天皇退位について、1月23日に有識者会議が論点整理を提出予定だ。一代限りの特別法による退位を推奨する見込みだという。しかし、これには幾つも問題がある。

 第一に、憲法2条は、皇位の継承は「皇室典範」により定めるとしている。「この事項は『法律』で定める」とした憲法条項は他にあるのに、なぜ2条は法律名をわざわざ指定したのか。「皇位安定のため、皇位継承については、皇室典範で一般的な基準と手続を定めるべき」と、要請したからではないのか。もしそうだとすれば、一代限りの特別法には、違憲の疑いが生じてしまう。違憲の疑いは、新天皇の即位にも及ぶ。皇位継承の重大さを考えれば、違憲の疑いは避けるべきだろう。

 第二に、一代限りの特別法は、「〇〇陛下は〇年〇月〇日(あるいは政令で定める日など)を以て退位する」という条文になろうが、これでは、なぜ退位をしたのか、退位の基準が不明だ。こうした前例ができれば、将来の恣意(しい)的な皇位継承につながる。有識者会議は、皇室典範改正は将来の恣意(しい)的な退位の危険を発生させると報告する見込みだが、その危険は、むしろ一代限りの特別法の方がはるかに大きいだろう。

 このため、一般論として一代限りの特別法を合憲とする憲法学説の多くも、それが許されるのは、退位する天皇に、他の天皇には当てはまらない固有の事情が明白に存在する場合に限定すべきだとする。今回の退位の理由を探すなら、「高齢により、陛下御自身が執務の困難を感じたから」といったものになろう。これは、現在の陛下固有の理由とは到底言えない。

 第三に、皇室典範改正は時間がかかりすぎるとの指摘には、何ら説得力がない。なぜなら、一代限りの特別法も皇室典範も、法律の一種であることに変わりなく、制定・改正の手続きは同じだからだ。

 一般的な退位要件を検討するには、それなりに時間がかかるのは確かだ。しかし、天皇陛下のお言葉は「平成30年」を一つの区切りとしている。平成29年に一年かけて議論し、平成30年の通常国会で制定というスケジュールでも問題ない。現在の皇室典範は、昭和21年11月3日の日本国憲法公布を受け、昭和22年1月16日に成立した。この2か月半の間に、退位も含め皇室典範全体の議論をしたのだ。今指摘したスケジュールは、これに比べればはるかに余裕がある。

 第四に、有識者会議は、全天皇に当てはまる退位要件の条文化は困難だという。しかし、検討すべきは、「今後の全退位に当てはまる条件を網羅できるか」ではなく、「今回の退位理由が他の天皇にも当てはまり得るか」のはずだ。有識者会議は、論点設定を根本的に誤っている。

 有識者会議は、退位自体には反対しないのだから、今上陛下の退位に正当な理由があると考えているはずだ。ならば、その理由を条文化しさえすれば、皇室典範の改正を提言できるはずだろう。退位を是としつつ、条文化は困難だと主張するのは、理論的に矛盾した主張だ。

 このような支離滅裂な議論で、貴重な時間を浪費した有識者たちの責任は大きい。一刻も早く、一般法制定の議論を開始すべきだろう。(首都大学東京教授、憲法学者)