2017年2月5日(日)23:59まで第三回日本翻訳大賞の候補作を募集しています。
ここでは皆さまから推薦をうけた作品と推薦文をご紹介致していきます。
※推薦文のすべてが掲載されているわけではありません。予めご了承ください。
【推薦者】光枝 直紀
【推薦作品<1>】『テラ・ノストラ』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】本田誠二
【推薦文】
何もかもが圧巻。破格的語り、破格的ストーリー、破格的文体、破格的スケール……。フエンテスは「最後まで読んでもらおうとは思っていなかった」らしいが、捲るページは重く、フエンテスの華麗かつグロテスクで奇怪なテクストは読者の頭を最高度に惑わせる。現代からスペイン王宮時代へ、新世界へ、縦横無尽に行き来する物語は、もっと大きな時間とスケールの中で見事に完結するかのよう。このような作品を日本語で読めること自体が一つの奇蹟でした。
【推薦作品<2>】『水を得た魚』
【作者】マリオ・バルガス=リョサ
【訳者】寺尾隆吉
【推薦文】
『水を得た魚』で見られるのは、リョサが『フリアとシナリオライター』などで描いた二つの時空の異なる物語を並列させて描く手法。リョサの自伝的なエピソードがおもしろおかしく語ってあるということで、小説家であるリョサの背景を読み解く一つの重要な資料としても価値がある。それにしても面白い!「文学青年」リョサが色んな文学作品に出会ったり、「政治的リョサ」ではペルーの大統領候補選に至るまでの、国政治の腐敗、貧困の酷さ、権力闘争にまつわる難しさなどが如実に語られていて、どんなフィクションよりもリアルである。この本の翻訳の功績は非常に大きい。
【推薦者】柘榴石
【推薦作品】『奇妙な孤島の物語』
【作者】ユーディット・シャランスキー
【訳者】鈴木仁子
【推薦文】
ブックデザイナーでもある著者が自由に制作した原書に比べ、翻訳では、訳者、デザイナー、印刷や組版など、多くの人々が協力しているはずだ。原著者のこだわりもあっただろうし、オリジナルを出すよりずっと大変だったのではないだろうか。
事実を淡々と述べながら叙情的な文章は訳文としても読みやすいし、大量のマイナーな地名のカタカナ表記などにも訳者の苦労が窺われる。のみならず、上記のような翻訳ならではの労を厭わずこの本を出すことを決め、日本の文芸書として美しく手の込んだ本を作り上げた編集者や出版社をも、授賞式で労っていただければと思う。
【推薦者】ブラック
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
パムクの翻訳本をいくつか読みましたが、鈴木氏ほどトルコ語を日本語に見事に訳す方は他にいないと思いました。
おかげで小説の世界に引き込まれ、難しい言い回しもありましたが、それがまた読み応えを与え、かなり満足のいく1冊になりました。
鈴木氏にはもっともっと他の小説も手掛けて頂きたいと思いました。
【推薦者】小平キキ
【推薦作品<1>】『トランペット』
【作者】ジャッキー・ケイ
【訳者】中村和恵
【推薦文】
トランスジェンダーの天才トランペッターが死んだところから始まる。登場人物たちそれぞれの一人語りで物語が紡がれる。特異なトランペッターをめぐる語りが、家族とは何か、死とはどういうことか、子はどう自立するか、という普遍的なテーマを浮かび上がらせる。訳文がとにかく美しく、ときに激しく、淋しく、愛に満ちて……
【推薦作品<2>】『マグノリアの花 珠玉短編集』
【作者】ゾラ・ニール・ハーストン
【訳者】松本昇、西垣内磨留美
【推薦文】
アメリカ南部のフォークロアをベースにした魅力あふれるハーストンの短編を、雰囲気たっぷりに訳している。アメリカ南部の暑さと湿度、黒人たちの息遣い。ずっと前に書かれた、ずっと前の物語だが、古さを感じさせない。
【推薦者】ユーナ
【推薦作品】『韻文訳 妖精の女王』
【作者】エドマンド・スペンサー
【訳者】福田昇八
【推薦文】
