判決文
認知は,血縁上の父子関係を前提として,自らの子であることを認めることにより法律上の父子関係を創設する制度であると解されるところ,血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は,認知制度の本来の趣旨に反するものであって無効というべきである。そして,認知の効力について強い利害関係を有する認知者自身について,このような理由による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。また,血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知については,利害関係人による無効の主張が認められる以上(民法786条),認知を受けた子の保護の観点からみても,あえて認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に乏しく,具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによりこの主張を制限することで足りるものと解される。認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。
したがって,認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができるというべきであり,この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない(最高裁平成23年(受)第1561号同26年1月14日第三小法廷判決・民集68巻1号登載予定参照)。
お得な一日
昔「そんな一日」という題名のブログをつけていた同級生がいたので、それを真似ようかとも思ったが、「損な一日」に聞こえて厭なので、こういう題名に。「徳な一日」にも通じるタイトルで何と縁起のいいことか。 なお、法律についての話も時折ありますが、一学生の管見なので、内容の正確性は保証しかねます。
2014年3月29日土曜日
2014年3月25日火曜日
最判平成26・3・24裁判所ホームページ
判決はこちら。
原審は,上記事実関係等の下において,前記解雇は無効であるとし,過重な業務によって平成13年4月頃に発症し増悪した本件鬱病につき被上告人は上告人に対し安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償責任を負うとした上で,その損害賠償の額を定めるに当たり,要旨次の(1)及び(2)のとおり判断して,過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用により損害額の2割を減額するとともに,休業損害に係る損害賠償請求につき,要旨次の(3)のとおり判断して,その認容すべき額が選択的併合の関係にある未払賃金請求の認容すべき額を下回るからこれを棄却すべきものであるとした。
(1) 上告人が,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等の情報を上司や産業医等に申告しなかったことは,被上告人において上告人の鬱病の発症を回避したり発症後の増悪を防止する措置を執る機会を失わせる一因となったものであるから,上告人の損害賠償請求については過失相殺をするのが相当である。
(2) 上告人が,入社後慢性的に生理痛を抱え,平成12年6月ないし7月頃及び同年12月には慢性頭痛及び神経症と診断されて抑鬱や睡眠障害に適応のある薬剤の処方を受けており,業務を離れて治療を続けながら9年を超えてなお寛解に至らないことを併せ考慮すれば,上告人には個体側のぜい弱性が存在したと推認され,上告人の損害賠償請求についてはいわゆる素因減額をするのが相当である。
4 しかしながら,原審の上記3(1)ないし(3)の判断((3)の判断の引用は省略)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 上告人は,本件鬱病の発症以前の数か月において,前記2(3)のとおりの時間外労働を行っており,しばしば休日や深夜の勤務を余儀なくされていたところ,その間,当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で立ち上げることを内容とする本件プロジェクトの一工程において初めてプロジェクトのリーダーになるという相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で,業務の期限や日程を更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられず,上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上,過去に経験のない異種製品の開発業務や技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして負担を大幅に加重されたものであって,これらの一連の経緯や状況等に鑑みると,上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。
イ 上記の業務の過程において,上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので,労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ,上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。また,本件においては,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において自覚症状として頭痛,めまい,不眠等を申告し,同年5月頃から,同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず,同月下旬以降は,頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して予定されていた重要な会議を欠席し,その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い,従業員の健康管理等につき被上告人に勧告し得る産業医に対しても上記欠勤の事実等を伝え,同年6月の定期健康診断の問診でもいつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を申告するなどしていたものである。このように,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,上記のとおり体調が不良であることを被上告人に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し,業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから,被上告人としては,そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり,その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。これらの諸事情に鑑みると,被上告人が上告人に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて,上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく,これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。
ウ 以上によれば,被上告人が安全配慮義務違反等に基づく損害賠償として上告人に対し賠償すべき額を定めるに当たっては,上告人が上記の情報を被上告人に申告しなかったことをもって,民法418条又は722条2項の規定による過失相殺をすることはできないというべきである。
(2) また,本件鬱病は上記のように過重な業務によって発症し増悪したものであるところ,上告人は,それ以前は入社以来長年にわたり特段の支障なく勤務を継続していたものであり,また,上記の業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて複数の争訟等が長期にわたり続いたため,その対応に心理的な負担を負い,争訟等の帰すうへの不安等を抱えていたことがうかがわれる。これらの諸事情に鑑みれば,原審が摘示する前記3(2)の各事情をもってしてもなお,上告人について,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない(最高裁平成10年(オ)第217号,第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
(3) 以上によれば,被上告人の安全配慮義務違反等を理由とする上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用によりその額を減額した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。
