DRAGON QUEST3外伝
いろは伝奇

第二部「出会い、そして旅立ち」

第三章「戦士ステラ」
 いろははようやく、ルイーダの店への登録が出来るほどの僧侶となった。この頃にはルイーダの酒場の居候ではなく、修道院の寄宿舎へと移り住んでいたが、相変わらず僧侶としての修行のかたわら、酒場の給仕をしていた。ここで魔王を倒すための仲間を見つけるためであるが、一向にそれに相応しい冒険者は現れなかった。
 正しく言うと、一人は決まっていたのだ。アレルであるが、彼はルイーダの酒場に登録をしていない。『勇者』は登録が出来ないので、僧侶のいろははアレルを酒場で呼び出す権利がないのだ。
 
 いろはもアレルの武勇は伝え聞き、知っていた。齢十五歳で、先の海戦では武勲随一であるほどの戦闘能力。その強さにさらに場数と経験が加われば、まさに一騎当千の剛の者となり、加えて三番艦で見たアレルは飄々とした自然体。ことさら自分の強さを誇らない彼は若年にありながらも将器を備えていると、天性の王佐の才を持ついろはは見ていた。
 だが、そこまでのチカラを持ちながら彼はどうして魔王打倒に立たないのだろうと少しじれったくも感じていた。ジパングにも伝わる勇者オルテガの英雄譚、いろはもひみこ、サスケも敬意を払っていたものだった。その一人息子のアレルも武勇はまさに『勇者』の父の名に恥じない。だがアレルは動かない。彼が魔王討伐に立つのなら、喜んで犬馬の労を取ろうとしている彼女にとっては歯がゆくてならなかったのだ。無論、自分の目的を遂げるためでもあるのだが。

 実を云うと、アレルは十四歳の時に旅立とうとしたことがあったのだ。それはオルテガの従者がアリアハン城にもたらした『勇者オルテガ様がネクロゴンドの火口に落ち、亡くなられた』と云う言語に絶する悲報。従者はそれを国王ノヴァクに報告すると絶命した。
 そして、その悲報を城の使者より聞かされた時であった。アレルは泣き崩れる母のルシアに目もくれず、剣を握り単身でアリアハンを飛び出していった。それをロカや憲兵達があわてて連れ戻したのだ。
 アリアハンでは十六歳で『成人』と見なされる。父の無念を晴らしたいと願うアレルに国王ノヴァクは二年後の旅立ちを許したのだ。そんなアレルの事情をいろはは知るよしもない。

 アレルは現在、十六歳の誕生日を心待ちにしながら、日々稽古に励んだ。もはやロカの元を離れ、自宅で行っている。夜は世界の国々について書物を読んで過ごし、気晴らしには釣りをやっていた。
 そんなある日、酒場の入口を掃除していたいろはの元にアレルが来た。とうとう旅立つのだろうか!と、いろはは一瞬期待に喜ぶがそれは見事に破られた。
「ルイーダいる? 魚買って欲しいのだけど」
 大漁だったのだろう。魚カゴに入りきらないほどの魚をぶら下げている顔は得意気だった。
「……マダムは留守です」
「あ、そう。弱ったな。魚痛んじゃうよ」
「……情けない」
「何が?」
 キッといろははアレルを睨んだ。
「貴方の武勇は知っています。なのに何故魔王を討たんと旅立たないのです? 冒険者の集い場が自宅から歩いてこれるほど近くにあり、いつでも仲間を募れると云うのにどうして座して魔王の専横を許すのですか? お父上のカタキを取ろうとは思わないのですか!!」
「…………」
 アレルはいろはの目をじっと見つめて聞いていた。いろはは続ける。
「いかに無双の武勇を持っていても、それでは宝の持ち腐れです! 身に付けたチカラは人のために使うのが勇者ではないのですか!? のんびり釣りなどに興じている神経を私には理解できません!!」
「……なるほど、いろはがジパングを出たのはそれが理由か」
「え?」
「だから、いろははバラモスを倒すために、ジパングを出て仲間を募るべく、このアリアハンに漂流してまでやってきたのだろう?」
「そ、そうです。こんな非力な女がと笑うなら笑って下さい! でも私は絶対にあきらめません。修行して強くなって、冒険に足る能力を身に付けたら、貴方の首に縄をつけてでも連れて行きます。協力してもらいます。勇者と呼ばれている人間なら当然の務めです!!」
「それじゃ今のままではダメだ」
「今のまま?」
 アレルは語った。かつて父の無念を晴らすべく旅立とうとして止められたこと。そして国王から十六歳になったら旅に出てよいと許可を得ていること。そして今、その誕生日に向けて色々準備をしていること。ただ難点はいろはと同様に過酷な旅を同行しえる仲間の目星が無いことであった。