原作はシェイクスピアと同時代に、詩人スペンサーによってエリザベスI世に捧げられた長編叙事詩で、質量ともに英文学の最高峰を誇る。アーサー王物語を題材に、妖精国女王の命を受けた騎士達が、貴婦人や魔女・竜などをめぐって冒険を繰り広げる騎士道物語で、当時の政治・宗教を盛り込みつつ、騎士が体現する徳の姿を示す寓意物語である。本書は過去に二度『妖精の女王』散文訳に携わった訳者が、従来行われてきた意味重視の散文訳とは異なり、原詩の韻律の響きまで忠実に反映させた、日本の西洋叙事詩翻訳における初の試みという。長編であるうえに、邦訳すると分量が1.5倍になるため、これまで『妖精の女王』読破に挫折した読者もいるだろう。本書は朗誦に適した口語の七五調の採用によって問題を解決し、分かりやすく生き生きとした日本語訳によって、読者を飽きさせず、最後まで楽しく読ませる。生きた詩人の姿が、日本で初めて全貌を現したといえる。
【推薦者】コウ
【推薦作品】『陽気なお葬式』
【作者】リュドミラ・ウリツカヤ
【訳者】奈倉有里
【推薦文】
1991年のソ連邦崩壊の瞬間をテレビで目撃する、ニューヨーク在住のユダヤ系ロシア人たちが描かれ、イタリア人や黒人や、ラビや正教の神父も登場。主人公アーリクは人としての才能に溢れた人だったのだと思う。女と出会い、愛し合うアーリクを不愉快だとは思えないのは、読者もまた、アーリクを愛さずにいられないからか。最後の最後まで、自由に陽気であり続けたアーリク。「カラフル」という表現が似合う、軽やかで奥深い描写と、それにマッチしたみずみずしい訳文が新鮮であった。どこにも湿っぽさがない。思春期の女子や別れた妻や愛人それぞれの視点を取り込みながら、非常に一体感のある不思議な小説である。
【推薦者】ちくわぶ
【推薦作品】『神経ハイジャック もしも「注意力」が奪われたら』
【作者】マット・リヒテル
【訳者】三木俊哉
【推薦文】
2006年9月22日にアメリカのユタ州で起きた交通事故で、二人が亡くなる。ところが事故の原因となったドライバーは、何が起きたのかすら分かっていなかった。携帯電話のメールに気を取られ、周りが全く見えていなかったのだ。
事故の経緯を追い、科学的に人の注意力の特性を調べ、ながら運転の恐ろしさを訴えると共に、交通事故が被害者の遺族・加害者とその家族に与える壊滅的な影響を生々しく暴き、またアメリカの市民運動を支える人々の力強さも生き生きと描く、迫真のルポルタージュ。
誰もがスマートフォンを持つ今、この本が訴える危機はすべての人に降りかかってくる。
【推薦者】みけねこ
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
消えた妻を探すというミステリーの形式を借りて、個人、トルコ、文学を語り尽くすパムクの手際は驚異的だ。それでいて深い余韻が残る。主人公ガーリップとともに新聞のコラムを読み、イスタンブールを徘徊するのはとても濃密で幸福な読書体験だった。そうした幸福な読書を可能にしてくださった翻訳者鈴木さんの、この多層的で迷宮のような小説を翻訳してくださったご苦労に感謝して。
【推薦者】新田 享子
【推薦作品】『アシュリーの戦争』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
終わりの見えないイスラム世界とアメリカの戦争に女性だけの特殊部隊をアフガニスタンに派遣する話だが、前線や訓練の様子を女性目線で描いていて新鮮。戦場のメイク、食事、トイレ、ユニフォーム、帰りを待つ夫や男親、戦争における通訳者の苦労など。男女が逆転していることで、普段は語られることのない戦争の様々な側面が描かれ、感動だけでなく疑問を抱かせ、考えさせられる。思わず映像を思い浮かべてしまう平明な文体もすばらしい。なぜそこまでして彼女達は前線に立ちたかったのか、愛国心という自己実現だけのためなのか、おそらく読後に皆思うことだが、一考の価値のある疑問だ。
【推薦者】ソーダ アイス
【推薦作品】『ラスト・ウィンター・マーダー 』
【作者】バリー・ライガー
【訳者】真木満園
【推薦文】
さよならシリアルキラーシリーズ3巻を通して、魅力的なキャラクターたちが躍動していました。愛情深いガールフレンド、人がいいが病弱で問題児な大親友、狂った家族、自分が正気を保っていられるのかを疑心暗鬼になっている主人公。各巻毎に新しい登場人物たちが登場し、事件への関与の仕方も様々。すんなり感情移入できるのは、翻訳の妙。この方にはどんどん翻訳をしてほしい。
【推薦者】千葉 聡
【推薦作品<1>】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
