【稀勢の心技体】〈1〉亡き先代師匠の教えを貫く“鉄仮面”の下に隠れた強固な精神力
新入幕から73場所を要し昭和以降、最も遅いスピードで稀勢の里が横綱昇進を確定させた。相撲に対する誠実な態度。昨年1場所平均11・5勝で年間最多勝を獲得した安定感。入門から15年間で休場が1日しかない丈夫な体。スポーツ報知は3回連載「稀勢の心技体」で新横綱に迫る。第1回は寡黙な人柄の内に秘めた強烈な負けん気―。
稀勢の里はめったに表情を変えない。「勝負師は感情を表に出すな」。亡き先代師匠の鳴戸親方(元横綱・隆の里)の教えを愚直に貫いているがゆえの“鉄仮面”ぶり。その下には強固な精神力が隠れている。
新弟子時代、兄弟子が稽古中に塩かごを持っていても10分足らずで集中を失った。叱責されても再び飽きたような態度。それでも、「あいつは絶対にものになる、と稽古を見ている私に親方が言うんです」。そう語るのは旧鳴戸部屋の後援会長を務めた戸田則男さん。先代師匠は稀勢の里の気持ちの強さを見抜いたと言う。「彼は意外と、ずぶといんですよ。決して気は弱くない。気が強すぎて、はやってミスをするんです」と戸田さんは指摘する。
大一番を何度も逃した。心の弱さを指摘されてきたが素顔は正反対。2006年に部屋の旅行で訪れた中国では不遜な態度に親方は激怒。始皇帝陵の兵馬俑(よう)の見学を禁じた。周囲が翻意をうながしても、「あいつのためにならない。人間兵馬俑でいい」と突っぱねた。激しい気性を正しく伸ばすために厳しく育てられた。
支度部屋では口数は少なく声も小さい。理由を父・貞彦さんが代弁する。「相撲は非日常的な世界。たくさんしゃべったほうがファンが増えるかもしれないが一握り」。イベントなどの要請には基本的には応じない。「人気取りのために相撲をしていない」と一線を引く。すべてを土俵の結果で語る姿勢は横綱になっても変わらないはずだ。
昨年夏場所から仕切りの際、不自然な笑顔が話題を呼んだ。兄弟子の西岩親方(元関脇・若の里)は、「試行錯誤の笑顔でもやめたほうがいい。過去の横綱にもそんな人はいないでしょ。自然な方がいい」。賜杯をつかんだ初場所では消えた。本人は真意を語らないが、無表情の下で安定した心が見て取れる。(網野 大一郎)