「……そうだったのですか。知らぬこととは云え、言葉が過ぎました。でも今のままではダメとはどういうことです?」
「こういうことさ」
 アレルは一瞬で帯刀していた剣を抜き、いろはのノド元に切っ先をつけた。そればかりか、いろはの持っていたほうきの柄の部分が綺麗に切れていた。
「あ……」
「わかったろ? いかに回復呪文、攻撃補助呪文を身につけても、肉弾戦で全く戦えないものに用は無い。こちらの命が危くなるからな。オレが旅立つまであと四ヶ月。そこまでオレに言ったんだ。『頼れる仲間』に何としてでもなってもらう。明日から修行だ」
 アレルは剣を収めた。
「それじゃ奥にいるルイーダにこの魚を渡しておいてくれ」
 アレルは立ち去った。そしていろははそのアレルの背中を見て確信した。
(サスケ……見つけました。仲間を。彼となら、彼とならバラモス、オロチを倒せます! 天から見守っていて下さい……)

 いろはは翌日からアレルと修行に入った。昨日はふいをつかれアレルに不覚を取ったものの、いろはも戦闘には心得があった。ジパング伝統の武芸である『柔術』を上級者とまではいかないが体得していたのだ。サスケがこの柔術の達人であったので少なからず教えを受けていたのである。
 アレルの剣術はオルテガ流であり、剣と呪文を同時に操り、盾をも突進してくる敵に対して打撃の武具として使う。そして蹴り技と、攻防一体となったものである。
 いろはに蹴りを放った瞬間、軸足にあっさり足払いを受け、バランスを崩した時にいろははアレルの懐に入り担ぎ上げて投げ落とした。『背負い投げ』である。そして倒れたアレルの左腕を取り関節を極めた。
「イタタタタタッッ!!」
 いろははアレルの左腕を離してニコリと笑った。
「合格かは分かりませんが、こうして貴方の云う『肉弾戦』の心得もあります」
「すごい、すごいよいろは! 今の武術なんて言うのかな! 教えてくれよ!」
 アレルの反応は正直いろはにとって意外であった。昨日、あれだけ大きな事を言った相手に組み敷かれしまったアレルはムキになって反撃してくると予想していたのだ。
 しかしアレルは素直にいろはの実力を認め、柔術を教えてほしいと頼み、さらに、
「オレの方からお願いするよ。いろは、オレと一緒にバラモスを倒そう。今はまだお互い未熟で、とうていヤツにはかなわないだろうけど、修行と経験を踏めば勝機はある。いや勝たなくてはいけないんだ。そのためには是非いろはの協力が必要だ。頼む、オレの仲間となってほしい」
「ハ、ハイ! 喜んで!」
 二人はお互いの手を握り、仲間として固い絆を誓った。勇者アレルは僧侶いろはの仲間になったのだ。後に『天才軍師』『史上最高の副将』と賞賛される僧侶いろはは勇者の仲間となったのである。

 そして旅立ちに向けて、二人の修行は続いた。まだ攻撃呪文の使うことができないいろははアレルから剣と蹴り技を学び、アレルはいろはから柔術を学んだ。
 そしてそろそろ、問題が出てきた。二人だけの旅では心もと無いのだが、相変わらずルイーダの酒場にバラモス討伐の旅に役立つ冒険者は見つけることが出来なかった。
 アレルは『道中で探すのもいいだろう』と楽観的に構えているが、冒険者の基本行軍と言われている四人編成パーティーでいろはは旅立ちたいのである。冒険の序盤でも何が起こるか分からない。

 それにアリアハンの情勢は風雲急を告げていた。ある晩にアリアハン艦隊の船やその他の民間船すべてが焼き払われてしまった。マーマン族の残党による報復であった。いろはがジパングから乗ってきた小船に至るまで燃やすと云う徹底ぶりであった。船を作ってもらうお金も二人が持っているはずもなく、アリアハン大陸のどこかに点在すると云われる『旅の扉』を持って大陸から出るしか方法は無い。扉を探す道のりは容易ではないだろう。二人では危険だといろはは感じていた。

