映画「この世界の片隅に」
戦時の暮らし描いた佳作
2017年01月20日 09時24分
戦時下の市井の人々の暮らしを描いたアニメ映画「この世界の片隅に」が好評だ。昨年11月に全国63館で公開後、会員制交流サイト(SNS)など口コミで評判が広がり上映館が約200館に拡大。大手配給会社によらない映画としては異例の観客動員100万人を突破するヒット作となっている。
映画は、広島市出身の漫画家・こうの史代さんの同名漫画が原作。太平洋戦争中の軍港都市・呉市を舞台に、18歳で広島から嫁入りした主人公・すずの終戦までの日常をつづった。慣れない土地での生活ながら、夫やその家族と心通わせるさまや、戦時をけなげに生きる姿が丁寧に描かれている。
宮崎駿監督の下で「魔女の宅急便」を手掛け、佐賀との縁も深い片渕須直監督が6年をかけアニメ化した。制作にあたり片渕監督は、「70年前の広島や呉の町並みが目の前にあるように、自分がその場にいるように描きたかった」と、何度も現地に足を運び、資料を丹念に調べた。原作の優しい描線を生かした絵画的演出の一方で、徹底した時代考証が映画にリアリティーや記録性、そして戦争映画としての迫力をもたらした。
映画では、すずをはじめとした登場人物が、今を生きる私たちとなんら変わりない“普通の人たち”という当たり前のことに気付かされる。原作者のこうのさんは、「『昔の人は愚かだったから戦争してしまった。そしてこんな貧しい生活に』と片づけられるが、彼らは彼らなりに工夫して、幸せに生きようとしたということを伝えたかった」とNHKのインタビューで語っている。
戦争を知らない世代は、ともすれば、戦時下を狂気の時代、あるいは、暗く陰鬱(いんうつ)な特別な期間として切り取ってしまいがちだ。しかし、人々の暮らしは、戦争が起ころうが、その最中であろうが、変わらずあり続ける。大切に思う人がいて、時にけんかし、笑い、食事をして眠る。観客は、すずの暮らしぶりを通じて当時を疑似体験する。そこにもたらされる戦争の理不尽さ、やるせなさ、過酷な運命をたどる主人公に心を寄せ、胸を打たれるのではないだろうか。
この映画は当初、制作資金の調達もままならなかった。費用の一部を賄ったのがクラウドファンディングというネットを使った募金の新たな手法だ。映画のエンドロールには小口資金を寄せた大勢の人たちの名前が、感謝の意を込めて映し出される。映画を「作りたい」制作側と、「見たい」と思う個人とを結びつける新しい映画制作の手法としても注目される。
映画は国内のみならず、来月タイとメキシコの300館を皮切りに、海外18カ国でも上映される。この佳作のもたらす感動の輪が、どこまで広がりを見せるのか注目したい。(田栗祐司)