前の世紀の歴史の一こまだったはずの日米自動車摩擦が再燃するのだろうか。

 トランプ米大統領が、日本との自動車貿易が不公平だと批判し、貿易赤字を解消するために二国間の協議に乗り出すことを示唆した。

 日米など12カ国が合意した環太平洋経済連携協定(TPP)から永久に離脱するとの大統領令を発し、二国間主義を鮮明にする中での牽制(けんせい)である。

 自動車分野で日米摩擦が激しかった1980~90年代から状況は一変した。米国内で日本メーカーの生産が広がり、多くの雇用を生んでいる。乗用車の輸入関税は、米国の2・5%に対して日本はゼロだ。トランプ氏の時代錯誤の認識に耳を疑う。

 二国間主義の弊害は、日米間にとどまらない。世界最大の経済大国である米国が、手っ取り早く国内の雇用を増やそうと保護主義的な姿勢を強め、力任せに相手国に譲歩を迫れば公正な貿易のルールはゆがむ。交易が滞り、報復合戦を通じて経済活動の収縮を招きかねない。

 そうした事態になれば、輸出の低迷という形で悪影響は米国の産業にはねかえる。

 多国間で協調しながら自由化を進める理と利を米国に説くのは、経済規模で世界3位の日本の役割だ。近く予想される日米首脳会談に向けて、官民それぞれのルートで働きかけを強めてほしい。

 その一方で、多国間交渉の灯を絶やさないための取り組みも求められる。世界貿易機関(WTO)の機能不全が続く中で、まず直面する課題がTPPにどう向き合うかだろう。

 安倍首相は「TPPの意義を腰を据えて(トランプ氏に)理解を求めていきたい」と繰り返している。同盟国である米国を含まない協定は避けたいとの考えがうかがえるが、米国が加わっての発効が全く見えなくなったのは厳然たる事実である。

 TPPの参加国は自由化に積極的だけに、しっかり連携していくことが必要だ。一部の国が主張し始めた米国抜きでの協定についても、連携を保つ一環で話し合ってはどうか。協議を促すのは、経済力が突出する日本をおいてほかにない。

 大筋合意に向けて大詰めの協議が続く欧州連合(EU)との経済連携協定や、中印に東南アジア諸国を含む東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を前に進める意義も小さくない。

 米国に対して直接、間接に多国間交渉の大切さを訴える。日本が率先して取り組んでほしい。