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【社説】

法廷通訳 誤訳で判断はできぬ

 被告の主張を法廷で誤訳すると、有罪・無罪の判断に直結しかねない。この仕事は法廷通訳人が行うが、裁判官の面接で採用され、統一的な試験はない。重要な役目だけに資格制度の導入は必要だ。

 「ロッカーのような物入れ」は「冷蔵庫」だった。「警察の制服」は「私服」だった。「いいえ」と言ったのに「覚えていない」と翻訳された。

 一九八六年にインドネシアの日米両大使館に迫撃弾が発射された「ジャカルタ事件」の裁判員裁判で、インドネシア人証人の法廷通訳を担当した日本人男性の誤訳は、約二百カ所もあったらしい。日本赤軍メンバーが被告で殺人未遂などの罪に問われていた。

 昨年九月に三人のインドネシア人の証人尋問が行われたが、それを通訳した日本人男性の誤訳が問題になったのだ。裁判長が内容を鑑定する手続きを取った結果、あまりにもずさんな通訳内容が判明した。地裁は鑑定書を証拠採用し、誤訳や訳し漏れは修正され、法廷で読み上げられた。

 過去にはドイツ国籍の女性が覚せい剤取締法違反の罪に問われた裁判員裁判で、英語の通訳人が付いた。被告は無罪を主張したが、公判で「結果として覚醒剤を日本に持ち込んだことをどう思うか」との質問に「深く反省している」と誤訳された。そして実刑判決を受けた。判決後に弁護側が鑑定したところ、この証言は「反省」ではなく、「心が打ち砕かれた」との意味だった。

 通訳人は全国で六十一言語、約三千九百人が登録されている。地裁の面接などで全国共通の名簿に掲載され、各裁判所が選任する。インドネシア語など少数言語の場合、希望すれば簡単なテストだけで名簿登載者になれることもあるといわれる。

 こうした誤訳が氷山の一角だとすれば、もはや公正な裁判とはいえはしまい。日弁連は二〇一三年に「法廷通訳についての立法提案に関する意見書」を最高裁長官などに提出し、資格制度の創設などを促した。多くの先進国では資格制度を採用している実態からも当然の措置である。

 年間に二千七百件ほどの法廷通訳人が付く。一定の語学水準には到達していなければならないはずだ。証言が虚偽ならば、偽証罪に問われるのと同じで、法廷での翻訳は裁判の根幹である。

 誤訳は冤罪(えんざい)を生みかねない。被告の人生を左右する。国際化時代に合った制度が求められる。

 

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