原審は,上記事実関係等の下において,前記解雇は無効であるとし,過重な業務によって平成13年4月頃に発症し増悪した本件鬱病につき被上告人は上告人に対し安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償責任を負うとした上で,その損害賠償の額を定めるに当たり,要旨次の(1)及び(2)のとおり判断して,過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用により損害額の2割を減額するとともに,休業損害に係る損害賠償請求につき,要旨次の(3)のとおり判断して,その認容すべき額が選択的併合の関係にある未払賃金請求の認容すべき額を下回るからこれを棄却すべきものであるとした。
(1) 上告人が,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等の情報を上司や産業医等に申告しなかったことは,被上告人において上告人の鬱病の発症を回避したり発症後の増悪を防止する措置を執る機会を失わせる一因となったものであるから,上告人の損害賠償請求については過失相殺をするのが相当である。
(2) 上告人が,入社後慢性的に生理痛を抱え,平成12年6月ないし7月頃及び同年12月には慢性頭痛及び神経症と診断されて抑鬱や睡眠障害に適応のある薬剤の処方を受けており,業務を離れて治療を続けながら9年を超えてなお寛解に至らないことを併せ考慮すれば,上告人には個体側のぜい弱性が存在したと推認され,上告人の損害賠償請求についてはいわゆる素因減額をするのが相当である。
4 しかしながら,原審の上記3(1)ないし(3)の判断((3)の判断の引用は省略)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 上告人は,本件鬱病の発症以前の数か月において,前記2(3)のとおりの時間外労働を行っており,しばしば休日や深夜の勤務を余儀なくされていたところ,その間,当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で立ち上げることを内容とする本件プロジェクトの一工程において初めてプロジェクトのリーダーになるという相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で,業務の期限や日程を更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられず,上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上,過去に経験のない異種製品の開発業務や技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして負担を大幅に加重されたものであって,これらの一連の経緯や状況等に鑑みると,上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。
イ 上記の業務の過程において,上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので,労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ,上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。また,本件においては,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において自覚症状として頭痛,めまい,不眠等を申告し,同年5月頃から,同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず,同月下旬以降は,頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して予定されていた重要な会議を欠席し,その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い,従業員の健康管理等につき被上告人に勧告し得る産業医に対しても上記欠勤の事実等を伝え,同年6月の定期健康診断の問診でもいつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を申告するなどしていたものである。このように,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,上記のとおり体調が不良であることを被上告人に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し,業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから,被上告人としては,そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり,その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。これらの諸事情に鑑みると,被上告人が上告人に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて,上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく,これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。
ウ 以上によれば,被上告人が安全配慮義務違反等に基づく損害賠償として上告人に対し賠償すべき額を定めるに当たっては,上告人が上記の情報を被上告人に申告しなかったことをもって,民法418条又は722条2項の規定による過失相殺をすることはできないというべきである。
(2) また,本件鬱病は上記のように過重な業務によって発症し増悪したものであるところ,上告人は,それ以前は入社以来長年にわたり特段の支障なく勤務を継続していたものであり,また,上記の業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて複数の争訟等が長期にわたり続いたため,その対応に心理的な負担を負い,争訟等の帰すうへの不安等を抱えていたことがうかがわれる。これらの諸事情に鑑みれば,原審が摘示する前記3(2)の各事情をもってしてもなお,上告人について,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない(最高裁平成10年(オ)第217号,第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
(3) 以上によれば,被上告人の安全配慮義務違反等を理由とする上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用によりその額を減額した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。
2014年3月20日木曜日
最決平成26・3・17裁判所ホームページ
決定はこちら。
Aを被害者とする傷害被告事件(以下「A事件」という。)の訴因は,「被告人は,かねて知人のA(当時32年)を威迫して自己の指示に従わせた上,同人に対し支給された失業保険金も自ら管理・費消するなどしていたものであるが,同人に対し,(1)平成14年1月頃から同年2月上旬頃までの間,大阪府阪南市(中略)のB荘C号室の当時のA方等において,多数回にわたり,その両手を点火している石油ストーブの上に押し付けるなどの暴行を加え,よって,同人に全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染の傷害を負わせ,(2)Dと共謀の上,平成14年1月頃から同年4月上旬頃までの間,上記A方等において,多数回にわたり,その下半身を金属製バットで殴打するなどの暴行を加え,よって,同人に全治不詳の左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせたものである。」というものである。また,Eを被害者とする傷害被告事件(以下「E事件」という。)の訴因は,「被告人は,F,G及びHと共謀の上,かねてE(当時45年)に自己の自動車の運転等をさせていたものであるが,平成18年9月中旬頃から同年10月18日頃までの間,大阪市西成区(中略)付近路上と堺市堺区(中略)付近路上の間を走行中の普通乗用自動車内,同所に駐車中の普通乗用自動車内及びその付近の路上等において,同人に対し,頭部や左耳を手拳やスプレー缶で殴打し,下半身に燃料をかけ,ライターで点火して燃上させ,頭部を足蹴にし,顔面をプラスチック製の角材で殴打するなどの暴行を多数回にわたり繰り返し,よって,同人に入院加療約4か月間を要する左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創,三叉神経痛,臀部から両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮等の傷害を負わせたものである。」というものである。
各事件に関し検察官が提出した証明予定事実記載書面の内容及び検察官による釈明内容も踏まえると,検察官は,次の趣旨の主張をしていたものである。すなわち,
