時の権力者が不都合な事実から目を背け、虚偽を正当化すればどうなるか。見えてくるのは「虚構の世界」だ。トランプ米政権からはその怖さを感じる。
よほど気に障ったのだろう。トランプ大統領は就任式の観衆が8年前のオバマ大統領就任時から激減したという報道に「150万人はいた」と反論した。
オバマ氏の約180万人に劣らない観衆だったと言いたかったのかもしれないが、直後にホワイトハウスは確認できる観衆数を約72万人と発表していた。
米メディアが報じた8年前の遠景写真との比較を見れば数の少なさは歴然だが、ホワイトハウスはネットで見た人も含めれば「過去最多だ」と強弁した。
昨年の大統領選についても議会幹部との懇談で「300万から500万」の不正投票があったと述べたという。得票数では286万票差で民主党のクリントン氏に及ばなかった。不正投票がなければ得票数でも勝っていたと言いたいのだろう。
だが、根拠とする「14%が非市民の登録者」との大学調査への批判は強く、疑問符が付く。
トランプ氏は自伝で「真実の誇張」の効用を語っている。一連の発言は「罪のないはったり」のつもりかもしれない。
しかし、いまは、言動が国内外に多大な影響を与える米大統領である。高い信用性がなければ政権の信頼も失い、米国の混乱は世界に波及する。
それこそが事実かどうかは二の次となる「ポスト真実」の世界ではないか。国民と為政者が基本的な事実すら共有できなければ、民主主義は危うい。
45年前の1972年、共和党のニクソン大統領陣営が敵対する民主党の政敵追い落としのため人格を汚す内容の偽造投書を新聞に投稿し掲載された。
投書はフランス系カナダ移民を差別した「カナックレター」と呼ばれ、ウォーターゲート事件の捜査で偽造と分かったが、政敵は政治生命を断たれた。
大統領選では短文投稿サイト「ツイッター」をトランプ陣営が活用し、クリントン陣営を中傷する偽ニュースが拡散され、発砲事件にまで発展した。
トランプ氏は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)離脱を決定した際に日本が米国車の輸入を阻害していると言った。無関税の米国車が日本で売れない大きな要因は燃費性能やサイズなどが消費者のニーズに合わないことだ。国益を左右する重大政策の決定が偽りの理由で正当化されていいわけはない。
トランプ流の虚構と、事実のどちらが力を持つのか。メディアの役割は大きい。