「大自然をたっぷり味わいつつ、文化度の高い営みもできる。何しろ、日本の各ジャンルでトップにいる歴々が、本宅ではないにしても別荘を構えています。そういう人たちとの濃密な交流がここにはある。軽井沢の町自体が、まるで帝国ホテルのロビーみたいなものですよ」
時代は移ろっても“軽井沢ブランド”が廃れないのは、そうした「人財」の豊富さと文化の力ゆえだろう。
加えて、軽井沢は都心からのアクセスにも優れる。新幹線に乗れば、東京駅から1時間余り。高速道路も整備されている。今や東京への通勤圏であり、「都会の利便性や活力と、自然に囲まれた生活。両方を楽しめるのが軽井沢なんです」
と蟹瀬氏。そう、軽井沢に家を持ったからといって、都心に背を向け引き籠もるつもりではない。そもそも蟹瀬夫妻が、それぞれジャーナリスト、経営者として第一線で活躍しているのは周知のこと。
そのため夫妻は、住まいを軽井沢に限定せず、都内にも居を構えている。ただしこちらは賃貸である。
複数の家を、その時の状況に応じて使い分ける。この住まい方を、「マルチハビテーション」と呼ぶ。誠一さんが言う。
「僕の造語なんですけどね。クオリティ・オブ・ライフを重視する暮らし方の提案です。海外で実践している人は多いので、日本でも広まってくれたら」
平均すれば、夫妻は1年の3分の1を軽井沢の家で過ごす。夏場は軽井沢をベースに、用事のたび東京へ出向く感覚となる。快適な時間を過ごすため、家は絶えず工夫と改良が加えられる。
「建てる時、基になる図面のラフを自ら引きました。それをプロに手直ししてもらっているから、予算の許す範囲で理想的な造りではあります。これから一生をかけて、さらに自分たちにとって心地いい空間に仕立て上げていくつもり」(蟹瀬氏)
「これまで世界のあちらこちらで、家やホテルをたくさん見てきた蓄積があるので、ふたりの空間の好みはしっかり築かれています。家づくりでやりたいことはいくらでもありますよ。少しずつ、楽しみながら実現させていきたいです」(令子夫人)
家は、竣工した瞬間が完成ではない。住む人間が手をかけ、永遠に成長させ続けていくものだというのが、夫妻の共通認識だ。お気に入りのアンティーク家具をひとつずつ買い足したり、カーテンの質感にこだわって両面を表用の生地で特注したり。細部にわたってバージョンアップが図られていく。今度はどこに手をつけようか、家にまつわる夫婦間の話し合いは尽きない。
春になると草木の芽が吹き、やがて新緑が伸び、秋には紅葉して葉は散っていく。冬に雪が降れば、一帯の空気は恐ろしいほどピンと張り詰める。そんな自然の恵みを存分に感じながら、同時に、すべてがダイナミックに動く都会の興奮にも身を投じていく。マルチハビテーションは、自分の人生を2倍味わう有効な方策だと蟹瀬氏。
「自分でそれを証明しなくては。誤算といえば、軽井沢にいるとつい、ゴルフ三昧になってしまうことくらいです(笑)」