(1) A事件については,① Aに対する傷害は,約4か月の期間内において,被告人が暴力等を通じてAを支配し,経済面や居住場所も統制する状況の中で,A方住居等というある程度限定された場所で,憂さ晴らしや面白半分という共通の動機に基づきなされた暴行により生じたものであり,② その暴行と傷害は,(ア)多数の機会に,被告人が,Aに対し,その両手を燃焼中の石油ストーブの上に押し付けることを主とする暴行を加えて,両手に熱に起因する傷害を負わせ,(イ)多数の機会に,被告人又は被告人から命じられた共犯者が,Aに対し,その下半身を金属製バットで殴打することを主とする暴行を加えて,左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせ,(ウ)このような同じ態様の暴行の反復累行により,個別機会の暴行との対応関係を個々には特定し難いものの,これら傷害を発生させた上で,拡大ないし悪化させて,結局,全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染,左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせたものであることから,③ 一連の暴行により②(ウ)の傷害を生じさせたことを1個の公訴事実として訴因を明示,特定したものである。
(2) E事件については,① Eに対する傷害は,約1か月の期間内において,被告人が,Eを運転手として使い,暴力等を通じて服従させる状況の中で,当時の被告人方住居と被告人が関係する暴力団事務所との間を往復する自動車内,同住居付近に駐車中の自動車内及びその付近路上等というある程度限定された場所で,自己の力の誇示,配下の者に対するいたぶりや憂さ晴らしという共通の動機に基づきなされた暴行により生じたものであり,② その暴行と傷害は,(ア)多数の機会
に,被告人が,Eに対し,その頭部や左耳を拳やスプレー缶で殴打することを主とする暴行を加えて,左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創の傷害を負わせ,(イ)特定の機会に,被告人が,Eに対し,その顔面をプラスチック製の角材で殴る暴行を加えて,三叉神経痛等の傷害を負わせ,(ウ)多数の機会に,被告人又は被告人から命じられた共犯者らが,Eに対し,下半身に燃料をかけライターで点火して燃やし,下半身を蹴り付ける暴行を加えて,臀部から両下肢の一部範囲の熱傷や両膝部への傷害を負わせ,(エ)このうち(ア)及び(ウ)については,同じ態様の暴行の反復累行により,個別機会の暴行との対応関係を個々には特定し難いものの,これら傷害を発生させた上で,拡大ないし悪化させて,結局,(イ)の点を含め,入院加療約4か月間を要する左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創,三叉神経痛,臀部から両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮等の傷害を負わせたものであることから,③ 一連の暴行により②(エ)の傷害を生じさせたことを1個の公訴事実として訴因を明示,特定したもので
ある。
上記2の検察官主張に係る一連の暴行によって各被害者に傷害を負わせた事実は,いずれの事件も,約4か月間又は約1か月間という一定の期間内に,被告人が,被害者との上記のような人間関係を背景として,ある程度限定された場所で,共通の動機から繰り返し犯意を生じ,主として同態様の暴行を反復累行し,その結果,個別の機会の暴行と傷害の発生,拡大ないし悪化との対応関係を個々に特定することはできないものの,結局は一人の被害者の身体に一定の傷害を負わせたというものであり,そのような事情に鑑みると,それぞれ,その全体を一体のものと評価し,包括して一罪と解することができる。 そして,いずれの事件も,上記1の訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。
Aを被害者とする傷害被告事件(以下「A事件」という。)の訴因は,「被告人は,かねて知人のA(当時32年)を威迫して自己の指示に従わせた上,同人に対し支給された失業保険金も自ら管理・費消するなどしていたものであるが,同人に対し,(1)平成14年1月頃から同年2月上旬頃までの間,大阪府阪南市(中略)のB荘C号室の当時のA方等において,多数回にわたり,その両手を点火している石油ストーブの上に押し付けるなどの暴行を加え,よって,同人に全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染の傷害を負わせ,(2)Dと共謀の上,平成14年1月頃から同年4月上旬頃までの間,上記A方等において,多数回にわたり,その下半身を金属製バットで殴打するなどの暴行を加え,よって,同人に全治不詳の左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせたものである。」というものである。また,Eを被害者とする傷害被告事件(以下「E事件」という。)の訴因は,「被告人は,F,G及びHと共謀の上,かねてE(当時45年)に自己の自動車の運転等をさせていたものであるが,平成18年9月中旬頃から同年10月18日頃までの間,大阪市西成区(中略)付近路上と堺市堺区(中略)付近路上の間を走行中の普通乗用自動車内,同所に駐車中の普通乗用自動車内及びその付近の路上等において,同人に対し,頭部や左耳を手拳やスプレー缶で殴打し,下半身に燃料をかけ,ライターで点火して燃上させ,頭部を足蹴にし,顔面をプラスチック製の角材で殴打するなどの暴行を多数回にわたり繰り返し,よって,同人に入院加療約4か月間を要する左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創,三叉神経痛,臀部から両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮等の傷害を負わせたものである。」というものである。
各事件に関し検察官が提出した証明予定事実記載書面の内容及び検察官による釈明内容も踏まえると,検察官は,次の趣旨の主張をしていたものである。すなわち,
(1) A事件については,① Aに対する傷害は,約4か月の期間内において,被告人が暴力等を通じてAを支配し,経済面や居住場所も統制する状況の中で,A方住居等というある程度限定された場所で,憂さ晴らしや面白半分という共通の動機に基づきなされた暴行により生じたものであり,② その暴行と傷害は,(ア)多数の機会に,被告人が,Aに対し,その両手を燃焼中の石油ストーブの上に押し付けることを主とする暴行を加えて,両手に熱に起因する傷害を負わせ,(イ)多数の機会に,被告人又は被告人から命じられた共犯者が,Aに対し,その下半身を金属製バットで殴打することを主とする暴行を加えて,左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせ,(ウ)このような同じ態様の暴行の反復累行により,個別機会の暴行との対応関係を個々には特定し難いものの,これら傷害を発生させた上で,拡大ないし悪化させて,結局,全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染,左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害を負わせたものであることから,③ 一連の暴行により②(ウ)の傷害を生じさせたことを1個の公訴事実として訴因を明示,特定したものである。
(2) E事件については,① Eに対する傷害は,約1か月の期間内において,被告人が,Eを運転手として使い,暴力等を通じて服従させる状況の中で,当時の被告人方住居と被告人が関係する暴力団事務所との間を往復する自動車内,同住居付近に駐車中の自動車内及びその付近路上等というある程度限定された場所で,自己の力の誇示,配下の者に対するいたぶりや憂さ晴らしという共通の動機に基づきなされた暴行により生じたものであり,② その暴行と傷害は,(ア)多数の機会
に,被告人が,Eに対し,その頭部や左耳を拳やスプレー缶で殴打することを主とする暴行を加えて,左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創の傷害を負わせ,(イ)特定の機会に,被告人が,Eに対し,その顔面をプラスチック製の角材で殴る暴行を加えて,三叉神経痛等の傷害を負わせ,(ウ)多数の機会に,被告人又は被告人から命じられた共犯者らが,Eに対し,下半身に燃料をかけライターで点火して燃やし,下半身を蹴り付ける暴行を加えて,臀部から両下肢の一部範囲の熱傷や両膝部への傷害を負わせ,(エ)このうち(ア)及び(ウ)については,同じ態様の暴行の反復累行により,個別機会の暴行との対応関係を個々には特定し難いものの,これら傷害を発生させた上で,拡大ないし悪化させて,結局,(イ)の点を含め,入院加療約4か月間を要する左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創,三叉神経痛,臀部から両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮等の傷害を負わせたものであることから,③ 一連の暴行により②(エ)の傷害を生じさせたことを1個の公訴事実として訴因を明示,特定したもので
