国民の健康づくりを担う「保健所」が健康食品表示の新たな"規制当局"として急浮上している。昨年4月、政府は第4次一括法を施行。その中で、健康増進法の執行権限(勧告・命令)を地方自治体に移譲した。以降、保健所による「いわゆる健康食品」の対する改善指導が活発化している。中でも最もアツいのが「東京都・港区」だ。変わる広告表示規制の現状を追った。
平日、保健所には乳幼児を連れた母親が絶え間なく訪れる。地域の医療、福祉、健康を担うのが全国に約500カ所ある保健所の最も重要な役割だ。その保健所が「いわゆる健康食品」の表示規制を第一線で担う「規制当局」として台頭しつつある。関東近郊に本社を置くある健食通販事業者が話す。「これまで広告表現で保健所に呼び出されることはなかった。けれど昨年中頃、電話を受けて『話がある』と。聞くと薬機法(旧薬事法)でも景品表示法でもなく健増法に基づき、『この広告表現はおかしい』と話をされた」。
聞こえてくるのは関東だけではない。九州地区のある事業者も「保健所から消費者から見ると分かりにくくないですか、考えられたほうがいい、と健増法の観点から言われた」と明かす。
ターゲットは 「いわゆる健食」
保健所が的にするのは一定の根拠がある保健機能食品(トクホ、機能性表示食品、栄養機能食品)ではなく、「いわゆる健康食品」だ。これまでは薬機法、景表法で主に規制されてきたが、昨年3月の"ライオンショック"以後、状況が一変した。
ライオンのトクホに対する健増法に基づく初の勧告は、第4次一括法で「勧告・命令」権限が都道府県知事と東京都下23区の区長、全国の保健所設置都市の市長に移譲される直前のこと。6月末には同法第31条「虚偽誇大広告の禁止」の自治体による円滑な運用を目的にガイドラインも出した。以降、保健所の改善指導が活発化している。
保健所による健増法の対応は、「主体的な積極監視」「事業者からの相談対応」「回付(情報提供)への対応」に大別される。中でも運用に最も積極的なのが「東京都・港区」。その実績は、数字からも明らかだ。
断トツの指導実績
都内に所在する複数の保健所に権限移譲後の運用を聞くと「積極監視はない」(A区保健所)、「ほかの保健所から『回付』されて改善指導したものが5、6件」(同B区)、「5件指導した」(同C区)といった状況。健食の通販企業が多い九州地区のある保健所でも「『回付』に対応しただけ」と話す。
一方の港区は今年度(4~12月)の指導実績が121件。大幅な実績の差から港区に本社を置く事業者がこぞって逃げ出しかねない勢いなのだ。港区で何が起こっているのか。
「相談乗らない」事後規制に転換
積極的な運用には理由がある。というのも港区は、民放キー局、大手代理店の電通、博報堂が本社を置いている(=図)。併せて、大手通販事業者も多い。健食広告に関わる3者が揃う"デルタ地帯"だからだ。
みなと保健所は、権限移譲後の対応について「国に執行権限があった時は『相談』にのった。だが、権限移譲され、相談と執行を行う部署が同一なのはいかがなものかということもあり、事後規制に転換した」と話す。
指導対象も変わっている。これまでは健増法の『何人も』という対象に着目して媒体社の側を向いて相談業務にあたってきた。だが、権限移譲後は「職権探知に基づき販売事業者の指導に力を入れている」という。「今後も相談業務に対応する」という保健所が多い中、みなと保健所は「広告は事業者が自らの責任で制作するのが大前提」との立場から距離を置く姿勢を示している。
媒体から"逆流"「4・13」の構図
媒体の考査を通じた表示規制の逆流もおこっている。思い起こされるのは、07年4月に起きた「4・13事務連絡」問題だ。当時、厚労省は自治体間でばらつきのある行政指導の平準化を目的に機能性を暗示する商品名62例を挙げ、全国の自治体に事務連絡文書を送った。健食通販大手のディーエイチシーが行政指導に納得がいかないと厚生労働省による旧薬事法規制に文句をつけたのが契機だった。
これにある考査担当者は「『4・13事務連絡』が出された流れと同じ構図。今回はみなと保健所の指導が発信源となって媒体を萎縮させ、広告考査のラインを引きつつある」と話す。みなと保健所も指導内容について「考査の目安としてもらうためテレビ局にフィードバックする」(同)としており、一保健所の指導が媒体社を通じて広がりつつある。
あいまいな指摘に不満蓄積も
ただ、事業者側の不満も蓄積している。問題は、指導内容のあやふやさだ。保健所の指導を受けたある事業者は「薬事法はその表現が使えるか使えないかの線引きがはっきりして指導する側もされる側もやりやすかった。けれど健増法はそうではなく『健康の維持増進効果がうたわれているか全体の印象でみなす』と言われた」と話す。
