三浦九段の問題で東西の棋士が数多く出席した1月23日の月例報告会の模様
将棋連盟の常務会と棋士、女流棋士が話し合う「月例報告会」が1月23日に東西の将棋会館で行われ、三浦弘行九段が疑われた「将棋ソフト不正使用」問題について、東西の会場を映像と音声でつないだ「テレビ電話」システムを使って論議しました。この問題が発覚してから9日後に行われた昨年10月21日の「説明会」には、東西で約140人の棋士、女流棋士が出席しました。1月の会合も同じぐらいの人数でした。
連盟から委嘱された第三者調査委員会(3人の法律家で構成)は昨年12月26日、三浦九段の疑惑は「白」であると発表しました。その結果を受けて1月18日に辞任を表明した連盟会長の谷川浩司九段と常務理事の島朗九段は、月例報告会の冒頭で「任期途中で辞任することをお詫びします」と挨拶し、ほかの理事(専務理事、常務理事、非常勤理事など計7人)とともに頭を下げて棋士たちに謝罪しました。そして、この問題の担当理事の島九段が一連の経過を説明した後、常務会と棋士たちとの質疑応答が繰り広げられました。
最初にA棋士は、「第三者調査委員会の報告書には《ドラフト版》と《公開版》の2種類があり、正式な《公開版》は改竄された疑いがある」と糺しました。一例を挙げると、「疑惑も指摘された」(意見も呈された)、「疑いが確信に近づいた」(疑いを強めた)、「不合理な弁解に終始した」(旨を説明した)など、三浦九段の疑いを強めるような文言があったといいます。※後者の( )内は《ドラフト版》。
《ドラフト版》とは、第三者調査委員会が連盟の常務会に事前に提示した「草案」のようなものだそうです。ところが連盟の職員が誤って公式サイトに載せてしまったのです。何とも間抜けた話です。A棋士の質問に対して、担当理事は「《ドラフト版》は正式なものではなく、連盟が《公開版》に手を加えたことはありません」と答え、改竄したことを否定しました。では、第三者調査委員会が意図的に変えたのでしょうか…?
ところで第三者調査委員会の報告書の中で、「三浦九段は出場停止期間が過ぎればすべての公式戦に再び出場でき、棋士としての地位を奪うほど重いものではない」という内容の記述は、私は棋士として絶対に許せません。三浦九段が受けた辛い処分は、勤め人の停職処分の比ではないからです。委員会の法律家たちは「第三者」ではなく、しょせん「部外者」だったんだと痛感しました。
次にB棋士は、「三浦九段は休場しないと常務会に伝えたのに、休場させるとは不当だ」と強く抗議しました。常務会が昨年10月11日に三浦九段を呼んで開いた「聞き取り」と称する会合は、三浦九段の弁護人や公正な第三者がいない「取り調べ」のような空気だったと思います。そして三浦九段は結果的に休場届を出すことに追い込まれましたが、休場届の期限とされた12日午後3時の2時間ほど前に弁護士を通じて休場しないことを常務会に伝えていたのです。常務会はB棋士の質問に対して、「緊急性から連盟の処分はやむをえない」という第三者調査委員会が出した結論を繰り返すばかりでした。
そんな押し問答の状況で、三浦九段の師匠という立場から連盟の会合にずっと欠席していた西村一義九段が初めて口を開きました。
「三浦九段が休場届を出したとしたら、本人も常務会にも大きな責任が生じます。棋士には対局する権利と責任があり、常務会はその権利を守るべきです。なぜ常務会は基本的な判断を間違えたのか。将棋でいえば、1手詰めが解けないようなものだ。有力棋士に言われてグラグラするようではなげかわしい。総辞職に値する重大な過ちだ」(西村)
三浦九段の問題は、将棋界の枠を超えて社会的な関心事になっていて、ネット上ではいろいろな記事が載っています。その中で、経済評論家で将棋を愛好する山崎元さんの記事に、私は大いに賛同します。
「《確たる証拠》か《本人の同意》がない限り、日本将棋連盟は《不正は存在しない》という立場を取るしかなかったのだ。週刊誌に疑惑を指摘する記事が出たとすれば、三浦九段と一緒に名誉毀損で出版社を訴えるという構えでよかった。対局の公正が疑われ、棋士の人権が侵された時に当事者として立ち上がらない《連盟》などというものに、存在する意味はない」(山崎)
西村九段と山崎さんの考えは、じつに正鵠を射たものでした。
私は昨年10月にこの問題が発覚したとき、常務会がどのように対処しても、連盟に「勝ち」はなく「負け」になると思いました。それならば谷川会長は三浦九段の立場をまず守り、告発した渡辺明竜王と竜王戦の主催者の読売新聞社に対して、「会長辞任」を覚悟に必死に折衝すれば、きっと道は開かれたはずです。これは結果論で言っているのではなく、そのときに思いついたものです。
私は常務会に対して、「三浦九段の問題はまだ何も解決していない。検証委員会を設立して真相を究明すべきだ」と主張しました。しかし事態を早く治めたい常務会は難色を示しました。まあ、責任をさらに追及されたくないのでしよう。
月例報告会では約20人の棋士が発言しました。大半が常務会を批判する内容でした。しかし発言はしないけど、常務会を支持する、現状維持を望む、穏やかに収めてほしい、事態を見守る、などという棋士たちも多くいます。
