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鳥巣愛佳のブログ

エアロビクス・ダンスインストラクターの鳥巣愛佳のブログ。エアロビクス界のイノベーターになるために日々精進していきます。

「清まってるし」と言い放ったギャルの思考回路に破壊的イノベーションの構図をみた

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先日、恋愛成就でおなじみの東京大神宮にいってきました。

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深い理由はありません。

 

上京して早5年。何度か足を運んだこともあるこの場所にいくのに

「地図を見ずに迷わず行けたら恋愛運UPするゲーム」を1人思考の中で繰り広げながら、いつもの場所へ。

迷わず行けたので安心しました。

 

有名な神社の割には大きな規模ではないのが、この神社の特徴。

境内も道路から遠くはありません。

 

いつもは10ある階段を7くらいからスタートしてしまう性格の私ですが、こういう神聖なる場所においては大人しく、参拝の作法を真似ます。

 

まずは身を清めるために手水。

すると隣から賑やかな声がしてきました。

 

 

 

「ええええ〜〜ここで清めるの?ダル〜〜い」

 

 

大学生と見られる女の子3人組。茶色い巻き髪にクリーム色のPコート。

くるんと巻いた前髪を触りながら駄弁る彼女ら。

量産型女子大生ファッションとはこのことかと呑気に思いながらも、続きの会話が耳に入らずにはいられなくなります。

 

 

(.....なぜこれがダルいのか。)

 

 

なんのためにここに来てるのだろうか。

東京大神宮に参拝しにくるというのは【恋愛成就を神頼み】というエゴでありとても人任せな行為です。

そんな行為をわざわざしに足を運んでいるのに、ここに来てお清めがダルいとは.....

 

さらに彼女らの口からとんでもない言葉がでてきました。

 

 

「ってかもう清まってるし。」

 

 

....清まってる?

.....清まってる??

 

 

すすいだばかりの口から水が出そうになるのを我慢する私。

 

 

「清まってる」とは一体なんなのだろうか。

何も取り憑いていないことを指しているのだろうか。

それとも日頃からお清めを行っている家系なのだろうか。

 

非常に申し訳ないが私にとってはとてもそんな風には見えない。

骨盤が前傾気味で腰痛と下半身太りの将来が見えそうな、普通の女子大生です。

 

「清まってる」というワードを調べてみましたが

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Google先生でもやはり認識してくれない言葉ですね。

 

しかも「清まってる」を発した本人以外の2人も何も突っ込むことなく

「そうだよね〜」と共感する。

これはギャルたちの共通言語なのでしょうか。

 

 

23歳、ギャルとは程遠いキャラのエアロビのお姉さんの私、

なんだかいても立ってもいられなかったので

「清まってる」とは「清まる」という言葉が彼女らの持っている関数のもと変格された言葉だと仮定して解読してみました。

 

 

 

そもそも「清まる」は自動詞のラ行四段活用らしいです。

なんだそれという方は中学校からやり直しましょう。

 

 

嘘です。

 

 

「清まる」は自動詞なのでそのもの自体がその動作をするイメージですね。

ラ行四段活用は「清まる」の語尾である「る」の部分が「ら/り/る/る/れ/れ」と変格するもので

 

・清まらず、清まらない(未然形)

・清まります、清まった(連用形)

・清まる(終止形)

・清まる(連体形)

・清めれば(仮定)

・清めよ(命令)

 

と活用する言葉ということです。

終止形の「清まる」に進行形の表現で「清まっている」になっているようですね。

なんだか違和感しかないですが無理やり納得できます。

 

 

次にこの言葉が生まれたシチュエーションから考えていきます。

「清まっている」と言っていた意味は「もうすでに清められている」との意味でしょう。

「清められる」の普通形は「清める」。

そのもの自体が他の対象に動作をするので他動詞です。

これに助動詞「られる」と、進行形「〜ている」を付け足して「清められている」という意味になっています。

 

 

つまり

意味を考えると他動詞の「清める」に助動詞と進行形をつけた「清められている」の表現が正しいが、

彼女たちは一瞬にしてそれらを自動詞の「清まる」を現在進行形にした「清まっている」で完結させたということです。

 

 

あのたった一瞬でこのような言葉を作り上げる彼女らの思考方法....

 

 

なかなか侮れないですね。

 

「清める」という言葉が自分の体を別のモノをして扱っている他動詞であるからこそ成立する表現なのでしょうか....うううううーーん。深い。

 

文法もを平気で変えていく彼女らの思考の破壊力に度肝を抜かれました。

 

洗練された日本語の文法もをいとも簡単に破壊し、自らの造語をいとも簡単に生み出していく彼女らから、今後の日本語の変革が楽しみになってきました。

 

私も彼女らを見習ってなにか造語作ろうかな。

 

 

 

......「取り憑いってる」

 

 

らぶゆー!