ただ、肝心の「全体印象」の判断は、「同僚の職員に見てもらい判断する」(複数の保健所)というもの。消費者庁からも講習会でそう助言されたというが、そこに明確な基準はなく、保健所の担当者自身、「判断基準は非常にアバウト」と認める。
事業者からは「著名人を起用したあるCMを取り上げ、CM全体を通じて健康イメージを想起させる表現が散らばっているから問題だと。著名人で影響力が強いことを問題視しているのか分からないが、一般人ならいいと。ものすごく感覚的に言っていると感じた」(考査担当者)などと不満の声が上がる。
新制度名目にした規制強化
規制を強化する保健所、またその背後に見え隠れする消費者庁の狙いは何か。
「『いわゆる健食狩りをするんだ』と。機能性表示食品に移行してもらうよう消費者庁の意向が働いていると感じた」(指導を受けた事業者)と、その狙いを話す。
この点、消費者庁は「健増法の執行権限は地方自治法上の『法定受託事務』(国の関与が認められるもの)ではなく要請する権限はない」(食品表示対策室)と言下に否定する。だが、「機能性表示食品であれば細かく見ない」(みなと保健所)と話すなど、「いわゆる健食」に的を絞っていることは確かだ。
自治体の温度差に不公平感
機能性表示食品制度はまだ導入まもなく、対象成分の範囲も一部にとどまる。また、届出の公表に1年要する事業者が相次ぐなど確認作業が大幅に遅れている状況。こうした事情を省みず規制が先行する中で、事業者からは「せめて届出の大渋滞を解消してくれ」といった怨嗟の声も上がる。
保健所間の温度差も問題だ。「23区でも地区の特性で重点分野は異なる」「監視に割ける職員がいない」と、早くもばらつきが生じ、不公平感が増している。消費者庁は、「ばらつきもあるのであれば是正は必要」と話すが、規制と成長戦略のバランスは崩れつつある。
保健所の執行担当者に聞く、規制の現状
「いわゆる健康食品」に照準
みなと保健所健康推進課の栄養指導担当者に昨年4月に行われた健康増進法の権限移譲後の運用状況を聞いた。(聞き手は本紙記者・佐藤真之)
――昨年4月以降、運用が変わった。
「港区は媒体社が多く、健増法の『何人も』という規制に着目して権限移譲前から相談等に対応してきた。ただ権限移譲後は、事後規制に転換した。(一義的な広告責任は販売者にあり、)すでに放映されているCMや新聞広告を対象に販売者を中心に指導している」
――権限移譲後も相談対応する保健所もある。
「事前相談は場合によってコンサルになってしまう。事前相談にも『テレビ局の責任でやってください』という仕切りでお願いしているため相談も減った」
――対象にする食品は。
「保健機能食品はウソに近いものは別だが、科学的根拠を持てば活用できる制度。新制度は始まったばかりで国も見直しや知見を蓄積しているから注力して見ていない。『いわゆる健康食品』を対象にしている」
――指導のプロセスは。
「職務中に広告に触れる機会は少ないのでプライベートな時間、テレビなどを見ていて"おかしい"と気づいたところから着手している。消費者庁からは違反に至らないための改善指導に力を入れてくれと言われている。放映したテレビ局に制作物の提出を任意でお願いし、指導事例は考査の目安としてもらうため媒体社にフィードバックする。日本民間放送連盟で行われる考査関係者の会合などもあり、年3回ほど『集団指導』という形で講習も行っている」
――問題視する事例は。
「根拠があるかないか。あっても臨床試験か動物かなどどういった種のものか。(動物試験なのに)人に対する健康増進効果を表現すれば問題」
――著名人を使って健康イメージを訴求するものは。
「内容による。ただ、著名人が勧めれば無名の一般人が勧めるより効果的と感じるし、薬ではなく食品で『飲んでます』と元気になる印象を与えるものは問題と思う」
――全体から受ける印象で違法性をみる健増法の判断は難しい。
「消費者庁から言われるのは、いろんな人に聞いてみてと。消費者の代表という形で複数の職員で確認する。判断に迷えば、消費者庁や地方厚生局に相談する」
――科学的根拠を保有していても問題か。
「それなら機能性表示食品にしてくださいと言う。(いわゆる健食では)紛らわしいと。制度があるのだから使えばいいと。でも圧倒的多数は根拠なく、玉石混淆といっても石が多い」
――健増法に景表法のような「合理的根拠の提出要求権限」はない。
「任意でお願いする」