ある。
上記2の検察官主張に係る一連の暴行によって各被害者に傷害を負わせた事実は,いずれの事件も,約4か月間又は約1か月間という一定の期間内に,被告人が,被害者との上記のような人間関係を背景として,ある程度限定された場所で,共通の動機から繰り返し犯意を生じ,主として同態様の暴行を反復累行し,その結果,個別の機会の暴行と傷害の発生,拡大ないし悪化との対応関係を個々に特定することはできないものの,結局は一人の被害者の身体に一定の傷害を負わせたというものであり,そのような事情に鑑みると,それぞれ,その全体を一体のものと評価し,包括して一罪と解することができる。 そして,いずれの事件も,上記1の訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。
2014年3月10日月曜日
最判平成26・1・16裁判所ホームページ
判決はこちら。
参照条文
インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律
7条 インターネット異性紹介事業を行おうとする者は、国家公安委員会規則で定めるところにより、次に掲げる事項を事業の本拠となる事務所(事務所のない者にあっては、住居。第3号を除き、以下「事務所」という。)の所在地を管轄する都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)に届け出なければならない。この場合において、届出には、国家公安委員会規則で定める書類を添付しなければならない。
32条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
(1) インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律(以下「本法」という。)は,インターネット異性紹介事業を定義した上で(2条2号),同事業を行おうとする者は,事務所の所在地を管轄する都道府県公安委員会に所定の事項を届け出なければならない旨を定め(7条1項),その届出をしないで同事業を行った者は6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する旨を定めている(32条1号)。
(2) 同弁護人の所論は,本法7条1項,32条1号所定の罰則を伴う届出制度(以下「本件届出制度」という。)は,集会結社の自由を不当に制約するものであるから,憲法21条1項に違反する旨主張し,被告人本人の所論は,本件届出制度は,表現の自由,集会結社の自由を不当に制約するものであるから,憲法21条1項に違反する旨主張する。
(3) そこで検討するに,まず,本法は,インターネット異性紹介事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪から児童(18歳に満たない者)を保護し,もって児童の健全な育成に資することを目的としているところ(1条,2条1号),思慮分別が一般に未熟である児童をこのような犯罪から保護し,その健全な育成を図ることは,社会にとって重要な利益であり,本法の目的は,もとより正当である。そして,同事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪が多発している状況を踏まえると,それら犯罪から児童を保護するために,同事業について規制を必要とする程度は高いといえる。
また,本法は,同事業を行う者(以下「事業者」という。)に対する規制として,その責務や義務等を定めるほか,都道府県公安委員会の権限として,事業者に法令違反があり,当該違反行為が児童の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるときの指示(13条),事業者が事業に関し本法及び児童福祉法等に規定する一定の罪に当たる行為をしたと認めるときの事業の停止命令(14条1項),事業者が欠格事由に該当することが判明したときの事業の廃止命令(同条2項),事
業に関する報告又は資料の提出要求(16条)に関する諸規定を設けている。そして,本件届出制度は,同事業を行おうとする者に対し,氏名,住所,広告又は宣伝に使用する呼称,本拠となる事務所の所在地,連絡先等の事項(7条1項1ないし5号)や,事業を利用する異性交際希望者が児童でないことの確認の実施方法その他の業務の実施方法に関する事項(同項6号)を都道府県公安委員会に届け出ることを義務付けるものであるところ,このような事項を事業者自身からの届出により事業開始段階で把握することは,上記各規定に基づく監督等を適切かつ実効的に行い,ひいては本法の上記目的を達成することに資するものである。
他方,本件届出制度は,インターネットを利用してなされる表現に関し,そこに含まれる情報の性質に着目して事業者に届出義務を課すものではあるが,その届出事項の内容は限定されたものである。また,届出自体により,事業者によるウェブサイトへの説明文言の記載や同事業利用者による書き込みの内容が制約されるものではない上,他の義務規定を併せみても,事業者が,児童による利用防止のための措置等をとりつつ,インターネット異性紹介事業を運営することは制約されず,児童以外の者が,同事業を利用し,児童との性交等や異性交際の誘引に関わらない書き込みをすることも制約されない。また,本法が,無届けで同事業を行うことについて罰則を定めていることも,届出義務の履行を担保する上で合理的なことであり,罰則の内容も相当なものである。
以上を踏まえると,本件届出制度は,上記の正当な立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものというべきであって,憲法21条1項に違反するものではないといえる。
参照条文
インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律
7条 インターネット異性紹介事業を行おうとする者は、国家公安委員会規則で定めるところにより、次に掲げる事項を事業の本拠となる事務所(事務所のない者にあっては、住居。第3号を除き、以下「事務所」という。)の所在地を管轄する都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)に届け出なければならない。この場合において、届出には、国家公安委員会規則で定める書類を添付しなければならない。
32条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
1号 第7条第1項の規定による届出をしないでインターネット異性紹介事業を行った者
(1) インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律(以下「本法」という。)は,インターネット異性紹介事業を定義した上で(2条2号),同事業を行おうとする者は,事務所の所在地を管轄する都道府県公安委員会に所定の事項を届け出なければならない旨を定め(7条1項),その届出をしないで同事業を行った者は6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する旨を定めている(32条1号)。
(2) 同弁護人の所論は,本法7条1項,32条1号所定の罰則を伴う届出制度(以下「本件届出制度」という。)は,集会結社の自由を不当に制約するものであるから,憲法21条1項に違反する旨主張し,被告人本人の所論は,本件届出制度は,表現の自由,集会結社の自由を不当に制約するものであるから,憲法21条1項に違反する旨主張する。
(3) そこで検討するに,まず,本法は,インターネット異性紹介事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪から児童(18歳に満たない者)を保護し,もって児童の健全な育成に資することを目的としているところ(1条,2条1号),思慮分別が一般に未熟である児童をこのような犯罪から保護し,その健全な育成を図ることは,社会にとって重要な利益であり,本法の目的は,もとより正当である。そして,同事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪が多発している状況を踏まえると,それら犯罪から児童を保護するために,同事業について規制を必要とする程度は高いといえる。
また,本法は,同事業を行う者(以下「事業者」という。)に対する規制として,その責務や義務等を定めるほか,都道府県公安委員会の権限として,事業者に法令違反があり,当該違反行為が児童の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるときの指示(13条),事業者が事業に関し本法及び児童福祉法等に規定する一定の罪に当たる行為をしたと認めるときの事業の停止命令(14条1項),事業者が欠格事由に該当することが判明したときの事業の廃止命令(同条2項),事
業に関する報告又は資料の提出要求(16条)に関する諸規定を設けている。そして,本件届出制度は,同事業を行おうとする者に対し,氏名,住所,広告又は宣伝に使用する呼称,本拠となる事務所の所在地,連絡先等の事項(7条1項1ないし5号)や,事業を利用する異性交際希望者が児童でないことの確認の実施方法その他の業務の実施方法に関する事項(同項6号)を都道府県公安委員会に届け出ることを義務付けるものであるところ,このような事項を事業者自身からの届出により事業開始段階で把握することは,上記各規定に基づく監督等を適切かつ実効的に行い,ひいては本法の上記目的を達成することに資するものである。
