今年87歳になった婆ちゃんに、
近い年齢で、なんとなく本当に当時は
どうだったのかなと思ったのがきっかけだった。
当時、婆ちゃんは7人兄弟の三女。
婆ちゃんを産んだお母さんは、早く無くなっていて
お母さんに育てられたそうだ。
婆ちゃんが子供のころは婆ちゃんの
家にはお手伝いさんが何人もいたらしいのだが
婆ちゃんを女学校に入れて欲しいと、お父さんを説得した。
当時はまだまだ少なかった奨学金の話を持ってきてくれたり、
本当に熱心に動いてくれたらしい。
全寮制の女学校に行けることになった。
戦争が始まる前、日本は満州での事業で盛り上がっていたそうだ。
発展させることは、とても素晴らしいことで
全く悪いことだと思っていなかったそうだ。
近所の家が、共産党員の容疑をかけられて
警察に連れて行かれた。
婆ちゃんのお母さんは、近所のオジさんは悪い事をしていたと
伝えたらしく、子供心にショックを受けたそうだ。
しょうがないと言っていた。
感じていたそうだが、戦争はずっと勝っていると思っていた。
新聞もラジオも毎日のように、日本の大勝利の話ばかり流れていたそうだ。
そのうち、配給が減ってくるといつもお腹が空くようになった。
芋だけじゃなくて、芋がらといってツタとかも食べたらしい。
炊きたての白ご飯に納豆をかけてお腹いっぱい食べたるのが夢だった。
花火のように火を吹き上げるんだそうだ。
婆ちゃんは怖くて怖くて、山の上に逃げた。
ただ、ただ、山の上に逃げた。
当時、なんで山に逃げたのかは自分でも解らなかったらしいが、
一緒にいた友達が山に逃げるので一緒に着いていったそうだ。
結果、それが婆ちゃんの命を救った。
そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。
川に逃げた人はみんな死んだ。
その後、近くで何度か空襲があったらしいが
運良く婆ちゃんの所には直撃せず、
戦争に負けた悲しみよりもなによりも、
もう、爆弾が降ってこないんだ。
と言った時、婆ちゃんはうっすら目を潤ませていて
本当に本当に辛かったんだなあと、
聞いてる俺も泣きそうになった。
きた話なども聞いたが、だいぶ長くなったので、
ここで話を止めたい。
戦争を始めることもいとわないと言うのを聞くと
心から恐ろしくなるし、
強く言っていた。