止まらない行政の人権侵害 DV被害者に「実家に帰れ」

小田原市で「保護なめるな」、「不正受給はクズ」などと書かれたジャンパーを着用して業務にあたっていたことが問題となった。生活保護行政による人権侵害は決して小田原市だけの問題ではないことは、すでに下記の記事で論じたばかりだ。

生保行政に蔓延する違法行為 小田原の事件は氷山の一角に過ぎない

それから日を経ずして、今度は世田谷区の生活保護窓口で行政による人権侵害行為が行われていたことが、私が代表を務めるNPO法人POSSEと生活保護問題対策全国会議の共同記者会見によって明らかにされた。虐待・DVの被害者に対し、加害者の待つ実家に帰るように指導していたのだ。

本記事では、今回の事件の問題点と求められる行政の対策について考えたい。

家族からの虐待・DVから逃れるために知人を頼り単身上京

まずは、問題の経緯を確認しよう。

今回福祉事務所で人権侵害を受けたのは、東北地方出身の20代女性だ。彼女は、親兄弟に幼少期から虐待・DVを受けていた。特に兄からは包丁を振り回され、灯油や水をかけられた経験があるという。また、父親が母親に暴力や暴言を振るう環境であったために、本人は様々な精神疾患を患っている。そうした状況にも関わらず、母親は本人が病院に通うことを許さなかった。 

彼女はこうした自分自身の状況を変え親兄弟の虐待・DVから逃れるため、知人を頼って2016年9月に単身上京した。知人からのアドバイスで、警察署で家族全員に対し、住民票閲覧禁止を申し立ても行っていた

「家族に連絡を取れ」「扶養照会も行う」

だが、家族からの虐待から逃げてきたものの、様々な精神疾患を患っているため働くことは難しかった。そのため、自立した生活を送るために生活保護の申請をしようと、同年10月、世田谷区の福祉事務所を訪れたのだった。

今回の問題が起こったのは、その時である。

第一に、福祉事務所の担当者は「家族に連絡を取るよう」に伝え、同時に「扶養照会も行う」と明言したのだ。

「扶養照会」とは、生活保護を申請した本人の家族に対して、援助ができないかどうかを問い合わせることだ。今回のケースで扶養照会を行えば、加害者に被害者の居所や現在の状況が知られる可能性があり、DV・虐待の二次的被害を発生させる危険性が高い。

しかもこの事件では、すでに本人が警察に対して住民票閲覧禁止措置を取っていたにもかかわらず、これがまったく尊重されなかったのだ。

こうした福祉事務所の対応によって本人は重大な精神的苦痛を受け、過食症を発症してしまった。これは虐待・DV被害者に対する典型的な二次的被害である。当然、家族への連絡を恐れ、生活保護の申請もできなかった。

住まいを選ばせない

第二の問題は、精神疾患を抱えるため集団生活に困難を感じて、アパートでの生活を希望していた女性に対して、福祉事務所の相談員は、「実家に帰るのか、シェルターに入るのか、じゃあ施設に入るのか? それか頑張って働いて、もう少し(居候先の)Bさんのところに住まわせてもらえるのか、とか」と迫ったことである。

生活保護は、自分の家やアパートに住みながら利用することが原則である(生活保護法第30条)。住まいがない人は、物件を自分で探し、アパートで暮らす権利がある。施設への入所は、原則として「施設でないと生活できない場合」に限られる。福祉事務所は本人に対して、施設保護を強要することはできない。

「施設が嫌なら実家に帰れ」という対応は、「法律」に反するのである。また、精神疾患を抱えて働くことが難しい相談者に対して、「知人宅での居候」というのも、まともな福祉行政がする「提案」ではないだろう。

幼少期から虐待・DVを受け、精神疾患で働くことも難しい当事者に対し、行政の「福祉」はあまりにも冷酷だと言わざるを得ない。

虐待・DV関連法等にも違反している

こうした窓口の対応の問題点は、生活保護制度に反するだけではなく、虐待・DVに関係する法律等にも反する可能性が高い。「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」では、職務関係者に次のような配慮を義務づけている。

第23条 配偶者からの暴力に係る被害者の保護、捜査、裁判等に職務上関係のある者は、その職務を行うに当たり、被害者の心身の状況、その置かれている環境等を踏まえ、被害者の国籍、障害の有無等を問わずその人権を尊重するとともに、その安全の確保及び秘密の保持に十分な配慮をしなければならない。

さらに、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護のための施策に関する基本的な方針」では「被害者に対し、不適切な対応をすることで、被害者にさらなる被害(二次的被害)が生じることのないよう配慮することが必要である」ことや、「加害者の元から避難している被害者の居所が加害者に知られてしまう」ことがないよう「被害者に係る情報の保護に十分配慮することが必要である」ことが明記されている。

