通常、ジンベエザメは国から国へ、それも毎日回遊する。だがアフリカ、タンザニア沖のマフィア島は例外。常連のジンベエザメが泳ぎ回り、それらに名前を付け始めた研究者がいるくらいだ。(参考記事:「動物大図鑑 ジンベエザメ」)
「同じ個体のジンベエザメに幾度も会える場所は、そう多くありません」。海洋大型動物保護財団の主任研究員サイモン・ピアス氏は言う。「近ごろでは、旧友に会いにいくような気分です」
だが、その旧友は恐ろしいことに絶滅の危機にある。
2016年7月、ピアス氏は国際自然保護連合(IUCN)に対し、ジンベエザメをレッドリストの絶滅危惧種(endangered)に変更するよう助言した。ジンベエザメの確かな生息数はわかっていないが、目撃情報を写真で識別している世界規模のオンライン・データベースによると、確認されているだけでも世界には少なくとも8000匹のジンベエザメが泳いでいる。(参考記事:「ジンベエザメの回遊の謎を解明」)
しかし、マフィア島では年間を通してジンベエザメを確認できるため、研究者はこの巨大魚を研究するたぐいまれな機会に恵まれている。ここで研究をすれば、その食性、行動と成長を分析でき、ひいてはこの種を守るという究極の目的に役立てることができる。
「マフィア島のジンベエザメはこの島の居住者ですから、国際的にも地域的にも、保護のための法制度が必要です」
ジンベエザメの数え方
人間の指紋と同様に、ジンベエザメには個体によって異なる模様と傷跡がある。研究者は左側の胸びれとエラの間にある模様を目印にして個体を識別する。2007年、サメの研究機関「Shark Research Institute」の海洋生物学者マシュー・ポテンスキ氏は、写真を使ってマフィア島沖のジンベエザメを識別し始めた。
何年も前に現れたサメがいまだに島の周辺を泳いでいるとの情報に、ピアス氏らは唖然とした。
「ジンベエザメがここを短い間だけ訪れているのではなく、すみかにしていると確認できたことから、マフィア島はジンベエザメの生態環境を学ぶ場としてすばらしいところだと判明しました」と彼は言う。
最もジンベエザメを観察しやすくなるのは10月から2月にかけての5カ月間で、研究チームはそのうちの11月と12月に調査を行う。海面近くにいるエビを求めて内海に移動するからだ。2月になるとサメはそこから姿を消すが、発信器のおかげで、付近のもう少し深いところを泳いでいることがわかった。
「おそらく別の餌を追っているのだと思いますが、まだよくわかっていません」とピアス氏は言う。
いまだに多くの研究者が、ジンベエザメの繁殖方法、出産場所やその方法、そして生まれてから数年間をどこで過ごしているのかといったことを解明しようとしている。(参考記事:「300匹を妊娠!ジンベエザメの繁殖の謎に迫る」、「約400歳のサメが見つかる、脊椎動物で最も長寿」)
写真家でビデオジャーナリストのスティーブ・デ・ニーフ氏は、謎だらけだからこそジンベエザメに惹きつけられる、と語った。2016年12月、デ・ニーフ氏はピアス氏らと共に2週間にわたりマフィア島でサメの写真を撮った。
「ジンベエザメの未来は明るいと思いたいところですが、人間の活動によって脅かされており、生息数は減少しています」とデ・ニーフ氏は言う。「船に衝突したり、魚の網に絡まったりもしますし、ジンベエザメが乱獲の標的となっていることも依然として大きな脅威になっているのです」(参考記事:「進む乱獲、ジンベエザメの大群」)
そう考えると、研究者たちは大急ぎで、もっと大きな問題を解決しなくてはならない。「残されたジンベエザメを守るために、私たちができることはなんだろう?」
ジンベエザメを保護する取り組み
ジンベエザメにとって最大の脅威となっているのは、南シナ海での乱獲だろう。この海域では毎年、数百匹ものサメが捕獲されている。違法ではあるが、それを取り締まる力がないからだ、とピアス氏は語る。(参考記事:「海の犠牲者たち:ジンベエザメ」)
「あれほどの規模で乱獲されたら、ジンベエザメはひとたまりもありません。成長する速度が遅くて、成魚になるのにおそらく20年から30年かかるからです」とピアス氏は言う。「このような乱獲が続けられれば、その地域のサメが絶滅する可能性が出てきます」(参考記事:「ジンベエザメが小型化と研究報告」)
先ごろジンベエザメが、IUCNのレッドリストの絶滅危惧種に加えられたのは、より多くの国がその保護に向けて動き出したことを示している、とピアス氏は語る。その中にはガラパゴス諸島、モザンビーク、メキシコ、カタール、フィリピンが含まれる。(参考記事:「ガラパゴスに全面禁漁区、フカヒレ密漁の増加受け」)
ジンベエザメを移動性野生動物種の保全に関する条約(ボン条約)の附属書Iに加える動きを支持する国も多い。それが実現されればより徹底した保護につながるだろう。
タンザニア国内の動きとしては、ピアス氏のチームがタンザニア水産学研究所の協力を得て、サメと現地の漁師との衝突を回避する方法を探している。
「(サメは)よく網にひっかかります」ピアス氏は言う。「漁師にサメを捕える意図がなくても、サメと人の双方が危害を受ける場合があるんです」
解決策として、漁師が魚を捕る場所とサメが現れる場所が重ならないように制御する方法がある。サメが水面に上がる季節は限られ、その地域もおおむね予測がつくため、特定の場所を保護地として漁場から除外することが可能だ。
「マフィア島から多くのことが学べるでしょう」とピアス氏は語る。「この魚はいまだに途方もない謎に包まれていますから、それを解明する素晴らしい機会になります」