こんばんは。火曜日が終わりましたね。
なんと、わたしのインターンも残り5週間。
日本に帰ってから学びたいことが増えて、理想の未来も描けるようになってきて、なんだか帰国後のことも楽しみになってきました。 そう思えただけで、こっちに来て本当に良かったな。
今日は、こっちの就活事情の話。
わたしは昨年9月から、現地の会社でインターンとして働くべくシドニーにいるわけですが、わたしが来た時から、この会社には普通の現地大学生のインターンの子がいたのでした。
彼女はフルタイムではなくて、大学の時間割に合わせて週2で来ていたのだけれど、初めて会った日に、春に大学を卒業したらこの会社で働くんだ、というようなことを言っていた気がする。きっと彼女もそう思ってたんだろうなぁ。
でも、いろいろあって、年末のとある日、何気なく社長が言ったんですよ。「春から正社員として採用することは、考えていないなぁ」と。突然ね。
これが日本だったら、もう、精神的に病むよね?だって、大学卒業3ヶ月前に、当然採用されてフルタイムで働くことになるだろうと思っていた会社から、「え?採らないよ」って言われるんだよ?お先真っ暗w人生終わったwってなっても、おかしくない。
でも彼女は、その日一緒に帰った時も、「新しい仕事探すのか〜めんどくさいな〜」みたいな感じでひらひら笑ってた。
もちろん、彼女なりに力不足を感じたり、このオフィスでの毎日がもう長く続かないことが決定して寂しい気持ちはあったと思うのだけれど、
それでもポジティブに「次を探すか〜」って言えていたのは、彼女が強いからってだけではなくて、国の就活事情の違いの影響があるんだろうなぁと思います。
話を聞いたら、新卒一括採用なんて存在しないこの国では、卒業後に働いていないブランク期間ができても、何も不思議なことではないんだって。ノンプレですよ、ノンプレ。
そして、日本の新卒採用のようにポテンシャル採用ではないので、就職活動の時に見られるのは基本的には「何ができるか」「実際に何をしてきたか」。つまり実力。
だから、名前が通るような大きな会社に新卒で行くようなことは起こりにくくて、その分、ステップアップとしての転職はかなりメジャー。
実力さえあれば、どこまででもいけるし、変なタイミングで会社を一旦やめたりしても働き口は見つかる。
一言で言えば、合理的。
実力がある人は、多少レールから外れた人生の選択をしてもその力を活かす機会が与えられるし、
実力がない人は、いくらお利口にしていても”誰かが生涯守ってくれる”なんてことはない。
「実力が無いとものを言えない社会」というと冷たく感じるけれど、わたしがそういう社会もいいなって思ったのは、
そういう社会でこそ”働くことを楽しむ”、ライフワークハーモニーが実現し得るから。ライフワークバランスじゃなくて。
まず、働く側からすると、不必要なプレッシャーがないんだよね。「楽しくない、つらい」と思った仕事を辞める時に、「履歴書に傷が…」とか。
実力をつけて結果を出すと上に登っていけるし、出せないと解雇されてもおかしくないので、自然と、自発的な向上心や成長意欲のある社員が増える。良くも悪くも自己責任。
そして、会社にとっても、「楽しくない、つらい」と社員に思われると辞められてしまう社会なので、会社が「いかに社員に仕事を、人生を楽しんでもらうか」を考えるようになる。
こうなると、「社員は休む権利を主張し、会社は働かせる権利を主張する」ような、ライフとワークの奪い合いがなくなって、「社員は会社に対して価値を発揮しようとし、会社は社員が仕事を、人生を楽しんでいるかどうか気にかける」ような、与え合う関係が生まれる。
お互いがお互いに依存せず自分の足で立つからこそ、与え合う良い関係になれるというのは、恋愛と同じかもしれない。
理想論、机上の空論に聞こえるけれど、わたしの職場ではそれが実現しているのです。
自分の責任範囲内の仕事が片付かない日は終業後に残ってもいいけれど、それを誰かに強いられるようなことはない。恋人の誕生日には早めに帰ってもいいし(むしろそう勧められる)、その埋め合わせは自分で好きにしていい。しなくてもいい。ただし、成果があまりにも出せず、どうしても改善しなければ、切られる。すべて自己責任。
週に1度オフィスを空にして皆でランチに出かけたり、社長が社員一人ひとりにクリスマスプレゼントを用意してくれたり。そして、社員一人ひとりが会社のことが大好きで、会社がより良い方向に進んでいくことを本気で皆で目指しているような。
小さな会社だからというのもきっとあるけれど、家族みたいに暖かくて。ワークもライフの大切な一部で、思いっきり楽しむべきものだということを、再認識する。
日本には、戦後の高度成長期を支えた詰め込み式・量産型の教育システムがまだ残っているから、
今アメリカやオーストラリアみたいな実力主義採用の概念を無理に導入しても犠牲者がたくさん出るかもしれないけれど、
大学入試が変わろうとしていたり、大学の休学費が下がったり、道に迷いながらも少しずつ個を認め多様性を活かす教育制度に変わっていく過渡期にあるのだと思う。
もちろん、「実力のない人間はより良い生活を求める資格がない」わけではないので、福祉制度を整えることも必要で、一筋縄で行く問題ではないと思うのだけれど。
バランスを取るのって難しいよね。
つい先週、インターンの彼女が春から他の会社で働くことが決まったと嬉しそうに教えてくれました。
今週からは新しい会社でインターンをすることになったらしくて、先週末には職場で彼女のプチお別れパーティーが開かれたのでした。 寂しかったなぁ。まさかわたしが彼女を送る側になるとは。
4か月経ち、会議で中心に立ってまとめられるくらいには成長してきました。明日も頑張ります。
おやすみなさい!