――根拠を出さなくてもいいのか。
「事業者も違法なことは行いたくないと考えていて出さないところはない。専門的な内容は、国立健康・栄養研究所など学識経験者の方に見てもらい判断することもある」
――今後、体制強化など指導件数は増やしていく方針か。
「職員の増員は難しい。これまで事前相談に重きを置いていたが今後は事後規制にシフトしていくことで指導件数は増える可能性が高い」
聞こえてくるのは関東だけではない。九州地区のある事業者も「保健所から消費者から見ると分かりにくくないですか、考えられたほうがいい、と健増法の観点から言われた」と明かす。
ターゲットは 「いわゆる健食」
保健所が的にするのは一定の根拠がある保健機能食品(トクホ、機能性表示食品、栄養機能食品)ではなく、「いわゆる健康食品」だ。これまでは薬機法、景表法で主に規制されてきたが、昨年3月の"ライオンショック"以後、状況が一変した。
ライオンのトクホに対する健増法に基づく初の勧告は、第4次一括法で「勧告・命令」権限が都道府県知事と東京都下23区の区長、全国の保健所設置都市の市長に移譲される直前のこと。6月末には同法第31条「虚偽誇大広告の禁止」の自治体による円滑な運用を目的にガイドラインも出した。以降、保健所の改善指導が活発化している。
保健所による健増法の対応は、「主体的な積極監視」「事業者からの相談対応」「回付(情報提供)への対応」に大別される。中でも運用に最も積極的なのが「東京都・港区」。その実績は、数字からも明らかだ。
断トツの指導実績
都内に所在する複数の保健所に権限移譲後の運用を聞くと「積極監視はない」(A区保健所)、「ほかの保健所から『回付』されて改善指導したものが5、6件」(同B区)、「5件指導した」(同C区)といった状況。健食の通販企業が多い九州地区のある保健所でも「『回付』に対応しただけ」と話す。
一方の港区は今年度(4~12月)の指導実績が121件。大幅な実績の差から港区に本社を置く事業者がこぞって逃げ出しかねない勢いなのだ。港区で何が起こっているのか。
「相談乗らない」事後規制に転換
積極的な運用には理由がある。というのも港区は、民放キー局、大手代理店の電通、博報堂が本社を置いている(=図)。併せて、大手通販事業者も多い。健食広告に関わる3者が揃う"デルタ地帯"だからだ。
みなと保健所は、権限移譲後の対応について「国に執行権限があった時は『相談』にのった。だが、権限移譲され、相談と執行を行う部署が同一なのはいかがなものかということもあり、事後規制に転換した」と話す。
指導対象も変わっている。これまでは健増法の『何人も』という対象に着目して媒体社の側を向いて相談業務にあたってきた。だが、権限移譲後は「職権探知に基づき販売事業者の指導に力を入れている」という。「今後も相談業務に対応する」という保健所が多い中、みなと保健所は「広告は事業者が自らの責任で制作するのが大前提」との立場から距離を置く姿勢を示している。
媒体から"逆流"「4・13」の構図
媒体の考査を通じた表示規制の逆流もおこっている。思い起こされるのは、07年4月に起きた「4・13事務連絡」問題だ。当時、厚労省は自治体間でばらつきのある行政指導の平準化を目的に機能性を暗示する商品名62例を挙げ、全国の自治体に事務連絡文書を送った。健食通販大手のディーエイチシーが行政指導に納得がいかないと厚生労働省による旧薬事法規制に文句をつけたのが契機だった。
これにある考査担当者は「『4・13事務連絡』が出された流れと同じ構図。今回はみなと保健所の指導が発信源となって媒体を萎縮させ、広告考査のラインを引きつつある」と話す。みなと保健所も指導内容について「考査の目安としてもらうためテレビ局にフィードバックする」(同)としており、一保健所の指導が媒体社を通じて広がりつつある。
あいまいな指摘に不満蓄積も
ただ、事業者側の不満も蓄積している。問題は、指導内容のあやふやさだ。保健所の指導を受けたある事業者は「薬事法はその表現が使えるか使えないかの線引きがはっきりして指導する側もされる側もやりやすかった。けれど健増法はそうではなく『健康の維持増進効果がうたわれているか全体の印象でみなす』と言われた」と話す。
ただ、肝心の「全体印象」の判断は、「同僚の職員に見てもらい判断する」(複数の保健所)というもの。消費者庁からも講習会でそう助言されたというが、そこに明確な基準はなく、保健所の担当者自身、「判断基準は非常にアバウト」と認める。
