1週間先も見通せないほど恐れと不安が渦巻く中、オバマ米大統領は誕生した。8年後、問題が残るとはいえ、世界経済、そして米国経済は、すっかり安定を取り戻している。
リーマン・ショック後の米経済が、不況から大恐慌へ突き進むのを阻止し、息の長い回復へと導いたオバマ大統領の功績は大きい。
連邦準備制度理事会(FRB)による大規模な金融緩和も金融安定化の助けとなり、米経済は2009年半ばには不況を脱した。一時、10%まで悪化した失業率は4%台に改善している。
米消費者の心理を表すミシガン大消費者信頼感指数は13年ぶりの高さだ。オバマ大統領就任の日、8000ドルを割っていたダウ工業株30種平均は、初の2万ドル超えをうかがう。
金融危機の再発防止を目指し、いち早く大改革にも挑んだ。
破綻すれば市民生活にまで影響を及ぼす大手金融機関には、自己資金で高リスクの取引を行わせないようにする強力な規制を導入した。住宅ローンの供給に、より厳格な条件を課し、無節操な融資に歯止めをかけた。大手銀行が経営環境の急変にどれだけ耐えられるかを金融当局が診断する「ストレステスト」は、信用の回復をもたらした。
それではなぜ、多くの米国民がオバマ路線の継続を意味するクリントン氏ではなく、トランプ氏に変化を求めたのだろう。
経済状況だけが理由ではないはずだが、国民の不満は、最悪期からの回復が均等に起こらなかったことと関係ありそうだ。暴落した株式や不動産の急回復で富裕層の資産価値や所得は大きく好転した。半面、多数の一般の人々は、V字回復から取り残された。求職活動そのものをあきらめてしまった人、二度と持ち家に住めなくなった人も少なくない。
オバマ氏自身、さよなら演説で認めたように、回復から取り残された人々は、政府は強者しか相手にしない、と不信感を募らせたのだろう。
そういう人々の政治不信に訴えかけ、トランプ氏は当選した。ただ、明らかになっている次期大統領の政策方針や重要ポストの人事案を見れば、格差の拡大が一層加速するのでは、と懸念せずにはいられない。銀行規制の緩和により、再び金融の暴走を許す恐れもある。
危機の収束から、多数の人々の実感を伴う質的な経済回復に移るのは時間を要するものだ。日本は金融危機の最悪期から約20年が経過した。トランプ政権の誕生により、改革が道半ばで逆戻りするとしたら、あまりにも残念だ。