自由な「リテラビジュアルシステム」
まず、日本の漢字仮名文字の原点、万葉仮名からスタートし、世界の表音文字・表語文字・表意文字の事例と比較しながら、それら全てが入り混じる日本語の特異性を探りました。
文字(日本語)の特徴として、たとえば下記のような特徴が挙げられました。
・文字は身体運動の軌跡である。特に日本語のひらがなには身体運動にしたがう強力な縦方向への流れがあるので、横組文化が入ってきた後も、根強く縦組が残っている。
・字数が増えることで、字は字になる。文字はひとつだとむしろ絵であり、集まることで字として認識される。
・日本には、文字と絵の境目のあいまいさを逆手にとり、文字の法則から解き放たれた独特の文化が生まれた。
文字と絵をめぐる日本文化には、絵の合間に自由に文字が配置された和歌や「葦手」という、一見、墨線で描いた風景画に見えるが、実は細切れに文字が配されて文章として読める絵画技法などがあります。これらは、文字が本来の成立背景とは異なる形でビジュアルに根づいた、とても自由な表現です。
このような日本語にまつわる文化様式を、トークでは「リテラビジュアルシステム」と名づけました。
日本の「リテラビジュアル」な表現には、言語と視覚(つまり、時間と空間)が同じ画面に入り混じる独特の感覚があります。
日本語の「リテラビジュアルシステム」の世界的影響として、たとえば詩人のマラルメはこれをフランス語の詩に応用して、紙の上に文字を自由に配置しました。また、日本のMANGA文化も、日本語の特徴を残して世界にゆるやかに根づきました。横文字圏で翻訳出版される日本の漫画は、以前は横文字の流れに合わせて裏焼きに印刷されていましたが、最近は裏焼きせず、吹き出しの言葉だけを置き換えることが多いそうです。書き文字で表された日本語の擬音表現もそのまま残されています。
漢字仮名交じり文は「まめぶ」である
もうひとつのキーワードとして「日本語の漢字仮名交じり文は『まめぶ』である」という話になりました。
「まめぶ」とはNHK連続テレビ小説『あまちゃん』にも登場する郷土料理で、さまざまな具材を入れた汁物のこと。鈴木誠一郎さんいわく「まさに縄文料理」です。
「まめぶ」は物語のなかで、甘いかしょっぱいかわからない、すっきりしない味として描かれています。しかし、そのあいまいさがやがて「ソウルフード」として代えがたい味に感じられるようになるのです。
日本語の漢字仮名交じり文も「まめぶ」のようにすっきりしない文字システムで、多様な文化が「ごった煮」になっています。日本人は母国語として「すっきりしない文字システム」を無意識に身につけています。しかし、さまざまな地域、時代、ジャンルの言語表現に影響された複雑な言語には、独特の柔軟な対応力、一般性があるといえます。英語もさまざまなルーツが混在する言葉で、一貫性に欠ける面があります。だからこそ現在、世界語になっているのかもしれません。
デザイナーの「すっきり指向」の落とし穴
ものごとには本来「まめぶ」的なあいまいなところがあります。しかし、一般にデザイナーは、情報の伝達を重視するために「すっきり」を目指したがる側面があるようです。
たとえば、ジョージ・オーウェルのSF小説『1984年』では、全体主義国家が新しい英語「ニュースピーク」を制定します。不規則動詞を全て規則動詞に変え、余計な語彙を整理してなくしてしまうなど、言語をシンプルな構造につくり直しています。その狙いは、国民の思考を誘導、制限し、反体制的な人間をなくすことでした。「存在しない言葉では思考できない」からです。
あいまいで複雑な現実をひとつの理想にそわせようとする近代的な「すっきり」思考は、袋小路に入り込みやすく、行き詰まった結果、極端になりがちです。
そうではなく、目に見える多様な細部からものごとを組み立てていくことが重要です。儒教の「礼楽」や「リベラルアーツ」の考え方に近い発想で、複雑さ・あいまいさを抱え続けること。
言葉、文字、絵、そして時間が複雑に、自由につながる日本語は、日本文化が証明するように、デザインにとっても、新しい創造力の助けになるはずです。