内閣府男女共同参画局作成の「配偶者からの暴力の被害者対応の手引」では、「家に戻って話し合ってください」という今回と同様の対応が、具体的に否定されている。

被害者の安全確保を第一とする対応ができていない。

●被害者が望んでいないのに、「加害者のところに戻る」ことや、「加害者と話し合う」ことを勧めないでください。危険です。  

生活保護法上も、「要保護者の生活歴等から特別な事情があり明らかに扶養ができない者並びに夫の暴力から逃れてきた母子等当該扶養義務者に対し扶養を求めることにより明らかに要保護者の自立を阻害することになると認められる者」に対しては、扶養照会をすることが適切でないとされている。

「行政の暴走」が社会を破壊する

福祉行政でDV被害を専門に相談を受ける担当者が、こうした基本的な対応方法を知らなかったはずはない。仮に知らないのだとしたら、専門性のない担当者を置くこと自体が重大な問題だ。では、なぜこのような人権侵害が生じるのか。

今回の行動を見る限りでは、適法に虐待・DV被害者を保護するよりも、生活保護受給者を減らすために、「リスクを承知で追い返す」という行動をとっていたと考えざるを得ない。

繰り返しになるが、重要なことは、そのような行政の行動が法律に反する行為であるということだ。この事件が先日の小田原市の事件とも類似している点はまさに、この点である。行政が法律や行政の方針を逸脱し、独自に受給抑制しようと「暴走」してしまっているのが現状なのだ。

いうまでもなく日本は法治国家である。行政が法律を逸脱し、住民の人権を侵害してよいはずはない。小田原市や世田谷区の事例からは、行政の担当者が困窮する住民を差別し、あるいは敵視すらしている姿勢すらうかがえる。

私たちの元には今回のように病気、DV、シングルでの子育てなどにより、働くことが難しい方から、膨大な相談が寄せられる。生活保護受給者をすべて潜在的な不正受給者であるかのようにみなす行政のやり方は、餓死・自殺などを引き起こす結果にもなりかねない。

そして現に、日本中で生活保護を受けられない、あるいは打ち切られたことが原因とみられる死亡事例が発生しているのである。違法な生活保護行政の問題は、住民の「生命」の問題である。

それだけではない、違法に生活保護制度から排除されることで、結局は虐待やDV、あるいは貧困状態が温存されることになる。その結果、行政が犯罪や貧困を助長することにもなりかねない。しかも、そうした状態が続けば続くほど、当人たちの精神や生活状況は悪化し、就労や「自立」からは遠ざかっていく。

今回のAさんの事例でいえば、行政が適切に保護することで一日も早く「自立」への道をスタートするべきだった。ところが、不適法な扶養紹介の脅しにより、当人はより精神を病み、ますます「自立」から遠ざかっている。

行政の不適法な行為は、結局は社会につけをまわすのである。

福祉行政の監視が急務

このように、公的機関が人権侵害を引き起こしているいま、民間支援団体による貧困者の権利擁護活動は急務である。

今回の事件を告発したNPO法人POSSEでは、「反バッシングムーブメント」を立ち上げ、生活保護行政における違法行為の監視活動を行っている。今回の事件について、同団体の責任者で、社会福祉士の渡辺寛人は記者会見で次のように述べている。

「貧困が拡大しているにもかかわらず、行政は貧困者を差別し人権侵害を行っています。私たちは、貧困者に向けられる偏見にもとづいた「バッシング言説」に対抗し、行政による人権侵害の是正に取り組みを行っていきます」。

反バッシングムーブメントでは、ホームページ上で、行政による人権侵害のデータベース( https://antibashingmovement.jimdo.com/database/ )を作成し、その可視化も行っている。すでにホームページにはおよそ50件の事例が掲載されている。このデータベースを一瞥するだけで、行政による人権侵害の深刻さと、その広がりを知ることができるだろう。

「反バッシングムーブメント」ホームページ

行政への監視活動は、財政運営などに関してはこれまでも「市民オンブズマン」が活躍してきた。同じように、福祉行政においても、NPOなどによる運営の監視活動の意義が今日高まっている。

同団体では今後、世田谷区長に申し入れを行い、改善を促す予定である。

(尚、行政の違法行為の事例は拙著『生活保護 知られざる恐怖の現場』(ちくま新書)で詳しく紹介している)。

生活困窮に関する無料相談窓口

NPO法人POSSE

http://www.npoposse.jp/soudan/sougou.html

soudan@npoposse.jp

03-6693-6313

*社会福祉士ら専門家によって、全国からの相談を受け付けています。