DRAGON QUEST3外伝

いろは伝奇

第三部「ヤマタのオロチ」
第一章「盗賊カンダタ」
 カンダタはアッサラームの娼婦の息子であったと云う。父親の顔も知らなかった。母親は客から移された性病が原因で、まだ十歳にも満たないカンダタを残して、この世を去った。
 母親を診てくれるよう、少年のカンダタは町中の医者を訪ねたが金も無く、かつ病状は他人に移ると云われる性病であったことから診断してくれる医者などいなかった。
 母親は体中の激痛に悶えながらカンダタの前で死んでいった。彼を貧乏人へ金を配ると云う義賊への道を歩ませたのは、少年期のこの辛い体験であったのかもしれない。

 アッサラームを出た彼は、盗賊家業に手を染めていった。そして駆け出しのころ、魔王に攻め滅ぼされたばかりのテドンに行き、焼けた家屋から金目のものを根こそぎ奪っていった。しばらくは食うに困らないほどの釣果を得た彼は、町外れの丘に一生懸命に墓を掘っている少女を見つけた。
 当時は人を信用しない悪鬼のような少年であったカンダタはその少女を娼館に売り払おうと考え、少女に近づいた。
「見たところ五歳くらいか……なに、少女趣味の客もいるだろうから高く売れるぜ」

 そしてカンダタは丘を上がって愕然とした。そこにはおびただしい数の死体が転がっていたのだ。おそらく魔王軍に殺された村人であったのだろう。少女はその村人全員の墓を作ろうと考え、ひたすら穴を掘っていたのだ。
「おにいちゃん誰……? この村の人? じゃないね……見たこと無いもん……」
「……オマエ、この死体の数だけ墓を作ろうとしているのか……?」
「うん……だって他にやることもないし……」
 少女はスコップで掘ってはいるが、その手はすでに血だらけである。小さいスコップで、ただひたすらに土を掘る少女。一人分入る墓穴だけでも少女にとっては過酷である。だが少女は掘りつづけた。
 焦点の合っていない、悲しい目を土に向けたまま掘っていた。幸いに季節は冬であり、死体の腐敗は遅く死臭はまだ漂わないものの、穴を掘る少女は着る服もロクになかったのか、ボロを一枚まとっているだけである。吐く息も白い。鼻をすするも、また鼻汁は落ちる。刺すような寒さの中、泥だらけになって穴を掘る少女。

 カンダタは衝撃を受けた。世の中をただ恨んで火事場泥棒などをしている自分が少女に比べてとてつもなく貧弱に思えてきたのだ。そして何故か涙が止まらなかった。自分のひん曲がった悪の心が、とめどなく流れていくようであった。カンダタは持っていた袋から薬草を取り出した。
「これを食え、体力が回復する……」
 そういうとカンダタは少女からスコップを奪い取った。
「あ、何するの……」
「休んでいろ……。オレがやってやる」
 自分の外套を少女に着せて、ちり紙で鼻をかんでやった。火を熾し、暖をとらせ干し肉とパンを与え、泥だらけの体を拭いてやった。カンダタは少女に代わり、穴を掘り続けた。廃墟の町から大きいスコップも見つけ、彼は死体の数だけ穴を掘った。

 やがて死体は全て埋葬された。二日間、彼は不眠不休で続けたのである。少女は疲れてすでにスウスウと眠っていた。カンダタは野宿用の毛布を少女にかぶせ、覚えたてのタバコを吸った。
「……村人さんよ……無断でアンタたちの財産持っていくけど……墓も作ったんだからよ。勘弁してくれよ」
 タバコを線香代わりにして、カンダタは地面に立てた。後年、この墓標の一帯は『カンダタ霊園』と称され歴史的遺産として残る事となる。

「う、ううん……」
 少女が起きだした。
「あ、でき上がったんだ。おにいちゃんありがとう」
「……礼には及ばねえよ……村人からはすでに報酬はもらっているからな。ところでオマエこれからどうする?」
「どうするって?」
「行く当てはあるのか?」
「ううん……どこにも無いよ……私、お父さんお母さんもいなかったし」
 カンダタは少女の頭を撫でた。
「なら、オレと一緒に来い。イッパシの盗賊になって、オマエ一人くらいなら食わせていってやる」
 少女の顔がパアと明るくなった。
「本当?」
「ああ、今日からオマエはオレの妹だ」
 よほど不安だったのだろう。自分を育ててくれようとしてくれる人が現われたことが幼心にも嬉しかった。
「ありがとう! おにいちゃん!!」
 天涯孤独だったカンダタにも、かわいい妹が出来て嬉しかった。少女の名前はマリスと云った。カンダタ十四歳、マリス六歳のことである。

