高知はハマグリ乏しい 安倍首相の演説「今も兼山の恵み」ウソ?
販売されるハマグリ。「高知産はないですねえ」(高知県土佐市宇佐町宇佐)
安倍晋三首相が1月20日開会した通常国会の施政方針演説で江戸時代の土佐藩家老、野中兼山がハマグリを放流した逸話を引き、「350年を経た今も高知の人々に大きな恵みをもたらしている」と紹介した。しかし高知県はハマグリの水揚げが元来少なく、「ハマグリは全くなじみがない」と地元漁業者。高知県の海岸部では魚介資源の減少も顕著で、現実と懸け離れた演説内容に異論が飛び交った。首相は演説の最後で、野中兼山が船いっぱいのハマグリを「末代までの土産」と全て海に投げ入れたのをきっかけに、土佐湾で養殖が始まったとのエピソードを披露。「自らの未来を自らの手で切り開く行動」だとして、国会での憲法論議を深める契機にしようと呼び掛けた。
高知県漁業振興課によると、高知県内はもともとハマグリの天然種苗が少なく、全盛期の漁獲量は1986年の約11トンで、アサリのわずか250分の1。環境悪化などで漁獲量も減少の一途で、天然種が生息する土佐清水市、種苗放流を実施した幡多郡黒潮町、安芸郡東洋町など主要産地の合計は400キロ近くに減少した。
安倍晋三首相が引用した逸話は江戸前期―中期の儒学者72人の伝記をまとめた「先哲叢談(せんてつそうだん)」(1816年刊)などに記され、藩政史料「皆山集(かいざんしゅう)」などによると、放流場所は、現在の高知市の浦戸湾周辺となるようだ。
しかし、この近辺で聞いても「ハマグリは採れない」「全く聞かない」。
1948年から高知市の浦戸湾で漁業を営む橋田謙一さん(84)=高知市仁井田=は「今も兼山の恵みがあるとかいうたら、そりゃウソじゃねえ」と苦笑いだ。
「昭和10年代までは千松公園(高知市種崎)そばの砂浜にぽつぽつハマグリがおったらしいが、戦後は影も形もない。アサリが多く採れた時期はありましたが」
アサリ漁で知られる高知県土佐市宇佐町はどうだろう。魚介類の直販所を切り盛りする西村稔さん(32)の店では、いけすで中国産のハマグリを売っていた。
「ハマグリ? こっちでも採れませんね。最近はアサリすら採れないのに。高知の貝というなら、ナガレコやチャンバラ、ニナ貝なら分かるけど」
夏場などに千葉産の天然ハマグリを並べるが、普段は中国産を三重県で育てて太らせたものを売るという。
「高知にはハマグリを食べる文化があまりない。だからこそ店を出した」と話すのは、ハマグリを売りにする高知市帯屋町1丁目の居酒屋「はまぐり水族館」の店長。貝は千葉県の九十九里浜から仕入れるという。
「どこに兼山のハマグリが?」「施政方針演説じゃろ。軽いねえ」。漁業者の“引いた声”も聞かれた。