 いろはの思案を聞き、もっともだと思ったアレルは騎士や兵士のいる城で探してみようといろはに提案し、二人は城に向かった。
「この国に来て初めてお城に来ましたが……立派なものですね……」
 城の荘厳さに、いろはは見とれていた。だが兵士たちは船を燃やされたショックで元気が無かった。アレルはその様子を見てため息をついた。
「これじゃ一緒に旅をしてほしい、なんて言いずらいな……」
 いろはも同意見なのか、無言でうなずいた。二人はしばらく城内を歩いていたが、あまり騎士や兵士に会うことが出来なかった。
「あ、そういえば今は昼食時だ。みんな食堂かな、行ってみよう。ついでにオレたちも食べようぜ。食券なら持ってきたからいろはにもご馳走するよ」
 そういえば、いろはも空腹だった。
「ええ、ご馳走になります」

 やはり、城内の騎士や兵士は食堂で食事をとっていた。アレルは配膳のカウンターから料理を持ってきてテーブルについていたいろはに渡した。
「美味しそう……」
「そうだろう? アリアハン城の料理は美味いんだぜ。さ、食べよう」
 アレルは食堂に入るとロカとステラを探したが姿が見えなかった。もう食べ終わってしまったのかなと思いながら料理を食べていた。いろはも美味しそうに食べている。なんかデートみたいだな、とアレルは考え、少し微笑んだ。

 食べ終わり、アレルといろはが食後のお茶を飲んでいる時であった。隣のテーブルに座っていた騎士たちから、アレルにとって聞き捨てなら無い会話が聞こえてきた。
「しかし団長も気の毒にな……三番艦を焼失しただけでも辛いのに、奥さんがあんな大病を患ってよ、もう長くないんだろ?」
「らしいな。団長が蓄えを放出して、国中の医師に見させたがダメだったそうだからな。娘のステラもショボンとしちまって……見てられなかったぜ……」
 その会話を聞くとアレルは思わず茶を吹き出した。
「きゃあ!!」
 いろはに少しかかってしまった。
「あ、ゴ、ゴメン!」
 アレルはいろはに軽く謝ると、すぐに会話の主たちに詰め寄った。
「オイ! 今の話は本当か!!」
 いきなり隣のテーブルから詰め寄ってきた若者に騎士たちは驚いた。
「な、なんだお前は?」
「だから師匠、じゃなくてロカ団長の奥さんが大病って本当なのか!?」
「……本当だよ」
 アレルはアリアハン海戦以後、ロカとは会っていなかった。今度会うときは冒険出発を報告する時と決めていたからだ。
「なんてこった!!」
 アレルはいろはを食堂に置きっぱなしで脱兎のごとく飛び出して行った。
「あ! アレルちょっと!!」
 あわてていろはも追いかけていった。

「ハアハア……あなた……もう苦しむのはイヤ……一思いに殺して……」
「レイラ……」
「母さん……」
 ロカの妻、そしてステラの母、レイラは大病に苦しんでいた。高熱を発し、激しい下痢と嘔吐。刺すような激痛が全身を走り、みるみる痩せていった。
「お願い……あなた……もう殺して……」
 意を決し、ロカは剣を握った。
「わかった……今、楽にしてやるぞ……」
 ステラはロカを止めた。
「ダメ! ダメだよ父さん! そんなのイヤだよ!!」
「……どけ、ステラ、オレはもうこれ以上見ていられない……母さんを楽にしてやりたいんだ」
 ステラは退き、ロカは剣の切っ先をレイラのノド元に突きつけた。だがロカにはできなかった。望まれようと、苦しみから解放してあげたかろうと、ロカにはできなかった。
「く……」
 剣が床にチカラなく落ちた。
「すまん……レイラ……」
 ステラがその剣をひろい、そして床に叩きつけた。
「ちくしょう! いくら剣が強くなったって母さんを苦しめる病魔を倒すことができないじゃないか! 何が戦士だ! 何が戦士ステラだ! ちっきしょう……!」
 ステラとロカは病魔を退けてやれない無念さに泣いた。病魔はそんな二人をあざ笑うかのように、レイラに激しい吐血を与えた。
「グハッ ゲホッ あ、あなた……お願い……」
 ロカは再び剣を握った。
「レイラ!」
 剣の切っ先がノドめがけて飛んでいくその時だった。アレルがその手を掴んだ。

