AIは人から仕事を奪い、いずれ心を持つという。
神となったAIが世界を一から最後まで創造するお話。『国立博物館物語』
AIに支配されない生き方に必要な、STEM→STEAMを物語で理解する。
AIが人に取って代わり、人の仕事を奪うかも知れないという議論が話題です。
囲碁の世界チャンプはAIに破れ、AIによる自動車運転技術にはグローバルからベンチャーまで大きな投資があつまり、タクシー運転手もAIに代わると予見されています。記事では、法令や保険制度も、それにあわせて変わっていくと言います。
病状に最適な処方もAIが選び、いずれは、人の心を持つとも記事は言います。
映画MATRIXでは、AIが世界の支配者でした。
そして、今回紹介させていただくマンガ『国立博物館物語』の中では、AIが世界を創造しています。
[引用:岡崎二郎 国立博物館物語 (ビッグコミックス)]
上野公園の美術館が連なる一帯にある「新東京博物館」は、ニューロ・チップAIを搭載するコンピュータ「スーパーE」を使い、白亜紀後期の恐竜時代を体験できるアミューズメントパークを設立する準備をしていました。
スーパーEは、その莫大なメモリの中に、始原の地球の空間を再現し、生命や技術の進化を設定したパラメーターを起点に、様々な進化の形を創造します。その恐竜がいるような空間の中に、仮想空間へアクセスできるメットを被った人間が入り、「人を襲わない」という安全装置の中で、人と恐竜が触れ合うようなことが体験できるというわけです。
今で言えばVRジュラッシックパークともいえるこの仮想空間は、一方で博物館の新ビジネスとして期待される傍ら、同時に生命の進化、その中での技術の進化、人類の社会化などをAIにより様々なパターンで研究することが出来ます。仮想空間の中で、その時点での人類以上の進化、つまり人類の未来を予想する研究機器として使うこともできるのです。
これはつまり、神として惑星地表上の生命を創造するAIです。そして、研究段階、プロトタイプのスーパーEの仮想空間に入れる人間は限られていました。第1話の時点で唯一この中で自由に行動できたのが、主人公の森高弥生一人だったというわけです。
AIが神となる仮想空間で出来ること
スーパーEが神として進化を司るこの空間では、例えば想像上の存在である、ケンタウロス(足が4本腕が2本)を、進化の過程の中に出現させることも可能です。
現実の世界には4本足の動物が過半です。その理由のひとつとして考えられるのは、たまたま4本の足に代わる器官を持った生物が、魚類が両生類となり海から地上に上がったということも考えられます。この時「たまたま6本の足に代わる器官を持った生命」が地上に上がっていたとしたら、どうなったでしょう?
[引用:岡崎二郎 国立博物館物語 (ビッグコミックス)]
他の作品の中でも、様々な動物を緻密に描く岡崎二郎先生ですが、この作品の中での恐竜たちが活き活きしていることといったらないです。
馬のような大きさで、足は速いし道具も使える、草原の覇者となったケンタウロスも、自然の大きなダイナニズムの中にいると、進化の頂点となれるとは限りません。氷河期や隕石の落下など、進化のパラメーターは無限です。このケンタウロスがどうなるか、最後には誰が勝つのか、神たるAIスーパーEはどんな選択をするのでしょう。
そして、私が興味深かったのは、最高のAIは、その仮想空間の中に、文化や文明、もっと粒度を下げれば、そこの生まれた人類の日々の暮らしや、相克、葛藤、諦観、希望などを一つ一つ演出することが出来るということです。
例えば、恐竜が絶滅しなかったとしたらどんな世界が生まれるでしょうか。哺乳類が人類とならず、恐竜が知的生命体となり文明を作るようになるという、進化のIFは、多くの物語になっています。
筆者が子供のころに観た恐竜人類の衝撃策が、80年代の米国作品、V(ヴィジター)です。
http://www.superdramatv.com/line/v/features/otherfeatures/orgnal.html
