って出る!!」
アレルが作戦の決定を告げた。仲間たちは強くうなずいた。
老婆から指定された日時を聞いたアレル一行はフジの洞穴へと向かった。生贄は明朝、洞穴の奥深くに酒つぼに入れて差し出される。
老婆は孫娘の代わりとなって生贄となろうとしているいろはに言葉では言い尽くせないほどの感謝をした。しかし、その感謝そのものがステラには気に入らなかった。魔に心が操られていても、所詮は魔王のチカラはその人間の持つ悪の心を増幅させているだけなのである。老婆の涙は、感動する物語を読んで流す涙と変わらない。
アリアハンの領民が、まだ魔のチカラで操作されていないから彼女はそう思ってしまうのかもしれないが、ステラはこんな自分勝手な領民がいる国をいろはが君主となる必要は無いと感じていた。
野宿用のテントの天井を見ながら、ステラはそう考えていた。横に眠るいろはの寝息がステラの耳に聞こえてくる。
「あんな領民のために命掛けで戦うなんて……アンタは本当にお人よしだよ……。だからこそ、私はアンタを死なせるわけにはいかない……」
ステラはいろはの少しめくれた掛け布団を整え、自分も横になった。もう一方のテントからはホンフゥのいびきが聞こえる。カンダタ、アレルはあの状況でよく眠れるものだとステラは苦笑した。
いよいよ、作戦決行の時が来た。酒つぼにいろはを入れて、カンダタ、ホンフゥがジパングの男の装束を着て、それを担いだ。そして彼らより少し遅れてアレル、ステラが洞穴へと入った。
「すごい溶岩だな……」
「これを見ると……フジヤマは休火山のようね」
やがて一行は洞穴の最下層に辿り着いた。広い空洞である。その中央には酒つぼを置く台座のようなものがあり、カンダタとホンフゥはそこにいろはが入ったつぼを置いた。カンダタがいろはに言う。
「いろは、オレたちはここで一旦離れるが、しっかり見守っているからな」
「ええ、アレルの合図を待って一斉に掛かってください」
「いろは、オレがおまえを死なせはしない。一緒にバラモスを倒すんだものな」
「ありがとう。ホンフゥ。あなたもケガをしないで下さいね」
「うんうん、おまえのその言葉を聞けば元気が出てくる。『ヤオヤのオロシ』なんて一撃だ」
「……鼓膜腐ってんのかオマエ」
カンダタ、ホンフゥはアレル、ステラが潜む岩陰へと行った。
「おそらく……単体でこれほどのモンスターと対峙するのは初めてだろう。みんな、気合入れてくれ。竜の急所は眉間と聞いている。そこを徹底的に狙うぞ」
「わかっている」
「腕が鳴るぜ」
「いろはのためにいっちょキバるぜ」
ズシン、ズシン、ズシン
「お出ましだ……」
「この足音、かなりの巨体ね……」
アレル、ステラはすでに抜刀している。
「体がでかけりゃ良いってもんじゃないぜ……」
カンダタははがねのムチを左手に、右手にアサシンダガーを持った。ベルトにはまだ数本ナイフがぶら下げてある。
「いろはにカッコいいトコみせなくちゃな。頼むぜ相棒!」
黄金の爪にホンフゥは口づけをした。
やがて足音は震動となる。つぼも揺れる。いろはは不思議なほどに冷静であった。怯えも無く、強い意思が宿る瞳。そしてつぼの間近にオロチの足が来た。
物陰に隠れた仲間たちはつぼを食い入るように見つめる。そしてつぼの中からいろは特有の気合の声が聞こえてきた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!!」
いろはの瞳がカッと開く!!
「うなれ真空! バギマ!!」
ボオオオオオンッッ!!
つぼは爆発でもしたかのように、カケラも残さず弾け飛んだ! いろはのバギマはオロチ八本の首のうち、瞬時に六本を斬り落とした。オロチの激痛に悶える声が洞窟に響き渡る!
「行くぞお!!」
アレルの号令で四人の仲間たちが一斉にオロチに飛び掛った。いろははオロチに名乗りを上げた!
「我こそは僧侶いろは! ジパング真の女王ひみこの妹なり! 我が姉を害し、我が姉に化け名を汚すモノノケよ! 我らが天に代わりてそなたを討つ! ヤマタのオロチ! 覚悟なさい!!」
第三部「ヤマタのオロチ」第四章「僧侶いろは」(後編)に続く。