体育
真似られない、技を盗めない子どもや若者
全体指示が出ているにもかかわらず、直接自分に対し指示されないと、「自分は、聞いていない」「言われていない」と真顔で答えてしまう。社会人基礎力云々が叫ばれていますが、こんな社会人が増えてきていませんか。OJT※が成立しないともいわれています。
「言葉や文字を通してのみ勉強することや学ぶことが行われるものと捉えられていたり」、「幼少期から自分に対してのみ発信される個別化する情報環境の中で、周囲の雑多な言語・非言語情報に関心を払ったり吸収する能力が劣化していたり」するからかもしれません。いずれにせよ、座学の授業では顕在化しなくても、体を動かす体育の授業では人の動きを非言語情報として取り出す能力の劣化は顕著に現れます。
人の動きをよく観察し、それを真似る、あるいは技を盗む。こういった感覚・能力は、指導されたり、作用を受けたりすることが繰り返されることで身につくものです。かつては、異年齢の遊びの中や、さまざまな生活の場面、先輩や大人から叱られたりする中でそれなりには身についていた能力です。
※職場の上司や先輩が、部下や後輩に対し具体的な仕事を通じて仕事に必要な知識・技術・技能・態度などを意図的・計画的・継続的に指導し、修得させることによって全体的な業務処理能力や力量を育成するすべての活動
身体感覚の欠如
スイッチ一つで温度・湿度管理できる快適環境が広がる一方で、環境への適応能力が劣化するとともに、寒暖差に対する対応、換気の必要性の判断、天候に配慮した着衣の選択などの環境への対応能力が鈍化しているようです。
また、PCやゲームの影響で脳の中での仮想現実が広がる環境ができ、そうしたものにかかわる時間が長いほど、おのずと身体感覚は劣化していきます。
例えば、転ぶときのとっさの動きに見える異変や体調変化など、体育の授業の中で得られるシグナルは多くあります。この問題は、生活の在り方、食事、栄養バランスなどにも密接に関わるため、体育の授業だけにとどまらず調理の授業や人間の授業、加えて保健室との連携も必要になります。
「有る」と「無い」の差の拡大
上記の不安を抱える者とそうでない者との差は顕著であり、更にその差は拡大しています。かつては、おおよそ誰にも要求できた感覚や能力の最大公約数(=人間力の土台)はどんどん小さくなってきています。例えば、草野球そのものが死語のようになってきている状況下、野球を全くやらない、野球のルールも知らない者がいる一方で、リトルリーグに入り早期からセミプロのようになってしまう者もいます。これに類した状況が随所に見られ、情報や能力の「有る」と「無い」のばらつきが、大勢で共同作業を行う、未知の体験に挑む、新しい仕事を覚えるといった場面に影を落としてきています。
こういった人間力の土台を有しているかいないかが、互いの言語活動、意思疎通、相互理解にも大きな影響をもたらしてきます。
1.本気で「体(からだ)力」を育む授業を
上記に触れた体をめぐる状況とは、まさに本校が掲げる4つの教育目標の一つ「人間力の育成」で示された5つの力の内の「体(からだ)力」の劣化が著しくなっている証左です。
本校が唱える「体(からだ)力」は、いわゆる従来の体力(たいりょく)のみならず、自分の身体感覚や体調管理も含め、技を盗むといった非言語情報に対する「動き」に対応できる能力もさします。
このような能力を養うために、人の動きをよく観察し、その「技を盗む」場面を意識的・意図的に設定するような授業展開をしています。ですから、球技におけるドリブル指導一つとっても、生徒に対する指示の出し方や発問の仕方が従来の体育授業のそれとはおのずと変わってきます。
また、保健室との連携で保健の授業と健康教育とを連動させながら、思春期における豊かな心身を育む教育を展開しています。
2.体に「学び」を 体から「学び」を
本校が唱える「学び」と「勉強=トレーニング」の概念は、体育であればなおのこと顕著に具現化します。様々な運動や競技に取り組む体育の授業は何よりも「学び」の場、体に「学び」をもたらす場です。授業の中で走り込みや筋トレといったいわゆるトレーニング(=勉強)ばかりを重ねることはありません。
オリエンテーションなどでも導入しているPA(プロジェクトアドヴェンチャー)は、体を通したコミュニケーションであり、本校が掲げる5つの人間力「間」「体」「悩」「胆」「愛」力の全てが要求されるとともに、そこで共有される空気が、打ち解ける仲間作りのツールです。
未知の競技に出会った時、そのルールや求められる動きにすぐに対応できる柔軟性を育むために、一般的な競技以外にも、例えば「アルティメット」といった新しいスポーツを授業に組み込んでいます。
その他、古武術の動きなども今後の研究対象とし、これからも体を通した「学び」のあり方を探求し続けます。
3.数々の学校行事を支える
体育科には、通常授業のみならず、体育祭、夜間歩行、クラスマッチ、そしてマラソン大会などの学校行事を企画運営し、本校の4つの教育目標の一つ「人間力の育成」を担うに重責があります。
体育祭
5月に実施される体育祭は、6ヵ年の縦割りの紅白対抗で競います。誕生月で、中学入学から高校卒業まで紅白が変わることはありません。応援団は、前年度末から高校3年生の幹部が企画を練り、組織化しています。後輩は、そうした先輩たちの背中を見て成長していきます。
また、集団演技をプログラム化しており、全体と個人とのバランスを意識し、かつ具体的な動きとして表現できることを求めています。
夜間歩行
10月の秋休み、広島県尾道市生口島から愛媛県今治市までの波静かな瀬戸内・しまなみ海道44kmを夜間歩行します。日常生活から一歩離れて、異次元の世界に迷い込んだような体験をすることができます。迎えるゴールは朝日が昇る中、静寂の感動で包まれます。
体験した生徒からは、「暗闇で周りの風景が見えなかった。」「普段じっくり見ることのない夜空を見上げることができた。」「自分を見つめ直すことができた。」「クラスメイトとじっくり語ることができた。」などの感想が寄せられています。
クラスマッチ
12月に、ソフトボール・バレーボール・卓球などクラス対抗で行なっています。実施日が近づくにつれて、練習場所の確保が難しくなるほど、学校全体で盛り上がりを見せています。当日は競技・応援ともに力が入り、みんなのプレイで一喜一憂します。
マラソン大会
日本三景の一つ「安芸の宮島」で開催しています。8割近い生徒が県外の大学に進学する本校では、様々な教育活動において、郷土「広島」を象徴する場所を意図的に使うようにしています。また、歴代記録をランキング化し、大会前から校内に貼り出すことによって、先輩の記録を抜き、自分の名前を残せるように頑張ろうとする雰囲気作りも、重要な仕掛けの一つです。