この作品では、地球外がらきた恐竜人類が、地球の人類を侵略しようとする恐怖を描いていました。スーパーEの中で人類へと進化した恐竜たちは、我々哺乳類型人類と同じような社会を形成し、文化を育み、技術の進歩による挑戦や相克、家族の中での意見の食い違いなど、我々と何一つ変わらない営みを続けていました。
例えば、寒くなれば冬眠することを強要される恐竜型人類が、技術的にその必要性を克服したとき、社会としての生産性は上がりますが、自然な存在としての人類の在り様を毀損するかも知れません。技術革新の過渡期で、冬眠を是とする古い世代と、冬眠を是としない新しい挑戦者世代の間に、葛藤が生まれるかもしれません。
そして、そんな恐竜人類と接する弥生たちは、恐竜人類の一人をAIが作ったキャラとは見ず、一つの人格として礼儀正しく、愛情を持って接します。ちょうど、タイムスクープハンターの主人公である要潤扮するジャーナリストが、その時代時代に暮らす人々と、スムーズにコミュニケーションをとるような感覚です。
弥生たちは恐竜人類とフランクに接し、進化の不思議や普遍性を学びます。ここが知的好奇心をくすぐりつつ、なんとも気持ち良いのです。
進化を追えるということは、未来を予見できるということ。
そしてスーパーEは、人類の、いや地球の表層上で起こる未来をも予見します。時間経過を早めればよいだけです。
数万年後の人類はどうなり、地球はどんな姿をしているというのか。そこには人にとって知りたいくないことや、最早価値観を超えた進化を遂げるものがあったように思いました。ひとついえることは、現在の人類は、生命の起源ではないが、地球上で初めて心を持った生命であり社会的存在です。この人類が起源になった、心という存在が、スーパーEが神として創造した仮想空間の中で、どんな進化を遂げ、弥生がどんな解釈をしたか、本作をお楽しみください。
果たして人類はスペースコロニーを打ち上げ、宇宙世紀が始まり、ジオン公国は地球連邦軍に鉄槌を下すのか。多分、そういうことではありません。
冒頭、AIが人の仕事を奪うという議論について触れました。
この議論については、純粋なAIというよりディープラーニングという分野ですが、AmazonGoの取組みが興味深いです。
ここでは、例えば確かに「レジ打ち」という仕事が減る未来を予見しつつ、お店の中では、お客様にあたたかい商品を提供する新しい仕事が、競争の源泉となり、仕事の方向が変わるという見方も示しています。
HONZ代表の成毛眞さんは、著書『AI時代の人生戦略 「STEAM」が最強の武器である 』(SB新書)にて、以下のようなことに触れています。
では、この先、どんな仕事が生まれるのか。
まず踏まえておかなければならないのは、AIやロボットを使う側の仕事と、使われる側の仕事が生まれるということだ。
(中略)
しかし、AIを使いこなすには、技術的な知識が必要になる。さらには数学などの能力もいるかもしれない。少し前なら、ITをつかいこなすには知識が必要で、知識がないとITにつかわれるようになるといわれていたが、それと同じことだ。そこで、だ。STEM(STEAM)に目をむけ、学習することで、AIを使う側を目指すことが必要になる。
このSTEMを学ぶ動機は色々です。危機感から勉強することも良いと思いますが、本作『国立博物館物語』のように、人の心に触れる秀逸な物語の中から、テクノロジーを学び、興味を育むことは、新しいことにチャレンジすべき人類にとっては良い動機付けになるのではないかと思います。
ここまで私の長文を読んでくださったような方にとって『国立博物館物語』は、きっと楽しいので読んでみてください。AIに使われない人間になる、きっかけになるかも知れません。3巻で完結という手頃な長さであることも、魅力です。サクサクと重厚な世界観を体験できます。
岡崎二郎先生の 恐竜ものといえば本作ですが、宇宙ものといえばこちら。こちらはこちらで、全宇宙の進化の行き着く果てに、全2巻で壮大にアプローチします。同じくおすすめです。
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