こんにちは、ライターの菊池(@kossetsu)です。
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人物紹介:菊池良 株式会社LIGに所属するライター。ブログ記事の企画・執筆を担当している。 |
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あなたは「了解しました」と「承知しました」、どちらをよく使いますか?
【アンケート】
「了解しました」と「承知しました」、どっちを多く使いますか?— 菊池良 / Kikuchi Ryo (@kossetsu) 2016年2月25日
ツイッターでアンケートしたところ、こんな感じでした。わずかに「承知しました」の方が多いですね。
この2つの言い回しですが、「了解しました」よりも「承知しました」を使う方が正しい、とよく言われています。
僕がこれを初めて知ったとき、強い違和感を覚えました。理由は
からです。「承知」が日常的な言い回しではなかったので、気になったんですね。
そこで調べてみたところ、いつから言われ始めて、どういう経路で定着したのかがある程度わかりました。
まず、Web上でいつから言われ始めたのかを調べました。
すると、「Webメディアで取り上げられ始めたのは2011年ごろ」だということ、そして、「最初は“メールマナー”として言われ始めた」ことがわかりました。きっかけとなったのは以下の記事と思われます。
さらに以下の記事が、はてなブックマークもたくさん付いていて、多くの人に読まれたであろうことがわかります。
さて、2011年の記事は、個人ブログに書かれたものなのですが、元ネタがあります。「日経おとなのOFF」という雑誌の2011年4月号に掲載された“「美メール」の作法”という記事です。
ジャーナリスト、ライターの藤田英時さんが執筆しています。パソコンや英会話関係の本をメインに書いている方です。
藤田さんは2010年に『メール文章力の基本』という書籍を出版しており、それで声がかかったのだと思われます。
この本はビジネスにおけるメールのマナーについて書かれていて、具体的なNG例とその言い換え例を載せたものです。
本の中で“目上の人に「了解」は不適切”というルールを解説しています(142頁)。
これによると「了解」を不適切だとし、その理由を“「了解」には尊敬の意味が含まれていないから”とはっきり言い切っていますね。その言い換え表現で「承知しました」を推奨しています。
この本は25万部売れたベストセラー阿部紘久『文章力の基本』の続編で、この本も5万部売れたそうです。
さて、では他のメールマナー本にも、「了解よりも承知が正しい」と書かれているのでしょうか? 調べてみると、「あまり書かれていない」ということがわかりました。
これを確かめるため、国会図書館に行き、「ビジネスメール」とタイトルにある書籍をひたすら閲覧しました。すると、『メール文章力の基本』以外の書籍では、そのような記述はほぼ見られませんでした。
それどころか、「了解が適切」と書かれている本もいくつかあるんですね。
こちらは2004年に出た『ビジネスメールものの言い方辞典』という本。著者名は「シーズ」となっていて、Web系の本を何冊か出版しています。
ビジネスメールでよく使われる表現と、その類例をシチュエーション別に載せています。
本の中でそのものズバリ「了解しました」という表現が紹介されていますが、そこでは「不適切」というような注釈はありません(98頁)。
“承りました”を類例としているだけで、了解が不適切とは書いていませんね。また、その次のページでは「了解」をこういう風に解説しています。
了解は、事情を理解すること・納得すること。単にわかるだけでなく、それを認める意味が強くなります。
2004年のこの本においては「了解」は使っていい表現として出てくるのですね。
向井京子さんが2006年に出版した本。こちらもビジネスメールで使える文例を紹介しています。言い回しだけではなく、メールの全文を例として書いているのが特徴ですね。向井さんは他に英会話関係の書籍をいくつも出しているライターです。
こちらの「注文変更に対する承諾」という項目で以下のように書かれています(120頁)。
「承知いたしました」の言い換え例で「了解申し上げました」が使われています。フォーマルな表現ともされています。
ここにおいても「了解」は不適切なものとは扱われていません。
2007年に出版された本です。著者は「ビジネス文書マナー研究会」となっていて、他に『すぐに使えるビジネス文書実例集』という本を出していますね。
こちらもシチュエーション別に様々な表現を載せるというものです。その中の「理解・承諾の表現」という項目で、「承諾しました」の言い換え例として「了解いたしました」が出てきます。
「内容を理解したうえで承諾したという意味合い」と書かれています。つまり、承諾よりも上位の表現として「了解」が紹介されています。
他にも「日常的に使われます」とあります。2007年の段階でこの表現はビジネスシーンで浸透していたということです。
その他、下記の書籍でも「了解」を間違いとはしていません(事務的な感じがする、という記述はあり)。
こうやって見ると、2010年以降の本もあります。間違いとするかどうかは、分かれるんですね。
その中ではっきりと「了解」をNGとしている本も見つけました。神垣あゆみさんという方が書いている『メールは1分で返しなさい』(2009年)という書籍です。この本に関しては、調べてみるとちょっと面白い事実がわかったので最後に書きます。
その前に“ビジネスマナー本では「了解」がどう扱われているか?”というところを見てみましょう。
メールマナーではない、ビジネスマナー全般に関しての書籍も1980年〜2010年ごろのものを40冊ほど目を通しました。すると、「了解」を不適切としているものは見当たりませんでした。
例えば、2004年に出版された田中千恵子『ビジネス敬語お決まりフレーズ』という本があります。田中さんは様々な企業のマナー研修の講師をされている方ですね。この本は場面ごとの適切な言葉づかいの例をまとめられています。
「承知いたしました」の言い換え例で「了解いたしました」が挙げられています(64〜65頁)。「わかりました」は丁寧さに欠けるとされていますが、「了解」に関しては注釈はありません。