 以来、二人は共に旅をして、やがてカンダタは世界をまたにかける大泥棒となっていき、マリスは長じて兄カンダタの良きパートナーとなっていった。
 現在、カンダタはロマリアのシャンパーニの塔を拠点とし、義賊として名をはせるようになったが、ここに彼の最大の危機が訪れようとしていた。

「お嬢――! お嬢――!!」
 塔の頂上にあるカンダタの部屋で、兄カンダタにつきっきりで看病しているマリスの元に知らせが入った。
「バカヤロウ! 騒ぐんじゃないよ! アニキが起きちまうだろ!!」
「そ、それどころではありやせん! ホンフゥが仲間を三人も引き連れて殴りこんでまいりやした!」
「な、なんだと!?」
 マリスは眠っているカンダタをチラリと見た。
「で、状況は!」
「へえ、現在、子分たちが戦っている際中でさ」
「すぐに下がらせろ! アタイがホンフゥと話す!!」

 アレルといろは一行はアリアハンの旅の扉を発見し、ホンフゥが武闘士として雇われているロマリアに到着した。そしてこの時すでにバラモスの居城のあるネクロゴンドに行くには六つのオーブが必要とも知っていた彼らは、ロマリア王に金のカンムリ奪取を約束し、カンダタのアジトに乗り込んできた。彼がブルーオーブを所持していると云うウワサをロマリア城下で聞いたからである。

「オーブ? そんな神さまが作ったような貴重な宝玉なんぞ、アタイらでも持ってやしないよ! とっとと消えな!!」
 アレルはマリスの言葉に顔色一つ変えずに聞いた。
「ならば、情報くらいは知っているだろう。アンタたちほどの盗賊なら聞いていても不思議は無い」
「そんなこと知るか! 勝手に人様のアジトに土足で入り込みやがって、これ以上つまらない事云うと叩き出すよ!!」
 塔の二階でマリスとカンダタ子分たち、そしてアレルたち四人は対峙していた。

「持っているぜ……オーブ」
 上の階段から、頭目のカンダタが降りてきた。
「アニキ! バカ! 寝て……」
「オマエは黙っていろ」
 カンダタはアレルたちの前に堂々と立った。ケガ人とは思えないほどに堂々と立ち塞がった。そして彼はホンフゥを見つめた。
「ホンフゥ、いつぞやはすまなかったな。少しワケがあってな」
「……別に恨んじゃいねえよ……オマエにハメられたおかげでアリアハンに行けたんだからよ。むしろ感謝しているさ。だから今日ここに乗り込んできたなあ、そんな了見の狭えことじゃねえんだ。オーブを持っているのなら譲ってくれ。どうしてもオレたち必要なんだ」
「だったらチカラづくで盗っていくんだな……。どこの世界に宝物をタダでくれてやるバカがいるんだよ」
「お願いします。ゴールドなら少しありますから」
 カンダタはいろはを睨んだ。
「お嬢ちゃん、盗賊が自分のアジトに殴りこみを受けた以上、タダで帰すわけにはいかねえんだ。今さら売ってくれは通らないぜ」
「仕方が無いわね……」
 ステラが前に出た。
「一騎打ちよ。私が勝ったらオーブを出す。負けたら私たちを煮るなり焼くなり好きにしなさい」
 カンダタは笑ってうなずいた。
「マリス、おまえのアサシンダガーを貸せ」
「ア、アニキ……」
「早くしろ!!」
 マリスはナイフを手渡した。
(む、無理だよアニキ……立っているだけでも辛いはずなのに……)

「行くぞ!!」
 ステラは上段のかまえのまま突進し、両断切りをすべく剣をカンダタの頭頂部めがけて振り下ろした。
「まずい!」
 ホンフゥが舌打ちをした。カンダタは素早く、その剣撃をよけ、ステラのふところに入り全体重を乗せた肘うちをステラのみぞおちに炸裂させた。
「ぐはっ!!」
 ステラは塔のカベまで吹っ飛んだ。ステラがあまりにもあっけなくカンダタに一撃を受けたことが信じられないアレルはホンフゥに訊ねた。
「どういうことだ。ホンフゥ?」
「盗賊のカンダタは速さだったらオレよりも上だ。反面、ステラは攻撃力はあるが動きは遅い。斬る前に間合いから逃げられて、攻撃動作で生まれたスキに必殺の一撃を叩き込まれる。盗賊の戦い方は素早さと狡猾さを生かしたトリッキーなものが多い。ステラはそんな敵と戦った事はないだろうからな。次に食らったらアウトだぞ……」
「でも、今の一撃で彼はどうしてナイフをステラに突き刺さなかったのでしょう……」
 いろはは不思議そうにつぶやいた。確かにそうである。今の一撃を肘ではなくナイフにすれば勝負は決していた。だがカンダタは何故かそれをしなかった。

