昨今、労働人口は減少の一途を辿り、事業所数も減少し続けているにも関わらず、起業家は増加しています。
2006年は株式会社と合同会社の設立件数が79,962件だったのに対して、2015年は株式会社と合同会社の設立件数は111,026件。これは、起業する人以上に、廃業している人が増えていることを意味します。(※会社設立件数は、法務省の登記統計統計表で最新のデータが取得できます)
そこで今日は、2000社以上の起業をお手伝いしてきた筆者が、長く事業を続けていくために知っておくべき「起業を取り巻く厳しい現実」と「最低限知っておくべき知識」についてご紹介します。
インデックス
1.起業を取り巻く厳しい現実
1-1.業界別の事業所数と従事者数
起業を考えている方から「どういう業種が儲かっているのですか?」という質問をよくされます。この場合、回答はいつも
「全体的に儲かっている業界はないです。強いて言えば医療・福祉業界です」になります。なぜかというと、
医療・福祉以外の業種の事業所数は、年々減少傾向にあるからです。
実際に事業所数を見てみましょう。以下の表は、統計局が発表しているデータの中で、直近の2001年~2006年にかけての産業別事業所数及び従業者数の比較表を見やすく加工したものです。

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※統計局の「産業(小分類)別全事業所数及び男女別従業者数-全国(平成18年・13年)」を加工しました。
医療・福祉以外の業種の事業所数はほぼ減少傾向です。事業所数の減っている業界が全体的に儲かっていることは、残念ながら有り得ません。2001年~2006年という時代が悪かったのかというと、そうでもないのです。以下のGDPの推移をご覧ください。

※2001年~2007までのGDPの推移
内閣府のGDP統計より
2002年2月から2007年10月までの69ヵ月は、いざなみ景気といわれ戦後好景気が最も長く続いた期間になります。その期間でさえ、事業所数は減少一直線でした。2008年以降の産業別事業所数のデータは公開されていないのですが、結果は容易に想像できるかと思います。
1-2.日本の労働人口
2010年以降、国内の従業者数も事業所数も減少し続けています。そして、今現在、残念ながら、人口については増える見込みがありません。人口が減少すると、市場も比例して縮小していってしまいます。
厚生労働省の外郭団体である
国立社会保障・人口研究所より、2060年までの日本の人口予測が公開されているので、ご紹介いたします。

※
国立社会保障・人口研究所調べ
この図では、合計特殊出生率が上がる前提で人口予測をしているため、減少の推移は比較的緩やかですが、民間の研究機関の予測では、2050年時点で日本の総人口が8000万人を割る可能性がある、という結果が出ています。
生産年齢人口を比較すると、以下の通りになります。
・2010年 8,173万人
・2051年 5,000万人弱
2051年には、現在の人口の約61.2%以下になっています。
また、労働人口が減少することで、以下のマイナス要因が発生します。
・
国内マーケットが縮小する
・企業の売上減少による
雇用の減少
・現役世代の年金負担が増加し、
可処分所得が減少する
(現在の年金制度は世代間扶養方式であるため、生産年齢人口の割合が減少すると現役世代の負担が増えることになります)
・
個人消費が低迷する
このように、人口の減少は、経済に対しても悪影響を与えます。
1-3.起業後のセーフティネット
普段意識していないことが多いですが、一従業員(労働者)である間は、会社や国からしっかり守られています。しかし、起業して経営者になると労働者ではなくなるため、
「失業保険」や「労災保険」の適応外になります。
この場合、別途、民間の保険に自身で加入する必要があります。また、年金についても「厚生年金」から「国民年金」への切り替えが発生します。
起業した場合に、保険や年金、税金などがどのように変更になるのか、制度をしっかりと確認しておく必要があります。
1-4.黒字企業割合
企業とは、一般的に営利を目的として活動している団体です。当然ながら、黒字になることが望ましいのですが、
黒字企業の割合は全体の約3割程度です。