「アレル……?」
「早まってはダメだ。師匠! 最後まであきらめるなといつも言っていたじゃないか!」
 ステラはアレルと同行してきた少女を見て憤慨した。
「アレル! アンタ、シスター連れてくるなんてどういう了見よ! 母さんは死んでなんかいない! 死ぬもんか!!」
 いろはは自分の衣服がシスターの装束だったので、いらぬ誤解を受けたことを恥じた。
「いえ、私はアレルの友で……」
「そんなことはどうでもいい! 縁起でもない! とっとと帰れ!!」
 ステラにはとりつくシマもない。誤解を解くことをあきらめたいろははレイラを見つめた。
「……良ければ、私に奥様を診させてはもらえませんか?」
「……君が? 見たところシスターのようだが、レイラは回復魔法さえ受け付けない体となっているのだぞ。無理だ。帰ってくれ」
「ならば回復魔法を受け付けられる状態にいたします。アレル、熱湯と水差しを用意して」
 アレルは台所へと駆けて行った。いろはは自分が携行している袋から何やら取り出し、そして激痛に暴れるレイラの左手首をギュッと握った。するとレイラは暴れなくなった。激痛も少し引いたのか、やや安堵の表情が見えた。
「な、何をしたのよ!」
 ステラはまるで手品でも見たかのように驚き、いろはに詰め寄った。
「ジパングに伝わる体術です。暴れる患者はこうしておとなしくさせるのです」
 あらゆる体術を会得しているロカでさえ、知らない技であった。
「君は……」
「私はアレルの友でいろはと云います。今は僧侶となっていますが故郷ジパングでは医者をやっておりました」
 アレルが鍋に水を入れて持ってきて魔法力ですぐ熱湯にした。水差しが見つからなかったので、また台所に戻ろうとするアレルに『鍋をもうひとつ』といろはは指示を出した。いろはは折りたたんだ圧布から『ハリ』を取り出し、熱湯に入れて消毒をした。
「ハリなんか……何に使うのかね?」
「こうするのです」
「な、何するの!」
 いろははレイラの体にハリを刺しはじめた。止めようとするステラにいろはは一喝した。
「黙って見ていなさい!」
 思わず気圧されてステラは何も言えなかった。彼女が自分より年少の女性に気圧されることなんて初めてのことであった。

「……呼吸が……呼吸が整ってきている……」
 ロカはあぜんとして いろはの治療を見つめている。
「気脈が通り始めたわ……」
 やがてアレルが水差しと、もうひとつの鍋を持ってきた。鍋の中に、いろはは袋から出した乾燥した木の実の種、木の根、薬草、キノコ等をいれて水を張り、その水の中に指を入れて、呪文を注入した。
「アレル、沸騰しない程度に熱して」
「分かった」
 薬湯ができ上がり、飲みやすい温度にするため水を入れて冷まし、水差しに入れた。
「アレル、奥さんを座位にしてくれる」
 ロカとステラはテキパキと治療をこなすいろはをただぼうぜんとして見つめていた。見たことも聞いたこともない治療方法だった。
「と、父さん、見て。水を飲むチカラさえ無くしていた母さんが……飲んでいる……」
「あ、ああ……」
「い、いろは! 奥さんの顔に赤みが!」
「うん、もういいわ。横にさせて」
 いろははレイラに手をかざし、呪文を唱えた。
「解毒呪文キアリー。そして、回復呪文ホイミ……」