事業者からは「著名人を起用したあるCMを取り上げ、CM全体を通じて健康イメージを想起させる表現が散らばっているから問題だと。著名人で影響力が強いことを問題視しているのか分からないが、一般人ならいいと。ものすごく感覚的に言っていると感じた」(考査担当者)などと不満の声が上がる。
新制度名目にした規制強化
規制を強化する保健所、またその背後に見え隠れする消費者庁の狙いは何か。
「『いわゆる健食狩りをするんだ』と。機能性表示食品に移行してもらうよう消費者庁の意向が働いていると感じた」(指導を受けた事業者)と、その狙いを話す。
この点、消費者庁は「健増法の執行権限は地方自治法上の『法定受託事務』(国の関与が認められるもの)ではなく要請する権限はない」(食品表示対策室)と言下に否定する。だが、「機能性表示食品であれば細かく見ない」(みなと保健所)と話すなど、「いわゆる健食」に的を絞っていることは確かだ。
自治体の温度差に不公平感
機能性表示食品制度はまだ導入まもなく、対象成分の範囲も一部にとどまる。また、届出の公表に1年要する事業者が相次ぐなど確認作業が大幅に遅れている状況。こうした事情を省みず規制が先行する中で、事業者からは「せめて届出の大渋滞を解消してくれ」といった怨嗟の声も上がる。
保健所間の温度差も問題だ。「23区でも地区の特性で重点分野は異なる」「監視に割ける職員がいない」と、早くもばらつきが生じ、不公平感が増している。消費者庁は、「ばらつきもあるのであれば是正は必要」と話すが、規制と成長戦略のバランスは崩れつつある。
保健所の執行担当者に聞く、規制の現状
「いわゆる健康食品」に照準
みなと保健所健康推進課の栄養指導担当者に昨年4月に行われた健康増進法の権限移譲後の運用状況を聞いた。(聞き手は本紙記者・佐藤真之)
――昨年4月以降、運用が変わった。
「港区は媒体社が多く、健増法の『何人も』という規制に着目して権限移譲前から相談等に対応してきた。ただ権限移譲後は、事後規制に転換した。(一義的な広告責任は販売者にあり、)すでに放映されているCMや新聞広告を対象に販売者を中心に指導している」
――権限移譲後も相談対応する保健所もある。
「事前相談は場合によってコンサルになってしまう。事前相談にも『テレビ局の責任でやってください』という仕切りでお願いしているため相談も減った」
――対象にする食品は。
「保健機能食品はウソに近いものは別だが、科学的根拠を持てば活用できる制度。新制度は始まったばかりで国も見直しや知見を蓄積しているから注力して見ていない。『いわゆる健康食品』を対象にしている」
――指導のプロセスは。
「職務中に広告に触れる機会は少ないのでプライベートな時間、テレビなどを見ていて"おかしい"と気づいたところから着手している。消費者庁からは違反に至らないための改善指導に力を入れてくれと言われている。放映したテレビ局に制作物の提出を任意でお願いし、指導事例は考査の目安としてもらうため媒体社にフィードバックする。日本民間放送連盟で行われる考査関係者の会合などもあり、年3回ほど『集団指導』という形で講習も行っている」
――問題視する事例は。
「根拠があるかないか。あっても臨床試験か動物かなどどういった種のものか。(動物試験なのに)人に対する健康増進効果を表現すれば問題」
――著名人を使って健康イメージを訴求するものは。
「内容による。ただ、著名人が勧めれば無名の一般人が勧めるより効果的と感じるし、薬ではなく食品で『飲んでます』と元気になる印象を与えるものは問題と思う」
――全体から受ける印象で違法性をみる健増法の判断は難しい。
「消費者庁から言われるのは、いろんな人に聞いてみてと。消費者の代表という形で複数の職員で確認する。判断に迷えば、消費者庁や地方厚生局に相談する」
――科学的根拠を保有していても問題か。
「それなら機能性表示食品にしてくださいと言う。(いわゆる健食では)紛らわしいと。制度があるのだから使えばいいと。でも圧倒的多数は根拠なく、玉石混淆といっても石が多い」
――健増法に景表法のような「合理的根拠の提出要求権限」はない。
「任意でお願いする」
――根拠を出さなくてもいいのか。
「事業者も違法なことは行いたくないと考えていて出さないところはない。専門的な内容は、国立健康・栄養研究所など学識経験者の方に見てもらい判断することもある」
――今後、体制強化など指導件数は増やしていく方針か。
「職員の増員は難しい。これまで事前相談に重きを置いていたが今後は事後規制にシフトしていくことで指導件数は増える可能性が高い」
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