一連の東京裁判は、大きい流れとして、「日本が起こした侵略戦争は、軍部が中心となって一部の天皇側近や政治家と共謀、自らの武力を背景に暴力的に国民を戦争に駆り立てた。故に天皇と国民に罪は無い」というストーリーに基づいており、そのため被告は軍人と少数の政治家に限られ、特に文民は大きく限定されてA級戦犯のうち約3分の1程度に終わった。
逆に、ニュルンベルグ裁判の場合、主要被告のうち軍人はデーニッツ、ヨードル、カイテルの3人だけだった。ドイツで断罪されたのは「ナチスの侵略性と非人道」であったため、同時並行して徹底した「脱ナチ」「公職追放」が行われ、その後憲法裁判所が設置されてナチスや極右勢力の再生を厳しく管理する態勢がつくられた。
ところが、日本の場合、軍が解体されたのみで、公職追放は非常に限定的かつ短期間に終わった。内務省は解体されたものの、分割されて主要な機能は温存された。天皇家が大きく縮小されて多くが皇籍を離脱、華族制度が廃止されたことは、民主化改革の数少ない成功例の一つだったと言える。その結果、戦前・戦中期に侵略戦争を推進した勢力の殆どが、軍部を除いて、衣替え・看板の掛け替えをする程度で戦後に温存された。
例えば、ミリタリズムに積極的に加担した鳩山や国家社会主義者である岸信介らは、サンフランシスコ講和条約の締結とそれに伴う占領解除を前後して、公職追放からも解除、多くが政界に復帰した。その結果、鳩山〜岸内閣では閣僚のうち6割以上が元戦犯ないし公職追放経験者という有様になった。今日の安倍一派は「戦後レジームの打破」などというが、何のことはない、少なくとも政界の中枢は占領解除・再独立とともに「戦前レジーム」にほぼ復帰していたのである。
我々の大先輩、左派勢力にあっても、例えば浅沼稲次郎は戦前にあっては軍部を支持し、侵略戦争を積極的に支持した一人だったが、「1943年の翼賛選挙に出馬しなかった」という理由だけで公職追放を免れ、48年には日本社会党の書記長に就任、いつの間にか「平和と反ファシズムの闘士」になっていた。老人の話を聞く限りでは、「当時は誰もがスネに傷を抱えており、互いに古傷を突くようなことは控えられた」ということで、多くの国民が軍国主義者だったり、侵略主義者だったりした個人的過去を封印し、罪に問われることも無く、戦後を生き延びたようだ。この辺りにもミリタリズムと権威主義の復活を許す要因を見いだすことが出来る。
ただし、天皇制を始めとする権威主義体制の一部温存が容認される対価として、日本の非武装(半永久的武装解除)が行われ、米軍の常時駐留の確定と同時に新憲法第9条に明記された。このプロセスは、日本国憲法の条文を一目見ればわかる。第1条から第8条までが天皇のあり方を示す一方で、それに蓋をするような形で第9条の「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」が盛り込まれた。なお、日本側から提示された草案には第9条に相当するものは存在しなかった。アメリカの解釈は、「帝国日本の侵略性は、権威主義(天皇制)という動力と軍閥(軍部)という車輪の上に成り立っているから、車輪さえ奪っておけば車が暴走することは無いだろう」というものだった。
日本を占領支配したGHQは、日本の軍閥勢力を過剰評価していたことと、民主化が十分に進む前に米ソ対立が先鋭化したことがあって、急速に天皇制を中心とする権威主義の一部温存を容認、現行憲法の成立と公職追放の早期解除に進んでいった。東西対立の中で、日本を西側陣営の一員として迎え、極東の防波堤となすことは、アメリカにとって急務だった。また、最も大きい賠償請求権を有していたと考えられる中国は、国民党と共産党が激しい内戦を戦っており、国民党としては内戦を有利に戦うためにも米国の戦略に応じて、「軍部悪玉論」に賛同、「日本国民は無罪」として賠償請求権を放棄した。
西側諸国や中国国民党の思惑があったとはいえ、連合国内が「軍部悪玉論」で一致したがために、日本は早期に講和条約を締結する機会に恵まれ、賠償請求の大半が放棄され、再独立と国連加盟(国際社会への復帰)を果たしたことは間違いない。
ここで現代に話を戻す。いま、右派勢力や自民党などが主張する歴史修正主義は、帝国日本の侵略性を否定すると同時に、東京裁判のメインストーリーである「軍部悪玉論」を否定するものと言える。ところが、免罪されたはずの日本国民側が「軍部悪玉論」を否定したとなれば、連合国側(現在の国際連合)としては、「じゃあ侵略戦争を推進したのはお前ら自身だったんだな、裁判をやり直さないといけないな」と応じるのが道理であり、日本の右派が主張する「誰も悪くない」という論理は全く通用しない。それは、現在の国連体制が旧連合国で構成されており、旧枢軸国の侵略性を断罪することで成り立っている以上、「日本はどの国も侵略していない」という主張は日本国内でしか通用しない。
また、最大の被害を受けた中国(国民党政府と共産党政府)としては、国内の対日賠償請求世論を「軍部悪玉論」で封じて平和条約を締結した以上、日本人がこれを否定したとなれば、国内で反日世論を封じる術を失い、最悪「平和条約破棄」という手段を採らざるを得なくなる可能性がある。日華平和条約の議定書には、
中華民国は日本国民に対する寛厚と善意の表徴として、日本国が提供すべき役務の利益(賠償)を自発的に放棄する。
という一文があるが、これは「侵略の根源たる軍部が処分、解体された以上、その他の国民に大きな負担(賠償)を負わせるのは、中日和解を阻害することにしかならない」という理解の発露であり、「日本人が軍部は悪くないと言うなら、国民に賠償を請求しよう」となるのが道理なのだ。
「軍部は悪くない、オレたちも悪くない」「帝政は戦後民主主義よりも優れている」「悪いことしてないんだから賠償なんかしない」「再軍備して海外派兵もビシビシやるぜ」「中国人は騒ぎすぎ」「ロシア人は領土よこせ」「韓国人は黙ってろ」などという主張が、本当に国際社会に通用すると思っているのだろうか。
周りの人間が全員狂ってしまうと、人は「ひょっとして狂っているのは自分の方なのではないか」と考え出す傾向にあるというが、今の日本はまさにそこに近づきつつあるのだろう。
【参考】
・仮説:公職追放を考える
・浅沼稲次郎は何を訴えたか?
・中道左派ライトウイング視点による憲法9条と日米安保のおさらい