イスラエル生まれの流行作家による自伝的エッセイ集。30編ほどの短いエッセイの中には、人生の深刻な側面に触れてもユーモアを忘れない逞しさが感じられる。無理に笑おうとするのではなく、周囲を少し違う角度から眺め、物書きの誠実さを持ち続けようとしている。
訳文は平明で読みやすく、90年代の日本の若手作家の文章ような雰囲気。
明るい語り口に耳をすませているうちに、急に遠い場所に連れていかれてしまう。ぜひご一読を。
【推薦作品<2>】『シャーロック・ホームズ大図鑑』
【作者】デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズ ほか
【訳者】日暮雅道
【推薦文】
シャーロック・ホームズに関するありとあらゆる事柄が解説されている。百科事典のような常識的解説ではない。解説文はどれも長く、読者に一冊を通読させることを想定している。ホームズが登場するすべての長、短編の内容に触れており、まるでホームズという実在の人物の評伝のように思える。
ただし、ホームズものを未読の方は絶対読んではいけない。作品解説は、どれもネタバレばかりだから。
【推薦者】まぐりふ
【推薦作品<1>】『怪談おくの細道』
【作者】作者不明
【訳者】伊藤龍平
【推薦文】
江戸時代の俳諧説話本「芭蕉翁行脚怪談袋」の現代語訳。1つ1つのエピソードに付記された訳者による解説が、むしろ本編以上に楽しい。時に作品の背景を詳細に解きほどいたり、時に破綻した内容に身も蓋もないツッコミを入れたり。訳によって原書の面白さが最大限に引き出された好例と思う。
【推薦者】まぐりふ
【推薦作品<2>】『処刑人』
【作者】シャーリィ・ジャクスン
【訳者】市田泉
【推薦文】
思わせぶりで仄めかしに満ちた原作の繊細な空気を、そのまま再現することはとても困難と思うが、日本語としての読みやすさを損なうことなく訳出していると感じた。自らの不安を皮肉や悪意で覆い隠そうとするかのようなヒロインの独白は、その鋭利さと脆さが訳文からもしっかりと感じられた。
【推薦者】えんがわ
【推薦作品】『ニコマコス倫理学』
【作者】アリストテレス
【訳者】渡辺邦夫・立花幸司
【推薦文】
アリストテレスは退屈で凡庸、と言われることもあるようなのだけど、私にとってのアリストテレスはまっとうなことをまっとうに言う、という実務的な現実主義者で、個人的にはその割り切った考え方に好感を持っている。本書で特に興味深いのは前半3巻で、様々な概念を切り分けて明らかにしていくのだけど、ここでの考えの進め方、その切れ味、ダイナミックさがとても面白い。それはどちらかと言えば、道の正しさというよりは道筋の面白さを味わうようなものだと思う。また、こうした哲学書では大体の場合、脳内で、文意を補ったり前の議論を参照したり、という作業を行いながら読み進めることになるのだけど、この本ではその補い方が丁寧で、かつ「ここは補っている」ということが明確にわかるようになっている。そのおかげで、補い方を無視してみたり、検討してみたり、といった読み方も楽しめる本になっていると思う。
【推薦者】大澤 さつき
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
翻訳小説でこれほどの傑作があり得るのか。まず、本書はかなりの難解だが、しかしそれは決して翻訳書であるがゆえではない。そもそもノーベル賞作家オルハンパムクの長編小説たるもの。超絶した文章表現のほか、書中にいくつかの仕掛けが存在する。その巧みさは文学書を超えて芸術的だ。例えば、奇数章は主人公主体で物語が描かれ、偶数章は物語の鍵を握る人物による新聞コラムという組立て。コラムは、主人公の推理を導く重要な役割を果たす一方で、その奇想天外なテーマが我々読者を異世界へといざなう。さらに暗喩として物語全体の主題へと絡み合っているのだ。そして最終章に突如現れるパムクの語りは圧巻である。読者が「夢遊病者」のように酩酊していることもお見通しだ。作者が拘る「文章」による仕掛けこそ、この本を難解にしており、そして深奥を究めた翻訳はこの傑作を立体的に楽しませてくれる。
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【推薦者】木村 朗子
【推薦作品】『アメリカーナ』
