☆死魔に負けない人生.先日、十界論と境涯革命に関する記事を書いた。
十界論:http://sokafree.exblog.jp/26579087/その時ふと、自殺者のことを考えた。
自殺はなぜ起こるのか。どうして自ら死ぬのか。
私の知人の自殺者を指折り数えてみた。
7人もいた。改めて、その数の多さに驚いた。
1人目は妻に先立たれ娘が病気で、生活苦からか父親の首つり。
2人目はオートバイ事故で体を悪くし、病苦から高層階から飛び降り。
3人目は妻に先立たれ、孤独だったのか電車への飛び込み。
4人目はうつ病で、妻も子もいるのに首つり。(重度のうつ病)
5人目は4人目とまったく同じで首つり。(うつ病)
6人目は離婚した子持ちの女性。(方法不明)
7人目は家族もいたが電車への飛び込み。(理由不明)
この一人一人は、顔も声もはっきりと覚えている。
私自身、56年も生きていると自殺はこんなにも身近にある。
この7人に悪い人間は一人もいない。皆、普通の人たちなのだ。
死ぬ必要があったとしたら、1人目と2人目の病苦の人だ。
逃れられない苦痛の中で死を選んだとするなら理解もできる。
でも多くは死ぬ必要があったように見えない。
共通することは全員に「心からの笑顔」が見られなかったこと。
無明というか、姿、表情に光がなかった。
「逃げ場のない苦しみ」があったのであろうか。
やはり、自殺の境涯は「地獄」なのだろうか。
自殺すると地獄に堕ちると聞いたことがあるが、地獄の境遇(境涯)だから自殺するのではないだろうか。
生きていくことが耐えられない、ということか。
新・幸福論には「身近で励ますこと」との重要性が記されていた。
日蓮大聖人は「冬は必ず春となる」と門下のご婦人を励まされた。
http://sokafree.exblog.jp/26579200/冬が永遠に続くように見えても、私たちは運命を打開できる。
苦難を、怒りを、恐るべき苦痛を、全部、乗り越えることができる。
私たちにはご本尊様がある。温かな学会同志がいる。
闇に向かって歩くのはやめよう。
大悪も大善に絶対に変えられる。
いま、苦しみの中で自らの死を見つめている人もおられよう。
けれど、自殺は周囲の人に虚無感しか与えない。
自ら命を絶つことなどあってはならない。
どうか、この信心をたもち続けてください。
そして乗り越え、眷属たちを救ってください。
どうか、負けないでください!
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