宮本太郎『共生保障』
宮本太郎さんから新著『共生保障 〈支え合い〉の戦略』(岩波新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。
https://www.iwanami.co.jp/book/b279046.html
http://bookmeter.com/cmt/61583248
困窮と孤立が広がり,日本社会でも分断がとまらない.人々を共生の場につなぎ,支え合いを支え直す制度構想が必要だ.いかにして雇用の間口を広げ,多様な住まい方を作りだせるのか.自治体やNPOの実践を盛り込みながら,生活保障の新しいビジョンとしての「共生保障」を提示する.前著『生活保障 排除しない社会へ』の新たな展開.
宮本太郎さんがおなじ岩波新書から『生活保障』を出されたのは、2009年。もう7年近く前になります。それ以来、宮本さん自身政府の社会保障政策に深く関わりながら、その理想がなかなか実現しない、むしろあらぬ方向にそれていってしまうという思いを抱きながら、旧著の考えをさらに深めてきた現時点でのまとめという本と言えましょう。
問題意識は第1章「制度はなぜ対応できないか」でクリアに示されます。日本型生活保障が持つ「支える側」と「支えられる側」の分断、そして支えられる側自体の中での高齢、障害、児童、生活保護等々の分断、それが、「支える側」だった正規雇用と標準世帯の溶解と、「支えられる側」の複合的困難という二重の問題に直面して、その亀裂に落ち込む人々を生み出しているという状況認識です。
それに対する処方箋として提示されるのが「共生保障」といういささか曖昧で誰もが使いそうなためにあんまり中身がなさそうな言葉なのですが、本書で宮本さんがこの言葉にこめているのは、第3章の目次に示されているように、これまでの分断された対策の間に架橋する新たな政策です。
すなわち、
http://bookmeter.com/cmt/61583248
1 ユニバーサル就労
2 共生型ケアの展開
3 共生のための地域型居住
4 補完型所得保障
5 包括的サービスへの転換
ですが、この章の読みどころはむしろ、それぞれに対応する地域独自の取り組みの諸相でしょう。
冒頭で述べた、自身政府の社会保障政策に携わった経験を踏まえた政策政治論として興味深いのが第4章と第5章です。
第4章では、かつて第二臨調で打ち出された「増税なき財政再建」から脱却し、救貧的福祉観から普遍主義的改革を目指したにもかかわらず、それが困難に遭遇した理由を3つ挙げています。
第1に、本来は大きな財源を必要とする普遍主義改革が、成長が鈍化し財政的困難が広がる中で、その打開のための消費税増税の理由付けとして着手されたという皮肉。
隙さえあれば社会保障に切り込もうとする財務省と、そうはさせじと闘いながら、しかし財源確保のために手を組んで増税を訴えなければならないというダブルバインドな立場に立たされるわけです。
第2に、「支える側」「支えられる側」の二分法に拘束されている自治体にサービスに実施が任されたこと、
第3に、そしてこれがある意味で一番の皮肉だと思うのですが、救貧的福祉からの脱却を掲げた普遍主義が、中間層の解体が始まり、困窮への対処が不可避になる中で進められたという逆説です。多くの人の自立が困難になる中で「自立支援」が進められるという皮肉。
宮本さん自身が深く関わった生活困窮者自立支援法が、残念ながら理想とはかなりほど遠いものになったのも、こうした皮肉に満ちた状況下で愚直に進められた結果なのだろうと思います。
それでも希望はある、その火種は細々とではあるけれど地方で進められている、というのが本書のメッセージです。
なお、本書のあとがきに、
http://bookmeter.com/cmt/61583248
厚生労働省の入部寛氏からは、本書の草稿に丁寧なコメントお寄せいただいた。
という一文がさりげなく入っています。
入部さんは本ブログで紹介した畢生の『平成24年版厚生労働白書』の著者の一人です。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/24-7de8.html (『平成24年版厚生労働白書』は社会政策の教科書)
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コメント
24年版白書は、よく厚労省も思い切って若手連に、そして中身も白書というよりまさに教科書そのものでした。話題になりましたね。彼らも東洋経済onlineに出ちゃったりして、厚労省の熱の入れようも感じました。
今も社会保障にまつわるリアル社会における様々な問題のメディアバイアスに対してカウンターパートとなるべき中等教育中の基礎知識習得未整備のため、その制度への価値感そのものがある方向へ偏在しつつある学生たちへの事前(先述からしますと事後となりますね)自己学習参考文献として推奨しております。ちょうど冒頭にサンデルが出てまいりますが、自己学習後のインタラクティブ講義方式にはもってこいでした。
その白書の著者のおひとりよりコメントがなされたということは、本書もたとえばこれからの地域包括ケアシステムの主ポリシーである地域主体の医療介護「競争から協調」が、制度全体として包括するポリシーとして書かれておられるであろう宮本先生の紹介ご著書「共生保障」というタイトルは然り。
そして濱口さんの本エントリでの著書解説コメントも24年白書からの時間の変遷を確認できる上でも的確で、これまた然りです。
投稿: kohchan | 2017年1月22日 (日) 08時46分