直近3年間の黒字企業割合を、以下の表にまとめました。意外と黒字企業の割合が少ないことがお分かりいただけるかと思います。平成26年度の黒字企業割合(国税庁発表)は、約30%。申告法人数2,628,476件中、利益計上法人は803,746件しかありませんでした。
年度 |
申告法人数 |
利益計上法人 |
黒字企業割合 |
平成23年 |
2,598,077 |
666,942 |
25% |
平成24年 |
2,600,606 |
707,630 |
27% |
平成25年 |
2,609,368 |
754,038 |
29% |
※申告法人数や利益計上法人については、国税庁の
サイトから確認することが出来ます。
1970年代の前半は7割弱の企業が黒字でしたが、それ以降、黒字企業割合は年々減少し続けています。利益を出すことが、昔に比べて、とても難しくなってきているのかもしれません。
1-5.起業後の存続率
起業した場合の存続率について、国税庁が発表したといわれている数字は、
10年後で6.3%です。もっとも、こちらはソースが不明瞭なので、実際の数字を見ていきたいと思います。
発表になっている中で最新の2006年中小企業白書のデータより、個人事業と法人事業の製造業における存続率を以下にまとめました。

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中小企業庁が、経済産業省「工業統計表」を再編加工したものは、「開業後経過年数毎に、前年の事業所数を100として、次年に存続している事業所の割合を表示」とされていますが、今回は、起業後の経過年数ごとに、直接の存続率を出しました。
このデータは製造業のものなので、他業種に比べて、比較的存続率が高く出ている可能性があります。筆者の経験上、サービス業や小売・卸売業などの場合、
10年後の存続率は10%程度かと思います。
いずれの業種にしても、起業後に淘汰されていく企業が大多数を占めています。
2.起業前に最低限知っておくべき知識
2-1.リスクが高めの業種・起業形態
様々な業種や形態の起業がありますが、その中で、比較的リスクが高めの業種・起業形態をいくつかご紹介します。
・ブルーオーシャンの業種を狙った起業
競争相手のいない未開拓市場である「ブルーオーシャン」で起業するケースです。中には、成功する人もいますが、筆者の肌感では、1000に1つもないように思います。その理由としては、以下の2つが挙げられます。
【理由1】
マーケットや需用が存在しない可能性がある
【理由2】近い業種が存在し、そこにはライバルがたくさんいる可能性がある
・知り合いの経営者などに出資をしてもらう起業形態
出資は別の経営者にしてもらい、自身が経営者となって起業するケースです。リスクが高い理由は、以下の通りです。
【理由1】自身で出資というリスクを取っていないため、その事業をするために長年事業を始めるための資金をためて、自ら出資している他の経営者よりも踏ん張りがきかない可能性がある。
【理由2】
売上の配分で、出資者と折り合いがつかなくなる可能性がある
・複数で共同経営を行う起業形態
親子や友人、元同僚などと共同で起業する始めるケースです。もちろん上手くいくケースも存在しますが、以下2つの懸念点があります。
【理由1】お互いの利益が相反し、揉める可能性がある
【理由2】
決裁権が平等にある場合、意見や経営方針が対立した際に収拾がつかない可能性がある
2-2.「個人事業」と「法人設立」のちがい
起業には、「個人事業」でスタートする場合と、最初から「法人設立」をする場合の2つがあります。費用や税金、手続きなど、いくつかのちがいが存在するので、どちらでスタートするのか、慎重に判断する必要があります。
「個人事業」の場合は、
届出を1枚出せばすぐに始めることが出来き、経営が
赤字であれば税金はかかりません。また、それまでの給与所得があれば、そちらと事業の赤字を相殺し、確定申告を行えば還付になることもあります。
消費税の免税期間も2年間設けられています。
一方、「法人設立」の場合は、
合同会社なら法定費用が約6万円、株式会社なら約20万円必要になります。また、経営が
赤字でも均等割りという地方税が年間約7万円かかってきます。
以上のことから、最初は個人事業としてスタートし、軌道に乗って、その事業をずっと継続させていくと決めたタイミングで、法人設立をした方がリスクは少なくなります。
