(cache) 教授インタビュー：ゲーム理論を社会に応用する : ECONO斬り！！

大阪大学生協機関誌「HandaiWalker」（2016年12・1月号）の教授インタビューというコーナーに取り上げて頂きました。その時の記事を以下に転載させて頂きます。

安田洋祐准教授　大阪大学経済学研究科
ゲーム理論を社会に応用する

研究内容
私は数学の一分野であるゲーム理論を使って、世の中の経済に関する問題を分析しています。一口にゲーム理論といっても色々な研究がありますが、数学理論のある種の発展や数値化、基礎研究をやっています。ある程度世の中で知られている理論をより現実に近い形でやる、今までこの理論で分析されていなかった問題を理論で分析して新しい知見を得る、といった応用研究もやっています。応用研究で言うと、学校選択問題というのがありますが、それをゲーム理論によって分析しています。

いま全国の公立小学校や中学校では、地域の中で行きたい学校を選べるという、学校選択制度を採用するところが多くあります。自動的に地元の学校に通っていた生徒たちが、この制度により動機に合わせて学校を選べるようになりました。研究者として興味があるのは、そうした制度によってどういう形で各生徒が学校を選ぶか、どういう仕組みを作ればできるだけ多くの生徒が行きたい学校に行けるかという問題です。ゲーム理論が貢献できるのは主に後者、どういう仕組みを整えれば、できるだけ行きたい学校に通うことができるかという問題です。一見すると学校選択問題とゲーム理論はそんなに結び付かない気もしますが、次のように考えてみましょう。

学校が自由に選べるようになっても、建物の大きさやクラス、先生の数は決まっているので、必ずしも全員第一希望の学校に行くことが出来るわけではなく、基準を設けて生徒を選ばないといけません。複数の希望を持たせて、第一希望がだめなら第二希望という形の制度設計も、希望は一つでだめなら地元の学校に行きましょうという形の制度設計もあるかもしれません。いろんなやり方があり、それぞれにメリット、デメリットがあります。一定の基準のもとでこの制度にすれば、平均的に生徒が行きたい学校に最も行けるようになるのではないかということを数学の力を借りて議論します。

一つ分かりやすい例でいうと、日本での学校選択は多くの自治体で同じ制度をとっています。特に何の手続きもしなければ、自動的に地元の学校に通うことになり、地元以外の学校に行きたいという人は一校だけ選んで申請するやり方です。それぞれの小学校は地元以外から何人受け入れるか、という枠が決まっています。全員が枠内に収まればみんなが行きたい学校に行けますが、枠からあふれた場合抽選をします。抽選で選ばれた人は希望した学校、選ばれない人は地元の学校に行くというやり方です。ルールとしては分かりやすいですが、いくつか問題点があります。

現行では第一希望がだめなら地元の学校というやり方になっています。しかし例えば複数希望が出せるならどうでしょう。第一希望がだめでも、第二希望の学校の定員が空いていたらそこに行くということが可能になります。こうすればより多くの生徒が希望に近い学校を選べるかもしれません。選択肢の数を増やすのは一つ実践できそうな改善案です。もう一つ、こちらの問題がより深刻かもしれません。この制度が、保護者や子供の立場に立つと難しいルールになっているかもしれないということです。自分の行きたい学校に素直に申し込まない人が多いかもしれないのです。

例えば地元のA小学校の代わりにB小学校に行きたいとします。しかしB小学校は人気が集中するので毎年抽選になり、結果的に毎年半分の家庭しか希望がかないません。半分の確率で地元の小学校に行くことになります。ここで別にC小学校があるとします。C小学校はB小学校ほどではないけれど、地元の学校よりは魅力的であり、そしてC小学校ならほとんど確実に入れます。そうした状況でどうするかというのは戦略的な問題になるため、ここでゲーム理論の発想が使えます。戦略的に考えてどちらが得な選択肢かを各家庭で考えるとき、BとCの小学校どちらを第一希望にするかは周りの行動に当然依存します。みんながB小学校の人気を知って応募しなければ、自分だけは B小学校に入れます。重要なのは、周りの家庭や子供の行動によって自分にとって最適な選択肢が変わるということです。読み合いや相手の行動に応じて自分に最適な選択肢が変わる状況を幅広く分析するのがゲーム理論なので、今説明した学校選択問題についてもそれが使えます。