他方,本件届出制度は,インターネットを利用してなされる表現に関し,そこに含まれる情報の性質に着目して事業者に届出義務を課すものではあるが,その届出事項の内容は限定されたものである。また,届出自体により,事業者によるウェブサイトへの説明文言の記載や同事業利用者による書き込みの内容が制約されるものではない上,他の義務規定を併せみても,事業者が,児童による利用防止のための措置等をとりつつ,インターネット異性紹介事業を運営することは制約されず,児童以外の者が,同事業を利用し,児童との性交等や異性交際の誘引に関わらない書き込みをすることも制約されない。また,本法が,無届けで同事業を行うことについて罰則を定めていることも,届出義務の履行を担保する上で合理的なことであり,罰則の内容も相当なものである。
以上を踏まえると,本件届出制度は,上記の正当な立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものというべきであって,憲法21条1項に違反するものではないといえる。
2014年1月24日金曜日
最判平成26・1・24裁判所ホームページ
判決文はこちら。
参照条文
労基法
32条1項 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
2項 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
36条1項 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。
37条1項 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
38条の2第1項 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
以下見やすいように、上告人をY社、被上告人をXに置き換える。
本件は,Y社に雇用されて添乗員として旅行業を営む会社に派遣され,同会社が主催する募集型の企画旅行の添乗業務に従事していたXが,Y社に対し,時間外割増賃金等の支払を求める事案である。Y社は,上記添乗業務については労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして所定労働時間労働したものとみなされるなどと主張し,これを争っている。
(中略)
本件添乗業務は,ツアーの旅行日程に従い,ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ,ツアーの旅行日程は,本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており,その旅行日程につき,添乗員は,変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように,また,それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。そうすると,本件添乗業務は,旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。
また,ツアーの開始前には,本件会社は,添乗員に対し,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに,添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。そして,ツアーの実施中においても,本件会社は,添乗員に対し,携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。さらに,ツアーの終了後においては,本件会社は,添乗員に対し,前記のとおり旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ,その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。これらによれば,本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。
以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。
旅行の添乗員の残業代請求事件は頻発しているので、指導的な判例になると思われる。ただ、民集に載るかどうかは疑わしい。
参照条文
労基法
32条1項 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
2項 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
36条1項 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。
37条1項 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
38条の2第1項 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
以下見やすいように、上告人をY社、被上告人をXに置き換える。
本件は,Y社に雇用されて添乗員として旅行業を営む会社に派遣され,同会社が主催する募集型の企画旅行の添乗業務に従事していたXが,Y社に対し,時間外割増賃金等の支払を求める事案である。Y社は,上記添乗業務については労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして所定労働時間労働したものとみなされるなどと主張し,これを争っている。
(中略)
本件添乗業務は,ツアーの旅行日程に従い,ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ,ツアーの旅行日程は,本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており,その旅行日程につき,添乗員は,変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように,また,それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。そうすると,本件添乗業務は,旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。
また,ツアーの開始前には,本件会社は,添乗員に対し,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに,添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。そして,ツアーの実施中においても,本件会社は,添乗員に対し,携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。さらに,ツアーの終了後においては,本件会社は,添乗員に対し,前記のとおり旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ,その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。これらによれば,本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。
以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。
旅行の添乗員の残業代請求事件は頻発しているので、指導的な判例になると思われる。ただ、民集に載るかどうかは疑わしい。
2014年1月15日水曜日
最判平成26・1・14裁判所ホームページ
こちらからどうぞ。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成15年3月▲日,上告人の母と婚姻し,平成16年12月▲日,上告人(平成8年▲月▲日生まれ)の認知(以下「本件認知」という。)をした。上告人と被上告人との間には血縁上の父子関係はなく,被上告人は,本件認知をした際,そのことを知っていた。
(2) 上告人と被上告人は,平成17年10月から共に生活するようになったが,一貫して不仲であり,平成19年6月頃,被上告人が遠方で稼働するようになったため,以後,別々に生活するようになった。上告人と被上告人は,その後,ほとんど会っていない。
(3) 被上告人は,上告人の母に対し,離婚を求める訴えを提起し,被上告人の離婚請求を認容する判決がされている。
(中略)