 ステラはみぞおちを押さえながら立ち上がった。
「ふん……今の一撃で私を殺さなかったことを後悔するよ……」
 カンダタは動かない。そして苦しそうにしているステラに対して一分の油断も見せてはいなかった。
 腹部への攻撃は足に来るもの。ステラの膝はすでに震えていた。その震えを振り払うように、ステラは再び突進した!
「だああああッッ!!」
 突きの一閃。カンダタはそれに呼応するかのように体を後方にしなれせトンボを切った。バク転をしながら、その足先はステラのアゴに捕らえた。サマーソルトキックである。バク転の遠心力とステラ自身の突進力が合わさり、すさまじい衝撃がステラのアゴを直撃した。

「…………!!」
 宙に舞い、やがて床にステラは転げ落ちた。ステラは辛うじて立ち上がるがアゴへの一撃は脳に少なからず衝撃を与える。激しい眩暈がステラを襲い再び彼女は倒れた。だがカンダタはステラに対して油断は見せない。構えたままだ。
 ステラにとって、ここまで一方的にやられるのは初めてのことだった。しかもカンダタはナイフも抜いていない。
「くそ……」
「どうした。もう終わりか。それならばこちらから行くぞ……」

「お嬢! 親分これは勝てそうですぜ」
 頭目の優勢を見た子分たちは勝利を確信したかのように言った。しかしマリスの顔はまだ晴れない。
 カンダタは腰のベルトに挿していたアサシンダガーを持った。ホンフゥが思わず前に出た。
「待て、カンダタ。お前の勝ちだ」
 だがいろはがその言葉を止めた。
「何を言っているのですか。まだステラは終わっていません!」
 いろはの思わぬ言葉に、ホンフゥは驚いた。
「し、しかし」
「ごらんなさい。ステラは構えを解いてはいないわ」
 ステラはいろはを見て微笑んだ。
「その通りよ。ホンフゥ。さあ、そこを退いて……」
「いい覚悟だ……」

 カンダタはステラに突進した。すさまじいナイフの連続突きがステラを襲った。頼みの綱も盾さえ、カンダタの蹴りに弾き飛ばされた。そのナイフの雨の中、ステラは逆掛けでカンダタを斬るスキを見出し、そこに逆掛けの一閃を放った。しかし、それはカンダタがワザと見せたスキであった。逆掛けは空を切った。そしてカンダタは素早くステラの背後に回り、ナイフを持ち替えた! ステラの首が完全にカンダタに捕らえられたのである。
 だが、その時、カンダタの動きが止まった。マリスはその光景に目を背けた。ステラはそのスキを逃さず、足払いをかけてカンダタを床に転ばせた。転んだカンダタの首元に剣を立てた。
「そこまで! 勝負あった!!」
 アレルの一喝でステラは剣をカンダタの首元から放し、サヤに収めた。だが不満であった。
「どうしてナイフを止めたんだ」
 カンダタは答えない。
「何とか言えよ!」
 いろはがカンダタの元に近づいた。
「……この勝負、ステラ、あなたの負けよ……」
「私の負け? なぜ!?」
 いろははカンタダの上着をめくった。そこには包帯にまかれながらも血がにじみ出ている傷があった。血だけではなく、膿なども出ていることが分かる。相当な重傷患者であったのだ。さらにズボンをめくると酷い火傷もあった。
 ステラは絶句した。これだけの傷を負いながら、自分をあれだけ圧倒したのかと。
「この傷が無かったら、ステラ、貴方は最初の一撃で終わっていたはずよ……」

