米国のトランプ新大統領がメキシコとの国境に壁を造る大統領令に署名した。物議をかもした大統領選の看板公約が実行に移される。フランシスコ・ローマ法王が懸念を表明するなど「壁」への反対論は強かったが、トランプ氏が考えを変えなかったのは残念だ。
不法移民が1100万人もいる米国の現状は、確かに健全なものとは言いがたい。だが、一口に不法移民といっても、正規のビザで入国し期限切れ後も帰国しないオーバーステイと、監視をくぐり抜けて国境を越える密入国とに大別される。
不法移民を「麻薬や犯罪を持ち込む。強姦(ごうかん)犯だ」と諸悪の根源のように言うトランプ氏の主張は極端であり、米国社会の一員として働いてきた不法移民まで摘発して追放するのなら乱暴としか言えない。
トランプ氏と同じ共和党のブッシュ政権は2006年、メキシコ国境にフェンスを建設する法案に署名したが、善良な移民には寛容な姿勢を見せた。民主党のオバマ政権は要件を満たせば不法移民にも暫定的な法的地位を与えようとしたが、共和党の反対で改革は進まなかった。
だが、歴史的に「移民の国」である米国は、不法移民の労働力を必要としてきた側面もある。そこから米国の多様性も生まれた。「壁ありき」ではなく、メキシコと話し合いを重ねるべきだ。壁の建設費をメキシコに払わせるというトランプ氏の主張は他国の主権を軽く見ており、国内的にはポピュリズム(大衆迎合主義)の極致と言える。
故レーガン米大統領は1987年、「ベルリンの壁を撤去せよ」と旧ソ連の指導者に呼びかけた。それから30年後の大統領令は、「米国第一」の名の下に、いかにこの国が内向きになったかを象徴している。
しかもメキシコ国境の壁は、イスラエルがテロ防止を理由に建設した「分離壁」を参考にしたとの見方が強い。国際司法裁判所は04年、分離壁を「国際法違反」として撤去を求める勧告的意見を示したが、イスラエルは全く要求に応じていない。
イスラエルと親密なトランプ氏は、「国際管理地」のエルサレムに在イスラエル米大使館を移転する意向を示し、一部の中東・アフリカ諸国からの米入国を制限するとの観測も流れている。「イスラム教徒の全面入国禁止」の主張はやわらげたとはいえ、排除と不寛容の姿勢が際立つ。
だが、テロや移民の問題の解決には、壁ではなく、国際的な協調を必要とする。欧州も移民や難民の流入に悩んでいる。トランプ氏の大統領令が、欧州などで分断と排除につながる短慮な風潮を加速させないか、改めて重大な懸念を覚える。