【作者】アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
『アメリカーナ』の主人公は、ちょっとハッチャケた感じの女の子。その感じを気持ちよく楽しめる翻訳でうれしくなる。初恋のそして生涯の恋人のあだ名が「シーリング」なのだけれど、ここはやっぱり「天井くん」なんかではダメなわけで、といった、そんな細かいところを含めて、とにかくウキウキと読める。
【推薦者】鈴木sun
【推薦作品】『夜、僕らは輪になって歩く』
【作者】ダニエル・アラルコン
【訳者】藤井光
【推薦文】
南米=明るい、というイメージを覆す小説。人間の奥底に潜んでいる狂気がうっすらと見え隠れして、読み進めるほど恐ろしくなってしまいました。
【推薦者】白井藤子
【推薦作品】『Inside IS 10 Tage im “Islamischen Staat「イスラム国」の内部へ 悪夢の10日間』
【作者】ユルゲン・トーデンヘーファー
【訳者】津村正樹、カスヤン・アンドレアス
【推薦文】
「対立する二つの、どちらの意見も聞かなければ真実は分からない」という信念に基づいて、IS領内を取材したルポタージュ。この本を読むと、西側諸国の違法行為における知識と共に、どうしてISができたのか、どうしてIS戦闘員でいるのか、などの疑問に対するの生の返答を聴くことができる。
日本でもこのルポタージュは読まれるべきだと、翻訳・出版に尽力した翻訳者。後書きに、いろんな出版社に出版を断られたと書いてある。いろいろな人の思いと使命感によって、この本を手に取って読むことができ、ISのこと、イスラム教のことを考えるきっかけをくれた。
【推薦者】山川高史
【推薦作品】『アシュリーの戦争 -米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる「女性部隊」の記録』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
2011年当時、米軍を中心としたのアフガニスタンでの対ゲリラ戦争において、女性兵士が戦争前線で活躍する先駆けとなった女性部隊のドキュメンタリー。
映画を観ているような生々しさがあった。訓練の様子や仲間・家族とのやりとり、登場人物の内面、戦場の描写、そして、物語の展開。それでいて、活字の方が、映画よりもドキュメンタリーの重さを感じるようにも思えた。国を守ることと戦争、誇りと戦場に自己実現の場を求めること、そして、その日米の差。また、社会における男女差、自己鍛錬やリーダーシップ・チームワークと友情、家族の愛、といった一般社会共通のテーマ。と、いろいろ考えさせらるものであった。実話だけに、主人公の結末、そしてその後の各人物の物語も、心に沁みた。
【推薦者】赤井 直美
【推薦作品】『アシュリーの戦争 -米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる「女性部隊」の記録』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
元の著作が英語で書かれたもの、と感じさせない、自然な文章と等身大の現代女性の言葉遣いで一気に読めた本であった。そして、その淀みない日本語のおかげで、この物語の中にあまりにもたやすく入り込み、結果その物語に大きな衝撃を受けた内容だった。
現在自分も住むこの世で、しかも先進国であるはずのアメリカで、にわかには信じ難い男尊女卑がある現実、日本人にはわかり得ない戦闘への強い欲求、「戦争の最前線に行きたい」、「行って自分の力を出し切って戦いたい」=国を守るという前提で人を殺したいのか?と最後まで疑問を抱きながら読んだ。
この本の中には、スターはいない。ただ自分の職業を大切に思い懸命に努力を続ける、どこにでもいる女性達がいるだけ。そして訳者自身が誰よりもそのことを良くわかってこの本を読んだ一人、と感じることが出来た。
【推薦者】エレーナ デバラスク
【推薦作品】『拾った女』
【作者】チャールズ・ウィルフォード
【訳者】浜野アキオ
【推薦文】
32年生きてきてはじめて読んだノワール小説がこれ。とにかく最後の仕掛けにはやられた。読み応えのある「物語」でその他の作品も読みたいが、どれも絶版。チャールズ・ウィルフォードの作品をもっと読みたい!