「そうさ! そうでなきゃアニキがお前みたいに立派な鎧を着た王宮騎士なんかに遅れをとるものか! 譲られた勝ちで良いんなら、宝物庫から好きなだけお宝持っていけば良いさ!」
 ステラはマリスに返す言葉も無かった。
「よせ、マリス……戦いに体調もクソもない。オレの負けだ……」
 カンダタは起き上がり、衣服を直すと子分の一人に自室にある青色の巾着袋をもってくるように指示を出した。やがて子分が指示された巾着袋を持ってくるとカンダタはアレルにそれを放った。
 アレルが袋の中から取り出した宝玉、それは紛れもなくブルーオーブだった。オーブを見るのは初めてだが、この神々しい光は確信させるに十分であった。
「カンダタ、これをどこで?」
 アレルがすかさず訊ねた。
「元々そりゃあランシールの神殿にあったものだ。だがどういう経緯か知らねえがオレたち盗賊間で行われる『盗品オークション』に出品されていたんだ。で、オレが競り落としたってわけさ。一目で気に入ったんでな」
「そんなお宝があったなんて……」
 マリスは今までこのオーブのことは知らなかった。
「マリス、このオーブってのはな。ただのお宝じゃねえんだ。六つ揃えると何か起こると昔から盗賊の間では言われていて……」
「アニキ?」

 カンダタは苦痛に顔をゆがみだした。出血が少し酷くなってきたようだった。キズを診ようとしたいろはがカンダタに近づくが、いろはの手はカンダタにはたかれてしまった。
「情けは無用だ! 金のカンムリはゴールドに代えちまってここには無いが、オーブを手に入れた今、お前たちにとりオレは用無しのはずだ。とっとと殺せ!!」
「ひとつ聞かせて下さい」
 いろはがカンダタに訊ねた。
「……何だ?」
「最初の一撃、貴方はステラを突き殺すことができたはずです。どうしてナイフを使わず肘で撃ったのです?」
「……オレはモンスターなら殺すが、人は殺さない。女ならなおのことだ。別に情けをかけたわけじゃねえ。単なるオレの美学だ」
「そうですか……」
 いろははカバンから半紙を取り出し、筆で何かを記し、アレルとホンフゥに渡した。
「明朝までにこれ全部そろえて持ってきて下さい」
 アレルとホンフゥはメモを受け取り、一通り見るといろはの意図を察し、うなずいた。
「分かった。明朝までだな」
 二人は塔から出て行った。
「いろは、二人に何を……」
「ステラも手伝って。彼を治療します」
 カンダタは驚いた。
「何を言っている! 敵に情けをかけられるほどオレは落ちぶれちゃいねえぞ! 殺せ!!」
「敵ではありません。だって貴方は人間ではないですか。それも貧しいものに盗んだお金を分け与えている義賊。放っておけるわけがございません」
「そうだな。私も勝ち逃げで死なれては面白くない。治ってもらい、そしてぶっ飛ばす」
 マリスがいろはに詰め寄った。
「ほ、本当にアニキを治療してくれるのか? お前医者なのか!?」
「ハイ」
「やったぜアニキ! 治してもらおう!」
「イ、イヤだ! オレは医者が大嫌いな……」
「……しばらく眠っていて下さい」
 いろははカンダタにラリホーを唱えた。
「さあ、マリスさんも他の方も手伝って下さい」
 マリスと子分たち、そしてステラはカンダタをかついで塔の最上階にあるカンダタの部屋へと運んでいった。

「これほどの傷ですと、すでに膿んでいる場所を切開して縫合するしかございません。また足の火傷はただれた部分を完全に切除して回復魔法を施せば元通りになります」
「そんな荒療治をするのか?」
 マリスはいろはの説明を聞いて戸惑った。
「並みの医者では出来ないだろうな……そんなことすれば患者が激痛に悶え治療どころじゃない。でもいろはには『ラリホー』と云う呪文がある。患者が眠っている間に事が終わる。まあ見ていろよ」

 ステラはいろはの指示どおり、ナイフ、ハサミ数本を熱湯で消毒しながらマリスに言った。
 カンダタはいろはのラリホーで熟睡している。いろはは下のまぶたをこじあけ、ラリホーの効き具合を観察し終わるとステラに指示を出した。
「ナイフを」
 ステラはナイフの柄をいろはに渡した。

