現在、トランプ新政権の経済政策の話題は通商・貿易政策に集中している感がある。メディアでは、この新政権の通商・貿易政策は「保護貿易主義」ではないかという批判にさらされている。
だが、大統領選時にトランプ氏が掲げた公約集や共和党下院の税制改革についての指針(Blue Paper)を見る限り、現在問題となっている「国境税」を含む通商・貿易政策が、関税引き上げなどの貿易障壁によって国内の幼稚産業を保護しようとするような典型的な「保護貿易政策」なのかは疑問である。
むしろ、アメリカが法人税率引き下げの国際競争に参入し、少なくとも、これまで他国と比較して高すぎた法人税制が歪めてきた製造業の産業立地を「正常化」する(法人税制要因をニュートラルにする)目的の方が強いような印象を受ける。
もう少し説明を加えると、法人税引き下げ競争は、企業にとっては、どの地域(国)に生産拠点を構えるのがコスト面で有利か、という産業立地の問題に帰着できる。
「物流網の整備がきちんとなされれば、市場に最も近いところに生産拠点を設けることが企業にとっての最適立地戦略である」というのが「空間経済学」の成果だと筆者は解釈している(それゆえ、トランプ新政権の掲げるインフラ投資も通商・貿易政策とリンクしているのではないかと考える)。
だが、これまでアメリカは法人税率の引き下げに消極的で、世界有数の「高法人税率国」であった。そのため、法人税は割高だった分、本来、アメリカに立地していたはずの製造業の生産拠点が他国に移転してしまっており、ある種の「歪み」が生じているというのがトランプ新政権の貿易・通商政策の立場なのではないかということである。
そう考えると、トランプ新政権は、何もすべての製造業の拠点をアメリカに持ってこようとしているのではなく、法人税要因がニュートラルである場合の状態に誘導しようとしているのではないかと考える。
そのため、業種によってアメリカに生産拠点を移す度合いは大きく異なっており、これは、これから発表される法人減税政策によって各業種でおのずと着地点が決まってくるのではないかと筆者は考えている。
その意味では「比較優位」の原則は生きているのではなかろうか。
ところで、トランプ大統領は任期中に雇用を2500万人増やすと発言している。だが、2016年12月現在で、米国で製造業に従事している雇用者数は1230万人弱であり、雇用者全体に占めるシェアは約8.5%に過ぎない。
ともかく、もし、雇用増をすべて通商・貿易政策だけで実現しようとすれば、製造業従事者は現時点から3倍程度に増加する計算になる。しかし、これが不可能なのは自明であり、むしろ、国内のサービス業等の非製造業の雇用拡大をいかに実現するかの方が、より重要な意味を持つ。
そして、これは、マクロ経済政策の役割である。すなわち、トランプ政権の雇用拡大策が成功するか否かはマクロ経済政策の設計如何にかかっているのではなかろうか。
そこで、判断が分かれるのが、アメリカの「雇用環境」の評価である。