2-3.法人設立をする場合の「株式会社」と「合同会社」のちがい
株式会社と合同会社では、税務上・融資などでの違いはありません。しかし、以下2点において、
合同会社の方にメリットが存在します。
・設立時の費用が、約14万円が安い
・決算公告義務がなく定款認証が発生しないため、ランニングコストが安い
ランニングコストについては、役員の任期ごとの登記コストや決算公告義務がない、株式会社では必要な定款認証の作業が発生しない等が挙げられます。なぜこのような差が出てくるかというと、株式会社が「出資をする人と経営をする人は違う」という前提で制度が作られているのに対し、合同会社は「出資をする人と経営をする人が同じ」という前提で制度が作られているためです。
そのため、上場企業や商品の販売先が一般消費者の場合、店舗で商売されている場合(美容院や小売店など)は、合同会社での起業の方がメリットがあります。
シスコシステムや西友なども合同会社です。合同会社と聞くと株式会社よりも下だというイメージを持っている方もいらっしゃると思いますが、そんなことは全くありません。
合同会社は、平成18年に創設されて以来、年々増加し、平成27年の株式会社の設立件数は88,803件。株式会社と合同会社の設立において、
合同会社は全体の2割を占めるようになっています。(参考:法務省登記統計)
2-4.起業準備中の経費計上
起業準備期間中に特別に支出する費用については、
繰延資産に計上し、任意償却で落とすことができます。また、今までは個人で使っていたが、今後は事業用に使う予定のPCやソフトウェア、工具などは、「会社で購入」という形にすることができます。(計上する金額は、実際に支払った購入金額です)
起業準備中に発生した経費は、しっかり控えておきましょう。
2-5.コスト削減のための考え方
起業する人にとって、一番頭の痛い問題はコストです。削減するにしても、どこから手を付けていいかわからない、という方もいるでしょう。そこで、筆者が起業に関わった会社や自社の経費の見直しを行った際に役に立ったコストの考え方についてご説明します。
まず、コストを4つに分類し、それぞれについて考えていきます。
コストの4分類(※費用だけでなく時間もコストになります)
- 生産的コスト
顧客が必要としていて、代金を払ってくれる価値を提供するための活動のコスト
→さらに生産的に出来ないか?
- 補助的コスト
経済的価値は生み出さないが、経済活動を促進する上で回避できない活動のコスト
→さらに下げることは出来ないか?
- 監視的コスト
悪いことが起きないようにするための活動のコスト
→悪いことが起きたときのコストが一体いくらなのか?
- 浪費的コスト
成果を生まない活動のコスト
→すぐに中止できるか?
全てのコストを上記のような活動の視点から見て、コストを払う目的を明確にすることで、目的にそぐわない出費や活動を押さえることができます。
2-6.起業後の手続きについて
起業後にしなければならない手続きがいくつか存在します。「個人事業」か「法人設立」かによって、以下のように変わってきます。
「法人設立」の場合は、提出する書類や資料の数が多く、時間のかかる手続きもありますので、注意が必要です。
■個人で起業した場合
・税務署に開業届を提出
(※給料の支払いがある場合や青色申告をしたい場合は、他の届出書も一緒に出す必要があります。こちらは必ずしも必要ではありませんが、提出しておくと有利になります)
■法人で起業した場合
・法務局での謄本と印鑑カードの取得
・銀行口座の開設
・税務署への開業届出書などの提出
・県税事務所への開業届出書の提出
・市町村への開業届書の提出
・社会保険事務所等への届出
最後に
今回は、起業を取り巻く厳しいと最低限知っておくべき知識についてご説明しました。起業はリスクのあるものですが、同時に大変面白いものでもあります。是非、今回の記事を参考にしていただき、起業に備えてください。
(執筆:澤田恭平、編集:マツイ)
■著者紹介
執筆:株式会社FirstStep 澤田 恭平
■メディア紹介
会社設立FirstStepは会社設立(起業・創業)&経営管理を税理士や司法書士等、経験豊富な専門家が起業家・ベンチャーの皆様をワンストップで、完全サポートしています。