「う、ううん……」
「よう、気がついたか」
 マリスはいつの間にか、カンダタの部屋の外にいた。リアルな手術の模様と、緊張感の中で、やがて彼女はダウンしてしまったのである。情けないことに他の子分たちも同様であった。
 そして彼女に『気がついたか』と話しかけたのはアレルである。
「ア、アンタ……彼女の使いから戻ってきたのか……お疲れ様だったね……ありがとう……」
 一緒に行ったホンフゥはカンダタ子分の太ももをいろはの太ももとでも勘違いしているのか、ほっぺたをこすりつけながら熟睡していた。
「う〜ん……いりょひゃ〜」
「プッ ホンフゥは起こしてやらない方が幸せのようだね……で、彼女から何を頼まれたんだい?」
「ん? 乾燥した果物の種やら干しキノコやらと、あと野菜と木の根っことか、まあ色々だ」
「そ、そんなの何に使うの?」
「特別な割合でそれらを調合して薬湯を作るのさ。このやり方はいろはしか知らない」
「へええ……」
「ところで、何であんな状態になるまで放っておいたんだ? ロマリアかガザーブにも医者はいるだろう?」
「……アニキはガキのころ、母親を医者から見捨てられたことがあって、医者が嫌いなんだ。それもあったんだけど……どいつもこいつも患者がアニキと知ると診察に来ちゃくれなかったのさ。私たち、悪どく儲けている医者にも盗みに入ったことが何度かあるからね……恨んでいやがるのさ」
「だからずっと薬草で苦痛を和らげてきたと云うわけか……」
 マリスはうなずいた。
「で……アンタたちはどうして旅を? オーブなんて宝物を求めているってことは単なる宝探しじゃねえんだろう?」
「オーブが無ければ、バラモスの前に立つことも出来ないんだ。カンダタが言いかけていただろう? 六つそろえなければ、ヤツの居城に行くことも適わないのさ」
「バ、バラモス? あの魔王バラモスのことか?」
「そう、オレたちはバラモスを倒すために旅をしているんだ」
 見たことも会ったことも無いが、バラモスの強大なチカラは支配されつつある今の世界を見れば分かる。人間のチカラなど象に立ち向かうアリのようなものとマリスは考えていた。
「できると思っているの?」
「できるできないじゃない。倒すんだ」
 マリスは一瞬あきれたが、実際にここまで本気になってバラモスを倒そうとしている者たちがいるだろうかと考えた。世界の誰もがバラモスに怯え、腫れ物に触るようにモンスターを怒らせないように務める人々。誰かが倒さなくてはならないのが自明の理であるが、人智を越えたチカラを持つ魔王に剣を向ける勇気が無い。
 自分とて、両親がいないと云っても自分が育ったテドンを滅ぼしたバラモスは憎い。しかし倒したいとは思っても、倒そうとまで思った事は無いのである。強い意思を持つ若者の目。彼らならやり遂げるかもと、マリスは考え出した。
 また同時にアレルに興味を持ち出した。今まで恋人や結婚のことなんて考えたことも無かったが、何故かアレルを見るとそんな気持ちが湧いてきた。
(よく見りゃコイツ……いい男じゃん……)

 そしてステラがカンダタの部屋から出てきた。
「さあ、最後の段階に入るわよ。みんな入って!」
 ステラの声にホンフゥは起きたが、カンダタ子分の太ももを枕に眠っていたことが無念だったのか、子分に拳骨を入れた。
 マリスがカンダタの体を見ると、肩の刀傷は、つい今しがた斬られたように鮮やかとなっており、足の火傷は壊死した部分も完全に切除されていた。だがまだ治ったとは云えない段階だ。マリスは不安そうにいろはを見つめた。

「アレルたちに用意してもらった薬湯に私の魔法力も込め、彼に飲ませました。今、体内から徐々に傷が治癒に向かっていっています。そして詰めがこれです」
 いろはの両手が白く輝く。左手は足の火傷、右手を刀傷に添えた。
「ベホイミ……」
 何と刀傷は見る見るうちに塞がり、足の火傷もまるで何事もなかったように癒えていった。

「ううう……ハッ!!」
 カンダタは目覚めた。そして今まであんなに苦しめられた傷が無くなっていることに気がついたのである。
「こ、これは……夢か?」
「アニキ――!!」
 マリスがカンダタの胸に飛び込んだ。
「親分!」「親分!」
 子分たちも感極まって涙を流していた。

 いろははそれを満足気に見つめ、ホゥと安堵のため息をついた。
「お疲れさん、いろは、ステラ」
 アレルがいろは、ステラの肩を叩いて二人の労をねぎらった。
「へへ、オレこういう場面弱いんだよなあ……」
 ホンフゥは涙を流していた。

 カンダタはベッドから立ち上がり、いろはに歩み寄った。
「ありがとう! 貴方はオレの命の恩人だ!」
「いえ、医者として当然のことをしただけです」
 その光景を後から見ていたマリスは、この時決意をした。ゆるぎない決意を胸に拳をギュウと握り締めた。
(決めたぞ……アタイの進むべき道を!!)


第二章「魔法使いマリス」に続く。