ンダモシタン小林、TOKAKUKA、あたりまえ体操…ヒット音楽請負人・樋口兄弟に聞くヒットの秘密

「ンダモシタン小林」「TOKAKUKA」「あたりまえ体操」など、クライアントから依頼を受けて音楽を作る、「音楽クリエイター」として数々のヒット曲を世に送り出している兄弟ユニットがいる。樋口兄弟だ。彼らにはなぜ音楽制作の依頼が絶えないのか?そして、なぜヒット曲を生み出し続けられるのか?その秘密に迫った。

柳内:お二人はOFFICE HIGUCHIという音楽制作会社を設立し、様々なCMソングや芸人の歌ネタを作ってらっしゃいますよね。それらについて今日はお伺いしようと思っています。まずは2016年一番広告賞を獲ったと最近話題の「ンダモシタン小林」について聞いていいですか?

樋口聖典氏(以降、兄):はい、よろしくお願いします。

柳内:この音楽はどんな経緯で担当されることになったんですか?

兄:クリエイティブ・ディレクターの越智一仁さんとは、大学から付き合いがあり、僕の一つ上の先輩になります。フリーランス時代からお仕事でお世話になっていて、そんな越智さんから電話で、「ひぐっちゃん、お願いしたいことがあります…。こうこうこういう案件なんだけど、多分話題になると思うんだよね」と。

柳内:なるほど、そうやって熱く口説かれたわけですね。実際提案された時、話題になると思いました?

兄:提案をいただいたときは、実際のナレーションどころか、テキストも確定していない状態で、いまいち仕上がりの想像がつかず、なんとも…というところです。実現すれば面白いと思うが、「これ、成り立つの?」という。

柳内:確かに、「ンダモシタン小林」は、ある種の「音ネタ」なので、企画書だけじゃ不確定要素多いですよね。

兄:そうなんです。で、実際にナレーションの音を聞いたときに、「うわ!フランス語やん!!」と(笑)。その時点で、ある程度バズるだろうなとは思いました。ただ、まさか、ここまで話題になるとは…という感じです。

柳内:そこで不安がやっと払拭され、期待に変わったんですね。音楽もすごく効果的だと思いましたが、制作にあたって気をつけた点はありますか?

兄:内容に関して言うと、当然ですが、フランスっぽさ、あとは、上品さ、はかなり意識しました。

柳内:どうやるとフランスっぽくなるんですか?

兄:これは、言葉ではなかなか難しいですね…。そこに関しては、CD(クリエイティブ・ディレクター)の越智さん、僕、そして今回作曲と演奏をお願いした、清野雄翔さんとスタジオにこもり、ああでもない、こうでもないと微調整していきました。こっちのほうが、フランスっぽいよね、みたいに。

柳内:気が遠くなる作業ですね。いくつもの案を出しながら、勝ち残っているメロディーがあるわけですね。

兄:ただ、そこは、清野くんの力です。僕や越智さんが、「もっと○○な感じで」みたいな、抽象的な言葉で伝えても、「はいはい、こうですか?」と、一瞬で音にしてくれました。

家でじっくり作ってきたものを、キッチリ演奏するだけではない、「現場対応力」や、こちらの意見を汲み取り言葉から音への翻訳する力、そして、企画の内容を理解した上で、僕らの思惑を超えた提案をしてくれる力、というものも含めて、今回は絶対清野くんにお願いしたい、と思ったんです。

柳内:それってすごい才能ですね。清野さんのような人って、大量に音楽を知っていて、その結果、ネタの引き出しが多いのかなと思いますが、どう思いますか?

兄:もちろん、ネタの引き出しは多いと思います。ただ、ネタの引き出しが多いだけの人はいくらでもいると思ってまして、清野くんのすごいところは、その厖大な引き出しの中から、どの列の何番の引き出しからこれをもってくると良い、というのを瞬時にやることができるところですね。そんな彼だからこそ、作曲を任せることができるし、僕はディレクションに専念することができるという。

柳内:なるほどー知識量と現場の判断力の掛け合わせが優秀なクリエイターと言えそうですね。

兄:あとは、翻訳力ですね。言い換えると、音楽的コミュニケーション能力。時間が限られている中で、なるべく早く正解にたどり着くには、音楽的コミュニケーション能力が必須なんだと感じました。

柳内:聖典さんは、他にもロバート秋山「TOKAKUKA」などやってらっしゃいますか?これを制作する時に気をつけた点はありますか?

兄:TOKAKUKAは…最高ですよね笑

柳内:私も大好きです(笑)

兄:まず、あの曲はもう、一重に、秋山さんが面白すぎるというところにつきます。歌詞、歌、振り付け、もう完璧です。なので、僕らがやったのは、秋山さんのイメージを具現化する、ということだけです。ちなみに、この曲の編曲を担当したのは、僕の弟子の宮川祐史です。彼はもう、長いこと一緒にやってるので、もうツーカーの関係ですね。

柳内:秋山さんからの指示は、相当具体的だったんですか?

兄:いえ、秋山さんは、音楽のプロというわけではないので、「何小節目の何の音をどうして…」とかいうことはなく、あくまで、抽象的な言葉で伝えられました。だから、「ンダモシタン小林」の清野くんの役割を、僕がやったことになりますね。秋山さんの求めているものをまず理解し、そのイメージを音に翻訳する、という。

柳内:「ンダモシタン小林」も「TOKAKUKA」も、チームで音楽を作る場合、この「翻訳力」が相当重要そうですね。興味深いです。ちなみにどんな言葉で伝えられたんですか?