様々なビジネスマナー本を見てみたところ、よくある敬語の間違いとしてしょっちゅう取り上げられるのは、「ご苦労さまです」でした。ほかには「美化語の“お”と“ご”の過剰な多用に気をつけよう」というものですね。
そもそも「了解しました」という言葉が出てこないものが多かったです。「わかりました」ではなく「かしこまりました」にしよう、という記述は多数ありました。
さて、神垣あゆみさんの『メールは1分で返しなさい』です。神垣さんはメールに関する本を何冊も書いているフリーランスのライターですね。挑発的なタイトルですが、お決まりのフレーズを覚えて、メールの返信にかける時間を減らそうという趣旨のものです。
この本は『メール文章力の基本』以前に「了解は不適切で、承知が適切」としている、ほとんど唯一のものでした。「承諾のフレーズ」をまとめたところにこうあります(103頁)。
「尊敬の意味が含まれていないから」とはっきり言い切っています。『メール文章力の基本』と同じ理由ですね。
なるほど、『メール文章力の基本』が初出ではなかったのだな……と思いながら、神垣さんの他の本も一応見てみようと、初めての著書である『仕事で差がつくできるメール術』(2007年)を読んでみました。これはフレーズ集ではなく、書き方や作法をまとめたハウツー本ですね。
すると、こんなことが書いてあったんです(186頁)。
はい。ここでは、「尊敬の意味が含まれていないから」とは言っていません。「抵抗がある」と言っています。その理由は次のページにこうあります。
客先や目上の人に対しては略式な言葉というイメージがあり、常に「これでいいのかしら」という疑問がありました。
イメージなんですね。「了解は不適切」というセオリーがあったのではなく、神垣さんの個人的な違和感だったと。
そして、「承知しました」を言い換えとして持ってきているのは、たまたま聞いて「感じがいいな」と思ったからだと。それが次の本では「尊敬の意味が含まれていないから、承知しましたの方が適切」となっていると。
『仕事で差がつくできるメール術』は、同じ章のコラムにも興味深いことが書かれています(187頁)。
これは神垣さんが運営するメールマガジンに寄せられた意見です。50代の男性の方が「40年以上前、テレビドラマで新聞記者仲間が使って」いたから広まったのではないかと。
この方の実感としては、40年前から使われていたということですね。そして、今までの調べたことと照らし合わせ、ビジネスマナー本に取り上げられていない状況から考えると、それが不適切とはされていなかったということになります。
つまり、「了解は不適切」という意見が出てきたのは、ここ最近だということになります。そして、その出発点は、神垣さんの「これでいいのかしら」というイメージだったかもしれないと。「“承知しました”の方が適切」となったのは神垣さんがたまたま聞いて「感じがいい」と思ったからだと。
さて、神垣さんと『メール文章力の基本』には、何か繋がりがあるのでしょうか。再び『メール文章力の基本』を読んでみると、ありました。
参考文献として神垣さんの書籍が挙げられています(197頁)。つまり、「了解」に関する部分は神垣さんの本を出典としているということですね。
点と点が線になりました。
時系列をまとめるとこうなります。「Webメディアブーム」について、少し説明しましょう。
ある時期から、「Webメディアを運営し、ファンを作ろう」「Webにコンテンツを配信して、新しい読者層を獲得しよう」というようなことが言われ始め、出版社を含めた様々な企業がWebメディアを作るのがブームになりました。
そして、それらWebメディアに記事を執筆する大量のWebライターが必要になったのです。圧倒的な書き手不足のため、プロのライターだけではなく、一部のブロガーや、文章を書くのが好きという未経験者も登用されました。
僕もその1人でした。ちょうど2012年ごろのことです。大学に通いながら、編集プロダクションなどを通じて仕事をもらい、別の名前でWebメディアに記事を提供していました。
しかし、「Webメディアを運用しよう」「Webに記事を配信しよう」となっても、予算がありません。原稿料は記事1本につき2000円が相場でした。
それでは取材ができません。では、どうやって記事を作るのか。書籍やWeb記事を参考にして、記事を書くんですね。特にビジネス系のハウツーはよく読まれるので、多く書かれました。
そして、当然WebではPV(記事のアクセス数)が求められます。記事のPV数に応じて追加支払いをするというメディアもありました。すると、PVを取れる記事を書くにはどうすればいいか、というノウハウが編集部内で共有されるようになっていきます。
そのうちのテクニックの一つとして、「逆説」というものがありました。
世間で常識とされていることの逆を言うと、注目を集めやすいと。当時僕が関わっていたWebメディアにはライター向けのマニュアルがあり、はっきりとそう書かれていました。
「了解しました」より「承知しました」が適切、という意見はこの状況にちょうど良かったんでしょうね。世間では「了解しました」が普通に使われている、でもそれは間違いらしい、本にもそう書かれている、と。そして、読者は「了解しました」を疑問なく使っているので、「えっ、そうなの?」と記事を見る。PVが集まる。PVが集まりやすいので、他のメディアもこれを取り上げる。マナーとして普及していく。
おそらくは、そういうことなんでしょう。
長々と書いてきましたが、僕個人の意見としては、言葉の意味なんて時代によって変わりますし、言葉づかいに間違いがあるとすれば、「相手に意味が伝わらないこと」だと思っています。
だから、「了解しました」でも「承知しました」でも、どちらでも良いと思っています。内容を理解したということは伝わるので。
ただ、「何で急に言われ始めたのだろう?」という疑問はずっと持っていました。今回調べて1つの答えが見つかったのはとても楽しかったです。
「相手に合わせて、好きな方を使いましょう」というざっくりとした結論で終わります。ではでは。
「言葉は生き物」って言うけど、どんな生き物なんだろう。毛は生えているのかな。
— 菊池良 / Kikuchi Ryo (@kossetsu) 2016年2月29日