各家庭の戦略的な行動が積み重なり全体での行動が生じ、仕組みが変われば個々の家庭の行動も全体の行動も変わります。結果を見たときどちらの仕組みがよりパフォーマンスがよいかは、ゲーム理論を用いて議論できます。こうした形でゲーム理論を用いた社会制度の設計、あるいは機能しない制度の修正がいろんな分野で行われています。私も学校選択に限らず仕組み作りの研究をしています。最近マーケットデザインといわれている分野です。日本語に訳せば市場の設計ですが、ここでいう市場はお金のやり取りがある場所のみでなく、例えば学校選択のように取引をしている場所を広く指す言葉です。

―僕 (編集部員)が所属する数学科は理論を考えるだけですが、こうして経済学に応用されると、理論だけでなく普段の生活の中に数学が使われていると実感できます。

経済学でも、仮説や理論は机上の空論で世の役に立たないのではないかという批判があります。社会科学は直接実験がしづらく、何が正しくて何が間違いか判定が難しいのでそうした批判があるのですが、幸いにして経済学は社会科学の中で一番白黒つけやすい分野です。マーケットデザインにおいて学校選択など、学者が考えた経済制度が使われる例も出始めています。人と人をどうやってマッチングさせるかというマッチング問題やいろんなものを交換する交換問題、そうした理論が現実の制度に応用される事例が出てきており、マーケットデザインという分野に注目が集まっています。

学生時代
私は大学の学部時代から経済学部で、そのまま経済学部の大学院に行って経済学者になりました。最初は研究者になることも、大学院に行くこともあまり考えていませんでした。大学では四年間遊んで就職して社会に出ていく人が多数なので、自分もそのうちの一人になるのかなと思っていました。でもある時たまたま、とても面白い経済学の授業と出会いました。それが初めて本格的に勉強した「ミクロ経済学」という授業でした。この授業の先生のゼミに入ろうと決めて実際に入り、面白いからもっと知りたいと思い、学部生時代はいっぱい勉強しました。卒業論文でいいアイデアが出てきて、先生たちからもよい評価をもらったことで、勉強だけでなく研究も面白いなと実感して大学院に進学しました。そこから勉強と研究をある程度バランスよくやって今に至るのですが、きっかけは学部生の時に面白い授業に出会ったことですね。

―それがあの神取(かんどり)先生ですね。

よくご存じですね。神取先生はまだ東大にいらっしゃいますが、彼の講義がすごく面白かったので、影響を強く受けました。

阪大生へのメッセージ
阪大生は真面目でおとなしいですよね。真面目というのは悪い意味でなく、研究に対して熱心な人が多いという意味です。だからこそ阪大生へのメッセージは、どんどんいろんな形で遊んだほうがいいということです。遊んだり羽目を外したりしていくと面白いアイデアがそこから湧いてくるかもしれません。もう一つ、阪大はやはりいい先生がかなりそろっている印象があります。世界的にも評価されている研究をしている先生に身近にアクセスできますし、意欲的な学生が来てくれることは多分どの先生もうれしいでしょう。やる気さえあれば、世界的に見てもとても恵まれた勉強・研究の場が整っているので、それをもう少し活用していい気がします。

高校までたくさん勉強したから何かリターンがあるはずだという期待をもって大学に入り、その後授業があまり面白くないのでやる気をなくす大学生は結構多いです。しかしもう少し自分で調べて、特定の先生を狙い撃ちして講義を聞きに行ったり、ゼミに入ったりすると景色が変わることがあると思います。何も調べずに最初からあきらめて卒業してしまったら少しもったいないです。先ほどの真面目とつなげると、阪大生は多分受け身で勉強するのは得意だし優秀な子はたくさんいます。しかしおそらく、ちょっと自分で調べるとか遊ぶということを普段やっていません。今までやらなかったことに挑戦してみるのは、心理的なハードルやコストはあるかもしれませんがリターンは大きいと思います。学生生活、できるだけ挑戦してみてください。

profile
2002 年東京大学経済学部卒業。2007 年プリンストン大学より Ph.D. 取得(経済学)。政策研究大学院大学助教授を経て、2014 年 4 月から大阪大学大学院経済学研究科准教授。

推薦図書
岩井克人先生というのはもともと東大にいた先生です。私も彼の講義をいくつか受けたことがあります。その先生が書かれた最初のエッセイ集でタイトルが面白いです。『ヴェニスの商人の資本論』、少しインテリぶれるタイトルですが、経済のことに詳しくなくても理解できるような内容です。私自身、少なくとも真面目な学者の書いた本の中でここまで引き込まれた本は他にはなく、学部生のころに読んで大きな影響、というか衝撃を受けた一冊です。