「……ん……ううん……あ……あら?」
 レイラはムクリと起き上がった。
「ど、どうしちゃったの……私の病気……? 苦しくも……痛くもなくなっているわ……」
「レイラ!!」
「母さん!!」
 二人はレイラに抱きついた。
「あなた……ステラ……。私、私、助かったのね……」
 いろはは、少し汗のにじんだ額を拭いた。
「お疲れさん」
「アレルも」
「さあ、また城に戻ろう。仲間を探すと云う用事すっかり忘れちゃったよ」
「ああ、そうでした。行きましょう」
 袋から出したハリ一式とジパングに伝わる方法で作った秘薬『カンポウ』を整理し終えると、彼らは部屋を後にした。そしてアレルといろはがロカの家から出て行ったときであった。
「お待ちください!」
 ロカが呼び止めた。
「いろは様、でございましたね。ありがとうございます。このご恩は一生忘れません! これはわずかですが、お礼でございます。お受け取り下さい」
 いろはは微笑んだ。
「いりません。ロカさんはアレルの師匠なのでしょう? アレルは我が友にて師。貴方は私にとっても師同様です。困られた時にお助けするのは当然です」
「しかし、それでは……」
「それに私は漂流しているのを貴方が船長をなさっていた三番艦に救われました。そのご恩を少しお返ししただけです。私に差し出すより、そのお金で奥様に精のつくものを食べさせてあげて下さい。今日のところは、卵を入れた汁などがちょうど良いでしょう」
「いろは様……」
「それではここで失礼します。奥様をお大事に」

 アレルといろははロカ宅を後にして城に戻っていった。部屋に戻ろうとするとドアのところでロカはステラとレイラにはち合わせた。
「と、父さん。彼女とアレルは?」
「城に戻っていったよ。礼も受け取らずに…な」
 ステラの後にいたレイラは少し困った顔で言った。
「いやだわ私ったら、お礼も言わずに……」
「レイラ、歩いて大丈夫なのか?」
「ええ、もうすっかり」
「そうか。しかしすごいものだなあ……ジパングの治療方法は……。まるで神がかりだった」
 ロカは腕を組んでしみじみと、いろはの治療を振り返った。
「私もちゃんとお礼が言いたいよ。興奮して帰れなんて言った事もお詫びしたいし……」
「明日にでも、みんなでアレルの家に行こう。彼がいろは様の居場所を知っているはずだ。三人で、ちゃんとお礼を言おう」

 その二日後であった。いつものように、二人はアレル宅の庭にて稽古をしていた。
 そこにステラが訪ねて来た。昨日、いろはに謝礼へ来たときのような普段着ではなく、鎧、兜、盾、そして剣を装備してアレルといろはの前に現れたのだ。
「ステラさん。どうされたのです。その格好は?」
 ステラはいろはにひざまずいた。
「お二人の冒険に、魔王を倒す旅に、このステラをお連れ下さい。いろは様こそ我が剣の主。母の命を助けて下された礼を、戦士としてお返ししたいのです。いろは様の大願成就のため、そしてこの世界を魔王より救うため、粉骨砕身、務める所存にございます」
「ステラさん……」
「いろは、ステラの剣の腕前はオレよりも上だよ。強さはオレが保証する」
 アレルが言うと、いろははうなずいた。そしてひざまずくステラの腕を取った。
「辛い戦いの連続となるでしょうが、私と一緒に来て下さいますか?」
「ハイ」
 ステラはいろはの目を見つめて答えた。アレルはニコニコとして二人を見ていた。両手に花の冒険なんて、オレは幸せものだと感じているのかもしれない。それをステラは察したか、ギロリと睨んだ。
「アレル、アンタいろは様と、こうして毎日お会いしているようだけど、変な気を起こしてないでしょうね。もしいろは様に変なマネしたら、チョン切るよ」
 ステラはアレルの股間を指して言った。
「バーカ、オマエはいろはの強さを知らないから、そんなこと言うんだよ。いらん心配だ。いろはは大切な仲間。ステラ、オマエもな」
 アレルの言葉の最後が気に入ったのか。珍しくアレルに笑いかけるように言った。
「ならばいい」
「ステラさん、一つだけ良いでしょうか」
「何でしょう?」
「私と貴方は、もう仲間です。ですから私を呼ぶときには『様』なんてつけないで下さい。よそよそしいではありませんか」
「わかりました。それでは私のこともステラと」
「ステラ……」
「いろは……」
 二人は確認するように互いを呼び合い、手を握り合った。

『僧戦の交わり』と云う言葉が、故事として後世に残ることとなる。このいろはとステラのことを語る言葉であるが、それは女同士の強い友情を表すとき、女が女に対して強固な忠誠心を持ったときに用いられる言葉となったのである。


第四章「武闘家ホンフゥ」に続く。