2013年12月18日/久保田 明 (編集部 中)
「ホワイエ」63号"REAL×VIRTUAL"特集のインタビューにご登場いただいたゲームデザイナーの小島秀夫さん。世界で累計販売本数3540万本を誇るモンスターソフト『メタルギア』シリーズの監督であり、制作・統括責任者だ。PS4の国内発売(2014年2月22日)に合わせて、3月20日にシリーズ最新作『メタルギア ソリッド Ⅴ グラウンド・ゼロズ』のリリースが決定。これは現在開発中の超大作ゲーム『メタルギア ソリッド Ⅴ ファントムペイン』のプロローグに当たる作品で、本篇に先駆けての登場となる。フォトリアルな美しい映像と、昼夜も気候も刻々と移り変わるオープンワールドでの敵地潜入ゲームの興奮がいよいよ幕を開けるわけだ。
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世界中のユーザーを相手に、文字通りグローバルなエンターテインメントの創造に全力を注ぐクリエイター、小島秀夫の気概はインタビュー記事を読んでいただくこととして、ここでは誌面の都合で割愛したコメントをいくつか採録しておきたい。まずは、映画製作と似て非なるゲーム制作の進行について。
「シンプルなゲームでも大作でも同じことですけど、まず最初に企画を立てます。テーマやゲームのシステムを考えて、同時にプロットやキャラクター、世界設定をしながら肉付けをしていく。映画と違うのは、脚本ができてから順次行うわけじゃない点。ゲームの場合は全部が同時進行なんです。プログラム上でそれが可能か、ひとつずつ実験をしながら進めます」
「まずゲームシステムをオープンワールドに決定しました、と。そしてステージデザインや描画も完璧。壁も登れるし、水中にも潜れて、どこへでも行けます。……でもおもろないです、っていうのがいちばん怖い(笑)。なので、少しずつフィードバックをしながら、絶えず確認作業をしていくのが大切です。『これでイケる!』となったら台本化して、モーションキャプチャーやフェイシャルキャプチャーを撮ったり音声収録をしたり。これら同時進行する作業の細部と全体を見るのがぼくの仕事なんです」
「アニメーションの場合だと、何本もある線のなかからどれを選んで表現するか、どうデフォルメするかが作家性なわけですよね。ぼくらの作業もそれと似ていると思います。ただ映像のリアリティを追求しているわけではなくて、プレイヤーにその空間に自分がいることを感じさせる臨場感の創出に力を注いでいるのです」
熱狂的な映画ファンとして知られる小島さんは、『グラウンド・ゼロズ』の挿入歌として、1920年代のアメリカで起きた冤罪事件の映画化作『死刑台のメロディ』(1971年)のテーマ曲を採用した。フォーク・シンガー、ジョーン・バエズの力強い歌声が、死刑台の露と消えたイタリア移民の靴職人、サッコとバンゼッティの怒りと悲しみを浮かび上がらせる。当時、ラジオの映画情報番組などで話題を呼んだ名曲である。この曲は、コナミデジタルエンタテインメント社のウェブサイトで公開されている『グラウンド・ゼロズ』のオープニング・トレーラーでも聴くことができる。小島さんがこの曲を採りあげた思いは、ゲームユーザーそれぞれが考えるとして、「トレーラーを発表したあとに、このへん(コナミ社のある東京・六本木界隈)を歩いていたら、あの曲をね、口笛で吹いているひとがいたんですよ。やっぱりいいものは伝わるのか、と思いましたね。まあ、ウチの社員だったのかもしれないですけど(笑)」
小島さんは、ゼロ年代の日本SF小説界の旗手として彗星のように現われ消えていった作家・伊藤計劃(※)との交流でも知られている。アマチュア時代の伊藤は小島秀夫ゲームの信者であり、その影響は彼の小説にも大きな影を落としているのだ。
(※いとう・けいかく。デビューから2年後の2009年3月に、病で他界。行年34。代表作に『虐殺器官』『ハーモニー』など)
「伊藤さんが最初にぼくのゲームをやったのはSFアドベンチャー・ゲームの『スナッチャー』(1988年)だったらしいのですが、初めて会ったのは1998年の“東京ゲームショー”の会場でした。ブースで『メタルギアソリッド』のトレーラーを流していたときに、雑踏のなかでね、それを見て号泣している男がいたんです(笑) それが伊藤さんだったんですよ」
『メタルギア』シリーズへの愛着を語る伊藤と小島さんの交流は、ファンとクリエイターという形でしばらくつづいた。
「映画監督の塚本晋也さんと『鉄男』のトークショーをやったときなども、必ず最前列に座っていましたね(笑)。『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』を製作中の2001年の春ごろ、伊藤さんにガンが発見されて病院に見舞いに行ったんです。共通の友人から本人が落ち込んでいると聞いていたんで……懲戒になりかねない話なんですけど、当時絶対に外部に漏らしたらあかんかった『メタルギアソリッド2』のハイライト場面を、こっそり見せてあげたんです。『これが年末に出るよ』、『じゃあぼくもそれまでは頑張ります』って。それで無事、退院されて。それ以降はけっこう頻繁に会うようになりましたね。『メタルギアソリッド2』もまあ賛否両論を呼んだ作品で、伊藤さんは“これが判るのは俺だけだ!”とか書いてブログを炎上させたりしていましたね(笑)」
「あるときは、漫画の原作(※)を書いたといって、会いに来たこともありました。『監督、これがぼくのデビュー作になるかもしれないんです』って。で、見たらおもろないんですよ。『これ、あかんちゃうの~?』って思わず言ってしまいましたけど(笑)」
(※短篇集『The Indifference Engine』に収録の『A.T.D.:Automatic Death』2002年)
入退院をくり返すなかで研鑽をつづけた伊藤は、2007年に長篇『虐殺器官』を発表。それを読んだ小島さんは伊藤に、ゲーム『メタルギアソリッド4』のノベライズ作品である『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』の執筆を依頼する。できあがった小説はノベライズの域を超えた完成度を持つものだった。
「今度の『メタルギア ソリッド V ファントム・ペイン』も、心のどこかで伊藤さんやったらどう思うかなあ、と考えて作業を進めているところがありますね。本人はベッドの上で、なんで俺は女にモテないんだ~とか喚いていましたけど、内外でいくつも賞を穫ってね、今や本屋にはコーナーができて多くの若いファンに読まれているんですから。それだけはほんと、霊媒師を呼んで本人に教えてあげたいですよ」
スマホや携帯のソーシャルゲームもいいけれど、それで満足していたら日本のゲームスタジオはガラパゴス化して、世界から2周も3周も遅れたものになってしまう。莫大な開発費とアイディアを投入してそれに挑む小島プロダクション。天国の伊藤計劃もコントローラを握って、新作の完成を待っていることだろう。
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