マーク・リッパート駐韓米国大使は、韓米の外交関係者の間では「記録の男」と呼ばれる。2014年に赴任した当時、41歳。歴代最年少の米国大使だった。息子と娘をいずれも韓国でもうけた。子どもに韓国名を付けた。命を失っていたかもしれないテロに遭ったのも、リッパート大使が初めてだ。大使は15年3月以降、顔の右側に長さ11センチの傷跡を残したまま暮らしている。
韓米関係の汚点として残りかねなかった「米大使テロ」事件を、リッパート大使はむしろ「同盟」の堅固さを強調する契機として活用した。「韓国人が事件現場でテロリストを取り押さえ、韓国の警察が速やかに私を移送し、韓国の医師が私を治療した。韓米同盟の見事な例を見せてくれた」。リッパート大使は、テロに遭ってからわずか1カ月半で、慶州の仏国寺を訪れた。小学生までもが写真を撮ろうと大使のところに寄り集まり、歩いていくのが大変なほど人気が高かった。
斗山ベアーズのファンだというリッパート大使と、16年7月に蚕室球場で会ったことがある。球場のアナウンサーが、息子のセジュン君を抱いて始球式に現れたリッパート大使を紹介した。観客席から歓声が上がった。米第8軍の軍楽隊は愛国歌(韓国の国歌)を演奏した。米軍と韓国の観衆は一つになった。リッパート大使は「これがまさに、韓米同盟はしっかりしているという証拠ではないでしょうか」と笑った。大使は、誰よりも熱心に韓国語を学んだ。最近では夕食後、韓国語で「2次会行こう」と自然に言うほどになった。
リッパート大使は、いつもソフトなだけのキャラクターではなかった。大使館の内外で断固たる決定が必要なときには強く押し付け、非難の声が起こることもあった。昨年7月、韓米両国は中国の反対を押し切り、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を発表した。大使は、THAADをこのようになぞらえた。「雨が降ったら合羽を着てかさを差す。パトリオット・ミサイルが合羽なら、THAADはかさだ」。おととい、米国の公共ラジオ放送NPRがリッパート大使にインタビューした。トランプ新大統領が「韓国をはじめ、同盟国はもっと多くの負担をすべき」と主張していることについて見解を尋ねると、きっぱりと断言した。「韓国人は、決して『ただ乗り』(free rider)ではない。韓国では世界最大の米軍基地を建設中だが、韓国人は費用100億ドル(現在のレートで1兆1450億円)のうち96%を負担している」。大使の最後のインタビューを、トランプ新大統領が心して聞くことを望む。
リッパート大使は2年3カ月の韓国勤務を終え、きのう米国に戻った。大使は離任前、韓国の知人と数回にわたって食事を共にし、惜別の情を分かち合った。こうした席で、リッパート大使は涙を見せたという。大勢の駐韓米国大使が、韓国に強い愛情を抱きつつ去っていった。韓米同盟は、意味なく最高の同盟なのではない。