5 血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきであるところ,認知者が認知をするに至る事情は様々であり,自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。また,血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知については,利害関係人による無効の主張が認められる以上(民法786条),認知を受けた子の保護の観点からみても,あえて認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に乏しく,具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能である。そして,認知者が,当該認知の効力について強い利害関係を有することは明らかであるし,認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。
そうすると,認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができるというべきである。この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない。
6 以上によれば,被上告人は本件認知の無効を主張することができるとして,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。
認知者が786条の利害関係人にあたるかどうかにつき、第1審の判断からみていきましょう。第1審(広島家判平成22・10・21判例集未登載)は、以下のように述べます。
ア 民法786条は「子その他の利害関係人は,認知に対して反対の事実を主張することができる。」と規定している一方,同785条は,「認知をした父又は母は,その認知を取り消すことができない。」と定めている。そこで,民法785条の規定が取消だけではなく無効をも含むかどうかが,同786条の「利害関係人」に認知者自体を含むかどうかと関連して問題となっており,両条文の解釈論と併せて,不実の認知者による認知無効請求が認められるかについては両説あるところであり,検討を要する。
イ 認知制度は,血縁上の親子関係の存在を前提として,認知者が,一定の例外を除き,単独で認知届を提出することのみ(血縁関係の有無は審査されない。)で,法律上の親子関係を形成するというものである。しかし認知者のみの意思で法律上の親子関係を形成されるとした場合に,〔1〕認知者が意思を翻して事後に認知の意思を失った場合に認知の効力が否定されると,認知者の意向次第で,被認知者が認知者の子であったり子でなくなったりすることになり,被認知者の身分関係の安定を著しく損なうこと,〔2〕認知にあたって血縁関係の有無が問われないことから,被認知者や利害関係人の意思にかかわらず,一方的に事実と異なる親子関係を形成されるといった弊害が想定されることから,〔1〕一旦認知した場合にはその撤回を認めない,〔2〕事実と異なる認知については子や利害関係人に認知の効力を争う機会を与えることとして,認知者の単独行為によって認知の効力を生じる認知制度の弊害を防ぐ必要があり,それを具体化したものが民法785条及び786条の趣旨であると考えられる。
そうすると,民法785条については第一義的には認知の撤回を認めないという趣旨にとどまり,血縁上の親子関係が存在しない場合であっても,認知者の認知の取消しや無効の主張を認めないという趣旨までをも含むことは困難であると思われる。
ウ 一方で,上記の民法786条の趣旨及び同条の文言上反対事実の主張者の主体として「認知者」が含まれていないこと,子の身分関係の安定,不実認知者が保護に値しないことなどから,不実認知者に認知無効請求を認めないという解釈も成り立ちうる。しかしながら,認知者の単独行為のみによる親子関係形成を認めているのは,一般的に認知者が真実と異なる認知を敢えてするはずはなく,認知をする以上は血縁関係の有無が強く推定されるという前提が成り立っているからであって,かかる前提がある以上,認知者自身が認知無効請求をすることが想定されていないというに過ぎず,真実血縁関係が存在しない場合に一切認知者による無効請求が認められない趣旨とまでは解されない。また,子の身分関係の安定や不実保護者への非難といった点を考慮しても,血縁関係のない親子関係を強制することが子の利益に必ず合致するとは限らないし,営利目的の不実認知など認知者の帰責性を考慮しても,なお認知の効力を維持することが相当でなく,認知者自身による無効請求を認めるべき場合も想定されることからすれば,かかる理由をもって,認知者自身による認知無効請求を一切認めないとすべきではない。
エ 以上から,民法785条の規定から,認知者による認知無効が許されないとする被告A×の主張は採用できない。
控訴審(広島高判23・4・7判例集未登載)は、以下のように述べます。
「・・(第1審と同様)・・また,子の身分関係の安定や不実認知者への非難といった点を考慮しても,血縁関係のない親子関係を強制することが子の利益に必ず合致するとは限らないし,営利目的の不実認知など認知者の帰責性を考慮しても,なお認知の効力を維持することが相当でなく,認知者自身による無効請求を認めるべき場合も想定される上,個々の事案において具体的妥当性を欠くことになる場合には,後記のとおり,権利濫用の法理の適用によってこれに対処することが可能であり,かつ,そのようにすべきでもあるから,上記の身分関係の安定や不実認知者への非難を理由として,認知者自身による認知無効請求を一切許容しないと解するのは相当でない。」
第1審から結論は維持されているわけですが,最高裁の認定によると,785条の規定の趣旨から、認知者は、認知の無効の訴えの主体たりえないという解釈が戦前は有力だったそうです。現在の学説の傾向が分からないのですが、なぜ今回はこのような解釈論がとられたのでしょう。
そういえば先日、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定される、と判示した判例が出ましたが(最決平成25・12・10裁判所ホームページ)、性別の取扱いの変更の審判を受けて男性となった者が,女性と婚姻し,女性の子を認知した場合(明らかな好意認知の事例),認知者からの認知の無効の訴えはどのように取り扱えばいいのでしょう。「法律上の父子関係の成立について,民法は,夫婦の子については同法772条によって嫡出否認の訴えによってしか覆すことができない強力な父子関係の成立の推定をするものとして,血縁関係との乖離の可能性を相当程度認め,婚姻を父子関係を生じさせる器とする制度としているということができるが,婚姻関係にない男女から出生した子については,同法786条が認知無効の主張を利害関係人に広く認め,期間制限も設けていないように血縁関係との乖離を基本的に認めないものとしていると解される。 」(木内裁判官補足意見)と、正面から制度の違いを強調する意見もあるでしょうが、疑問もあり得るでしょう。何がいいのかは全然分かりません。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,平成15年3月▲日,上告人の母と婚姻し,平成16年12月▲日,上告人(平成8年▲月▲日生まれ)の認知(以下「本件認知」という。)をした。上告人と被上告人との間には血縁上の父子関係はなく,被上告人は,本件認知をした際,そのことを知っていた。
(2) 上告人と被上告人は,平成17年10月から共に生活するようになったが,一貫して不仲であり,平成19年6月頃,被上告人が遠方で稼働するようになったため,以後,別々に生活するようになった。上告人と被上告人は,その後,ほとんど会っていない。
(3) 被上告人は,上告人の母に対し,離婚を求める訴えを提起し,被上告人の離婚請求を認容する判決がされている。
(中略)
5 血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきであるところ,認知者が認知をするに至る事情は様々であり,自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。また,血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知については,利害関係人による無効の主張が認められる以上(民法786条),認知を受けた子の保護の観点からみても,あえて認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に乏しく,具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能である。そして,認知者が,当該認知の効力について強い利害関係を有することは明らかであるし,認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。
そうすると,認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができるというべきである。この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない。
6 以上によれば,被上告人は本件認知の無効を主張することができるとして,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。
認知者が786条の利害関係人にあたるかどうかにつき、第1審の判断からみていきましょう。第1審(広島家判平成22・10・21判例集未登載)は、以下のように述べます。
