2017年01月25日

頭上に広がる天空の弧は長い

例によって、山形新聞「ことばの杜」への投稿。1月21日の記事。

頭上に広がる天空の弧は長い、だがそれは正義に向かって伸びている。 (マルチン・ルーサー・キング)

1966年公民権運動のデモ隊が蹴散らされた後、キング牧師が語った言葉である。それは、40年以上後の2008年11月5日、バラク・オバマ大統領の勝利演説の中に埋め込まれて再登場する。幾年月にわたる先人たちの艱難と苦闘の末、それでも歴史の長い歩みが大きな弧を描いて、正義の実現へ向かって再び曲げ直される時が来た、とオバマは力強く語った。「1年や一期だけで我々はそこに到達できないかもしれない…しかし私は約束する、一つの人民として我々はそこに到達すると」。

「そこ」が、かつてキング牧師が語ったあの「約束の地」の事であることは、「一つの人民として我々は」の下りで、シカゴのグラント広場を埋め尽くした20万人の聴衆にははっきりとわかった。はからずもそのとき「イエス・ウイ・キャン」のチャントが沸き起こったことが、それを示している。オバマのスピーチは、キングのそれを踏襲しており、キングの言葉にはまた、旧約聖書の言葉(約束の地)とアメリカ憲法前文の言葉が残響していた。こうして、アメリカ憲政史の精神の伝統が、言葉から言葉へと受け継がれてきたのである。それぞれの背景には、もちろん血なまぐさい多くの犠牲があったが、それらは決して完全には忘れ去られることなく、伝説となったそれぞれのスピーチの中にその記憶を刻んできた。「憲法」が単なる条文のことではなく、まさしくこうして受け継がれ言い継がれてきた人民の記憶であり、精神の伝統であることを、これほど雄弁に示すものはない。

今般、憲政史の伝統を徹底的に愚弄し、憲法の理念を蹂躙する人物が大統領に選出されてしまった。この大惨事に胸塞ぎ、これから降りかかるだろう様々の災いに、決意を固めて耐え抜こうとしている人々は、これまでにも繰り返された歴史の潮の満ち干に遠く思いを巡らし、それでも歴史の長い弧は正義に向かって伸びていると、毅然としてつぶやくことだろう。


Posted by easter1916 at 03:45│Comments(0)TrackBack(0)

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