【推薦者】バンデラス
【推薦作品】『傷だらけのカミーユ』
【作者】ピエール・ルメートル
【訳者】橘明美
【推薦文】
部下に裏切られ、妻を殺されたカミーユ警部事件簿最終巻です。
今作では強盗犯を目撃したカミーユの恋人が命をしつこく狙われます。前作同様、どんでん返しと細かなカミーユの心理描写は健在。事件当日を含めてわずか3日間しか描かれませんが、警察の動き・常に裏をかいた犯人の行動・カミーユの焦りと苛立ちが入れ代わり立ち代わり描写され、息つく暇がありません。何より主人公と女性の絡め方が巧くて、伏線回収もかなり大規模でした。また、スピード感を煽るように、短い描写とセリフが連なった訳文のため描写は軽快で、与える印象は非常に重たいものになっています。
事件の傍観者の視点で読んでいたはずが、気付くとカミーユの視点で事件を見ていて、読み終わった後に深々とため息をついてしまいました。感情移入度ではベストの作品でした。
【推薦者】化け猫 あんず
【推薦作品】『マナス』
【作者】アルフレート・デーブリーン
【訳者】岸本雅之
【推薦文】
この物語に合うやわらかで力強い魔術的で独特な日本語訳が記憶に焼きついた。もうこの訳でしか記憶が再生されないと思う。内容も翻訳もすばらしかったです。
【推薦者】三柴ゆよし
【推薦作品】『襲撃』
【作者】レイナルド・アレナス
【訳者】山辺弦
【推薦文】
アレナス畢生の<ペンタゴニア(苦悩の五部作)>、その最後を飾る本書『襲撃』は、第一作『夜明け前のセレスティーノ』から十有余年の月日を経て、またいかなる偶然か、フィデル・カストロの死という、大きな歴史的転換点に重なるかたちでの翻訳、出版となった。
ほとんど幼児的ともいえる想像力に満ちた物語はもとより、文体のうえでも、セリーヌやギュイヨタを髣髴させる暴言や、多くの言語遊戯が駆使されており、日本語への翻訳は困難を極めたとおもわれる。
輓近、いくつかの叢書が発刊され、新しい作家のみならず、いまだ訳されざる古典作品の紹介も進むラテンアメリカ文学のなかでも、その期待値の高さを裏切らない内容と翻訳の精度ゆえ、ここに第三回日本翻訳大賞に推薦するものである。
【推薦者】timeturner
【推薦作品】『奇妙な孤島の物語:私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』
【作者】ユーディット・シャランスキー
【訳者】鈴木仁子
【推薦文】
海によって隔絶された場所、閉ざされた空間でしか起こりえない人間ドラマの数々。実話に基いているにも関わらず、いや、だからこそ、起承転結や納得のゆくエンディングはなく不思議に幻想的だ。よけいな飾りを排したそっけないくらいの文体なのに、情景描写には強いイメージ喚起力があり、ほのかなユーモアや鋭い批判精神も垣間見えて、上質なショートショートを読むように楽しめる。翻訳の力が大きいと思う。
【推薦者】timeturner
【推薦作品】『トランペット』
【作者】ジャッキー・ケイ
【訳者】中村和恵
【推薦文】
センセーショナルな題材を扱いながら下卑たところがない。死んだ人間について妻が、息子が、ジャーナリスト、友人、母親、幼馴染、医師、葬儀社員、戸籍係が語るうちに、語り手それぞれの生き方が見えてくる。しかもその語り手ごとに独自の音色やメロディ、リズムがあり、その音からも語り手の性格が響いてくるところが凄い。詩人でもある作者ならではの魅力的な文体だと思ったし、それを読者にも感じられるよう日本語にうつしとった翻訳も素晴らしい。
