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NASA、日本が一番乗りするはずだった「木星の小惑星」に探査機打ち上げへ

HARBOR BUSINESS Online 1/18(水) 9:10配信

 先日、NASAが金属でできた小惑星に探査機を打ち上げるとお伝えしたが、同時にもうひとつ、別の探査機の打ち上げも発表された。

「ルーシー」と名付けられたこの探査機は、「木星のトロヤ群」というところにある小惑星を探査することを目指している。

 木星といっしょに太陽を回り続けるこの小惑星たちは、まだ探査機が訪れたことがなく、どんな姿かたちをしているのか、そもそも、なぜ、どのようにしてそこに存在しているかすらわかっていない。ルーシーはその人類未踏の地へ初めて赴き、その謎を解き明かそうとしている。そしてやや遅れて、日本の探査機も探査に訪れようとしている。

◆木星トロヤ群というところ

 ルーシーが赴くのは、木星のトロヤ群というところにある小惑星である。

『機動戦士ガンダム』を見たことがある方なら、「ラグランジュ点」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。重力の大きな天体が2つある場合、その重力同士が釣り合って均衡する場所が5か所できる。これをラグランジュ点といい、どちらの天体にも引きずられない安定した場所なため、ガンダム世界では地球と月のラグランジュ点にスペースコロニーが建設されている。

 木星のトロヤ群は、そのラグランジュ点のうちの2か所、太陽と木星とその場所とを結んだ線が正三角形をなす位置を指す。言葉を変えると、木星が公転する軌道上の、木星から見て“前”と“後ろ”にあたる場所で、この場所もやはり重力的に安定しており、自然に多数の小惑星がとどまり続けている。その最初の1個は1906年に発見され、以来これまでに6000個以上もの小惑星が発見されている。

 しかし、この木星トロヤ群小惑星がどうやってできたのかは謎につつまれている。かつては、太陽系ができたころに、木星やその衛星になりきれなかった残骸がその正体だと考えられていたが、それでは説明できないことも多く、仮説として不完全だった。

 そして近年になって、太陽系ができた約46億年から数億年後に、木星などの惑星が大移動する出来事があり、その影響で海王星よりも外側にある天体がやってきて、現在の木星トロヤ群の位置に収まった、という説が唱えられ始めた。この説は現在も有力なものとして、研究や改良が続いている。

 一方、前回紹介した探査機「サイキ」が目指す小惑星「プシューケー」のような、火星と木星とのあいだの小惑星帯(メインベルト)にある小惑星は、木星の重力の影響で惑星になりきれなかった「幻の惑星」の残骸と考えられている。

 そこで、小惑星帯にある小惑星と、木星トロヤ群にある小惑星とを比べることで、本当に木星トロヤ群小惑星は海王星の外側からやってきたものなのか、そして太陽系ができたころの姿はどのようなものだったのかを知ることができると考えられている。

◆約12年にも及ぶ大航海

 木星トロヤ群の小惑星は、これまで地上や宇宙にある望遠鏡などでしか観測されたことがなく、探査機が訪れたことはない。その人類未踏の地に挑むのが「ルーシー」である。

 ルーシーの打ち上げは2021年10月の予定で、まず途中で通過するメインベルトにある小惑星の一つを観測する。そして2027年8月に木星圏に到着。そこから約6年をかけて、合計6つの木星トロヤ群小惑星のそばを通って探査を行う。この6つの小惑星は、それぞれ形や大きさ、種類がまちまちで、木星トロヤ群にある小惑星のさまざまな姿を見ることができる。

 また、かつて木星より遠くへ行く探査機の多くには、原子力電池が搭載されていたが、ルーシーは太陽電池のみを搭載する。原子力電池は正式には「放射性同位体熱電気転換器」といい、搭載しているプルトニウム238が崩壊するときに出る熱を利用して発電する。

 木星より遠くの宇宙空間では、太陽からの光も弱くなるため、太陽電池では十分な発電量が得られない。そこで太陽光に頼らず発電できる原子力電池が使われていたが、近年、コンピューターなどの省電力化や太陽電池の効率が上がったことなどから、木星までなら辛うじて太陽電池でも行けるようになった(もちろんそれなりに大きな面積の太陽電池が必要にはなる)。

