巷のファッション雑誌では詳しく取り上げられがちな、具体的なメーカーやブランドの名称やその歴史などについては、あえてほとんど触れておりません。それよりももっと根幹の分野に多くのページを割きました。
即効性のある内容ではないかもしれませんが、今後のスーツの選択に幅が広がると同時に深みも増すはずです。また、それが単に身体の一部としてだけでなく、的確に自己を表現する「ことば」としても、より高次元に意識・活用できるように慣れるかと思います。
オシャレ、ファッション。
日々見かけるそんな言葉の隣に「モテるための」「無難に日々を過ごす」という見えない補語がついている。
書店に並ぶ着こなし本で「異性にウケるための」お手軽なノウハウを羅列し、「安く」着まわして「手軽に」着こなしてファッションを楽しもうと言う軽い言葉ばかりが踊る。
薄っぺらい「流行」や「モテ」、「手軽なノウハウ」から離れたファッション本はあまり見かけない。
しかし、この飯野高広「紳士服を嗜む」は、ろくな愛も証明できない肉欲棒太郎なモテファッションや、ユニクロで一週間過ごすような格安なお手軽さから遥かに離れディープでマニアック、スーツに特化した一冊。
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嗜み
第一章。
いきなり「骨盤」。
まず骨盤から始まるファッション本はなかなか見かけない。
これを見て「お、おぅ……」と引くか、それとも「わかってるな―」とニヤニヤするかで評価が別れる。
*1
ファッションを考える上で身体性は切り離せない。
筑摩書房
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鷲田清一「ちぐはぐな身体」にも「服とは身体のイメージを補強するもの」とある。
衣服は保温や身体の防護など物理的な機能、儀礼や社会性・コミュニケーションの機能、美に関しての機能。
これらが幾層も重なり合ったツールとしての衣服だからこそ、それをまとう人間の身体性が強く関わる。
※画像「第1章 スーツ云々より前に、まずは自らの土台を知ろう!」より
まずは骨盤、背骨、骨の形や歪みが並ぶ。
こう言った身体の歪みによってスーツのどこに違和感が出やすいのか。
骨子になる身体を考えることが、その上にまとう衣服についてのバランスに繋がる。
そしてスーツ各部パーツの名称や芯地について。
第三章でようやく「体に合う合わないとは何か?」と具体的な話になってくる。
いかり肩、なで肩、鳩胸など、それぞれの体型の人物が着た際、ジャケットにどんなシワが寄るか?について。
第四章では糸の種類や撚り方、生地の織り方。
そしてスーツ各部の詳細について書かれる。
ボタンの種類、ステッチ、ゴージライン(襟の合せ目)の位置や、ラペル(下襟)の種類などなどジャケットの隅々まで。
ラペルは太ければクラシックな印象で、細いと現代っぽい。
トラウザースについてもたっぷりとページが割かれている。
スーツの色の合わせ方、体型別似合うスーツの選び方の頁になってくるとスーツに関する知識、趣味性から具体的な実用性もかなり増してくる。
※画像「第6章 あの人はなぜ、スーツ姿が凛々しいのか?」より
自分の体型を知り、スーツの詳細を知った上で体型に合ったものを選ぶ。
オーダースーツ、セミオーダー、イージーオーダー、フィッティング、販売ルート、スーツの歴史、洗い方、収納方法、お直しの方法。
必要不必要関わらずスーツに関する知識がこれでもかと書かれた、まるでスーツ辞典。
ベーシック
グルメ本にしろ、デートで行けるおしゃれなレストラン案内もあれば、麺に使われた小麦の種類やシナチクの仕事ぶりにまでこだわるラーメンマニアの本だってある。
ファッションもモテから離れ、語ってしまえば相手に引かれてしまうくらいのこだわりと愛だらけの、そんなファッションだって存在する。
スーツは歴史が長く、だからこそ奥が深いとも言える。
儀礼的な要素も強いが、カジュアルなオシャレとしても機能する。
ファッション雑誌やスナップ、インスタグラムではスーツに関してのこういった深い知識や情報は得られない。
生ぬるいファッション指南本に飽きた、本気でファッションが好きな方にもお勧め出来る重厚な一冊。
ベーシックだからこそ読んでおいて損はないし、自称「おしゃれ」なひとにこそ読んで欲しい。
この本を読んでも多分モテないが、ファッションに関しての興味や知識、スーツの着こなしやこだわりは確実にレベルアップする。
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*1:※ちなみに同じ著者の前作「紳士靴を嗜む」も足の骨から始まる。