過去20年間、米国の歴代政権は強いドルを公に支持してきた。歴代の財務長官は、強いドルは経済が健全であることの表れであり、投資を支えるものだと主張する傾向にあった。これは、米国は、輸出企業を助けたり債務の返済負担を和らげたりするためにドル安に誘導しないという意味に捉えるのが一般的だろう。
この点についてトランプ大統領は、他でももっぱらそうだが、慣習を打破するつもりのようだ。米ドルの為替レートは米国企業が中国と競争するには「強すぎる」と不満を示したほか、さらに不気味なことに、税制で一層ドル高が進んだ場合は「ドルを引き下げる」必要があるかもしれないとも述べた。だが、同氏は、為替への介入を示唆して脅すよりも、自身の経済政策こそがドル高を加速させていることに気づく必要がある。
ドルがこの1年、過去10年余りの最高水準で取引されていることは確かだ。だが、これは為替操作とは何ら関係がない。それどころか、中国政府は人民元を全力で下支えしている。むしろドル高は米経済が比較的活気があることの表れであり、だからこそ米連邦準備理事会(FRB)は他国よりも金融政策を「通常の」状態に戻す方向に大幅に前進した。この差は先週、より鮮明になった。FRBのイエレン議長が、利上げを待ち過ぎると「この先に予期せぬ困難が生じかねない」と警告した一方で、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、ユーロ圏の最近の物価上昇は長続きしない可能性があり、超緩和政策が引き続き必要だと主張したのだ。
投資家は、ドルを買い続ければ、所得・法人税減税や、規制緩和、インフラ支出を通じて米国の成長加速を目指すトランプ氏の政策に賭けることになる。完全雇用に近い米国でこのような景気刺激策を実施すれば、FRBはさらに迅速な利上げに駆り立てられるだろう。その結果、財政緩和に金融引き締め政策が組み合わさり、レーガン政権時代の初期のような過度のドル高を招きかねない。
その影響は、法人税改革で企業が利益を本国に還流させるよう促され、とりわけトランプ氏が輸入品への課税に関する共和党の案を受け入れた場合は、さらに大きくなるだろう。この政策がドルに及ぼし得る影響は、製造業の雇用を「ラストベルト(さびついた工業地帯)」に戻すための保護政策が結果的に逆効果になることを示す一例にすぎない。
トランプ氏は直感で、そんなことには構わず政策を推し進め、別の方法で無理やり為替レートをドル安に誘導するのがよいと考えているかもしれない。同氏の選択肢は限られている。同氏は中国を為替操作国に指定し、報復するかもしれないが、それは貿易に打撃を与える一方で、ドルは望む方向には動かないだろう。財務省に為替介入を指示することも可能だろうが、それはインフレに火を付け、米国債市場に打撃を与える可能性が高いため、非常にまれな措置だ。
■一貫性のないメッセージは厄介
トランプ氏は、FRBの理事の欠員補充に動く中で、FRBに為替レートの目標設定を迫る可能性がある。これが成功する確率は非常に低い。なぜなら、議会の反対に遭うことが予想される上、20カ国・地域(G20)の約束に反することになるからだ。
幸いなことに、同氏がこれらのいずれも行わないと期待できる根拠がある。同氏の側近で顧問を務めるアンソニー・スカラムッチ氏は先週、ドル高の影響について同様の懸念を示したものの、FRBに介入するのではないかとの臆測を打ち消した。ムニューチン次期財務長官はより従来の路線を継承し、上院の公聴会で「ドル高の長期的な維持」は依然として重要だと述べた。
だが、こうした一貫性のないメッセージは、ドルが依然としてグローバル市場で最も重要な価値をもつ単独通貨であることを考えると、厄介だ。もしトランプ氏が本当にドル安を望むのなら、世界の他の国々を犠牲にして米国の成長を拡大する保護政策への衝動を捨てる必要がある。
(2017年1月23日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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