 すでにNASAは、太陽電池で動く木星探査機「ジュノー」を運用しており、実績もある技術である。

◆日本が一番乗りするはずだった木星トロヤ群

 木星トロヤ群を世界で初めて探査するルーシーだが、実は日本も2000年代から探査機を打ち上げる構想をもっており、もしかしたら一番乗りできる可能性があった。

 日本の探査機は「ソーラー電力セイル探査機」といい、帆船のように巨大な帆を広げ、そこに貼り付けた薄い太陽電池で電気を作り、燃費のきわめて良い電気推進エンジンを動かして宇宙を航行するというダイナミックなアイディアである。

 2010年には小型の実証機「イカロス」が、金星探査機「あかつき」といっしょに宇宙へ打ち上げられ、宇宙で巨大な帆を開くことができるのか、太陽電池で発電できるのかといった試験が行われ、すべて成功している。

 もしこのタイミングで開発が始まっていれば、今ごろはもう木星トロヤ群へ向けて打ち上げられ、世界初の木星トロヤ群探査に向けて宇宙を航行していたかもしれないが、予算や技術、得られる成果の見込みなどいくつかの問題から正式な計画には選ばれなかった。

 現在もソーラー電力セイル探査機の検討は続いており、今後正式に計画として認められれば、2020年代中~後期ごろの打ち上げを目指すことになる。しかし、この場合、木星トロヤ群に到着するのは2030年代になるため、ルーシーの打ち上げが遅れたり、失敗したりしない限りは、一番乗りの称号は得られない。

◆2番でも日本の探査機にある意義

 ただ、ソーラー電力セイル探査機にはルーシーにはない特長があり、たとえ一番乗りは果たせなくても、その意義は薄れることはない。

 ルーシーは、木星トロヤ群の中を突っ切るように飛び続け、その途中で通過する6つの小惑星を、通りすがりに調査するという方法で探査を行う。1機の探査機で複数の小惑星を探査できるという利点はあるものの、一つひとつをじっくり探査することはできない。

 一方ソーラー電力セイル探査機は、ある1つの小惑星をターゲットとして、その小惑星のまわりを回りながら探査し、さらに小型の探査機を着陸させ、地表や地中を詳しく探査する。さらに石や砂を回収して、地球に持ち帰ることも考えられている。訪れることができる小惑星は1つだけだが、そのぶんじっくりと探査ができる。

 もちろん、どちらのやり方が優れている、劣っているという話ではなく、やり方が違うというだけのことで、お互いにお互いの探査を補完しあうような関係にある。たとえば先にルーシーが探査することで、あとから訪れる日本の探査機にとっては一つの指標になり、探査のやり方などをより効率的にできるかもしれない。また日本の探査機による成果が、先行したルーシーによる発見や調査の成果を補強したり、あるいはまた新しい謎が生まれたりといったことも期待できる。

 その最初の1個が発見されてから100年以上が経ち、人類はようやく、木星トロヤ群小惑星への切符を手にする。そしてそこで、太陽系誕生以来、約46億年も眠り続けている謎に出会おうとしている。

<文/鳥嶋真也>

とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。

Webサイト: http://kosmograd.info/about/

Twiter: @Kosmograd_Info

【参考】

・NASA Selects Two Missions to Explore the Early Solar System | NASA(https://www.nasa.gov/press-release/nasa-selects-two-missions-to-explore-the-early-solar-system)

・Southwest Research Institute (SwRI) 2017 News Release – SwRI to lead NASA’s Lucy mission to Jupiter’s Trojans(http://www.swri.org/9what/releases/2017/nasa-lucy-mission-jupiter-trojan.htm#.WG7iNWVDSHs)

・http://www.hou.usra.edu/meetings/lpsc2016/pdf/2061.pdf

・ソーラー電力セイル探査機による木星トロヤ群小惑星探査計画について(http://www.hayabusa.isas.jaxa.jp/kawalab/files/documents/20160615SPS_introduction_ver1.1.pdf)

・ソーラー電力セイル探査機による 外惑星領域探査の実証(https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/bitstream/a-is/560432/1/SA6000046250.pdf)

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:1/18(水) 13:03

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