兄:詳しくは覚えてないんですが、「90年代っぽく、シンセサイザーを並べて演奏してる感じで!」とかいった感じだったと思います。あとは、サビのメロディーを口ずさんで、「こんな感じにしてください!」とか。

樋口太陽氏(以降、弟):音を作るにあたって、シンセサイザーを使うという情報だけでは具体的に音がイメージできなかったりしますが、「シンセサイザーを並べて弾く感じ」 という情報が加わると、一気に具体的にイメージしやすいですね。

柳内:なるほど、確かに。一気に90年代風の世界観が想起されました。やっぱり言葉を通じたコミュニケーション能力が大事なんだと感じました。

次に弟の太陽さんの話を聞かせてください。COWCOWさんの「あたりまえ体操」で、作曲と歌をやってらっしゃいますね。これはどういう経緯で作ることになったんですか?

弟:あたりまえ体操ですが、こちらも最初は、まったく話題になるとは思いもしなかったお仕事です。兄に相談があったお笑いのお仕事で、たまたま僕が担当した作品です。COWCOWさんが歌う予定の曲として制作しましたが、デモで入れてあった僕の声を聴いたCOWCOWさんが、「もうこの人の声でええんちゃう?」と言っていただいて。お笑いのネタとしては、その場にいない第三者が歌う というのは、かなり珍しかったと思います。

柳内:ええ!歌は予定外だったんですね!

弟:当時はご本人と面識もありませんでした。

柳内:この時も「こういう感じで」みたいなざっくりとした発注があったんですか?

弟:COWCOWの善しさんから、なんとなくのアカペラの状態のボイスメモデータが送られてきて、体操ということだったので、ピアノと歌だけでいこうと、それぐらいでしたね。携帯用コンテンツ用に納品がおわった数ヶ月後に、テレビで放送されてやられていて、そこから一気に知名度が上がったのでびっくりしました。

柳内:これもまた抽象的な指示をいかに具現化するか、というのがポイントそうですね。

弟:そうですね。あたりまえ体操は顔も合わさずのやりとりだったのに、一度の修正もなく完成したので、その具現化が成功したのだと思います(笑)

柳内:そして、「ンダモシタン小林」も「TOKAKUKA」も「あたりまえ体操」も、当たりそう!というより、信頼できる人からの仕事をしっかりこなした結果、ヒットしたという印象を受けますが、いかがでしょうか?

兄:まず前提として、我々はアーティストではないんです。それよりは、建築家に近いんだと思います。家主の思いをまず理解する。そして、時には、家主が思ってもないようなこと、気付いてないことも、プロの目線から提案する。「ここに食器棚があるほうがカッコイイというのはよくわかりますが、実際料理してみると、使いづらいですよ」みたいに。いま、相当いいこといいました!(笑)

柳内:プロフェッショナル仕事の流儀で語っている風景が浮かびました。でも音楽を依頼されて作るというのは、本当に建築家に近いですね。

弟:僕は、昔は音楽をつくるといえば、アーティスト的なものしか想像できなかったのですが、仕事で音楽をつくりはじめて、まったく別のやりがい、楽しさ、技術などが存在するのだということがわかりました。

アーティストの制作意欲は、自分の中からわきでるもので、満足がいった時点で制作にかける原材料は尽きてしまうものかもしれないですが、

クライアントありきの仕事としての音楽制作に関しては、クライアントと企画と予算がある限り、原材料が尽きることはありませんね。

柳内:表現の仕事は、一歩間違えると独りよがりになりがちですが、クライアントの思いに寄り添いつつ、クライアントの想定を超える仕事をされている点が、多くのヒットを生み出すOFFICE HIGUCHIの強みなんだと感じました。

兄:これは余談ですが、僕らの父は、建設業やってるんですよ。その仕事っぷりを子供の頃から見てきたってのはでかいと思います。

福岡県田川郡川崎町にある、「株式会社樋口建設」です。近郊の方は是非!…宣伝すいません(笑)

柳内:いきなり、宣伝ぶっこんできましたね!(笑)お父さんの仕事の姿勢から学んだところも大きいんですね。

兄:僕が思うに、環境の影響、とくに親の影響って、人間形成において、かなりでかいと思うんですよね。なんなら、僕は、人間とは、環境のただの寄せ集めでしかなく、環境をひとつひとつはがしていくと、玉ねぎのようにスッカラカンになるんじゃないかとすら思ってます。

つい、話が深いほうにいきすぎてしまいました…(笑)。

柳内:アーティスト的な音楽と依頼されて作る音楽、成り立ちは違いますが、両方とも心に残るものがありますよね。CMソングは昔からヒット作が多いです。最近だと桐谷健太さんの「海の声」とか、CMソングですし。いつか樋口建設のCMソングを楽しみにしてます(笑)

兄・弟:はい!

弟:依頼をうけつくる音楽だと、予想もつかないような発注、予想もつかないような修正、予想もつかないような納期、これらが混じり合い、アクシデント的に、予想もつかない完成物がうまれることも多いのではないかと思っております。おもしろいものですね。

兄:面白いものは、カオスから産まれる、と。

柳内:そうなのかもしれないですね!

兄:これ、僕の人生哲学です。

柳内:今日は、表現で食っていくあらゆるクリエイターに必要なことが浮かぶインタビューになったと思います。本日はありがとうございました!

インタビューを通じて、「翻訳力」という言葉が登場した。どうやら、彼らが音楽クリエイターとして活躍できる秘密はそこにあるように感じた。彼らはクライアントの抽象的なイメージを具現化し、時には想像以上のものを返そうと絶え間なく努力する。そうすることで、クライアントとクリエイターの間で摩擦熱が発生し、予想以上の熱量の作品が誕生した結果が「ンダモシタン小林」「TOKAKUKA」「あたりまえ体操」なのかもしれない。