世界の片隅にいる私たち
アニメ映画「この世界の片隅に」=片渕須直(すなお)監督=が映画専門誌「キネマ旬報」の第90回ベストテンで日本映画の1位に選ばれた。インターネットの「クラウドファンディング」で資金を募るなど、最初から成功が約束されたわけではない映画の快挙だ。
舞台は戦争中の広島県呉市である。私の古里の広島で戦争といえば原爆が真っ先に浮かぶ。映画には原爆も登場するが、“主役”ではない。終戦の1年前、広島市から呉に18歳で嫁入りした「すずさん」を中心に庶民の日常が描かれる。原作は広島県出身の漫画家こうの史代さんだ。
呉は旧海軍の拠点で、戦艦「大和」の建造地として知られる。映画には、列車が呉に近づくと、窓から軍港が見えないよう海側の木製日よけを下ろさせる場面もある。
広島弁といえば、「仁義なき戦い」の印象が強いが、すずの声を担当した俳優、のんさんのゆったりした語り口が本来の方言だ。
絵が好きなすずが軍港を一望できる段々畑でスケッチをして、憲兵にスパイと間違われるシーンも印象的だ。庶民の生活に戦争の影は少しずつ忍び寄り、悲劇は突然訪れる。すずは入院中の義父を見舞った帰りに空襲に遭い、一緒に行った5歳のめいの晴美と絵を描く右腕を失った。
映画には派手な戦闘場面もなければ、歴戦の英雄も登場しない。それらが庶民の日常に無縁であることが、この映画を見ればよく分かる。それでも戦争は、すずたちの日常に遠慮なく入り込む。
すずは1人ではない。この時代を生きた庶民みんながすずだったのではないか。そして紛争やテロの戦火がやまない現代世界の片隅で生きる私たちもすずだと思う。
そんな共感とともに、昨年11月に全国63館で始まった小規模上映は年明けに194館に広がり、さらに増えている。累計動員も100万人を超えたという。欧米やアジアでの公開も決まった。世界中の「すずさん」と力を合わせ、全ての戦火を消したいと心の底から思う。
=2017/01/23付 西日本新聞朝刊=