野宮真貴が語る 「渋谷系」の時代は何を残したのか
日経エンタテインメント!
2016年にデビュー35周年を迎えたシンガー、野宮真貴。16年8月にリリースし、オリコンおよびビルボードジャズチャート1位を獲得した最新アルバム『男と女 ~野宮真貴、フレンチ渋谷系を歌う。~』は“フレンチ渋谷系”をテーマにした2枚組で、スタジオ録音盤では映画テーマ曲「男と女」など様々な楽曲をカバー。ライブ録音盤には15年11月に催した「野宮真貴、渋谷系を歌う─2015─。」の音源を収録。野宮が3代目ボーカリストを務めたピチカート・ファイヴはもちろん、フリッパーズ・ギターやセルジュ・ゲンズブールらの名曲を惜しみなく歌っている。
「渋谷系を歌い継ぐ」を掲げて活動を続けている野宮に、「渋谷系」とはいかなるカルチャーで、後の時代に何を残したのか、について聞いた。
◇ ◇ ◇
1981年にソロデビューしてから、長いような、あっという間のような35年でした。11年の30周年を機に、『30 ~Greatest Self Covers & More!!!~』というセルフカバーアルバムを出したのですが、あらためて今までいい曲を歌ってきたんだな、こういう良い曲を歌い継いでいくのが、私の歌手としての役割かな、と思うようになりました。
■渋谷系は音楽ジャンルではない
なかでも“渋谷系”と呼ばれるピチカート・ファイヴ時代の曲は、自分の歌手人生で一番歌っていますが、セルフカバーをすることによって楽曲と歌詞の素晴らしさを再発見しました。それで、13年から「野宮真貴、渋谷系を歌う。」というコンセプトで毎年コンサートをするようになりました。コンサートでは90年代の渋谷系の歌を歌うだけでなく、渋谷系のルーツである60年代、70年代の曲も同じようにスタンダードナンバーとして歌っていこうと決めて、4年間続けてきました。おかげさまでライブ動員が年を追うごとに増えています。
渋谷系というと、ピチカート・ファイヴやフリッパーズ・ギター、オリジナル・ラブ、ラヴ・タンバリンズ、カジヒデキなどのミュージシャンを思い浮かべるかと思います。でも、渋谷系は単純な音楽ジャンルではなく、ムーブメントでした。
あのとき、時代がちょっと変わりましたよね。ひと言でいうと、オシャレになったのではないかと。例えばCDジャケットは、渋谷系より前は歌手の顔を分かりやすく、全面に使ったものが多かったと思います。それを渋谷系のミュージシャンは、オシャレな部屋に飾ってもよいデザインにしようとしました。そのために、CDジャケットの表面と裏面を反対に使ってみたり、コラージュを駆使してみたり、まるで洋楽のようなテイストにしてみたり。音楽と同じように、ジャケットやミュージックビデオなどのビジュアルにも大きな価値を置いていたんですね。
ピチカート・ファイヴでは年齢非公開でしたが、これは小西康陽さんがプロデュースする世界観を表現するためでした。日本人歌手の場合、リスナーが年齢にとらわれてしまう傾向があって、いろんなタイプの女性像を歌ったり、ファッションやメークなどビジュアルで表現したりするのに、年齢は非公開のほうがファンタジーとして成立しやすかったのだと思います。
■テクノロジーが進んだ時代
渋谷系を音楽面から見れば、60年代、70年代のソウル、ジャズ、アメリカンポップス、そしてフレンチポップスなどの音楽をリスペクトし、再構築していたという特徴があります。ピチカート・ファイヴでいえば、当時新しかったサンプリングを多用したり、コンピューターで打ち込みをしたり、テクノロジーを駆使するものが多かった。
ちょうど、90年代はプロ・トゥールスなどのデジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)用のアプリケーションなど、デスクトップミュージック(DTM)と呼ばれるような技術がどんどん出てきた時期でした。つまり、コンピューターで音楽を作るようになり、レコードのワンフレーズをサンプリングしてループさせるといった手法が広がりました。こうした手法も、著作権など様々な面から変わってはいますが、今は当たり前に取り入れられている技術が急速に進化した時代だったのかなと思います。
そうした音楽的な技術を含め、CDジャケットで表現されるデザイン、プロモーションビデオ、衣装などのファッション、ライフスタイルなどまですべてが、渋谷系というムーブメントであり、カルチャーだったのだと思います。
■歌いたい曲は無限にある