なお、ネット上では「常務会が棋士に対して《箝口令》を敷いた」という書き込みがありました。しかし、それは強制ではなく(罰則はありません)、自粛のお願いというレベルです。じつは米長邦雄永世棋聖が連盟会長を務めていた頃、米長に批判的な棋士が会合の内容を翌日にネット上でばらし、混乱が生じたことがありました。
常務会が棋士に対して、情報発信で注意を呼びかけたのは、そうした事情があったからです。私も三浦九段の問題で情報が錯綜していた昨年10月の頃は、このブログに書くことを控えていました。その一方で、常務会は『週刊文春』に情報を流したのです。示しがつかないと批判されました。
私は、社会的な関心事になっている一連の問題について、今後は公益社団法人の一員として、個人の名誉や団体の機密事項などに配慮しながら、情報をできるだけ公開していきたいと思っています。
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コメント
田丸先生、報告会の内容をお教え頂きありがとうございます。理事会が会員諸氏に詫びたのはあくまで「任期途中での辞任」であり、三浦九段に無辜の罪をなすりつけ、竜王戦七番勝負出場の機会を奪ったことではなかったように理解しました。わたくしの誤読であればご指摘いただければ幸いです。
谷川会長が自らの退任の第一の理由を健康問題としたことで、三浦九段の冤罪を晴らす大きな機会が失われました。残念でなりません。世には断片的な報道によって、三浦九段の不正はただ証拠が出なかっただけで不正疑惑事件の責任をとって谷川会長が辞任したといまだに誤解しているひとも多いように思います。前途多難とは存じますが、三浦先生をはじめ正道を守る方々が報われるよう、陰ながらお祈り申し上げます。
投稿: Britty | 2017年1月26日 (木) 10時39分
話題がかわるため、いちど切らせていただきました。連投ご容赦。公開版、ドラフト版ともpdfなので作成者名などのメタデータをみることができます。どちらも jsa0028という作成者名でした。
ところで連盟のウェブサイトに出た過去のお知らせにも、これと同じ作成者名のファイルが複数存在します。普及に関する文書、イベントの応募用紙、そういったものです。
jsa0028さんってどなたなのでしょうか。第三者委員会も補助委員にも連盟職員または役員はおられないはずなのですが。
投稿: Britty | 2017年1月26日 (木) 10時49分
田丸さんは理事に立候補はされないのでしょうか?
三浦さんの冤罪の件もひどいですが、竹俣女流もまた連盟理事による文春の被害者なのではないでしょうか。
彼女自身のブログでも三浦さんと同じように自分の家族に辛い思いをさせた〜とさらっとですが触れています。
立場も弱い高校生の彼女やご家族は連盟が怖くて我慢されているではないでしょうか?
田丸さんはどうお考えになりますか?
投稿: 観る将やめました | 2017年1月26日 (木) 10時58分
竜王戦が中止されたと嘘をついて、
休場を迫ったのは誰なのでしょうか?
このようなことをしても一切明らかにせず、
処分せず。
一般常識とかけ離れている。
少なくとも公益社団法人は剥奪されるべき。
投稿: | 2017年1月26日 (木) 11時07分
私は当初連盟が三浦九段を処分したことに驚いたのですが処分したからには間違いない不正の確証があったんだろうなと思っていました。
ところが何の証拠もなかったということにもっと驚きました。
「疑わしい」だけであの処分を下したとはまったく信じられません。
プロ棋士がタイトル戦の挑戦権をはく奪されたということがどれほどのダメージなのか第三者委員会はわかっていませんが同じ棋士である常務会はわかっているはずです。
渡辺竜王を責めるのは筋違いですが連盟の判断はとんでもない過ちでしょう
改めて竜王戦を連盟主催ででも行うべきです。
渡辺竜王が応じなければタイトルはく奪でも構わないと思います。
難しいなどといっている状況ではないですし会長辞任だけでは済まないでしょう。理事会一新でうやむやにすることは許されません。
私の周りの将棋ファンやそうでない人たちも再戦させてきっちりさせるべきだという声が大多数です。
あと連盟役員は相撲協会のように全員退役棋士が担うということではダメなのでしょうか?
新会長に佐藤康光九段の名前があがっていますがご自身も現役A級棋士であられるし、兼務は大変と思います。引退棋士ならこのような問題がおきたときに専念できますし、人生経験が豊富で世間に長けていますし企業役員の方とも対等に話せますし、将棋界のこともわかっているので規約で定めではどうでしょうか?
田丸先生はじめ大内九段、淡路九段、滝八段、勝浦九段など最適ではないかと思います。
投稿: こうめい | 2017年1月26日 (木) 11時14分
少なくとも理事の人たちは、こんな問題ができても責任なんか取らずなあなあで終わらせてしまっても将棋ファンは減らないと考えてるようですね
今まで将棋が好きでプロ棋士を尊敬していましたがもう将棋熱が冷めてしまいました
24も中継モバイルもニコニコプレミアムも解約し棋士のブログを見るのもやめようと思います
今までたくさんの面白い記事ありがとうございました
投稿: | 2017年1月26日 (木) 11時19分