ア 民法786条は「子その他の利害関係人は,認知に対して反対の事実を主張することができる。」と規定している一方,同785条は,「認知をした父又は母は,その認知を取り消すことができない。」と定めている。そこで,民法785条の規定が取消だけではなく無効をも含むかどうかが,同786条の「利害関係人」に認知者自体を含むかどうかと関連して問題となっており,両条文の解釈論と併せて,不実の認知者による認知無効請求が認められるかについては両説あるところであり,検討を要する。
イ 認知制度は,血縁上の親子関係の存在を前提として,認知者が,一定の例外を除き,単独で認知届を提出することのみ(血縁関係の有無は審査されない。)で,法律上の親子関係を形成するというものである。しかし認知者のみの意思で法律上の親子関係を形成されるとした場合に,〔1〕認知者が意思を翻して事後に認知の意思を失った場合に認知の効力が否定されると,認知者の意向次第で,被認知者が認知者の子であったり子でなくなったりすることになり,被認知者の身分関係の安定を著しく損なうこと,〔2〕認知にあたって血縁関係の有無が問われないことから,被認知者や利害関係人の意思にかかわらず,一方的に事実と異なる親子関係を形成されるといった弊害が想定されることから,〔1〕一旦認知した場合にはその撤回を認めない,〔2〕事実と異なる認知については子や利害関係人に認知の効力を争う機会を与えることとして,認知者の単独行為によって認知の効力を生じる認知制度の弊害を防ぐ必要があり,それを具体化したものが民法785条及び786条の趣旨であると考えられる。
そうすると,民法785条については第一義的には認知の撤回を認めないという趣旨にとどまり,血縁上の親子関係が存在しない場合であっても,認知者の認知の取消しや無効の主張を認めないという趣旨までをも含むことは困難であると思われる。
ウ 一方で,上記の民法786条の趣旨及び同条の文言上反対事実の主張者の主体として「認知者」が含まれていないこと,子の身分関係の安定,不実認知者が保護に値しないことなどから,不実認知者に認知無効請求を認めないという解釈も成り立ちうる。しかしながら,認知者の単独行為のみによる親子関係形成を認めているのは,一般的に認知者が真実と異なる認知を敢えてするはずはなく,認知をする以上は血縁関係の有無が強く推定されるという前提が成り立っているからであって,かかる前提がある以上,認知者自身が認知無効請求をすることが想定されていないというに過ぎず,真実血縁関係が存在しない場合に一切認知者による無効請求が認められない趣旨とまでは解されない。また,子の身分関係の安定や不実保護者への非難といった点を考慮しても,血縁関係のない親子関係を強制することが子の利益に必ず合致するとは限らないし,営利目的の不実認知など認知者の帰責性を考慮しても,なお認知の効力を維持することが相当でなく,認知者自身による無効請求を認めるべき場合も想定されることからすれば,かかる理由をもって,認知者自身による認知無効請求を一切認めないとすべきではない。
エ 以上から,民法785条の規定から,認知者による認知無効が許されないとする被告A×の主張は採用できない。
控訴審(広島高判23・4・7判例集未登載)は、以下のように述べます。
「・・(第1審と同様)・・また,子の身分関係の安定や不実認知者への非難といった点を考慮しても,血縁関係のない親子関係を強制することが子の利益に必ず合致するとは限らないし,営利目的の不実認知など認知者の帰責性を考慮しても,なお認知の効力を維持することが相当でなく,認知者自身による無効請求を認めるべき場合も想定される上,個々の事案において具体的妥当性を欠くことになる場合には,後記のとおり,権利濫用の法理の適用によってこれに対処することが可能であり,かつ,そのようにすべきでもあるから,上記の身分関係の安定や不実認知者への非難を理由として,認知者自身による認知無効請求を一切許容しないと解するのは相当でない。」
第1審から結論は維持されているわけですが,最高裁の認定によると,785条の規定の趣旨から、認知者は、認知の無効の訴えの主体たりえないという解釈が戦前は有力だったそうです。現在の学説の傾向が分からないのですが、なぜ今回はこのような解釈論がとられたのでしょう。
そういえば先日、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定される、と判示した判例が出ましたが(最決平成25・12・10裁判所ホームページ)、性別の取扱いの変更の審判を受けて男性となった者が,女性と婚姻し,女性の子を認知した場合(明らかな好意認知の事例),認知者からの認知の無効の訴えはどのように取り扱えばいいのでしょう。「法律上の父子関係の成立について,民法は,夫婦の子については同法772条によって嫡出否認の訴えによってしか覆すことができない強力な父子関係の成立の推定をするものとして,血縁関係との乖離の可能性を相当程度認め,婚姻を父子関係を生じさせる器とする制度としているということができるが,婚姻関係にない男女から出生した子については,同法786条が認知無効の主張を利害関係人に広く認め,期間制限も設けていないように血縁関係との乖離を基本的に認めないものとしていると解される。 」(木内裁判官補足意見)と、正面から制度の違いを強調する意見もあるでしょうが、疑問もあり得るでしょう。何がいいのかは全然分かりません。
2014年1月9日木曜日
最決平成25・11・21民集67巻8号1686頁
宿題で提出したレポートと同じ内容。
会社の組織に関する訴えの認容判決が詐害判決である場合の再審の可否
最決平成25・11・21裁時1592号14頁(以下「本決定」という。)
【事案】(申立人をXで表し,その他の者は,裁判所ホームページに掲載された本決定の記載に従う。)
Xは,Y1の代表取締役で,新株予約権の行使により1500株の普通株式の発行を受け(以下「本件株式発行」という。),Y1の株主となった。
しかしその後XはY1の代表取締役を解任され,Y1は,Xの保有するY1株式について質権の設定を受けたとするAに対し,本件株式発行は見せ金により行われた無効なものであると通知した。これに対しX及びAは,Y1に対し,本件株式発行は有効であると通知した。
Y1の株主であるY2は,Y1に対して,東京地方裁判所を受訴裁判所として,本件株式発行不存在確認の訴えを提起し,予備的に本件株式発行の無効の訴えを追加した。Y2は本件株式発行が見せ金によるものであることを主張した。
Y1は,第1回口頭弁論期日において請求を認めるとともに,請求原因事実をすべて認めたが,受訴裁判所は,書証を取調べた上,請求原因事実について追加立証を検討するよう指示して口頭弁論を続行した。しかし第2回口頭弁論期日において,Y1は本件株式発行が見せ金によるものであることなどが記載された陳述書を提出するにとどまり,受訴裁判所は口頭弁論を終結して,本件株式発行を無効とする判決を言い渡し,確定した(以下断りなき限り,上記の確定判決を「前訴判決」といい,前訴判決に係る訴訟を「前訴」という。)。
前訴判決の存在を知ったXは,独立当事者参加の申出をするとともに,再審の訴えを提起した。
第1審(東京地決平成24・3・30判時2158号48頁)は,確定判決の対世効による法律関係の画一的処理が図られないこととなってもやむを得ない特段の事情が認められる場合に民訴法338条1項3号所定の事由に準ずる再審事由が認められるとしつつも,本件において特段の事情は認められないとして,再審請求を棄却した。原決定(東京高決平成24・8・23判時2158号43頁)は,Xは判決の効力を受ける者であって共同訴訟的補助参加をすることができるから,再審の訴えの原告適格を有するものの,再審事由を認めることができないとして,抗告を棄却した。Xは許可抗告の申立てをし,これが許可された。
【判旨】原決定破棄差戻。
再審原告の原告適格について
「上記第三者〔新株発行の無効の訴えに係る請求を認容する確定判決の効力を受ける第三者〕が上記再審の訴えを提起するとともに独立当事者参加の申出をした場合には,上記第三者は,再審開始の決定が確定した後,当該独立当事者参加に係る訴訟行為をすることによって,合一確定の要請を介し,上記確定判決の判断を左右することができるようになる。なお,上記の場合には,再審開始の決定がされれば確定判決に係る訴訟の審理がされることになるから,独立当事者参加の申出をするために必要とされる訴訟係属があるということができる。
そうであれば,新株発行の無効の訴えに係る請求を認容する確定判決の効力を受ける第三者は,上記確定判決に係る訴訟について独立当事者参加の申出をすることによって,上記確定判決に対する再審の訴えの原告適格を有することになるというべきである。」
再審事由について
「当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならないのであり(民訴法2条),とりわけ,新株発行の無効の訴えの被告適格が与えられた株式会社は,事実上,上記確定判決の効力を受ける第三者に代わって手続に関与するという立場にもあることから,上記株式会社には,上記第三者の利益に配慮し,より一層,信義に従った訴訟活動をすることが求められるところである。そうすると,上記株式会社による訴訟活動がおよそいかなるものであったとしても,上記第三者が後に上記確定判決の効力を一切争うことができないと解することは,手続保障の観点から是認することはできないのであって,上記株式会社の訴訟活動が著しく信義に反しており,上記第三者に上記確定判決の効力を及ぼすことが手続保障の観点から看過することができない場合には,上記確定判決には,民訴法338条1項3号の再審事由があるというべきである。」