今はデジタル時代になり、簡単に音楽が手に入りますし、音源を作ることも手軽になっています。その反動なのか、若い世代の間では逆にレコードがはやるみたいに、アナログの価値が高まっているように思います。なんでも簡単に済むようになってしまったことが、逆に大事に時間を楽しむとか、丁寧に生活するといった、少し手間のかかるものへの欲求を生んでいるのかもしれないですね。私自身も、「野宮真貴、渋谷系を歌う。」をはじめ、ライブは生演奏にこだわっています。
17年は、継続して渋谷系を歌っていきたいと思います。実際に、13年から「渋谷系スタンダード化計画」を始めて以降、ライブの公演回数も増えていますし、だんだん浸透しているのを感じています。ですので引き続きその活動はしつつ、ライブをもう少し増やして、渋谷系を歌う以外にもいろいろやってみたいと思っています。
私はシンガーソングライターではないので、歌手として良い曲に出合うことが一番大事。いつも良い曲を探しています。渋谷系アーティストの曲、そのルーツなど、まだまだ歌いたい曲は無限にありますね。
■還暦を迎えるまで、渋谷系を歌い継ぐ
『男と女』のアルバムではフレンチ渋谷系をテーマに、“パリの渋谷系”といわれるクレモンティーヌとコラボレーションしました。彼女も90年代当時、渋谷系アーティストのプロデュースでアルバムを数枚リリースしています。今、渋谷系の歌を歌うことで、当時よりもアーティスト同士のつながりが出てきていて、それがすごく面白く、新しい音楽的な広がりも生まれています。
ニューアルバムではフランス映画の名曲「男と女」を横山剣さんとデュエットしていますが、これが縁でクレイジー・ケン・バンドのライブに私がゲスト出演しましたし、逆に2月に横浜で行われる私のライブに剣さんがゲストに来てくれます。そういえばこのライブには、ご両親がピチカートマニアだったという骨太ロックバンド・グリムスパンキーの松尾レミさんもゲストで来てくれます。「渋谷系を歌う」コンセプトが軸となって、ジャンルや国や世代を超えてミュージシャン同士がつながり、素敵な音楽が生まれていることは本当にうれしいですね。
観客の方は、当時聴いていた方もいれば、渋谷系に影響を受けた若いミュージシャンのファンの方、あるいは親子で来られる方もいらっしゃいます。リオのパラリンピック閉会式のセレモニーで「東京は夜の七時」が流れて、それで私のことを知ったというケースもありますね。ピチカート・ファイヴは知らなかったけれど、16年9月に出版した私の著書『赤い口紅があればいい』を読んで、コンサートを見たくて来ましたという方もいます。
『赤い口紅があればいい』は、45歳から55歳の10年間の女性として大きく変化するなかで実践してきた美容やファッションにまつわる知恵をまとめました。私は生まれつきの美人でなかったのですが、歌手35年のキャリアのなかでなんとか美人に見せるテクニックを身につけたので、それを皆さんに知らせたくて書いた本です。要は美人に見えればいいので、知恵とテクニックを駆使すれば、誰でも美人になれるのです。そういうところから渋谷系に興味をもってくれる方が出てきたのも、本を出してよかったことですね。
■自分にしかできない発想でプロデュース
そうそう、アルバム『男と女』のジャケットはまるでフランスにいるようなたたずまいですけど、撮影場所は実は三浦海岸。知恵とテクニックを駆使すれば、すてきに見える。美人と同じですね。デザインは渋谷系の多くを手がけていた信藤三雄さんです。渋谷系を歌う活動は、20年まではやろうと思っています。東京オリンピックもありますが、その年に私、還暦を迎えるので(笑)。
今後は、音楽以外でもいろんなことをしていきたいと思っています。50歳を迎えてからの私は、フィトテラピー(植物療法)を勉強して、ミュージシャンにありがちな不摂生な生活からナチュラルな方向にライフスタイルを変えてきています。そのつながりで、オーガニックだけど、きれいな発色の赤い口紅をプロデュースしたり、女性力をアップできるようなハーブティーを出したりしています。
そうした自分にしかできない発想で、自分が欲しいものを、これからもプロデュースしていきたいですね。
のみや・まき ピチカート・ファイヴ3代目ヴォーカリスト。「元祖渋谷系の女王」として活躍。2001年ピチカート解散後、ソロ活動を開始。横山剣、松尾レミ(グリムスパンキー)をゲストに迎え、2月11、12日にライブ「野宮真貴、渋谷系を歌う。~Valentine Special~」をモーション・ブルー・ヨコハマで開催。2月22日、アルバム『男と女 ~野宮真貴、フレンチ渋谷系を歌う。』から7inch.アナログ盤発売。アーティストHP:www.missmakinomiya.com
(ライター 山田真弓)
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