【推薦者】中島 はるな
【推薦作品】『秘密の花園』
【作者】バーネット
【訳者】畔柳和代
【推薦文】
少女の時、私たちは沢山の未知なるものに囲まれ、胸を高鳴らせていた。その正体を知った大人の女性たちにもう一度読んで欲しい。
子ども時代の読書を振り返るとき、女性の多くの人がこの物語を思い起こすではないだろうか。読み終わったあと、土を掘り返して鍵を探したり、自分だけの庭づくりに励んだ人もいるだろう。当時の胸の高鳴りは、大人になった今、どのように彼女たちの体内で響くのだろうか。
児童書としてではなく、大人向けに新たに訳された本書は、もはや単なる時の流れでしかない季節の移り変わり、意識さえしない呼吸、体温、それらの当たり前をキラキラと輝かせ、生きる歓びを教えてくれる。大仰な表現ではあるが、そうとしか言いようがない。
読んだそばから目の前の景色が変わる幸せを感じて欲しい。
【推薦者】奥村 ペレ
【推薦作品】『テラ・ノストラ』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】本田誠二
【推薦文】
物理的に重い本だ。なぜか。フェリペⅡ世にとって「書かれたものだけが事実であり、それ以外は真実である証明をもたない」(本書)、だから書物は紙数をかさね膨大な重量をなす。ヘーゲルはいう。事実としての出来事は書かれることによって初めて歴史として認識されると。では物語=歴史は直線性をその宿命とするのか。ここがキモだ。本書はフエンテスの「時間を巡る物語」である。彼はいう。歴史は無数の出来事の可能性を孕んで円環し、存在するものはすべて思考され、思考されるものはすべて存在すると。意識もそうだ。無数の可能性から無数の他の可能性を排除して成立している。ではどこに存在するのか。それは情報として私たちの意識・記憶のなかにだ。その情報は時間を超越する。フエンテスはいう。書かれたものの神秘が空想的であればあるほど人はそれを真実とみなす。現実は病んだ夢。ユートピアは未来でなく無数の可能性から選択された現在のことだと。
【推薦者】炊飯器
【推薦作品】『むずかしい年ごろ』
【作者】アンナ・スタロビネツ
【訳者】沼野恭子・北川和美
【推薦文】
SF的な要素や文体レベルでの反転を重ね、恐ろしくも日常生活のつらさや疲労が立ち込め、切ない印象を受けるホラー短編集。
表題作はなによりも語るということを恐怖の核としていて、読者を信頼した書き方はぐっとくる。簡単にあらすじをいうと、蟻がやばい。
収録作すべておもしろかったが、「生者たち」は本当にすばらしかった。読み手の予想が滑らかに裏切られ、柔らかな語りが急激に張り詰めていく。終末的だがどこかとぼけた、それ故に寂しさに満ちたこの短編は幻想・奇想文学のなかでも群を抜いていると思う。ぜひもっと読まれてほしい。
78年生まれのスタロビネツが26歳のときに刊行した本書が初の邦訳書であり、訳者あとがきによれば自身でも”ハイブリッドな作家”だと語る彼女の作品がデビュー以降どのように進化しているのか、アンナ・スタロビネツの続刊を一刻も早く日本語で読みたい。