【解説】(以下わが国の民事訴訟法については条数のみ示す。)
1.現行法について
再審の訴えは,確定判決の効力を覆滅させる救済的制度であり,338条1項各号に該当する事由(再審事由)がある場合にのみ認められる例外的制度であるところ,確定判決が,その効力の及ぶ第三者にとって詐害的であること,又は当該第三者に手続参加の機会が与えられなかったことなどは明文上再審事由となっていない。旧々民事訴訟法(明治23年法律29号)483条1項は「第三者カ原告及ヒ被告ノ共謀ニ因リ第三者ノ債権ヲ詐害スル目的ヲ以テ判決ヲ為サシメタリト主張シ其判決ニ対シ不服ヲ申立ツルトキハ原状回復ノ訴ニ因レル再審ノ規定ヲ準用ス」と定め,同条第2項は「此ノ場合ニ於テハ原告及ヒ被告ヲ共同被告ト為ス」と定め,詐害再審の途を開いていたが,大正15年改正により旧々民訴法483条は削除された。したがって現在では,特別法の定める場合(たとえば会社法853条1項は,責任追及等の訴えの確定判決について株主による再審の訴えを認める。)以外に,判決が詐害的であることを理由に当事者以外の第三者が再審の訴えを提起することはできないのが原則である。一方学説では,上記規定の削除が立法上の過誤であったという意見,又は詐害再審制度を復活させるべきという意見が説かれている(鈴木正裕「判決の反射的効果」判タ261号(1971年)2頁,11頁,斎藤秀夫ほか編著『注解民事訴訟法(2)〔第2版〕』(第一法規出版,1991年)246頁〔小室直人=東孝行〕,上田徹一郎『民事訴訟法〔第7版〕(法学書院,2011年)570頁,新堂幸司『新民事訴訟法〔第5版〕』(弘文堂,2011年)826頁。最新の問題提起として,三木浩一=山本和彦編『民事訴訟法の改正課題』(有斐閣,2012年)176頁以下)。
2.現行法の枠内での第三者再審の可否
上記のように,現行民事訴訟法には,詐害再審制度は設けられていないが,詐害再審が一般的に認められることを解釈論によって導こうとする見解がある。具体的には,詐害訴訟が執行妨害として刑法上罪にあたること(刑法96条の2)を理由として,338条1項5号(「刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。」)を類推適用するという解釈が見られる(兼子一『新修民事訴訟法体系〔増訂版〕』(酒井書店,1969年)333頁)。しかし,この議論で想定される訴訟は給付訴訟に限られる上,詐害訴訟が執行妨害にあたるか疑念がある(船越隆司「詐害判決論」法学新報(中央大学)74巻4・5号(1967年)105頁,116頁,鈴木前掲12頁)。
次に,338条1項3号(「法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。」。以下単に「3号」という。)を根拠として,再審の訴えを肯定する見解があり(船越前掲170頁,三谷忠之『民事再審の法理』(法律文化社,1988年)39頁,岡田幸宏「判決の不当取得について(4)(完)」名大法政論集137号(1991年)437頁,448頁),こちらが学説の主流と思われる(もっとも3号に該当するための要件は各々異なる。)。たしかに,判例においても,3号が手続保障の機会を与えられなかった者の救済のために用いられる傾向があることからすれば(補充送達の効力を認めつつ,3号の再審事由を認めたものとして,最決平成19・3・20民集61巻2号586頁〔民訴判例百選40事件〕。),3号類推による再審が法律構成上はもっとも自然であろう。
本判決は,3号の再審事由を認めているという点で,上記学説の主流にのっとったものといえる。しかし対世効ある判決がされる可能性のある会社関係訴訟において,被告となる会社に,判決の効力を受けうる第三者に配慮した訴訟追行を要求した点は目新しい判示であり,本決定の射程(たとえば会社関係訴訟以外の訴訟において,詐害再審が認められるか。)を考える上でも有益であろう。また,「詐害再審」とひとくちに言っても,どのような訴訟が詐害的と認められるかについてはこれまであまり明確でなかったところ(船越前掲は,民法424条にいう詐害行為を念頭に置いているようである。ただこれは,詐害行為取消権の根拠を詐害再審の根拠に応用するという筆者の特殊な問題関心によるものであり,注意を要する。参考になるものとしては,ドイツの判例を整理して考慮要素を抽出している徳田和幸「詐害訴訟防止についての考察 : 仮装訴訟との交錯を中心として」神戸学院法学3巻4号(1973年)74頁がある。),本決定は,再審の対象となる訴訟の過程が事実の概要において認定されていることから,いかなる訴訟が詐害的かという判断材料を提供していると言えよう。特に,本決定の事案ではY1の訴訟追行の態様が怠慢であったほか,Y1内部で支配権争いがあり,XをY1から放逐するためにY2が本件株式発行の無効の訴えを提起したことがうかがわれ,このような事情(Y1の動機の不当性)も詐害性を基礎づけるかどうかが今後議論されると思われる(三木=山本編・前掲書176頁は,詐害再審の要件として,訴訟の一方当事者の害意及び他方当事者の害意についての悪意を要求する。一方で,客観的な要素によって詐害訴訟にあたるか判断すべき見解もある。三ヶ月章『民事訴訟法〔第3版〕』(弘文堂,1992年)268-269頁,斎藤ほか編著前掲書256頁〔小室=東〕など参照。)。
3.再審原告の当事者適格について
本決定及び原決定では,Xの原告適格が問題となっている。
一般には,115条の他当事者以外の者に判決効が拡張される場合には,判決の取消につき固有の利益を有する第三者は,独立参加の形式により,前訴当事者を共同被告として再審の訴えを提起することができるとするのが通説(新堂前掲書945頁)であり裁判例(千葉地判昭和35・1・30下民集11巻1号176頁,名古屋地判昭和39・3・6判時372号32頁,名古屋地判昭和39・3・6下民集15巻3号488頁,東京高判昭和43・11・27下民集19巻11・12号748頁)の傾向であった。本決定は,上記学説及び裁判例の考えをとったものと思われるが,独立当事者参加の申出をすることが原告適格の要件となることを明示し,その理由をも説示したところに意義がある。今後の実務は,独立当事者参加の申出をすることで固まるであろうが,独立当事者参加の申出を行わずに再審の訴えを提起した者をどのように扱うべきか(再審請求を即棄却するのでなく,釈明を行うことが考えられる。),片面的独立当事者参加をするにとどまった者をどのように扱うべきかがなお問題になると思われる。後者の問題についていえば,片面的独立当事者参加においても合一確定の要請があり,40条1項ないし3項が準用されるのかという問題がまず議論されよう(高見進「訴訟承継と同時審判」民訴雑誌48号(2002年)29頁,38頁参照。)。
4.残された課題について
これまでも,今後の課題について散発的に私的をしてきたが,さらに以下の諸点が問題として残ると思われる。
本決定の趣旨に照らして,ある会社関係訴訟が詐害的であると認められる場合,受訴裁判所には何らかの措置をとることが求められるだろうか。本決定では,東京地方裁判所が請求原因事実についての追加立証を促したことが認定されており,裁判所としてはこの程度の措置が限界であろう。しかし,立法論としては何らかの手当てが必要となる可能性がある。
また,本決定では,再審取消による前訴の帰趨について判示がされておらず,問題として残っている。再審の請求が認容された場合,前訴判決を第三者との関係のみならず,前訴当事者間においても絶対的に取消すという考えと,第三者との関係においてのみその効力を相対的に否定するという考え(船越前掲170頁。またフランス法の第三者再審制度tierce oppositionにおいても,再審による取消判決の効力は第三者との関係でのみ生ずるとされている。フランス民事訴訟法591条1項参照。)があり得る。もっとも会社関係訴訟においては,法律関係の画一化の要請が強いことから,判決取消の効果は絶対的であるべきだろう(もっともこの論点を論ずる以前に,法律関係の画一化の要請を絶対視して対世効を認めるべきかどうか問題を提起することができよう。人事訴訟がテーマであるが,高田裕成「身分訴訟における対世効論のゆくえ」法教66号(1986年)43頁,49頁参照。)。
なお,再審請求が認容され,前訴判決が取消された場合,従前の手続が復活・続行するという見解があるが(鈴木前掲12頁),詐害的な前訴当事者には前訴の訴訟追行を望む意思がないと推測されること,及び詐害的な前訴の訴訟資料を利用することに実益がないことを考えると,前訴は復活しないと考えることが合理的である。とはいえ,再審の訴えと併合して,附帯請求として訴えを提起することは認められると考えられる(ただし,上訴審に再審の訴えを提起するとき(340条)に,附帯請求を併合することは,当該請求についての被告の審級を奪うことになるので許されない(野間繁「請求の併合」民事訴訟法学会編『民事訴訟法講座第1巻』(有斐閣,1954年)230頁)。なお附帯請求の取扱いについて三木=山本編前掲書182頁参照。)。
【参考文献】
本文中に掲げたものの他,岡田幸宏「原決定批評」判時2181号(2013年)184頁,杉山悦子「原決定批評」平成24年度重判(2013年)127頁などの評釈が見られる。
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