[PR]

 先日、がん患者団体主催の公開講座で『医療情報の「見極め方」と「向き合い方」』をテーマに講演をする機会がありました。

 ■がんピアネットふくしま公開講座[2017年1月15日](http://cpn-fukushima.net/別ウインドウで開きます

 医療情報の「見極め方」、言い換えると「正確な情報とは何か?」という点については、この連載で繰り返し述べている通り、ランダム化比較試験の結果が「正確な情報」であることを改めて説明してきました。

写真・図版

 

 しかし、ランダム化比較試験をいくら繰り返したとしても、今後医学がどれだけ進歩したとしても、100%確実に病気が治るという完璧な治療法が開発されることは残念ながらありません。これは、ランダム化比較試験で有効性が証明された治療を受けたとしても、病気が治る人と治らない人がいることを意味します。つまり、「正確な情報」には「不確実性」が伴います。

 また、不確実性を伴うものの、ランダム化比較試験の結果など正確な医療情報との「向き合い方」についても「科学的根拠に基づいた医療(EBM)」を参考にしながら、会場の皆さんと一緒に考えました。

EBMとは、『科学的根拠(エビデンス)、医療者の専門性、臨床現場の状況・環境、患者の意向・行動[価値観]の4つを考慮し、よりよい患者ケアのための意思決定を行うこと』と定義されています。

 

写真・図版

 実は「科学的根拠(エビデンス)」=「正確な情報」は、この4つの要因のうちの1つに過ぎません。EBMを実践する上で注意しなければならないのは、「科学的根拠があるから、その治療をするべきである・しなければならない」「科学的根拠がないから、その治療はするべきではない・してはいけない」と短絡的に治療方針が決定するものではないという点です。

 誤解しないでいただきたいのですが、科学的根拠を軽視しているわけでは決してありません。科学的根拠が治療方針を決定する上で、貴重な判断材料になることは間違いありません。しかし、科学的根拠の示す結果が、そのまま患者さんの意思決定に直結するわけではないことは、EBMを考えていく上で忘れてはいけません。また、上述の通り、科学的根拠そのものにも不確実性が伴います。

 EBMにおいて治療方針を決定する際には、患者さんの病状や社会環境、患者さん自身の価値観を踏まえ、医療者と患者が十分にコミュニケーションをとることが重要になってきます。そして、納得のいく後悔のない意思決定のためには、患者さん自身が、自分の価値観(死生観、生きる意味、好み・希望・願いなど)について、よく考え、整理しておく必要があることを、具体例を挙げながら解説してきました。

また、患者さんが自分でくだした決断・行動に責任をもつことの重要性についてもお伝えしました。

 すると、講演終了後に「治療方針の意思決定において患者の負担が大きすぎないか?」との質問を受けました。

 近年、「インフォームド・コンセント」という言葉も一般的になり、通常、医師から患者への説明は、病気の進行度、治療法の選択肢、その治療のメリット・デメリットなどを、あらかじめ準備された資料も用いて、それこそ必要以上に詳しく行われていると思います。

つまり、一通り説明したから、「次回の外来受診日までに治療をするかしないか決めてきてください」と、治療方針の決定を患者さんに丸投げしているのではないか、という問題提起です。

 確かに、そのような現状があるかもしれません。医師はあくまで中立的立場を保ち、患者の自己決定権を重視し、最終的に決断・行動するのは患者自身であるべきだ、という考え方が多くの医師にあることは事実です。これは、かつての医療現場で見受けられた治療方針を医師が一方的に決定するパターナリズムの反省からかもしれません。あるいは、医師が医療訴訟を回避するために、保身にはしっている可能性も否定できません。

 そして、医学的知識が限られている患者が、不確実性を伴う科学的根拠(正確な情報)を判断材料として、決断・行動の意思決定を迫られ、さらに、その結果に対する責任までも負わなければならない状況では、かなり大きなストレスを抱えることにつながるのは間違いありません。

 この点について、最近では医療現場でも問題として意識されつつあり、「患者の意思決定支援」でというかたちで、さまざまな取り組みや研究がおこなわれてきています。ですが、まだ医療現場において十分実践されていないのだと思います。

 さらに、次の質問として、医療者側から、意思決定支援も含め十分なコミュニケーションをとったとしても、なかなか治療方針を決められない患者がいる点について疑問を投げかけられました。

 次回は、この疑問について考えてみたいと思います。

 

<アピタル:これって効きますか?・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku/(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 大阪大学大学院准教授

大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座 准教授/早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大医学部)卒。主な研究テーマは腫瘍免疫学、がん免疫療法。補完代替医療や健康食品にも詳しく、厚労省『「統合医療」情報発信サイト』の作成に取り組む。